第6話 緊迫の5分間

 

 

秋、ラーク、ニック、ラグ。誰もが息を呑み、静かにその場にたたずむ。

紅く染まっていく世界の中で、過去の記憶が頭をよぎる。それをただ目を逸らさないように、唇を噛みしめながら見つめる。

“出来ることを・・・するんだ”

目を背けてはいけない。ありのままを見て、自分に出来ることを考える。

ちっぽけな正義感。そんな正義感は、自分自身がこの世界が、街が好きだと言う理由である。

そんな小さな理由。しかし自分を動かすには、彼らには十分な理由だった。

 

「いいですね?今からちょうど5分です。それまで時間を稼ぐこと、それがあなた達の役目です。ちょっと地味な役回りですけど・・・勘弁してくださいね。」

「ったく、そんなこと言ってる場合じゃないだろ?」

「特にあなたは一番年長ですけど・・・大丈夫ですか?」

「あのな・・・それこそ気にしてる場合じゃないだろ?」

「そうですか。まぁ、頑張ってください。」

 

ニックにはどこか余裕さえも感じられる。それはラグを信じて勝機を感じているからであろか。

ラグにも同じように余裕を感じる。二人は彼ら内で最後の打ち合わせに入る。

 

(こんな状況なのに・・・大丈夫なのか・・?)

そんな二人を見つめていた秋とラークは、最後の最後、占めとなる決着部分を聞かされていないため気が気でない。自分達に課せられた使命は、ただ時間まで逃げ切ること。

この際、文句は言っていられなかった。自分に出来ることがそれだけなら、それを精一杯こなすしかない。

 

ニックが言うには、詳しくは

 

“時間内まで相手を出来るだけ翻弄し、逃げ切ること・・・そして最後に相手の攻撃をある場所へと誘い込むこと”

 

である。さらにラグは、

 

“時間内は、ニックに攻撃が来ないように注意する”

 

ということも付け加えた。このことから察するに、ニックが作戦に大きく関わっていることが分かる。さらにラグの“何か”も使用するらしい。何をするのかと聞いてみても、二人は笑って

「まぁ、見てろ。」「まぁ、見ててください。」

というだけ。秋とラークは首を傾げてしまう。

 

「さて、行きますよ。あと4分。お願いします。」

 

 

初めに物陰から秋が飛び出す。

“秋君は獣人のスピードを生かして、相手を翻弄しつつラーク君のサポートを行ってください”

そう、秋は言われていた。

 

身体が軽かった。獣人となって、身体能力があがっているのが分かる。地面を蹴る力もいつも以上に強く、どれだけ動いても疲れないような気がした。

しかし、身体はむずむずするし、どうしても耳や尻尾が自分のものである気がしない。これはこれで貴重な体験だとは思うが、やはり自分の本来の姿のほうが落ち着く。

 

(こんなとこまで・・よく来たものだ。)

この世界を想う。別世界の人間である秋は、こんなにもこの世界に関わらなくてもいいはずだった。始まりはラークとの出会い。それがすべてを変えた。

成り行きで事件に巻き込まれて、それが度々重なって。これが偶然と言えるだろうか?

 

いや、言えない。

しかしそれが必然かと言われれば、頭を傾げてしまう。

必然だと感じるほど、自分は正義感は強くはないと思っているし、自分の限界と言うものはよく分かっているはずだ。

だからこそ出来ることをしたい。

 

本当は逃げたい。もう喉がからからになるほど熱いし、死にたくないと思う。

だが・・・この世界とは無関係ではないと言われようが、ちっぽけで弱い存在であろうが、ただ目の前で行われている状況から逃げようとは思わない。それは過去に確かにそう誓ったからだ。

これは・・・俺のけじめでもある。

 

 

「おぉっと!!」

出るといきなり、男が炎を飛ばしてきた。正面間近まで飛んできた炎の弾を、前につんのめるようにしてかわす。さらに炎は切り返して背後を狙おうとするが、獣人と化した秋にこの攻撃は通用しない。敏感な耳でそれを感じ取り、すぐに横へと飛ぶ。

行き場を失った、というより諦めたように炎は一度男のもとへと戻っていく。さらに身体に纏った炎を数個に分け、飛ばす。それを一つ、一つかわして左へ右へ。さらに飛び越し屈み、鋭敏に感覚を研ぎ澄ませながらかわす。

「くっ。」

悪態をついて炎を一旦戻す男の悔しそうな顔を見て、自分の顔がにやけてしまうのが分かる。

「よし。」

確かな気持ちを感じながら、地を踏みしめ気合を入れなおす。

(集中しろ、自惚れてる場合じゃない。)

とことんやってやろうじゃないか。

 

あと・・・3分。

 

 

そしてラークが秋の後に飛び出す。

ラークへの指示は、秋と同じく敵を翻弄して時間を稼ぐこと。

そして、いつもより視野は広がっているはずだから周りを良く見ながら行動すること、である。

 

身体は落ち着かないし、足が思うように動かなくて身体が重いし、スースーするし、もう俺にとっては災難でしかない。さらに、この姿になっても秋に叩かれるところは変わらないし、頭が良くなったとも思わない。扱いは結局同じだ。

(それでも、やっぱりこのまま旅を続けていきたいと思う。)

俺の旅はずっと続いている。しかし、記憶も途切れて正確な旅の始まりはやはり秋との出会いからだった。結局あのときから記憶は思い出せていないし、思い出すきっかけすらも分かっていない。

このままでもいいのではないか。そう思ってしまっている自分がいた。

記憶が戻ること、それが自分にとっていいことなのか、それが分からない。

もしも記憶が戻ってしまったら、俺は自分自身でいることが出来るのだろうか。俺は今のまま秋とこうして旅を続けることが出来るのだろうか。

(いやいやいや。)

首を振って消極的な考えを振り払う。

(今、出来ることをする。)

今は、それだけだ。

 

自分の顔のすぐ横を、火球がかすめていく。これが獣人の形だったら間違いなく毛が焦げているだろう。そんな危惧に冷や冷やしながら、前を見つめる。

男は広場の噴水前に佇み、火球を身体の周りで回している。彼の後ろには噴水の溜まり池と噴射口がある。今は熱のせいか、それは沈静している。

(ふむ・・。)

現状を把握して、いつもより冷静な思考能力を元に飛んできた火球を避ける。

男が火球を連続して打ち出す。右、左、右、右。足がもつれそうになるのを我慢して、出来るだけ腰をかがめて身体を前後左右に進める。こうすることで、出来るだけ狙いを下方向に向けさせることが出来る。

これ以上街を崩壊させることはさせたくない。自分の村のような光景を見るのはもうたくさんだ。

「ラーク!!」

「!!」

こっちの体勢を見て、真似るように姿勢を低くし始めた秋が叫ぶのを聞いたとき、背後からこちらへ火球が向かってくるのに気付いた。一瞬身体が固まったのを秋が飛び込んで、俺を抱えて地面に倒れこむ。身体の大きさを生かして、そのまま抱え込んでそこから飛び上がった。俺達がいた場所を、火球が穿つ。

いわゆるお姫様抱っこの形で抱きかかえられ、そして少し離れた場所で降ろされる。

「す・・すまん、秋。」「あぁ、気をつけろ・・・短いようで意外に長い。」

熱さだけでなく、恥ずかしさで顔が赤くなる。この紅く染まった世界の中では、それが悟られないのが唯一の救いである。

いつも弱そうに見えている人間の秋が、頼りがいのある姿に見えた瞬間である。

(こんにゃろ・・・俺の知らないところで、どんどん強くなってやがる・・・。)

ちょっとした対抗心を燃やしながら、しっかりとまた地に足をつく。

 

あと・・・2分。

 

 

 

 

“あなたの役目。二人に指示を出しながら、挑発をして予定通りの場所に誘導してください”

ラグはニックの言葉を胸に留め、そして心で数を数えながら、出来るだけニックの離れたところから飛び出す。頭につけたゴーグルを目につけ、目の前だけに集中して軽く身体をほぐす。

ニックに攻撃を及ばないようにしなければならない。そして、自分の身もしっかりと守らなければならない。正確にはちょっと違うのだが。

(それにしても・・・)

こんな老体に鞭を打つようなのはもうこれっきりにして欲しい。ここに来てからというもの、運動と言う運動をまともにしていたわけじゃないし、身体は思い切りなまりっぱなしである。

明日あたり筋肉痛になることは必至だろうな。しばらくは療養だ。

これからは意地でも楽な生活を臨む。いや、ニックがそれを許してくれないのかもしれない。

 

面倒臭い。こんなことになるなら研究なんて続けてこなければ良かった。

 

この状態で言えば、間違いなくニックから、いや・・・この街のヒトすべてからタコ殴りにあうだろう。そんなのは御免だ。

 

「さぁ、こっちだ。こっちを狙ってみろ!!」

「ラグ!?」「はぁ??ラグ!?」

 

自分から声を張り上げて挑発する。それを聞いた男の顔が、ぴくりと引きつるのが見えた。

(さぁ、いい感じだぞ。そのままそのまま。)

 

力が三分割して、秋とラーク、そして俺に襲ってくる。三分割されているためか、その威力は劣り、以前のものより速さが劣っている。こうなれば、俺でも避けられる。先ほど感じられた苦しいような熱さも、若干和らいでいる。勿論、心地いい熱さというわけではないのだが。

 

「ほい、秋。お前にこれを渡しておく。」

「え?」

すれ違いざまに秋に自分の胸に仕舞っていた“もの”を手渡す。それは中に透明の液体が入った試験管である。茶色のコルクで栓がしてある。

「それを合図と共に蓋を開けて、上へと投げろ!!あとは、なるようになる!!」

「は?」

 

にやりと笑ったのを見ると何かありそうだが、きちんと聞かされていない分訳が分からない。とりあえず、タイミングに合わせてこれを投げれば良いのか。

 

(あと・・・1分。)

 

 

「もう少し、もう少しです。」

もっと建設的な方法があるのかもしれない。しかし、自分に考えられるのはこんなものであった。

二人を信じ、ラグを信じ、自分を信じて行動するしかない。

綱渡りではあるが、これしか方法は無かった。

二人がしっかり持ちこたえられるか、ラグがうまく誘導してくれるか、時間通りに事が起こってくれるか、さらにラグのものがうまくいくか。

そして、自分自身の精神力がもつか・・・。

 

私・ニックがするべきことは、出来るだけうまく私の魔法を発動させること。

そして描くべきものは・・・ラグ曰く、出来るだけ恐いもの、強そうなものである。

ということで、私は今裏路地で魔法発動のための絵を地に描いている。

 

頑丈そうな角、強靭な牙や爪、威圧感のある眼、うねるような体躯、いくつも重なるように細かく描かれる鱗。つまり、私は龍を描いているのだ。

一筆一筆、気持ちを込めて、あの男が憎いという黒い念ではなく、この街を救いたいという純粋な気持ちで。強く、強く力を込める。

 

あとは時間との勝負、あともう少し、あと30秒。それまでに間に合わせる。

30、29、28、27、26、25・・・・。

カウントダウン。心の中で数えながら、落ち着いて筆を進める。

最後の一筆を入れ終えて、そこに手を添え、念を込める。筆の走った場所に、淡く水色の光が浮かび上がる。

24、23、22、21、20・・・・。

(もう少し、もう少しだ。)

「ははは!!威力もスピードも落ちてるぜ?お前の力はそんなものか!!へへへ、ちっとも当たらないじゃねぇか!!あぁん?たいしたことねぇな、あんた。これじゃあ、この街どころか、俺達すら焼き尽くすことは出来ないぜ?」

追尾して動く火球を軽くステップでかわしながら、とにかく男を罵倒して動き回る。

19、18、17、16、15・・・・。

(何が起こるっていうんだ・・・。)

遠目にラグの動き回るのを見つめる。ラグが男を罵倒してから秋にもラークにも火球は飛んできていない。むしろ今は傍観者になっている。というのも、邪魔をするなという風な雰囲気がそこにあったからだ。

「秋、ここはラグとニックに任せよう・・・。」

「やっぱり肝心なところで置いてきぼりだな、俺達。」

 

14、13、12、11、10・・・。

「さて、こっちだこっち!!」

男は広場の中心、最初にいた地点から動いていない。つまり動けないのである。そして今、火球はラグだけを追い掛け回し、男の周りの火球は勢いを減らし、さらに数も少なくなってきている。

9、8、7、6、5・・・・。

 

残りの5秒。皆が息を呑む。

(さぁ、うまくいってくださいよ。)

(はぁはぁ・・・俺、この世に生まれてきてから一番動いてるかも・・・。)

(これを、上に投げる・・・。)

(俺は・・・ん?もう終わり?)

 

5、4、3、2、1・・・・。

 

0!!

 

「!!」

「!!」

そのとき、ずっと沈静化していた噴水から、勢いよく水が噴出した。噴水の中心、三つ空いた穴から放射線に水が飛び出した。

そしてタイミング良く場を飛び越えて火球を誘導していたラグが、にやりと笑う。

その急な噴出し音に驚いた秋とラーク、そして男だけがそれに目をとられた。

 

(そういえば・・・)

この街の形は山の斜面にかかるような形になっている。つまり、山から水は下りてくるのである。そして、この街の噴水は時間を守るように飛び出すということをニックからも以前聞いていた。それが今の時間なのである。

山の上のほうから街全体に循環、そして使用されたものを綺麗にして噴出させる。さらに、時間通りに噴出すように弁が設置しており、時間が来るとそれがはずれ、一気に上へと噴射する。

 

力の弱まったいくつかの火球がその噴射に当たり、じゅっという音と共に消える。

それでも高い温度を持った火球が当たったことで、一気に水が蒸発、そして蒸気があたり一面に広がった。広場一体を白い蒸気が埋め尽くし、霧がかったように視界が悪くなる。誰もの身体を隠してしまうほどの白さ。雲の中にでも入り込んでしまったのではないかというほどである。

 

「ニック!!やれっ!!」

ラグの叫び声と共に、きらりと小さくニックのいた場所が青く光る。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

何かつぶやくような言葉が聞こえ、地響きが生まれる。そして次の瞬間。

「なっ!?」

「うへっ!?」

白い霧を巻き上げて、そして身にまとい、厚さの薄い(想像していたよりも小さいが)龍が高く濃霧の場所を越えて昇った。薄い、紙のような水色の龍が、秋達の前に現れた。

霧が一直線に晴れて、天高くのぼり、陽に当たる龍が煌びやかに雄たけびをあげる。

「秋、蓋をあけて・・・・投げろ!!」

そうラグが叫び、反射的に秋は試験管を上へと投げた。それがまだ残る白霧を抜けて、上に上ったとき、またもや龍の雄たけびが聞こえた。さらに目を瞠る光景が目の前に現れる。

「龍が・・・。」

「変わっていく。」

薄っぺらい龍がその雫を浴びた途端に上下左右に伸縮、そしてさらに広場内に渦上の風を起こしながら回り、秋やラーク、ラグのいる場所だけの霧を晴らし、さらに水色の光を増した。

その光と陽の光が混ざり、あまりにも眩しい光に目を背け、それでも興味から薄目でその光景を見れば、龍はだんだんと薄っぺらい姿を立体的に現していく。

 

出来上がったのは一匹の、まさしく本物の龍であった。色が水色一色であること以外は。

 

 

まさしくこれが計画の本質。この状態を作り上げること。

秋達のおとり作戦は、ニックを守り、龍を描く時間を稼ぐため。そして出来るだけ相手を挑発し、誘導して、噴水が噴き出るまでの時間を稼ぐため。

 

そして、噴水が湧き出た後はこうだ。

噴水に火球を当てて、蒸気を発生させる。そしてそこで魔法を発動、薄い龍を出現させる。

ここで蒸気を発生させたのは、薄っぺらい状態の龍を男に攻撃されないためだ。薄っぺらい状態は、攻撃されれば簡単に消えてしまう。一度具現化させたものは、消えてしまえば描いた跡がなくなってしまうので、また描いている時間はない。

 

男の周りだけを蒸気で撹乱し視界を奪い、体積増加・・・いや、形質変化までの時間を稼ぐ。

そう、あの薬はラグが開発した形質変化の薬。秋達が他の種族へと変化を遂げたのも、この薬のせいであった。あの状態から、さらに夜通しの研究を重ね、しっかりとした研究成果を出した。

 

それもこれも、この街のヒト・・・あえて言うなら、学校に通うものたちのためが中心である。

この薬を振り掛けることで色までは再現できないにしても、しっかりとした体積を持ったものに変化する。そしてそれはニックの言うとおりに動き、勿論質量も強さも併せ持つ。

それをずっとラグは研究してきたのだ。

そしてこの研究をニック用にと作ったのは、ニックがこの薬を悪用しないと信じるに足りるヒトであったからである。他のヒトであったら間違いなく渡してはいないし、絶対に話したくもない。

 

だからこそ、こんなことも出来るのである。

水色の龍は広場内の上空を2、3回旋回した後、ゆっくりと息を吸い込む。すると広場内にあった白霧が一気に龍の元へと吸い込まれ、さらに龍は体積を増した。

そして広場内はちらちらと見えていた炎も消え、静まるように空間が広がっていた。しかしその静かな空間には似つかわしくない威圧感と存在感を持たせる龍が上空を漂っている。

 

秋とラーク、そしてニックとラグでさえも唖然とその光景を見ていた。そして、目を見開き秋達に負けないぐらいにわなわなと驚き、震えている男がいた。

「な・・・なんだこれは・・・。」

男は太陽を反射して光る水色の龍を見つめ、ただ立ち尽くす。しかし、すぐに自身の危険性を感じ取ると、急遽周りを忘れて上空へと手を伸ばす。力を集めて、火球を打ち出そうとする。

 

「!?」

しかし、何も反応がない。手をもう一度伸ばしても力の集約による火球の発生が起きない。さらには自分を取り囲む火球さえも生成することが出来なかった。いつのまにか足も地面についている。

 

「どうだ、俺はここまで考えていたんだぜ。」

「あ?」

「あれだけ力を連続的に使っていたんだ。それに3人分、力を分散して打ち出していたからな。力の消費量も3倍ってか。」

「あ・・・・俺の力が・・・俺の力が・・・。」

 

周りには秋とラーク、ラグとニック。全員が全員、戦闘態勢で拳をわざとらしく鳴らしている。さらに極めつけは上空の龍だ。前門の虎、後門の狼。虎でも狼でもないが、追い詰められていることは明確。

 

「今回で分かった、やっぱり赤い石は災厄しか生み出さない。」

秋が一方の手の平に拳をぶつけ、

「俺だってまだ自分の役目、終わってないからな。こんなとこで終わってたまるか。」

ラークが腕を鳴らし、

「俺達の街をこんなにしたこと、償ってもらうからな。」

ラグがゴーグルをまた頭にあげて顔を引きつらせて微笑み、

「今更謝っても、勿論許しません。」

ニックが凍えるような冷たい笑いで男を見つめる。

 

「ひ・・・ひぃぃいいぃぃ・・・許して・・・。」

後ずさりして、そこに噴水の水の溜まり場である段に尻餅をつき、向けられる笑いに・・・特に笑っているのに鬼のように黒いオーラを放っている犬獣人の男を見て、がたがたと身体を震わせた。

「やっちまえ、ニック。」

「許しませんって言いましたでしょう?」

 

ぴっと人差し指を指して標的を定めると、龍がにやりと顔を歪めたような気がした。それはまさにニックの心の具現化のようで、男は死を覚悟した。

そして、ニックの想いの力、噴水から噴出した分の水の質量を含んだ龍が頭上から始めはゆっくり上空へと昇り、そしてそのまま重力に沿うように一気に落ちていく。

「や・・・・・・。」

やめて、という言葉も勿論届かない。力ももう出ない。何をやってももう遅い。

 

そして、龍が・・・そのまま。

 

男の上へと落とされる。

「ぐぁぁぁあああっぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁああ!!」

 

 

 

 

 

**

 

 

事が澄んだ後、街の上部、学校へと避難していた街のヒトがちらほらと戻り始め、すぐに撤去作業が開始された。

その作業が早くに始められたため、被害は最小で済んだのかもしれない。広場に面している商店の品物のいくつかはすでに運び出されていたため無事であった。しかし建物は崩れ落ち、建て直しが必要となるほどになっていた。街のヒトの統率のとれた行動で、商店から燃え移った火の手は、それほど広がることなく、迅速な対応で消されていった。

修復には一ヶ月ほどかかるらしい。この街の生活の中心となっている商店が潰れたため、広場内で臨時に露店が開くそうだ。そのため、広場の噴水は一時不能な状態となる。

 

 

秋たちはすぐに男(その子分も含む)を街の外に連れ出した。

街の人間とのいざこざが起こってしまうと、また厄介になるからである。もちろん、街の門番も広場内の片付けに行かせている。

「ほんんっとすいませんでした!!もうしません!!この仕事からも足を洗います!!ほんっとごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」

石を破壊され、正気に戻った男は土下座をして頭を下げ続けた。子分のほうも土下座ではないがずっとへこへこ頭を下げている。

「兄貴を殺さないでくれてありがとうです。本当にありがとうです。そんでもって、このまま見逃してくれるなんてほんっとありがとうございますです。」

秋がそんなに謝らないでくださいと慌て、ラークとラグはふん、と腕を組んでそっぽを向く。ニックはただいつもの表情でそれを見つめていた。

「ここで行われたことは事実です。あなたの力で何人もの命が失われたのも事実です。本当なら皆の前に突き出して死刑でも何でもさせるのが妥当なところですが・・・操られていただけのあなたを殺すわけには行きません。それに・・・ヒトを殺すなんてもうまっぴら御免です。」

「お前達が本当に反省するってなら何も言わねぇよ。失われた命の重さを背負って、これからは真面目に生きろ。そして、厄介事に巻き込まれたくなけりゃ二度とここへは来んな。」

 

そう言われて、男たちはゆっくりとその場を去っていく。途中何度か振り返ってお辞儀をするのを見て、これなら大丈夫だろうと安心感を持って手を振る。

「しっかし、どうすんだよ。街のヒトが死んだのは事実なんだよな・・・。簡単に逃がしちまって・・・どう言い訳するつもりだ。ニック。」

「操られていたとは言え・・・こればかりはどうしようもありませんね。ラークの時も、結局は大きな犠牲を出して・・・どうしようもなかった。」

「・・・・・。」

「耐えてもらうしかありません。街のヒトには・・・私達で協力して、犯人を処罰した・・・と伝えましょう。心苦しいですが・・・本当のことを知るよりは、マシな嘘です。」

 

皆が皆、ため息をつく。

自分達がこの罪を背負うことはないはずである。しかし、操られていた犯人の男を責めるだけでは解決には至らない。罪を背負って生きろ、なんて綺麗事で終結させるしかなかった。

 

「何とも・・・心苦しい結果ですね。」

「あぁ・・・だな。」

「・・・・。」「・・・・。」

 

改めて赤い石の惨劇の恐ろしさ、そして命を失うことへの悲しさを味わっていた。

 

 

 

**

 

そして時間は昼過ぎ。

全身疲労で、4人全員がラグの家に帰ったと同時にソファに倒れこむ。そしてすぐに寝息が聞こえる。秋達は動き回ったことによる疲労から、ニックは大規模の魔法を使ったことから、さらにラグ前々夜の作業の疲れと、さらに何年ぶりかに俊敏に動き回ったことへの全身疲労かつ筋肉痛らしい。全員が寝息を立て始め、さらに4人の中で秋が最初に目覚めたのはもう夕方になってからであった。

 

「ふぁ・・・。」

ゆっくりとソファから身体を起こせば、まだ他の三人は眠っていた。その格好がまた何とも寝心地悪そうな格好である。

ニックはまだマシな方だ。うつ伏せで眠っていることを除いては、ソファでしっかりと眠っている。

(だ・・・大丈夫かな・・。)

 

ラグのほうはと言えばソファを挟むように上からかぶさっている。イメージとしては物干し竿にかけられている洗濯物状態。

ラークは・・・ソファから落ちて、フローリングにそのままうつ伏せで眠っている。よく見れば頭に小さくタンコブが出来ていることから、

(最初は・・・ソファで眠っていたんだな・・・。で、落ちるときに打ち所悪くて、そのまま気絶するように眠ってしまった・・・と。)

ラークとの旅も結構長い。もちろん、この程度でラークが死ぬなんてことは思っていないため、ただ苦笑いしてため息をつくだけに留まる。心配は・・・少しはした。

 

「さて・・・どうしようかな。」

秋はその光景を眺め、またふかふかと柔軟なソファに腰掛ける。するとまた心地よい眠気が襲ってくる。このまま皆が起きない限り何もすることがないため、またゆっくりと目を閉じる。

そのままゆっくりと眠りに落ちていく。

 

 

 

 

 

**

久しぶりに夢を見た。

それは昔の夢だ。妹と共に仲良く遊んだ日々。明るい笑顔と時々怒ったような顔。

懐かしいその顔の数々と、さらに懐かしい思い出の数々。

共に生活していることが当たり前だと思っていた。

共に笑っていられることが当たり前だと思っていた。

そんな何年間が通り過ぎていく。

 

流れる年月を掴むことは出来ない。ただ流れ、見るだけ。

目を背けたいのに背くことが出来ない。やめろと叫びたいのに叫ぶことが出来ない。

何か言葉を紡ごうとして、やっと出てきた言葉は。

 

 

単なる自分自身の嗚咽でしかなかった。

 

 

 

**

 

そして、夜。

秋とラークは自分達が体験した赤い石に関する話をすべて話した。それをラグとニックは真剣に聞き、ずっと表情を曇らせていた。

「そ・・・そんなものがあるなんて、初めて知りました。対象者の願いを叶え、さらに異能の力を与える石・・ですか。」

「この世界に来てから、そんなの一度も聞いてねぇな。一体何なんだ、それは。」

「分かりません・・・。ただ、そういった力を持っている石があるということだけしか。そして必ず、それに関係したものは自我を失い、犠牲を出す。」

「まぁ、未然に防ぐことが出来たとこもあったがな。」

 

一つ目。人間になって自分を可愛がっていた女の子に会いたいという願いのもと獣人化し、ラークの村を襲ったエル。

二つ目。陽の光を浴びたいと願い、ずっと地下で訴え続けていた小さな芽。これも被害は少ないものとなったが、地震が何度も続けば大惨事になっていたと思われる。

三つ目。自信の無さから、皆に満足のいく花火を作りたいと願い、石を使おうとしたタカト。ユウタのおかげで、これは未然に防ぐことが出来た。もし使っていたとしたら、タカトも豹変してしまったのだろうか。そう考えると気が気でない。

四つ目。それが今回の事件だ。

 

「ん〜、お前達がどんなことに巻き込まれてきたかってのは分かったが、何だかそれにしては今回の事件は他のに比べて中途半端な気がしないか?」

「どういうことです?」

秋とラークが顔を見合わせる。

「何だか、今回の事件は他と比べて願いが単純な気がしないかと思ってな。他のはこう・・・それぞれの純粋な願いから発せられたことだろ?それなのに今回はただ強盗に失敗したから、なんて理由が簡単すぎるんだよな。」

「確かにそうですね。可能性として考えられることって何かあります?」

もう一度顔を見合わせて、秋は首を傾げた。

「考えられることは、あのヒトにとって強盗をするということが本当に自分としての誇りだったって事ですね。だから、失敗したことに自尊心を傷付けられた。でも・・・俺としては、強盗をする人が純粋な気持ちで・・・ってのはあまり考えられないですね。ちょっと・・・偏見は言っている気がしますけど。」

「もう一つ、最悪な考えがあるんだよな・・・。」

それぞれがラークに向く。ラークは真剣な表情で頭をかき、そして持っていたカップをこコト、とテーブルに置いた。

「赤い石の願いは、最初は本当に純粋な願いしか叶えていなかったが、何らかの理由で今はそれにも見境なく叶えるようになったってこと。さらに、本当に願いさえあれば何でも叶えてしまっていたってパターンもあるな。」

「でも・・・そうだとしたらすべての街でそんなことが起こっていてもおかしくないんじゃないか?」

「確かにそうだが・・・。こうしてラグもニックも知らないって言うしな。」

 

 

四人で唸っても答えは出ず、今日はお開きとなった。

秋達は、次の日出発することをラグとニックに告げ、ラグとニックは頷いた。

さらにラグには夜中の痛みが少しでも和らぐよう、二人に薬を飲ませた。勿論、後ろにニックの監視がついていたため、変な薬でないことだけは明らかだった。

「明日はちゃんと戻れるさ。俺を信じろよ。」

「あれだけ辛い思いをさせた本人が言うと、まったくと言って良いほど信用に足りませんがね。」

そう言ってニックが茶化し、ラグが苦々しく笑った。つられて秋達も笑う。

ニックは今日は自分の家に戻るといってその後帰り、秋とラークは先日と同じようにあてがわれた部屋へと戻る。

 

 

「さて、ラグお墨付きの薬ももらったし、疲れたし、ゆっくり寝れそうだな、ラーク。」

「ぉー、今日でこの人間型の身体ともおさらばって思うと、安心するな。ご苦労様でした。」

「ははは。何だよ、それ。まぁ、これはこれで楽しかったし、良かったと俺は思うがね。貴重だったよ、犬になるなんて。俺の世界じゃこんなこと、絶対考えられない。」

「まぁ、見つかったら即捕獲。さらに治療とか言われて研究所に連れて行かれて解剖実験、薬物実験、最後は変な液体に付けられて保存・・・と。家族には治療の途中で亡くなりましたとか隠蔽工作働かされてな。」

「・・・・・。」

「じりじりと降ってくるメス、何だか嫌な色をした液体、レーザーメス、それに解剖器具・・・。」

頭の中で想像でもしたのだろう、秋の顔が蒼白になり、引きつった。

 

「や・・やめろよ。はははは。も・・・もう寝よう!!疲れたしな。うん、そうしよう!!」

「そっかー、おやすみぃ。」

 

パタリとラークに背を向けて眠る秋を見て、自分の言ったことを頭の中で反芻。そこでふと、気付いて苦笑いしてしまった。

 

(嫌な液体・・・ならもう体験してるぜ、秋。)

 

 

にがまず液。きっとそれ以上の嫌な液体は・・きっとない。

 

 

 

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