第四話 入れない街 PART4 〜入れるもんなら入ってみろ〜

 

周りを背の低い草原に囲まれ、見晴らしのいいその場所に、一つの街があった。周りを外から見えない背の高い壁に囲まれ、正面入り口には2メートル以上もある鉄製の扉がまるですべてを拒むかのように聳え立っている。明らかにこの場の雰囲気とは不似合いである。そんな堅固な扉とは対称に、その扉の脇には小さな木製の簡素な小屋が建てられていた。中には一人の若い警備兵がただ一人、ぼーっと陽だまりの中座っていた。半分瞼が閉じかかっていて、時々頭ががくんと前に落ちる。

 

そんな街に向かって、一人と一匹の旅人が近づいてきていた。

 

一人は人間の少年、小向井 秋。黒髪に幼い顔つきをして、背は170ぐらい。暑いのか黄緑のジャケットを腰に巻きつけ、黒いシャツ一枚にグレーのリュックを背負っている。

一匹は狼、ラーク。銀色の毛と額のグレーの毛を持ち、さらに額には異様な紋章が浮かび上がっている。彼のモノクロの姿にアクセントをつけているのは首輪の赤と金色に輝くペンダント、さらに右前足につけている黄緑色の布である。

「今日はここで休むことにしよう。そろそろお腹も減ってきたしね。何か食べたい。」

「おぅおぅ。久しぶりの街だからな。ゆっくりして英気を養おう。」

「うわっ、ラークが食べ物のことに触れないっ!?こりゃ今日は雨か雪が降るな。・・・槍とか?」

「あのなー。俺だってたまには普通のこと言うっての。そんなに可笑しいのか?」

秋は躊躇いもせずに一つ頷く。ラークはふん、と鼻を鳴らす。それを見て秋がははは、と苦笑いをした。

「俺だってな、この先のことを考えて旅を続けてるんだぞ。これからどうしようか、とか。これからの旅でまた赤い石関連の事件が起こったらどうしよーとか。」

「ぇ、ラークの頭の中って食べ物のことだけじゃなかったんだ・・。」

秋がからかうようにまた笑って、ラークがむくれる。

「あのなー。俺を食べ物だけが好きな単細胞だと思うなよ?ふん、早く行くぞっ。」

さすがに怒り始めたラークに、秋は笑いながら謝った。ラークはふん、と鼻を鳴らして先へ行ってしまった。しかし、少し歩いた後、

「あー、腹減った・・。」

「切り替えはやっ!!」

ラークが呟いて、秋が突っ込んだ。すぐにラークは秋の方へ振り向いて意地悪に笑って見せた。

この程度のやりとりはもう普通となり始めているため、お互いが分かりあって笑い話になる。

二人の旅は、意外にも順調である。

 

 

 

 

彼らは街の前にまでたどり着いた。扉の前、“ここからは先に進まず管理員のところまで”という文字が書かれた場所にまでたどり着いて、その扉の堅固さに思わず感嘆の息を漏らした。

「ここ・・・こんなに頑丈になってるけど・・・あまり入れる気がないのかな・・。それにこの文字・・何だろう?ここの文字のとこを越したら不法入国じゃなかった・・不法入街になるのかな。というか・・不法入街って言いにくくない?」

「知るか・・。獣がテリトリー作るのと同じなんだろ。こっから入ったらぶつぞ・・みたいな。」

「ちょ、ラーク・・・何かその台詞、何かの絵本を彷彿とさせるんですけど。」

「ん?そうか?まぁ・・中にヒトのいる気配はするみたいだから、街のやつはいるみたいだけどな。」

よくよくかみ合わない会話を続けながら、二人はまた扉を見つめた。

 

「さてさて、こういうところはたいていが街に入るための管理員がいるのが普通だよな。多分、あれ。間違いない。」

秋は自分の右を指差して言った。設置してある簡素な木製小屋がどうやら入街管理を行っているところらしい。秋は軽く扉をノックする。

「あ、はいー。今から行きますから待ってくださいー。」

そういった声が聞こえたため、秋は数歩下がって管理員が出てくるのを待った。

 

「はい、お待たせいたしました。ここの管理員をやっているものです。ようこそわが街へ。」

「こんにちは。」「どもー。」

出てきたのは若い警備員。秋達の姿を見て取ると、どうやら今まで寝ていたのか、瞼が開ききっていない。緊張感のない顔に欠伸が加わり、さらに緩みに緩む。

 

「ふぁぁぁ・・。・・・・あ、どうもどうも。街に入りに来たんですね?この街に旅人さんが来たのは久しぶりです。1年ぶり・・ぐらいでしょうか?勿論歓迎いたしますよ。ここは堅固な街のつくりがあなたの安全を保証します。街のヒトも決して旅人さんに害のないよう対応することを保証します。それに食べ物よし、寝床よし、豪華で安価でもう満足間違いなし。」

考え込んで、それから自信満々に管理員は答えた。

「食べ物っ!!豪華で安価っ!!」

ラークが食いついた。秋はやれやれと呆れて息を吐いた。

 

 

「さて、この街では害のある旅人は入れないことになっているため、適性のための質問をいくつかさせていただきます。肩の力を抜いて答えてください。あ、この質問はたいてい皆さんパスできるようになっています。たいした質問ではないので。」

 

質問はこういった審査が必要な場所で聞かれる様なことと同じであった。

滞在人数、滞在日数、滞在目的、滞在途中のホテルの要望、旅の目的などである。

それに加えて、いくつかの簡単な心理テスト、性格判断テストなどを行う。

すべての質問に二人が丁寧に答えた。途中途中、警備員が質問内容の返答を書き込んでいく。

すらすらと手を器用に動かす姿は、本当に書いているのかも怪しい。しかし、かりかりと若干音がするので、一応書いていることは間違いはないようだ。

 

「はい、これにて質問は以上です。お疲れ様でした。どうやらあなたたちも問題ないようですね。街への滞在を許可しましょう。」

「ありがとうございます。」

「食べ物食べ物っ。」

ラークが横で小さくはしゃいでいるのを、秋は無視する。

 

 

・・・そしてどれだけこの街が堅固なつくりをしているか、秋達は身をもって知ることになる。

 

 

管理員を含めた三人は、小屋から離れ、また扉の前の文字の場所まで戻ってきた。

「さて、どうぞ街へお入りください。」

そうやって管理員はにこやかに笑った。何だかその笑顔が、不自然だと感じたのは気のせいか。秋は首を傾げた。ラークが一歩踏み出そうとしたとき、秋はラークの尻尾を引いて引き止めた。うぐっと声を発してラークが後ろに戻ってくる。

「ちょっ、秋・・何するんだよっ!!」

そう叫ぶのを無視して、秋は笑う管理員に尋ねる。ラークが、秋の顔が真剣になったことで、叫ぶのをやめた。

「聞いてもいいですか?」

「何ですか?」

そう管理員が聞いた。しかし、その顔は疑問符を浮かべることなくずっと笑顔のままである。

余計に怪しい。いかにも、聞かれることが当然であったかのように。

 

「この文字・・本当にこの街のテリトリーだから入るな、って書いてあるだけですか?」

「ぉ?」

ラークが訳も分からず首を傾げる。さっきは特に気にしてなかったじゃないか、と聞こうとして秋に止められる。

足元には“ここからは先に進まず管理員のところまで”の文字。単純に考えれば、ここから先は街の範囲内であるということを示しているように思われた。しかし、管理員の異様なほどの笑顔は、秋に疑問を持たせる結果となった。

管理員が、ぱちぱちと拍手を送った。

「ふむ、疑問を持つということは素晴らしいことです。旅は一瞬の判断で生き死にを分けるものです。こういった観察力がないと生き残れないこと、よく分かっていますね。」

そう管理員は、秋を褒めた。しかしラークのほうはまったくと言っていいほど何を言っているのか分からない。これは秋とラークの視点の高さが問題か。

「秋・・・お前ちょっと気にしすぎだと思うけどな。どうぞ入ってください、それはつまりここからの安全は保証される・・という管理員の人の言葉を忘れたのか?管理員が許可を出したんだから大丈夫に決まって・・・。」

そう言ってすたすたと文字の部分を越えて歩き出す。3歩ほど歩いて・・・。

 

 

 

カチリ

 

 

 

無機質な音がした。

 

 

「る・・・?」

そう言葉を発してラークが固まった。ラークの足は、何故か少し地面にめりこんでいた。

 

「あ・・。」

「あ・・。」

あれだけ言っておいて前へと踏み出したのが予想外だったのか、秋と管理員が一緒に言葉を発した。・・・その瞬間。

 

 

 

ラークの身体が3メートル近く上に跳んだ。もう気持ちいいほどに。

その音は、アクションゲームでよく聞くような、

ぼよよよーーーん

という音だった。・・・巨大なバネだった。

 

そのまま放物線上に秋と管理員の頭を越えて、二人の1メートル後ろに“不時着した”。

ぐへっと蛙がつぶれたような声を発して、ラークは叩きつけられた。

「ら、ラーク?」

秋は、ただ唖然とそれを見ていた。管理員は顔色を変えずに、あー・・と声を発していた。

「うへー・・なんだあれー・・いきなり足元がぼよよんってー・・・かー・・いてー」

ラークはゆっくり戻ってきた。特に外傷はないようだ。それを見て秋は少し安心した。

 

 

 

「えっと・・もう何か予想出来ちゃいました・・。」

「説明する手間が省けて良かったです。あなたは分かっていたようですね。まぁ、子供だと思ってちょっとあからさまに笑顔を作ったのがばればれでしたか?」

 

「それもそうなのですが・・・・。さっきの台詞、“この質問にはたいてい皆さんパス出来る様になっています”って言ったのがちょっと気になりました。」

ラークは必死に土ぼこりを払うために毛づくろいをしていた。でも、今回は聞き逃すまいとしっかり耳を向けている。

 

「ほう、何故そう思いますか?」

確信・・ではないですが、と冒頭に付け加えて、秋は言う。

「ここに来るまでに、街に入るために質問をする、適性を調べる・・ということをやったところはいくつもありました。しかし、こことの違いはあのような扉や城壁とも呼べそうな壁がないことです。たいていのそう言った街は、ほのぼのとしていました。だったらこの街は何故あんな堅固なつくりになっているのか・・ということを考えたんです。」

管理員は静かに聞いていた。

 

「考えて・・この街は、他のところのようにのどかな場所ではない、もしくは敵の侵入がある可能性がある・・ということだと。だったら、質問だけで容易に通す・・っていうのはやっぱり問題があると思ったんです。それも、たいていの人はパスできるというその質問。そんな簡単に入れるなら、この扉の意味がありません。」

ほほぅ、と管理員が感嘆の声を漏らした。

「よく考えていますね。いい観察眼を持ってます。勿論、褒めていますよ。これは嘘ではありません。」

「あー、俺が駄目だって言われているみたいだ・・・。」

バツの悪そうにしながらラークはそのまま毛づくろいをしている。管理員はそれを聞いて、いえいえとラークをなだめた。

「慎重すぎるのも旅では時には不利な状況を作ります。あなたの行動は中々見事なものですよ。時に、早く決断をして踏み込むことも重要になります。まぁ、今回は私の思うとおりのものではありませんでしたが、これも褒められることです。嘘ではないです。」

「お・・おぅ。」

「中々、いいコンビのようですね。慎重派と行動派、バランスの取れたコンビだと思います。お互いがお互いをサポートしながら旅を続けてください。」

 

管理員は、旅の先輩のように二人に助言をして、これは本物であると思える笑顔を見せた。秋とラークは二人、照れくさそうに笑う。

 

「それで、入れてもらえるんでしょうか?」

「お・・おぅおぅ。今の話だと・・そのまま帰れみたいにも聞こえたんだが。」

 

そう二人が言うと、管理員はまた不自然な笑みを浮かべた。

 

「もちろん、言ったことには間違いはないです。入れれば豪華安価のものは勿論保証しますし、旅に必要な器具も一通り用意させましょう。私、嘘は言いませんから。とりあえず、ネタはばれてしまったようですから、これだけは言わせてください。」

 

二人はごくりと唾を飲み込んだ。そして管理員の顔が、にこやかな笑顔から、職人・・もしくは戦人のような鋭い目に変わったのを見た。

 

「入れるもんなら・・入ってみやがれ。」

 

そう、告げた。残酷な言葉だった。確率的に無理だ、と言っているようなものだ。

 

「ちなみに、私を倒して聞き出そうとしても無駄ですから。そんなことしたら、間違いなくあなた達の旅はここで終わりますからね。」

管理員の後ろに、うっすらと殺気が混じった。それでも、普通の人間である秋でも分かるぐらいにどんよりと暗く淀んでいて、手を出したときの自分の姿が想像できてしまうぐらいのものだ。

ぞくりと背筋が凍り、冷や汗が流れた。横を見ればラークも毛を逆立てて、尻尾を下げていた。

 

 

「どうする、ラーク?」

「ん・・秋にまかせる。今回はお前に任せたほうがいいみたいだ。」

「・・・ん、分かった。」

 

秋が指を顎にあてて黙りこんだ。にこやかに、しかし先ほどはなかった少し哀れむように見る管理員を見て、心配そうに見つめるラークを見て、堅固にそびえる鉄扉を見て、大掛かりな仕掛けが発動したバネを見て、そして結論を出した。その時間、約3分。

 

「・・・辞めます。その方が懸命だと思う。」

「秋・・・。まぁ、お前が決めたんならそれでいいさ。」

 

そう二人が決めたことで、管理員は少し安堵の表情を見せた。その安堵の表情を見たことで、秋も安堵する。ラークは二人のやりとりが分からず、首を傾げた。

 

 

「やっぱり・・一筋縄ではいかないんですね。」

はい、と管理員は言った。

「私としてもちょっと心苦しいものがあったんでね。分かりやすく顔に出ていましたでしょう?」

秋が一つ頷いた。

「あなたたちなら話しても大丈夫だと信じてこの話をします。・・・私は、この街の管理を行うという重役を担っています。そして、出来るだけこの街に入れるなという命令を上から受けています。もし、テストの結果で悪い結果が出た場合、もしくは言動でこの街に不法侵入を試みる敵だと認識された場合はそれを処分しなければなりません。誠に残念なことですが・・この街を守るためなので。純粋に入りたいと願う人でも、先ほどの脅しでたいていは諦めてくれます。殺気を感じても尚入ろうとするものは、勝手な判断で敵とみなしています。その際は、どんな手を使っても殺しますね。」

 

管理員は顔色をまったく変えずに言った。感じていた殺気はなくなっていて、緊張感はまったくない。心地いい雰囲気が漂う。

 

「それで・・一応聞くが、ここには何が?」

ラークが聞くと、ん・・と管理員は一言発して、指折り数えた。

「えっと、落とし穴はいくつも空いてますね。中は勿論針攻めや 即効で閉じ込めて毒ガスで仕留める物、中が何でも溶ける酸で出来ている物もありますね。あとはもうさらに言えないものが数々。あの最初のバネは、一応最初の脅しですね。こういうのが色々あるってのを分からし、一筋縄ではいかない、死の危険性があるということを知らしめるためのものです。」

それを聞いて、ラークがひぃっと小さくうめき声をあげた。あのまま思い切り進んでいたら、間違いなくラークは・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかく来ていただいたのに申し訳ありませんでした。お帰りくださいませ。」

そう秋達に管理員は告げた。

「あなたは・・・ずっとここで街を守り続けていくんですね。」

「辛くないか?」

そう二人が尋ねると、管理員は嘘のない笑顔を作った。

「それが私の存在理由でもあり、存在価値でもあるんです。そして、私はこの街を守ることに誇りを持っています。大丈夫です。どんなことがあっても・・・」

そこで一旦言葉を切って、そして自信満々に彼は続けた。

 

 

 

 

「この街には誰も入れさせません。」

 

 

 

 

そして、誰もいなくなったその場所・・その横の管理員室。

「久しぶりに話の分かる相手にあったな。中々見込みのあるやつらじゃないか。何にせよ、あのような子供達を殺さずに済んだのは喜ばしきこと・・だな。」

 

そう言って、管理員は自分で入れたお茶を飲む。そして、ふぅっと息をついた。

窓から見える鉄扉を眺めた。呟く。

「見えるものがすべてとは限らない・・。私がここに存在する限りは絶対に中には入れない。」

 

鉄扉の前にはトラップが数多。そしてさらには扉もフェイク。扉は、ずっと管理員と共の場所にある。

 

それが気付かれることは、きっとない。

 

 



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