第一話 入れない街 PART1〜やる気はあるのか〜
周りを背の高い木々に囲まれたその場所に、一つの街があった。周りを外から見えない背の高い壁に囲まれ、正面入り口には2メートル以上もある鉄製の扉がまるですべてを拒むかのように聳え立っている。そんな堅固な扉とは対称に、その扉の脇には小さな木製の簡素な小屋が建てられていた。中に誰かがいる気配はまったくない。それでも、何かが動いている気配だけはしていた。
あるのは部屋の奥の壁に貼り付けてある端末。15センチ四方のその端末は、今は黒い画面を映し出しているだけである。待機状態になってもうどのくらいたっているのか、それは誰にも分からない。
そんな街に向かって、一人と一匹の旅人が近づいてきていた。
一人は人間の少年、小向井 秋。黒髪に幼い顔つきをして、背は170ぐらい。暑いのか黄緑のジャケットを腰に巻きつけ、黒いシャツ一枚にグレーのリュックを背負っている。
一匹は狼、ラーク。銀色の毛と額のグレーの毛を持ち、さらに額には異様な紋章が浮かび上がっている。彼のモノクロの姿にアクセントをつけているのは首輪の赤と金色に輝くペンダント、さらに右前足につけている黄緑色の布である。
「やっと着いた・・。今日はここで休めるかな?ラーク。」
「だろうな。やっとまともな食事が出来る・・。ふぅ。」
ラークが空腹をうったえると、それに呼応するかのように大きく腹の虫がないた。その音を聞いて、秋が眉根を寄せた。
「うはっ、でかっ・・・。まぁ、ここんとこ野宿が続いていたからな・・・。今日はちょっとだけ奮発していいもの食べようか。」
「おぅっ!!秋、太っ腹だなっ。俺はとりあえず肉だな。そんでもって次は白飯とパンと麺と・・・。」
「炭水化物ばかりだ・・・。」
秋は自分の財布を確認して、なんとかなるかな・・と小さく呟いた。二人の旅の金庫番は秋が受け持っている。大飯食らいのラークを、上手い具合に抑え付けて、時々サービスして・・・もうすでに扱いには慣れている。しかし旅というものは何があるか分からないもので、街によっては簡単に金が出て行ってしまうことがある。そういった場合は最低諦めるしかない。街を訪ねるたびに売れそうなものを売って何とか工面してはいるが、簡単にノートが真っ赤になってしまうほどのじり貧生活である。
ラークが言う事をまったく聞かないやつだったら、秋はもう随分と早くにラークを手放して、自力でも時空管理局を目指していただろう。ただ、その分戦力にかけて途中で死んでしまうのがオチであろう。秋はラークと出会えた事を、心から良かったといまさらに感じる。
彼らは街の前にまでたどり着いた。扉の前にまでたどり着いて、その堅固さに思わず感嘆の息を漏らした。
「ここ・・・こんなに頑丈になってるけど・・・入れてくれるのかな。」
「何だか、人が住んでいるようには感じないけどな・・・。」
二人は周りを見回した。しかし門番となるようなヒトは誰も居ない。何か自動で開けられるボタンなどが存在するのかと探してみたが、扉から続く壁には傷すらも見えない真平らな壁面が続いている。ヒトの気配はないが、やはり近くに設置してある街とは対称的なちっぽけな小屋に何かがあることは明確だった。
「お邪魔します。」
そう言って、秋とラークは小屋におそるおそる入る。中はやはり何もなく、奥に一つの端末があるのみ。その端末も動作していないように見えた。
「あるのはこの端末だけか・・。これ・・動かせるかな?」
「どうだろな・・・。でも、これが動かないと街には入れないことは分かりきったことだと思うのだが・・。」
どうやら取り外せる端末だったらしく、秋がそれを取り外して床に置いた。その端末は何もボタンらしきものは何もなく、ディスプレイ、そして音声が出るのであろうスピーカーの網目があるのみだ。裏返してみれば、電池を入れたりする場所だけでなく、分解するためのネジ巻きの場所すらも見当たらない。おそらく、この端末は高度な技術を用いている機械で、中で自動的に電気を生成することが出来る機能がついているのだろうことを予想させた。その証拠に、耳を近づけてみればファンが回る音が少なからず聞こえていた。
床に置いて、二人で覗き込む。それでも端末はうんともすんとも言わなかった。
「壊れてるんじゃないか?この街、ヒトがいる気配しないし・・・壊れたまま直すヒトもいない中こうやって放置されていたってことか?」
ラークがそう言って、画面をこつこつと叩いてみる。
「でも動いてはいるみたいだしね。壊れているとしたらディスプレイのほうかな?」
そう言って秋が端末を持ち上げ、上下に軽く振ってみた。・・・何も音はしない。
「ちっくしょぅ・・やっと街を見つけたと思ったら入れないなんて、何の為の街だってんだよ!!」
「・・・まぁ、旅人のための街ではないからね。入れないなら入れないでまた歩くしかないよ、ラーク。」
「くそっ!!」
そうラークが毒づくと、秋は小屋の中の小さな窓から外を眺めた。陽はもう傾き始めていて、あと2、3時間もすれば辺りは真っ暗になるだろうことは容易に感じられた。
「・・・今日もまた野宿か。やれやれ。」
そう言って秋はリュックの中を確かめた。次の街までどのくらいかかりそうかを簡単に推測して、食料の日分割を頭の中で行っていく。あまり多い量は・・・期待できない。
秋が考え込んでいると、毒づいていたラークの声が急に止まった。それに違和感と少々の悪寒を感じた秋は、ラークを見た。
「・・・ラーク?」
そう秋が尋ねる。
「秋・・・こういうときはどうするか、知ってるか?」
「え?こういうときって・・・」
ほわちゃぁぁぁあ!!!
「って、質問無視かよっ!!」
高らかな声と共に音が響いた。
ばきっ!!!ぐるぐるぐるぐるぐる・・・・がーん!!
ラークが端末を思い切り横払いしたのである。端末は回転に回転を重ねながら床をすべり、壁に思い切りぶつかった。木造の小屋の壁が、少し変形した。
「ラーク・・機械は丁寧に扱わないと・・・だからラークのペンダントも・・・って、ぇ?」
ぶぅん
古典的な方法ですっ飛んだ端末が、小さな音と共に鈍く光り始めた。
「へへへっ、やりぃ。」
そう言って、得意げに笑って見せたラークに秋は軽く頭を撫でてやる。不満そうに。
「あー・・よしよし。」
「え・・あ・・てへへ。」
ラークは満足そうだ。
すぐに秋は端末を拾って、ラークが飛ばす前の位置に戻した。すると黒だった画面がうすぼんやりと発光していき、何かを読み込むような粒子の流れが右から左へと動いた。そして次には画面上に立体像が浮かび上がる。大きさは手の平の上に乗るほどの小さなもの。現れたのは警備服を着た人間で、一度敬礼をした後そのまま直立の態勢に変わった。
「ホログラム・・・か?凄いな、やっぱこの世界は。」
そう秋が感心して、ラークは言葉も出ずにホログラムに手を何度も通している。それでもホログラムは切れることなく浮かび上がり続ける。そして小さな警備員は口を開いた。
「この街は○○年からヒトが住んでおらず、放置状態にあります。しかし街は高性能ロボット達の働きによって、常に清潔且つ住みやすい状態に保持されております。よって旅人様大歓迎、ここに住み着いてもよし、何日か決めて滞在するもよし。その間のあなたの身の安全は、絶対的に保障されます。どんな輩から狙われようと、絶対に大丈夫です。セキュリティシステムの絶対性を見られるビデオを見ますか?」
単調な声でそう喋って、画面上にイエスかノーかが現れた。押すボタンがないことを見ると、音声認識をしてくれるらしい。
「凄いな・・ホント凄い。どうやって出来てるんだろ・・。これ、自分の世界に持ち帰ったら凄いことになるぞ・・。」
「うっはぁ・・こうやっても消えないぞ??何でだ何でだ??」
そうして二人が感心して返答を忘れていると、もう一度見ますか見ませんかと尋ねてきた。
「・・・いいなぁ。こういうのが現実世界にあったら俺、大金持ちに・・・。」
「なぁ、秋。何か聞いてるけどいいのか?」
(さっさと答えろよ、このうすのろ。)
「ん?」
何だか小さな声が聞こえたような気がしたが、それは本当に小さい声で聞き取ることは出来なかった。画面上の笑顔が、何故か少し引きつっていた。
「あぁ、なになに。セキュリティに関するビデオ・・か。ちょっと見てみたい気もするな。どうする?ラーク。」
「俺はどっちでも。」
「じゃぁ・・・イェ。」
そう言いかけた瞬間。
「尚、このビデオは10時間ぶっ続けで行われますのでご注意ください。」
「「ノーで!!」」
秋とラークは同時に叫んだ。画面上の警備員が、ちっと舌打ちをした気がするが秋達がほんの一瞬目を逸らした時にやったものなので、見られませんでした。
「はい、それでは入国の為に少し質問をさせていただきます。また、この質問の回答はこちらで判断して審査終了後には厳重に処分させていただきます。よろしいですね?」
「はい。」「おうよ。」
そう言って、警備員はコホンと一度咳払いをしてから、喋りだした。その内容は、滞在日数やら滞在目的やら滞在人数、旅の目的やらどんな旅を続けてきたか、どんな人に出会ってきたのか、二人の出会いから今までの経緯に、この世界の歴史。
さらにさらに今日の天気から今日の気温の変化について、周りの状況について・・・。
あらゆる質問が成された頃にはもうとっぷり陽は沈んでいた。
「さて・・・その次ですが。」
そうさらに切り出そうとする警備員の前で、秋とラークが腹の虫を鳴らしてへたっていた。
「あの・・・いつになったら入れてくれるんですか・・・?」
「ぅ・・・。」
食べる間もなく質問をされるので、ラークはもうすでに喋る気力すらない。
「えっと・・・。」
そう言って、どこからか分厚い書類を取り出した警備員はにっこりと笑ってぱらぱらと書類をめくりだす。おそらくそれが質問する内容なのだろう。
その枚数・・・ざっと100枚。そしてその紙に質問は10個。つまり1000問。
・・・・まだ半分も行っていない。
今はここだから、と言ってぺらぺらぺらぺらぺら(ぺらかける40枚)めくった姿を見て、秋は愕然とし肩を落とし、深いため息をついた。
「えー・・それ全部答えなきゃいけないんですか?」
「え?そうですね。本来なら全部答えてもらいます。あと・・・えっと、723問ですね。」
「う・・・。」
「・・・・。」
このままだとラークが死にそうだ。秋はラークに小さな声で、リュックの中の食料をちょっと食べていいと告げた。するとラークは突然飛び上がってリュックの中を勝手に探り、中にあった食料を食べ始めた。秋にも手渡し、秋はそれを口にする。
「ん・・もうこんな時間ですか。仕方ない。次の質問で最後にします。」
その言葉をどれだけ待ちわびたか。くたくたになりながら、秋はじっと端末から出る警備員を見つめた。ラークも、食料を一度飲み込んで見つめた。
「さて、最後の質問・・というかここでは最後に問題を出させていただきます。それに答えられたら入れてさしあげます。まぁ、ここで答えられなくても食料くらいは差し上げましょう。この小屋は見た目はしょぼいものですが、意外に高性能なつくりをしていましてね。携帯に便利な食料をこちらで指示すればいくらでも出してくれるんです。さて、それでは最後の問題に行きましょうか?」
「食料が支給されるのなら・・まだ何とかなるか。」
「俺は・・・もうここで寝てもどっちでもいい。」
二人が警備員に聞こえないようにつぶやいた。
「さてこの問題では・・・街で昔から伝えられた問題を出させていただきますね。それでですね、問題はフリップで出されますので、そのフリップに書かれている問題をしっかりと読んで、一分以内で答えてください。勿論、正解すれば街に入れて極楽三昧。もう二度と街から出られないくらいに気持ちよく快適な暮らしが待っていますよ。間違えても食料はゲット。悪いことはないですよね?フリップを今出しますから・・・よぃしょっと。」
そう言って警備員はまたどこから取り出してきたのか一枚のフリップを前に出した。今は問題は下に向けられているためまったく見えない。
(こんなときだけアナログか・・・まったく訳が分からない・・。)
(もうどうでもいい。)
二人はもうすでに飽き始めていた。食料がもらえると保証がついたことで安心したのか、やる気が感じられない。二人は快適で贅沢な暮らしなんて期待していないし、旅を続ける身であるためずっとここに留まる気は毛頭ない。それでも、贅沢で快適な街での生活・・というものにまったく興味が湧かないわけではない。正解できたら正解できたで少し滞在して街を出ようと思っていた。二人居ればどちらかがそう切り出すとお互いが信じているからだ。
「それでは・・これから一分間。頑張ってください!!どうぞ!!」
そう言って警備員はフリップを前に出した。すると警備員の姿が消え、フリップの拡大図が浮かび上がってきた。そして、画面上に制限時間と問題が表示され・・・
「・・・」「・・・」
二人同時に絶句した。

すべてがカタカナ。それでいて小文字大文字の区別すらされていない。そして文章は物凄くながったらしくてカタカナである文章をたった1分で読むのは間違いなく無理だ。それでいてよく見てみれば問題は簡単そうに見えて“フェルマーの最終定理”という相当の難問である。というか・・・解けるのか、これ・・?
「ぶー。時間切れ!!」
警備員が人を小馬鹿にするように前でばってんを作り、口を尖らせて言った。物凄く嬉しそうな気がした。さらにくるくるとその場で踊るように回転し、ふんふんと鼻唄まで歌ってみせる。
その姿に、秋達はいらっとさせられた。
「ざーんねんでしたぁ。街への入場は出来ませんー。ざーんねんでしたー。食料はげーっとですが、ざーんねんでしたぁ。」
「・・・・」「・・・・」
「えーっと・・街に入れる気、さらさらないですよね?」
「だよな?」
凄みを利かせてそう秋達が言っても、警備員は笑い顔を崩さずこちらに向き直った。
「えー?そんなことないですよー?」
(嘘だ・・。)(嘘だな。)
からかうように警備員は言った。悪気はないまったくない、という感じで楽しそうにまた踊り始めた。秋は拳を握って殴りたくなる衝動に駆られたが、ホログラムを殴っても相手に何も影響がないのは分かりきっていた。もしいるなら軽くじゃぶじゃぶじゃぶ・・・そして右ストレートをお見舞いするぐらいしてやろうかと思ったのだが・・・。(軽く?)
「それじゃー。食料は今出ますからねー。ほいっ。」
そう言うと、すぐに食料がごろごろと出てきた。肉に魚に野菜に携帯食料に、さらには日用品まで。これは嘘ではなかったらしい。
秋達は食料を詰められるだけ詰めて、持ちきれない分は袋に入れて両手で持てるようにした。そうして、リュックを背負いなおす。まるでどこかの買い物帰りのおばちゃんのような風体で(リュックは赤ちゃんか?)ふん、と気合を入れる。
ここに少しでもいたくないとばかりに、もう準備は万端だ。怒り心頭にここで今日の夜は過ごしたほうがいいんじゃないか、ということなどさっぱりと忘れていた。
「ラーク、それじゃ行こうか。」
「おー。」
もう用なしとばかりにその場を後にしようとすると、踊っていた警備員が笑顔のまま敬礼をしてその後げらげらと笑いながら言った。そして拳を頭にこつんと当て、舌をちょろっと出した。目は片方だけウィンク。
「またのお越しをお待ちしておりまーーっす♪てへへぇ。」
「・・・っ!!」「がぁっ!!」
その瞬間秋の光の矢が、ラークの爪が端末を直撃していた。すぐに端末は鈍い音を立てて画面に蜘蛛の巣上のひびを入れて壊れた。忌々しく笑う警備員も姿を消した。
「誰が来るか、こんなとこ。」
「ふんっ。食料だけもらえたことは感謝してるぜ、ありがとよっ。」
つっけんどんに秋とラークは踵をかえし、乱暴に扉を開けてその場を後にする。来た道を戻り、途中の分かれ道まで。そして別の道を二人、大量の荷物と共に歩き出した。
二人が分かれ道当たりまで来たとき、すでにもうゆっくりと夜が白け始めていた。
そして・・・。
ここは誰もいないはずの・・その問題の街。
「ぎゃははははは!!よくやったな、お前。今回の旅人への嫌がらせ、最高だったぞ。特に最後のフリップ問題。あんなん誰だって答えられねぇっての。どれだけのやつらがあれに挑戦して挫折してったと思うんだよ。なぁ!?見たか、あの旅人の呆けた顔!!これだからやめらんねぇな、おい!!」
そう言って、中年のでかっ腹の男性がもう一人の太った青年を叩いた。青年は痛そうに顔を歪ませることもなく中年の男と肩を組む。がはははと下品な声が響き渡った。
「だろだろ〜?たまにだけど来るやつをこうして追い返すことの何て楽しいことか。食料は際限なくあるし、それと引き換えにこんなおもしろいもん見れるんだから満足だな!!ははははは。」
そう言って、中年の男性とがっつりと拳を合わせた。
二人はこの街の住人。そしてこの街にはこの二人のみが存在している。言ったことは間違いではない。街は機械が発達してすべてやってくれるし、食料だってすぐに調達できる。何だってやってくれるから、ヒトのやることはまったくない。だから彼らはこうして遊んで遊んで遊びまくっているのだ。
「さて、次来る旅人にはどうしてやろうかな?今度は俺の番だぜ?お前がびっくりするような、それでいて旅人が思い切り嫌がるような方法考えてやるよ!!」
「そりゃおもしろい。期待してるぜぇ!?」
そう言ってまたがはははと笑いだす。
「そういやあの端末はどうすっか。また派手に壊れちまってるし。」
「どうせ機械が感知して直してくれるさ。アンタはさっさと考えて機械にどんな対応させるかプログラムさせるんだな。」
「わーってるって。」
「へへへ、この辺には街がないからな、ほいほい旅人がきやがる。さぁて来い、そんで俺達におもしろいもん見せてくれよな。がははははは!!」
「はははははは!!」
彼らは街の外に出ることはない。機械がすべてを世話してくれ、何もしなくてもいい生活が出来るからだ。外に出る必要なんてまったくない。ここで生活するだけで最高の安全性と最高の贅沢が保証されるからだ。彼らは二人、地下の小さな部屋でずっと旅人を待ち続ける。
ただ自分自身の欲求を満たすために。
そして今日も、何も知らない旅人が・・・・この街を訪れる。
誰も知らないその街の名前は・・・。
エヌ・イー・イー・ティー。
つまり・・・・。
ニートの街。