第十話 塔の街
「どうです?ここは凄いところでしょう?」
「・・・。」
「確かに・・驚きました。」
「そ・・・そうだよな。」
そこは地上から遠く遠く離れた場所。しかし空、というわけではない。勿論、空を飛べるという技術があるわけではない。さらには海・・などではない。間違いなくここは地上。そしてそこから遠く遠く・・・高く高くある場所。空中の施設。そこは地上からの太い柱で繋がっている。
その太い柱は直径が50mほどの円柱をしている。そしてその柱は長く天へと伸び、地上からはその終点が米粒ほどにしか見えない。
その終点。その場所は球形。円柱に乗っかるような形で球はそこに確かにあった。中は球を両断するかのように水平にタイルが敷かれ、しっかりとしたヒトのための足場を作っている。
そこは視点だけで見ればドームのような形をしていた。円柱の倍以上の直径を持ったその空間には、秋とラーク。そしてその街の重要人物と思われる人間の男とそのお付と思われる沈黙を保った女しかいない。そしてさらにいくつもの家具が並んでいる。ここは二人の居住スペースのようであった。窓は三箇所。ドームの形状に合わせた窓が、そこが地上からかけ離れた位置にその場所が存在していると言う現実を叩きつけている。嫌でも目に入ってしまうその窓からは、ただ水色しか見えない。それは紛れもなく空、であった。
秋達が今立っている場所の後ろには赤い座席が二つ置いてある。映画館にあるようなしっかりとしたシートだ。そしてそのシートには、黒いベルトが一本斜めにかけてあった。秋達のいる場所の丁度反対側にも同じようなシートがある。
秋達が昇ってきたのは、秋達の後ろにあるシート。そこに座ってエレベーターのように昇ってきた。
(それにしても・・何でこんなところに。)
(ひやひやしたぞ?)
いきさつはこうだ。
その塔ともとれる場所に秋達が辿り着いたとき、秋達はその塔らしきものを、ただ意味もなく作られた柱のようなものだと思っていた。昔のヒトが何かを崇拝するため、もしくは何かを天に捧げるためにこの柱を作ったのだとか考えてみた。しかし、それは、少しの間ぐるりと回ってみてから気付かされる。そこには標識があったのだ。
「塔の街」
と。そして住民がたった二名しかいないということも親切に書かれてあった。
しかし、秋達の目に入ったのはそれではなかった。その隣にあった頑強そうな銅像だ。目は吊り上り、眉間に皺が寄り、それは金剛力士像を思わせる屈強な身体。誰もが息を呑むような怖さ。
そしてその銅像からはこんな音声が流れたのだ。
「は・・入りたいのなら・・・こ、ここに乗ればいいんだからねっ!!」
微妙にツンデレ。しかも何か間違っている。
見れば銅像の横には座席が二つ置いてあった。それが秋達が今乗ってきたシート、秋達の現在後ろにあるシートである。
「まさか、こんなに高くまであんなシートだけで昇ってくることになるとは思いませんでした。」
「だな。地面が離れていくたびにひゃあひゃあ声を出してたものな。俺もちょっとひやっとした。」
「そうでしょうそうでしょう。」
「そのまま落ちてしまえばよか・・・ブツブツブツブツ」
「・・・眺めは最高でしたが、ここまで高くなると少し足もすくんできます。」
「だな。どのくらいまで来たんだろな。」
「凄いでしょう凄いでしょう。」
「落ちたら確実に死ぬ高ささ・・・フフフフフ。」
何か彼女の本性が垣間見えたような気がするが・・・きっと気のせいだろう。二人は苦笑いして聞かなかった振りを決め込む。その態度に、忍び笑いを含ませた女性がするりと男の後ろに隠れるようにたつ。あまり目立ったことはしたくないらしい。
というか、男はこの女性の裏の声が聞こえていないのだろうか。
「私はこの街に住んでいる唯一の男です。そしてこちらの美しくて可憐で品のある女性は、私が連れてきたまぁ、秘書のようなものです。」
どうやら、聞こえてないらしい。
「それで?何故ここにこんな街を?というか、ここって・・・街なんですか?」
「こんな高い場所じゃ誰もこないだろ?それにあの銅像のこともそうだし。それに・・住む場所はここしかないようだしな。街としてはちょっと寂しすぎるんじゃないのか?」
そう秋とラークが言うと、男はずっと笑ったまま、女はけっとか吐き捨てながらこちらを睨んだ。
二人は引きつった笑いをして、男はまったく気付くことなく豪快に笑ってみせている。
「君達が考えている街とは、住人が数多に集まって、家や広場や公園や・・そんな集落を作って暮らしているものであると思うのだが。違うかい?」
「ええ、そうですね。」「まぁな。」「ってかそれが普通なんだよ。けっ。」
聞こえていないのが心苦しい。
「しかし私はこう考えているのです。ヒトが住んでいて、それを街と認識していれば・・そこはどんなに小さくても、どんなにヒトが少なくても街・・なのであるということなのです。だから、敢えて私は言い切ろう。ここは、街・・だと。ここは私の元いた街の技術で作られた場所だ。一からしっかりとした土台を作り、世界一の高い施設を作ろうとした。しかしあまりにも高すぎて使うものがいなくなってしまったのだ。だから、格安で誰も使わないこの物件を・・・私が喜んで使うことになった・・というわけだ!!」
「はぁ・・なるほど、そういうわけですか。」
「なんとかは高いところが好き・・って言うしな。その馬鹿に付き合ってる私も相当馬鹿者だろな。ふふふ、それでも馬鹿は馬鹿で楽しいんだな、これが。ふふふふ。」
「へ・・へぇ、そうなのか。」
「凄いですよね〜。そしてあのエレベータはこの付きの女性が考案したんです。なかなかいい眺めを楽しむことが出来たでしょう?お客様も喜んでもらえたようだぞ、よかったな。」
「そうですね。本当に良かったです。」
「!?」「!!?」
女性の変わりようには驚きだ。男の前では上品に振舞っているようだ。男の評価が高いままなのも納得がいく。おしとやかに対応するその姿は確かに可憐で美しい。気付けば後ろに白い花を背負っててもおかしくないかのような可憐さである。
「けっ。」
その態度がなければ、の話だが。
「それで?ここにはこれしか施設がないんですよね?」
「そうですよ?」
「下の柱の部分にヒトが住んでいたり・・ってのも考えはしたが、いないんだな。」
「そうですよ?」
「じゃ、この街の中で見るところっていうのは??」
「ここだけですよ?」
「それだけ?」
「だから眺めがあるんじゃないですか。」
秋とラークは何かが口から思わず言葉として出そうにはなったが、敢えてそこは飲み込んだ。
「言っちまえよ。こいつ頭おかしいんじゃないか、ってな。ひひひ。」
言ってはくれたが。勿論、聞かなかったことに。
女性の方は、ただ馬鹿な男を見て楽しんでいるようだ。
いや、違う。
きっとたまに来る客達の対応をしながら、男が馬鹿な対応をするたびに楽しみを感じ、さらに男には聞こえないような声でお客に本性を晒し、苦笑するのに楽しみを感じているに違いない。
きっと塔のあのツンデレ銅像も、あの女性の考案に違いない。
あぁ、どこかで監視していたのだろう。ツンデレ銅像を見ていたときの顔を眺めながら、一人馬鹿笑いしていたのだろう。勿論男の気付かないところで。
少しの間周りを眺めて、歩き回って、外を眺めて景色を堪能し、それだけで街見学は終了した。座る場所も飲み物も提供されないので、自然といる時間は少なくなる。
まるでちょっとした灯台に来た気分だ。
入って、最初は高いね、うん高いねと騒ぎ立てるが、面白みを失くしてしまう。ただ高い、それだけで終わってしまうのだ。
見ている間は、男も女も喋らない。それがただの観光地として拍車をかけてしまっている。
だから見たら終わりだ。
「それじゃ、俺達はこれで失礼します。」
「そ・・そうだな。」
「もう帰ってしまうんですか。寂しいですね。もう少しいませんか?」
「へへへ、やっぱり馬鹿だよな。思ったろ?思ったろ?」
「・・・俺達も先を進まないといけないので。」
「使命が俺にはあるから・・。」
「それじゃあ、帰りはこちらのシートでお帰りください。そちらは昇ってくるためだけのシートなんでね。降りるときはまた楽しい景色が見られるはずですよ。」
「そうですよ〜。」
にこにこと笑う男。にやにやと嫌な笑いを男の後ろで浮かべている女。
秋とラークは、女の笑顔が気になってしょうがない。何故か、男の言葉に賛同するような言葉を言っただけなのに寒気のようなものを感じるのは気のせいだろうか。
違和感が・・あったのだ。しかし、その原因に秋とラークは気付かない。でも何かが違うと言うのは感じ取れる。その違う・・というものが嫌な予感に直結しているのは分かる。
「それでは、ここに座ってください。」
「は・・・はい。」「お・・・おう。」
そして秋とラークが登りと同じようなシートに腰掛けたとき、女は言った。これから起こることが楽しみでたまらない・・・というような嫌な笑顔で。
「しっかりと腰掛けてくださいね。」
瞬間。
シートが自動的に作動し、ベルトが飛び出した。それは登りのときとは違うものだ。
まず、登りの時は飛び出したりなんかはしなかった。それに何より固定が一本のベルトだけでない。四点式。そして腰にもベルト。両肩から斜めにたすき掛けのように黒いベルトが張られ、さらには腰までもぎっちりガードされている。
極めつけの男と女の言葉がこれだった。
「楽しんでくださいね。命名・・・“地獄へのラプソディー”」
「私の考案です。」
そして、急に足元が両開きでなくなった。下を見れば遠く遠くに地面が見える。
外の空気が入って、服がばたばたとはためく。
目を点にして正面を見れば、男は純粋に笑っていた。その笑顔は罪だ、とそう直感。
女は男の後ろで馬鹿笑いを堪えて顔を歪ませていた。あんたは犯罪だよ。
その時、はめられた・・と二人は悟った。
この異常なまでの固定は。そしてその嫌なネーミングは。そして外は真っ白、中は真っ黒のこの女性が考えたと言うその機能は。おそらくは。
え・・・この高さから?
「ちょ・・これ、もしかしてフリーフォールってんじゃ・・。」
「え、まっさか。まさかまさかまさかまさか。」
まさかと言いながらラークは既に引きつった笑いを見せている。
「それでは、この街に来てくださってありがとうございました。」
今まで、こんな残酷な感謝を受けたのは初めてではないだろうか。
「ふふふ、落ちろ。」
そして、ここまで残酷な女を見たのは初めてではないだろうか。見れば女の耳にはイヤホンがはまっている。
(聞く気だ。)(悲鳴を聞くつもりだ。)
男が手をにこやかに振った。
女性が後ろで口に手を当てて笑い、さらに親指を立て、そして・・・ひっくり返した。
“逝け”と“下へ”の合図だ。
「ちょっ、待っ!!やっぱ・・」
「そ・・そうだそうだここは穏便に・・って」
「あああああああああああああああああああああっあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
そしてシートは遊園地のフリーフォールのように落ちていく。
すぐに開いた扉は閉められた。
「前に来たヒトも言ってたが・・・。何か今のヒト達もフリーフォールがどうとか言ってたな?何だフリーフォールって。」
「さて、何ですかね?私にも分かりません。」
「そうか。まあ、今回は反応がイマイチだったが・・きっとここをもっと気に入ってくれるヒトが現れるだろう。」
「そうですね。それまでゆっくりと待ちましょう。」
そう言って二人で笑い合った後。
「ふっふ〜ん♪へへへへへへへへへ。」
女が上機嫌に鼻唄なんてするものだから、男はその女の上機嫌の顔にまた惚れ直す。
勿論、へへへへへ・・・の部分は男には聞こえていない。
そうして泥沼にはまっていくとも知らずに。
「これだから辞められねぇ。ふふっ。」
悪戯は私の生きがいだ、女は笑った。
「えーっ、もう帰っちゃうのぉ?また来てねぇ。待ってるからぁ。」
「来るか。」
秋は銅像を蹴飛ばした。