「お・・・。」
先に目が覚めたのはラークのほうであった。何度も言うように、早起きが苦手な彼が秋より早く目覚めるのは何百回に一回の確率である。だから今回の目覚めはその何百回に一回という稀有な確率から生まれた偶然なのである。
そして広がるはまだ暗闇の世界。空気は心地いいぐらいにあったかいものであるし、布団の柔らかさが鼻をくすぐる。
その温かさに甘え、眠っていたいと思う。
毎日のように来る、痛みを回避するために起きていたいと思う。
だが、やはり視界は真っ暗。暗闇。明らかに夜であると感じられる黒。
「まだ・・夜、か。この時間じゃいくらなんでも早く起きすぎだよな・・。」
そうつぶやいて、一度ゆっくりと伸びをする。覚めきっていない眼を擦るのも忘れ、そのまま布団にもう一度顔を埋める。
「うー、幸せー。」
すぐにまた眠気が襲ってきた。横でうぅっと小さくうめく声が聞こえた。秋の声だ。
その声を最後に、またゆっくりと眠りに落ちていく。
ちなみに。
思っていたより事態は複雑なもので。
もうすでに朝になっていた。ラークは布団にもぐっていたため、外の光に気付かなかった。
寝ぼけた頭で布団に顔を埋めて、結局はいつもと同じ。さらにもう一つ、複雑な事態があった。しかしそれも気付かず。
変わらない日常。しかし変わり、流れる日常。
「いったぁぁぁああああ!!」
そして二人も、変わらなそうで変わっていく・・・その日常。
二人はまたこうして目覚める。
最終話 二人の旅立ち
「え、何?どういうこと?」
秋は、目を擦っても擦っても変わらない目の前の状況に目をぱちぱちさせていた。
しかしそれはどうやっても変わることなく、自分自身の姿を見てさらに首を傾げていた。目の前で頭をさすりながら、でかいあくびをしてまだ眠そうなラークは・・・
「いってぇなぁ・・・もうそろそろ普通に起こしてくれても・・・って、あれ?」
二人で数秒固まって、布団の上でただ座って。
「あれれ?」
秋は・・人間の姿。元の姿。
「ラーク・・一体、これって・・。」
まだクエスチョンマークを頭の上に浮かべて全身をくまなく眺めているラークは・・・
手、足、胸、腹、毛、尻尾・・その他もろもろ。それはまるっきりの・・
獣人の姿であった。
「・・・え?」
ラークは秋の方向を向いて、しかしその瞳は虚空を見つめるようにぼんやりして、ただ固まっていた。少ししてはっと目を覚まして、これは夢だこれは夢だと呟き始める。
そしてパタリとまた布団に横になった。数秒で寝息が聞こえる。眠った。
その経緯を横で眺めていた秋も、固まっていた。しかしラークがぱたりとまた床についたのを見ると、
「ちょ・・・ちょっと待てぇぇぇええ!!」
がすっ!!
容赦なく叩いた。
そしてここはラグの家リビング。
「え、何?どういうこと?」
先に起きていたラグが、秋とまったく同じ感想を漏らした。そして二人はただ首を傾げる。
「分かりません・・。朝起きたらこうなっていて・・・。」
「俺も知らね。」
自分のことであるにも関わらず、ただ首を傾げるラークはラグに原因を尋ねたが、ラグはお手上げと言わんばかりに首を横に振った。
「おはようございます。秋君たち起きてます?・・・・って、え?」
そのとき、扉を勢いよく開けてニックが中に入ってきた。ちゃんとベルぐらい鳴らせよと愚痴っているラグを余所に、ニックは秋達を見て止まっていた。まったく同じような反応である。そしてニックは、一度ラグをにらみ付ける。自分に疑いがかけられたということを暗に悟ったのだろう。ラグは手の平をニックに向けて必死に否定していた。最初の時よりは信用度は上がっているらしく、ニックはすぐに肩の力を抜く。
「で・・・何?どういうことです?」
ニックが同じ台詞を吐いたことで、その場にいる皆が大きくため息をついた。
ラークが人間型であればまだいい。もしくは獣型に戻っていれば万々歳であった。しかし、ラークがなったのは獣人型。秋達が飲んだ薬の効果は、人間型から獣型へ、さらに獣型から獣人型へ、そして元の形へ戻るというサイクルを発生させるという。となれば、ラークがなるべき姿は獣型。つまり元の姿である。よってこの変化はおかしい。秋が人間型に戻っているから尚更である。
「ラーク、何か変なもの食べたんじゃないか?寝ぼけてラグの家の薬勝手に飲んだとか・・そんなの身に覚えはない?」
「おい、お前俺のことをどう思ってんだよ・・。」
「何にせよ、こんな状態になったことを考えないとな・・。考えられるのはいくつかあるな。まず、あの薬が獣型だけが特異な変化を及ぼすということ、次に、この変化が切れる前の変化であって、一度一日前の変化に戻ってから次の過程に進むということ。まぁ、これなら秋は人間型に戻る前とかは獣型に戻っていることになるな・・。」
そう言って指折り数えて、ラグは秋を見た。
「寝ている間にそんなことが起こったっていうなら分かりませんけど・・・。おそらくはそんなに身体の変化が頻繁に起こるとは考えられないんですけど・・。」
秋が顎に手を当てて考える。ラークに皆の視点が集中して、バツの悪そうにラークが目線を泳がせる。
「考えられることが・・一つ、あります。」
ニックが手を挙げて、それから少し躊躇うように話した。
「ラーク君に・・元々からそういう力があるとか、そんなことないですか?」
「え?」「え?」
二人の声が重なった。
「私が風の噂で聞いたことなんですけどね。戦闘に特化した、姿を変化させることが出来る獣を集めた集団を作った・・という話を聞いたことがあるんですよ。おそらくは・・・時空管理局での研究の一環であったと思います。例えば、パワーは劣りますが背の低さと俊敏さを生かした獣型。そして逆に俊敏さでは劣るものの、パワーと器用さに長けた獣人型。その両方の特性を持つことで多くの災事や任務に特化したものたち。」
「俺が・・そうだって言うのか?」
しんと静まりかえった中、やけにラークの声が響いた気がした。そしてそのときだった。
ラークの身体から鈍く光が発し、それがゆっくりと大きくなってラークの身体全体を包み込んだ。そしてそれが収束する頃には、ラークは獣型に戻っていた。
「あ、戻った。」「お。」「お。」
皆が揃って声をあげた。
「やっぱ、ちょっとした特異変化だったんだな。うん、戻れて安心だ。この感覚、何だか懐かしいなぁ・・。」
ラークが全身を眺め、手を上げ足をあげ、さらに身体を舐めた。
「おうおう、これで一件落着ってやつだな!!俺への疑いも晴れて、万々歳ってやつだ。」
そうラグが高らかに笑うと、ニックがラグを睨み付けた。ひっと喉から息が漏れる。
「そもそもの原因はあなただったんですからね?分かっていますか?」
「・・はい。」
そんな二人のやり取りを見ながら笑っていると、秋はふと違和感を覚えた。
(何か・・ラーク、違う?)
そしてすぐに気がついた。
(あ・・額の紋章が、少し薄くなっている?気のせい・・かな?)
いつもは濃く黒色で着色されていた紋章が、少し濃く灰色になっていた。しかしその変化は微々たるもので、本当に変化したかどうかは分からなかった。
「とりあえず、俺ははずしておいた首輪とか・・つけてくるからな。朝飯、お願いしまっす。」
「あいよっ。」
「ったく、いい気なもんで。」
ラークがリビングから消えて、その場に残されたのはラグとニック、そして秋。
キッチン近くのテーブルにニックが着くのにならい、秋もテーブルに着く。ラグはキッチンに立って、朝ごはんの準備を始めていた。
「さっきの話・・・本当なんですか?」
秋が、テーブルに手をついたまま話した。
「何の話です?」
「獣型と獣人型の両方の変化を持ったものの存在のことです。」
「先ほども言ったとおり、風の噂でしかありません。何せこの街は、こんな森の中に囲まれたような場所にあるので、外からの情報があまり入ってこないんです。だから、本当に噂でしかありません。何か気になることでも?」
「きちんと戻ったんだから・・いいんじゃないのか?」
秋が、一人考え込んでから目を向けた。ニックは両手を顎に当て、頭の体重を支えながら秋の言葉を待つ。
「これは・・憶測なのですが・・・。」
少し躊躇ってから秋は話し出した。
「さっき言っていた・・その集団が行う特別な任務には、もしかして暗殺とかそういうのも含まれていたんじゃないでしょうか。」
「!?」「・・・。」
包丁を打っていたラグの手が驚きで止まり、ニックが黙った。
「さっき、少しニックさんが言うのを躊躇ったのはそういった理由からなんじゃないですか?ラークがもしそんな集団にいたら・・・ラークがそういうことをやっていたかもしれない・・という疑念を持たせることになる・・。違いますか?」
秋がなるべく静かに話すと、ニックは頷いた。
「・・・察しがいいですね。噂、というのを強調したのも・・それが気がかりだったからです。はっきり言いましょう。あれは・・ほとんどが確かな話です。そういう集団が、時空管理局で結成されていたことが、あるんです。その任務は、表向きは災害時の救出、建設現場の手伝いなど・・いいことばかりではあるんですが。裏では結構黒いことやっていたみたいですね。」
「俺が聞いた話では・・皆から反感をかっているもの、反感をかっているのに手を出すことが出来ないお偉いさんを暗殺したり、未開の土地である場所を探索させて、兵器となるものの資料を探させたり、危ないことも多くやっていたそうだ。そんでもって、その集団の大半は幼い獣型、獣人型の子供が選ばれる。最初からそういった特異体質を持ったものは歓迎し、さらにまだ幼い子供を連れてきて・・無理矢理改造を行ったとかそういう話もある・・。」
食卓に一つ、一つ・・料理が並べられていく。お前も食べるんだろ?とニックに聞いて、はい頂きますとニックが返した。
「か・・改造?ラグさんも・・知っていたんですね。」
「そうです・・。私達は・・そういう情報を手に入れる術を以前の世界にいたときに知っていますから。そしてこれは本当に噂ですが・・その改造の中でちょっとしたイレギュラーも存在したようで。特異体質に適合しない子供は・・・処分されたりもしていたそうですよ。」
「処分・・。」
「それで、秋君は・・ラーク君がその集団の一人ではないかと思うんですね?」
「そう・・なのか!?」
ラグが口を抑えて声が漏れるのを防ぎ、さらに少しの間が空いた。
ラークはまだ戻ってこないらしい。遠くの方からあー、とかうーとか声が聞こえる。
何かをつけるのに戸惑っているのだろう。
「まだ・・言っていないことがあるんです。」
そう秋が切り出して、自分に会う以前のラークの記憶がないこと、さらに額の紋章がラークの何かを抑えているということ、その記憶と額の紋章が関係していることを二人に話した。ラークの額の話は、ラークが知っていることではないので、声をさらに抑えて話した。
「可能性は、大ってことか。」
ラグが朝ごはんの準備を終えて、手を布巾で拭ってから席についた。
「唯一、色濃く覚えているのが時空管理局に所属していること・・というのが中々気になることですが・・もしまた獣人型になるようなことがあれば、可能性はほとんど100%って感じでしょうか。」
「だが、記憶が消えているって事は・・何かしらの事故か、それか他人から記憶の干渉があったか・・・ってことだよな。どっちにしてもきっとラークには辛い記憶である可能性は高いな。無理に呼び起こそうとすれば何が起きるか分からないからな。」
「そう・・ですね。だから俺は、これからもラークを見守りながら旅をしていきたいと思っているんです。ゆっくりと記憶が戻るのを待ちます。記憶が戻らなければ、時空管理局で聞くまでですね。まぁ、最初は俺は守られ役でしたけど・・ラークがあんな性格なんで、どっちにしても目が離せません。俺が一人っ子だったんで、兄弟が出来た感じです。あっちが・・弟だと思っています。やんちゃな弟です。」
秋がそう言ってははは、と笑った。つられて二人も笑う。そのとき、奥のほうでがたがたとリビングに近づいてくる音が聞こえてきた。
「そろそろお開き、ですね。とりあえずはこれは保留ってことで。そのガトって人と、今度連絡取ってみましょう。ラグは・・機械技師に頼んで、体質変化が起こった際、勝手に服が着用できるようなものを頼んでみてください。すぐには無理でしょうから・・あと一日ぐらい、ですかね?」
「お、それならもうやっていたりする。あとで取りに行ってくるよ。」
「え・・?いつのまにそんなものを?だってこの話を出したのは今日が初めてなのに。」
秋が尋ねると、ラグが一瞬はっとした顔をして固まった。そして顔が引きつる。言ってはいけないことを言ってしまった。そんな顔である。
「ん?どういうことです?ラグ。もしかして・・またあの薬を利用して実験体に飲ませようとか思っていたりはしませんよね?」
ニックの後ろに何か黒いものが現れ始めて、ラグがそれを思い切り否定する。
「ち・・違うって、違うっての!!とりあえず今は朝飯だ!!な?な?」
明らかに動揺しているラグを上から睨みながら、ニックは少々納得出来ない様子でふぅんと一言発した。その姿を見て、ラグがただ引きつった笑いを見せた。
がちゃりと音がして、ラークが入ってくる。それを秋が迎えた。そして出てきた姿を見て、呆れた。ラグとニックも。
「ラーク・・随分と遅かったじゃない。何してたんだよ・・・って本当に何してたんだよ?」
出てきたラークは、確かに首輪に緑の布という装備をしていたが、毛が色々な方向にはねていた。何をしていたのかは・・・まったく想像つかない。
「ちょっと、ラーク。どうやったらそんな毛並みになるんだよっ!!何?アクセサリーつけるのにそんなに戸惑ったのか?」
「それよりっ!!朝飯朝飯!!それからでいいよなっ!!かーー、お腹空いた。」
「ちょっ、ラーク!!そんな格好で食卓につくなんて・・。あぁっ!!もうっ!!」
秋はそう叫んで、食卓につこうとするラークを押しとどめて手串で毛並みを揃えていく。
じたばたと動き回るラークは、少しして諦め、ただされるがままになっていた。
「むー・・。」
ただ唸っていた。
「こりゃ、もう一回温めなおさないとな。」
「ん、そうですね。」
秋とラーク。二人のやりとりを見て、ラグとニックはふぅっと小さくため息をついた。
(兄弟・・ね。まさに。)
(兄弟・・ですね。)
心の中で同時に、そう感じていた。
**
そして時は昼時。出発の時。
秋達は、買うべきものを昼前に揃えた。次の場所へ行くまでの少々の食料はニックが用意してくれることになり、秋達はちょっとした日用品を揃えるだけとなった。
広場には、先日の騒ぎが原因となってそこら中に修理のためにヒトが集まっていた。
広場で露店を開いていた者たちは、自分の店に被害が出たと嘆きながらも、こうして修理に携わるヒトがいつもより多くなったことで売り上げが上がったと苦笑いしながら対応してくれた。
ラークに取り付ける機器はだいぶ早くに出来上がったらしく、丁度いい時間にラグはそれを持ってきた。ラグが機械技師に話したのは昨日の朝だったらしく、自分が開発した薬のことを話したら喜んで取り組んでくれたという。
出来たものは一ミリ四方の金属片で、身体の変化を感じ取って勝手に服の構成をしてくれるらしいとのこと。ラグはそれをラークの首輪にお守りと言って取り付けた。
秋は、携帯機器にラグとニックの連絡先を入れてもらい、それをリュックへとしまった。
「本当に・・お世話になりました。」
「色々、楽しかったぜ。」
秋とラークは、荷物を背負ってカルテスの街の門にいた。旅支度は万全。秋はこの街に来たときのように緑色のジャケットを腰に結び、リュックを背負う。ラークはまったく何も変わっていない。新しくお守りと称した小さな機器がついてはいるが、外観はまったくと言っていいほど変わっていない。
「ここに来るまでに分かれ道があっただろ?お前らが来た道とは違う道・・・ここから北東だな・・をしばらく進むと、そこに小さな街がある。そこは東西南北すべてに道が伸びていて、各街の流通中間地点となっているんだ。そして、唯一時空管理局へ最もショートカットできる列車が存在する。」
「列車・・ですか?」
「列車だって?列車は、賊の類が多くなったことで廃止になったんじゃなかったのか?それにあれに乗るのは金持ち集団だけだって・・俺は聞いていたけどな。」
「ここ何週間かの間に再開したみたいなんですよ。廃止にはしたけど、やはり線路をひいているのはもったいない・・ってことになりましてね。今ではそこから東西南北多くの都市にいけるようになっているそうですよ。時空管理局には通じていませんが、ずっと歩いていくよりはマシなはずです。それに一般の人も乗れるように、料金も格安。まだ開通一ヶ月内だから、無料乗車が出来るようになっているそうです。何ともありがたい話ですよね。」
そう言って、ニックは二人用にと乗車のチケットを渡した。これを見せれば、何と無料乗車に加えて弁当も支給されると言う何ともお得なチケットらしい。
「ありがとうございます。」
「駅弁〜だな♪ありがとな。」
そう二人がお礼を言って、ニックとラグ二人と握手した。
ニコリと微笑んで、激励の言葉を述べる。
「それと、これを。ちょっと急いで描いたものなんですが・・。受け取ってください。一応・・恥ずかしいのでここではなく、少し歩いた後に開けてくださいね。」
そう言ってニックがはずかしがりながらも手渡したのは一枚の丸めた紙であった。真ん中に赤いリボンが巻いてある。描いた、ということはニックの絵なのであろうことは予想がついた。
「ありがとうございます。後でゆっくりと見させていただきます。それじゃ、俺たち・・そろそろ行きますね。」
秋は手渡されたものを大事に胸に抱いて、にこりと微笑んだ。
「おぅ、元気でな。困ったときは連絡するといい。というか、問答無用でこっちからかけるときもあるからな。着信拒否とかすんじゃねぇぞ?」
「はは、しないっての!!気軽に連絡してくれよ。多分、俺たちの旅はもうしばらく続くだろうからさ。」
それでは、と言って秋とラークは来た道を戻りだす。しばらく手を振りながら歩いて、ラグやニックたちが小さくなっていくのを見てからやめた。
ぐっと伸びをしてから前を真っ直ぐに見つめて歩き出す。秋が下を向くとラークと目が合った。
「俺たちの始まりって・・本当に時空管理局とは正反対のところからのスタートだったんだな。これで、ようやく半分以上進むことが・・できるかな。」
「ん?あれ?俺、言ってなかったか?」
ラークが怪訝な顔で見つめるのを見て、秋は呆れて物が言えなくなった。その分、精一杯ラークを睨みつける。殺気を感じたのか、ラークは尻尾をびくんと跳ねさせてから、真っ直ぐ前を向いた。
「そうだそうだ!!さっきニックからもらったもの・・見てみようぜ。何が描いてあるのか・・楽しみだよな?・・・だよなっ!!」
何か言いたそうな顔をして、秋は大きくため息をついてから赤い紐を解いていく。
そこには・・・一枚の絵。
そして、ここは代わって。
街の中。広場の喧騒が続く中、二人はゆっくりと噴水の前に立っていた。
丁度今が噴き上げ時間で、三本に分かれた噴水が上がって、また下に落ちている。
その縁に二人は上り、顔を見合わせてから頷いた。何人かが、その姿に注目した。
ニックが声をあげた。
「皆さん!!この街で起こった先日の事件で街を救うのを手助けしてくれた二人の旅人が、今・・旅立ちました!!そこで、感謝の印として・・見送りにちょっとしたショーを行いたいと思います。私と・・そして、このラグとで!!」
喧騒が静まって皆が皆、噴水の縁に立つ二人に釘付けになる。子供達が集まり、ニック先生だと歓迎の声をあげ、さらにラグがいる、と苦い顔をしたものもいた。
(街の人間の何人かは、ラグの実験に関わったことがあるらしいとのこと。)
ラグは少し躊躇した後、声を張り上げた。
「俺は・・この世界、この街に来て・・皆に本当に迷惑をかけたと思う。俺のせいで変なことになったやつは・・本当に済まなかったと思う。今更謝ったからって許してくれないやつもいるかもしれない。でも、そんな人にはこれからの俺を見て欲しい。俺、もっとこの街の皆に役に立つように行動するから・・。だから・・・。」
そこで言葉が詰まる。そしてぐっと力を溜めて、
「俺を・・信じてください。」
ゆっくりとお辞儀をした。
そして少々の静かな時が流れる。皆がぽかんとラグを見て、顔を見合わせてからくすりと笑った。
「なんだよ、そんなことアンタ悩んでいたのか?俺たちはラグのことをちょっと・・変なやつだなって思ってただけで、信じていなかったわけじゃねぇよ。」
「あの先日の事件の収拾にも関わったんだってな。それだけで充分だぜ。」
「私はあなたに性格が良くなる薬って言われて、逆に性格が悪くなる薬飲まされたけど、後になってからはいいお笑い話よ。そんなの作れるのはたいしたもんだわ。」
「けっ、そう簡単に変われるもんかよ。・・でも、しっかりこれから見させてもらうからな。覚悟しろや。」
「私は毎回ラグの薬に助けられてるもの。文句なんてないわ。」
皆が皆、ラグに話しかけた。その中で、ラグを罵倒するものはまったくと言っていいほど
いなかった。
この世界に来てから、ラグに変な薬を飲まされたという話が街中に広がり、ほんの数人しかラグの家には来なくなった。街のここそこでラグの暗い噂が出回り、根も葉もない嘘話が広がっていた。次第にラグは変人と呼ばれるようになり、ほとんどのヒトがラグを邪険に扱った。根も葉もない噂が広がり、ラグは孤立していった。
しかしラグの家を訪れていたほんの数人が、ラグにはお世話になったという話を街のヒトに話すたび、そんな噂は徐々になくなっていった。だが、一度邪険に扱ったものは簡単には覆すことが出来なかった。街のヒト皆々がラグに声をかけることを躊躇い、家にも近寄れずにいた。勇気を出せずにいた。
皆の励ましに、ラグはこみ上げてくるものを感じたが、ぐっと唇を噛みしめてこらえた。
「みんな・・ちゃんと分かっていたんですね。ただ、ちょっとしたきっかけがなかっただけで、今回のことで一気に人気者ですよ、アナタは。不器用ですね、ヒトって本当。」
「みんな・・ありがとう。ニックもありがとうな。」
「いいえ、私は何も。むしろこんな機会を与えてくれたあなたにこそ感謝をしたいですね。」
ニックが笑顔のまま頷いて、ラグがもう一度皆のほうへとお辞儀をした。そして顔をゆっくりとあげます。
「さて!!それじゃ、皆様。この、「変人」ラグに・・もう少しだけお付き合いくださいませ。ここに取り出したるは一つの小瓶。そして隣のニックが持つのは身体に害のないことは保証済みの着色料です。そうです、見れば分かりますが黄色ですね。」
皆の間から笑いが漏れる。広場中の皆がそこに集まっていた。
「先ほども言いましたとおり、若い旅人二人に、そしてこの街の皆に捧げます。私とラグ・・二人の力でこれを行います。見ててくださいね。まず、私のこれを噴水に入れます。」
ニックの持っていた黄色の着色料入りの小さな小瓶。それを噴水の中に流し入れる。
「さらにこの俺が持つ瓶の中身を入れる。あとは任せたぞ、ニック。」
皆が一気に静まり返る。何が始まるんだ?何だ何だ?と家の中にいたヒトまでがぞろぞろと集まってきた。
「いきますよ、ラグ!!」
「おうよ、俺たちの一世一代の晴れ舞台!!ってわけでもねぇが、ぱーっといけや!!」
そのとき・・・噴水が光りだした。
そこに描かれていたのは、秋とラークだった。
秋がラークの跳ねた毛を、大笑いしながら直しているときの絵だ。ラークは恥ずかしそうにしながらも身を任せている。それは鉛筆で殴り書きしてるようにも見えるが、よく見れば繊細に書かれていて、そこにのせられた色がほのぼのとした空気を醸し出していた。
それは仲が良さそうに見える仲間、もしくは兄弟のよう。もしくはお互い友達と思っている主人とペット。もしくは・・。
それを考えた瞬間、秋の顔がぽっと赤くなった。
(いやいやいやいや)
すぐに考えを振り払った。ラークの方を見れば、ただただラークはその絵の素晴らしさに見とれている。
「これ、俺なのか!?すんげぇ、ニック。何か・・・こう懐かしい感じ、だな。」
「そ、そうだな。うん、凄い。」
そしてその時、今では少し離れた街から、大きな歓声があがった。
秋とラークが瞬時にそちらへ向く。そしてその光景に驚いた。
「・・・。」
「・・・凄い。」
街のあった方から、大きな噴水があがっていた。それはただの水ではなく、黄色がかった水。そして太陽の光を反射して黄金色に輝いていた。
上へ吹き出し、それを広く降らせていく。街の中に光のドームが出来たのではと思わんばかりのその光景に、二人は釘付けになった。
「あれ、ラグとニックだ。」
「だな。見送り・・なんだ。きっと。」
その黄金の噴水は、約一分間続いた。そして終わった後に、さらに大きな歓声。
秋とラークは、皆に囲まれて照れている二人の姿を容易に想像できた。皆がびしょびしょに服を濡らしながらもラグを、ニックを叩く。歓声をあげ、そして褒めたたえる。
秋とラークも、自然と拍手を送っていた。
「ありがとう・・ございます。」
そう秋が呟いて、ラークは興奮覚めない様子で終わった後もその残影を見つめていた。
そしてまた歩き出す。
「さー!!元気出てきたぞっ!!俺たちのやるべきことをするんだ。時空管理局へ向かうぞ、ラーク!!」
「おうっ!!まだまだ旅は終わらないぜっ、これからもよろしくなっ、秋。」
「ああ、こちらこそ。」
そう言って、二人は手を合わせる。
秋がもう一度カルテスの街に振り返る。そしてニックが描いてくれたあの絵を思い出す。
(ニックさん・・あなたには俺たちはどう見えていたんですか?)
そんな事を思いながら、まだ遠い時空管理局に思いを馳せる。
天気は良好。光の雨が降り、そして歓声をバックに良い旅日和。
二人はまたこうして歩いていく。