第四話 見つめるべきは昔か今か

 

子供たちが下校をしてその後。ニックの要望により、少々の時間をつぶしてからまた秋達はニックに会うことになった。

「改めましてこんにちは。小向井秋君、ラーク君。ニックです、よろしく。」

ゆったりとした笑顔で、ニックは右手を差し出してくる。それに乗じて秋とラークも右手を差し出した。

「どうも、今日は勉強になりました。小向井 秋です。」

(自分自身が、お手みたいに握手を交わすとは思わなかったな。)

秋が内心苦笑いしながらもニックの手を取り、握手を交わす。一方ラークは、

「魔法、凄かったなぁ!!どもっ!ラークって言います。」

ヒトになったことで手加減がうまくいかないのか、興奮も加わってニックの手を握って上下にぶんぶん振る。今度はニックが苦笑いしながら歓迎の意を示した。顔は少しひきつっていた。

「いえいえ、私も客人が来たことで久しぶりに張り切らせていただきました。中々楽しかったですし、それに自分を見つめなおすことも出来ましたしね。」

「?」「?」

ああ、気にしないでください、と言ってニックは照れ笑いを見せた。

 

「秋君たちは、いつここに?」

「昨日ここについたばかりです。綺麗な街ですね、ここは。それに何だか気候は暖かいのに、水が流れているから少し涼しく感じるところがいいです。」

「俺は食事がうまいのがいいところだと思うぞ。」

「・・・ラークはそればっかだな。」

この街に来て、ラークはヒト型になったものだからいつもより食事がしやすい状況になった。だからこそ、感じる食事のおいしさも・・・量として満足なのだろう。

「私のことではないですが、自分の住んでいる街のことを褒められるのは少し鼻が高くなりますね。ありがとうございます。」

ニックはまたニコニコと微笑んでみせる。秋とラークもそれにつられて微笑む。

 

「それでですね、時間を空けてあなたたちを呼び出したのは少しばかり聞きたいことがありまして。」

突然神妙な面持ちになったニックに二人はごくりと唾を飲み込む。ニックの細い目が、さらに細くなった気がした。

 



「秋君、ラーク君。ここに来て、何かありませんでした?例えば・・。」

「!」「!」



「姿が変わった、とか。」



その言葉に秋とラークは驚愕した。もちろん秋とラークは、ニックにここに来てからのことはまったく話していない。旅人である、ということは話したがそれだけでこの考えに至ったとは考えられなかった。まさか、ニックには他人の過去が見えてしまう力でも持っているのか、そうとも考えられてしまう。

「あ、やっぱり当たりました?」

「え、どうして。」「ま・・魔法か?」

そうラークが尋ねると、ニックは大袈裟に前で手を振って慌てた。

「違います違います。これはちょっとした観察眼でして。おかしいなって思ったことがありましてね。二つ、どちらも秋君から気付いたことなんですけど。」

「え?俺ですか?」

「ラーク君はあまりにも自然に行動してるもので特に気付くことはなかったんですけど、秋君の場合はよく分かるんですよね。名前と歩き方、これがちょっとおかしいなって。」

「あぁ、歩き方はちょっと慣れてないんでぎこちないのは分かります。でも、名前は?」

「ああ、それはただ獣系で苗字と名前があるのって珍しいなって思っただけです。」

ニックはそう言って笑う。ラークが横でほー、と感嘆の息を漏らした。ああ、なるほどと秋も納得する。しかし、その後秋は怪訝な顔で首を傾げる。

「でも、それだけだと弱くありません?ただ何かおかしいなってことは分かるでしょうけど。姿が変わる、なんてことは普通じゃ考え付くことじゃないですよね?」

「ちょっとばかし思い当たる節があるもので。」

眼鏡を指で直して、ニックは初めてニヤリと怒気を含んだ笑いを見せた。思い当たる節って、とニックに聞くと、敢えて直接言わず、無理に笑って見せた。突然表情を変えたニックに、秋達は首を傾げる。

「秋君、ラーク君。私を見て何か思いませんでした?または何か思いませんか?」

そう言って謎かけをするようにニコニコ笑う。ラークは訳が分からないという感じですでに秋に助けを求めている。その投げられた視線を受け取りながら、秋は顎に手を当てる。ん・・と少し考えてニックの顔を見て、ふと気付いた。

「そういえば、ニックさんを見たときに誰かに似ているなって思ったんです。喋り方とか・・・その笑顔とか。」

「おうおう!!そうだそうだ!!うん、似ているぞ!!ラグの顔に。喋り方も敬語だし。」

秋がニックに会ったときの違和感を口にして、ラークが付け加えた。確かに、敬語を多用する喋り方も、ニコニコと笑いを崩さない笑い方も、それはラグの顔のまんまだった。

ニックはそれを聞いて、また眼鏡を直して溜息をついた。

「ああ、やっぱりですか。あいつも私と同じ世界の出身でしてね・・。もう長い付き合いになります。・・・っとここからはここで説明するより実際に行った方が早いかもしれないですね。」

「実際に?」「ん?ラグがどうしたって?」

話が見えず、説明を求めようとする秋とラークの言葉をニックは手で制して、行きましょう、と秋達を促した。いつものニコニコした笑顔の中に、呆れと怒気を感じながら、秋とラークはニックの後に続く。

「まあ、付いてくれば分かることです。多分、おもしろいものが見れますよ。」

「??」

 

 

 

 

「さて・・・もうそろそろ帰ってくるころだろうか。」

ラグは一人机に突っ伏して、ぼーっとテレビを眺めていた。テレビの中では、あまりにもありきたりな内容の恋愛ドラマがやっている。

出会いは雨の中で男が女に傘を貸してやる。そこから恋は始まって、シャイな男はまた偶然にも女に出くわして運命を感じる。そこからはぐだぐだな展開。食事、デート、ドライブ。もうちょっと手の込んだ話は出来ないのだろうか。俳優も女優もまだ新人に近いらしく、演技なのが丸分かりである。勿論演技なのだが、年期が入った俳優や女優たちには見ていて自分がその世界に引き込まれるような感覚に溺れさせてくれる。だがこれはそういう類をまったく感じない。大根もいいところである。

「くだらない。同じものの繰り返しなんて、くだらないよな。」

自分のしたことに今更後悔はない。研究の資料が一つ出来上がった、これだけでも大きな進歩だと思う。しかし、自分は何故こんな研究を続けているのだろうかと改めて考えさせられる。街の人間を見返すため?自分の研究の成果をあげたいため?どれにしても、自分の望むようなものではないはずだ。今更好かれようなんて、甚だしいにも程がある。

「結局は自分の為。自分自身の研究の結果が出ればいい。」

自分に言い聞かせるようにそう呟く。ただ五月蝿い音楽のように流れるテレビを、乱暴にリモコンで消す。すぐに部屋が静かになる。いつもなら静かになれば否が応でも何か案が浮かぶものなんだが、今回は頭の中が真っ白になったように何も浮かばない。

「くそっ。」

 

(結構貴重な体験かなって思いまして・・何だか、おもしろいです。)

(俺はこれでも全然構わないけどな。)

 

悪態をつけば、秋とラーク二人の顔が浮かぶ。何だか腑に落ちない。

何だろう、このむかむかした気持ちは。何だろう、このもやもやした気持ちは。

「くそっ。」

もう一度悪態をつく。静かな空間に、机を拳で叩く音が響いた。そしてその直後に、

 

ぴんぽーん

 

澄んだ音が響く。家のチャイムだ。

(帰ってきたみたいだ。)

今、ここに来てチャイムを押す奴なんてあの二人しかありえない。まぁ、ニックが来ることもあるだろうが、それはごく稀なことだし。

「はい、今開けますね。」

重い腰をあげてドアへと向かう。ゆっくりとドアノブに手をかける。ゆっくりとドアノブを回す。よし、満面の笑みで迎えてあげよう。また料理をご馳走してあげよう。

ラグが一気に力を入れる。

「お帰りなさい!!街はどうでしたか?」

一気に力を入れて、ドアを開けて。

「今日も腕によりをかけて・・・」

料理を作りますよ、と言いかけたとき。そこに立っていた意外な人物を目を丸くして見た。そして驚いた。ずんぐりむっくりの大きな獣がそこに屹立していた。

「料理をつく・・・げっ。」

背中に鬼を背負った、獣がそこにいた。ラグは苦虫を噛み潰したような声を思わず出してしまう。本当の声を、出してしまう。

「に・・・ニックっ!?どうしてここにっ?」

そして彼はいつものにこやかな顔で、声で。それでも聞こえは鬼のような形相で、声で。

「分かっててそれを聞くんですか?ラグ?」

秋とラークがひょっこりニックの横から現れる。

「ひっ!?」

 

がごん!!

 

と拳なのに鈍器で叩いたような音が響く。ラグが頭を押さえる。ニックがまた拳を振り上げる。

 

「はははははは。」

「はははははは。」

秋とラークは笑うことしか出来なかった。ただ、巻き込まれたくなかった。

 

 

 




「さて、これで分かりましたか?秋君、ラーク君。こいつはこういう風に旅に疲れたヒトを笑顔で出迎えて、自分の実験材料として使う奴なんですよ?」

「そ、そうなんですか。」「へ・・へぇ。」

屹立するニックと床に正座するラグが向かい合う中、一歩引いたところで秋達はその成り行きを見守っている。出来るだけ関わって飛び火しないように構えている。

「けっ、自分のしたいように俺はしてるだけだよ。悪いか?はいはい、悪かった。」

「う・・・。」「ん・・・。」

ラグの方を見れば、あまりの変わりっぷりに、ギャップに驚いて声をかけることも出来ない。あれだけ優しく笑っていたラグが、ニックの真似をして餌を呼ぶ猫かぶりだったなんて。どうしたらいいか分からず、ニックとラグを交互に眺めて、空返事を返し続けている。

この状態がもう30分も続いている。ニックとラグの会話から内容は分かっては来ているが、押しつぶされそうな険悪な空気に身が持たない。はっきり言ってもうやめて、と叫びたくなる。でも、出来ない。まぁ、内容としてはこうだ。

 

 

ラグがニックの真似をして、にこやかに旅人に接するのは本人の常套手段らしい。そして家まで連れ込んで、怪しい薬を飲ませる。そして出た結果を資料として保管している。勿論、命に関わる薬品になれば本人としてもやりにくくなることは分かっていたらしく、せいぜい下痢程度まで、今回のような肉体的変化は少しイレギュラーな例だった。

昨日の夕飯の中、唯一市販のものだったビシソワーズスープの中にその薬品が混入されていたらしい。ラグが研究していた試薬品であり、物質を変化させることを目的としたものであった。それを秋達が飲んだ結果、こんな秋が犬に、ラークが獣人になるようなことになってしまったのだという。

 

「まぁ、こう言うじゃないか。敵を騙すならまず味方から。仏の顔も三度まで。二度あることは・・三度ある?三度目の正直?」

あまりにも思いついたものをただ乱雑に並べるような弁解。またごつりと拳が唸った。

「俺たち・・・敵ですか。」

「三度ある、って以前にもあったってことだよな?そんでもって三度目の正直、ってまだ続けるつもり満々・・みたいだよな。」

「仏の顔は、ですか?今まで・・三度で終わったことないですよね?」

 

秋達は呆れて三人合わせて溜息をついた。険悪な空気に晒されて、ラークがまともなことを言っていることには驚きだが、それを突っ込む気にもならない。

 

「あなたはいつだってそうです。この世界に来てから訳も分からない研究ばかり。こうして住ませてもらっているのに、何をやっているんですか。」

尚もくどくどと言い続けるニックに、尚もそっぽを向いたままふてくされているラグ。

「俺は自分のやりたいことをやっているだけだっての。それに役立つ薬品だってたまに提供しているじゃねぇか。それで不満か?」

「不満ですね。何にせよ、何も知らない旅人を連れ込んでやっていることが許せません。いくら新しい薬品を開発するためとは言え、無辜の人間を関わらせる気が知れません。」

「だが、新しい薬品を作るには実験が必要なのはお前だって分かるだろ?犠牲なくしてうまく作れたら苦労はしないよな?結果が出ないのにどうやって完成させるんだ?お前が実験体にでもなるか?ニック?」

「確かにそうですけど・・・。って、そうではなく!!既存の技術だけで街の役に立てないのか、と私は言いたいんです!!今更新しい薬品を作って何になるんです?むやみに犠牲を増やすだけじゃないのですか!?」

話が・・・進まない。

「お前には分からないんだよ!!お前は魔法使い。俺は研究者だ。研究者が研究を続けないと・・・駄目になってしまうんだ!!ニック、お前と俺とは違うんだよ!!・・・違うんだよ・・・。」

急に語気を弱めたラグに、ニックは押し黙る。そして急に沈黙が支配する。

 

研究者としての仕事、魔法使いとしての仕事。研究者は研究してこその研究者。自分にはない力を羨ましいと思っているのだろうか、自分の為とは言っているものの、ラグには研究で街の役に立ちたいのではと思わせられる節がある。その為にはやはり、実験材料が必要となるものでそれは避けられない形であった。研究をやめて既存の技術だけに満足することは、ラグにとっては許されない、研究者としての沽券に関わることなのだろう。

息を呑んで見守る秋とラークは、ただ黙って待つしかなかった。

ニックとラグの間には、昔馴染みとしての間に入れない空気が漂っていた。しかし、これだけ言い合える二人の間には、信頼関係も築かれているらしいことも事実だ。

だからこそのこの物言い。ラグもありのままの姿でニックと向き合っている。

「ふう、今日の夕食は私が作ります。それでいいですね?」

「勝手にしろ。」

 

吐き捨てて、ラグは奥の部屋へと消えていってしまう。昨日、鼻歌を鳴らして立っていたキッチンには、今日はニックがついた。




秋達は少し居心地悪そうに、ソファへと腰を下ろす。

 


「熱くなってすみません。いつもこうなんです。ラグの言っていることも分かるのですが、やはり犠牲を伴って結果を出す、というのが納得出来ないんです。確かにそうしないと薬学の研究者は結果を出せないかもしれません。でも、駄目なんです。私は前の世界にいたときもそういうことを見てきました。この世界でやっていることはまだマシなほうですが、以前は、味方の負傷兵を利用して細菌兵器を作っていました。矢に塗る即死効果の高い薬。相手側で使うだけで周りに有毒を撒き散らかす効果のある薬。それらを負傷兵に使われているのを私は見ていました。悶え苦しみ、喉を掻き毟るようにして死をむかえていく仲間たち。助けを求めるように目を見開いてこちらを見続けるもの。声をすでに失っているものは、憎むような目をこちらに向けていました。役に立たない私は医療班としてそれを見続けてきました。今でも脳裏に焼きついて離れません・・・。」

「・・・・。」「・・・・。」

「ラグも研究の一員でした。一番仲がいいやつでしたが、そういった行為だけは許せなかったんです。私は、もう見たくないんです。あの目を、声を。」

背中越しに秋達はニックを見る。肩が小刻みに震え、手に力が入っているのが分かる。

想像しただけで背筋が凍るような状況だ。自分たちはそんなことを体験したことはないし、戦争ということを聞いても実感が湧かない。

でも、ニックの姿がとても辛そうなことだけは分かるのだ。

力になりたい、そう思わずにはいられない。

 

 

「ニックさん。今のラグさんの昔より抑えた方法でも・・駄目なんですか?」

「俺たちはそんなに気にしていないぜ?むしろ楽しんでるつもりだ。それじゃ駄目か?」

秋達は、そうニックに言う。包丁でまな板を叩いていたニックの手が、止まった。

「あなた達は、何とも思わないんですね。自分が実験材料として使われたんです。一歩間違えれば死ぬところだったかもしれないんですよ?」

確かにあの夜のときの痛みは尋常ではなかった。身を裂くような痛み、熱さ。自分の死を覚悟したほどだ。

「・・・。」「・・・。」

秋達は何も言えず黙ってしまう。

「あなた達も早く出て行ったらどうですか?このままだと本当に殺されてしまうかもしれませんよ。」

純粋な警告。だが、声は震えていた。純粋だからこそ、言うのは辛いのだ。長年付き合ってきた親友を貶めるような、そんな言葉を自分が吐いたことに、嫌悪を抱いているのか。

 

「俺は、ラグさんが悪いヒトだとは到底思えません。」

「俺も、だな。ニックの言っていること、間違ってる。」

「・・・な?それが作戦だってこと、まだ分からないんですか?」

ニックは料理の手を止めて、秋達に詰め寄ってくる。

 

「俺・・・ラグさんと昨日の食事の後、話したんです。そのとき、ラグさんはこう言っていました。私は臆病な人間だ。意思に反して行動が無茶苦茶なものになってしまう、って。それが皆に迷惑をかけているんだって。」

「こうも言っていたぞ。いつか皆に喜んでもらえるようなそんなモノを作り上げるのが、私の夢だ、ってね。」

「・・・・。」

 

「俺は、ラグさんが嘘をついているように思えなかったんです。確かに口調や笑顔は偽者だったのかもしれない。でも・・・あの時のラグさんの顔は、本物だったと思います。」

「おお。俺は最初っからいいヒトだって思ってたぜ?優しい口調とか笑顔とか、偽者でもあそこまで出来ないと思うしな。それに、料理もうまいしなっ!!」

「・・・・。」

 

「確かに過去は消せない。ラグさんが研究の一員だったことは事実でしょう。それに現在も少々無理なことをやっているのも事実なのでしょう。でも、ラグさんともう少し話してみてください。それから判断しても遅くはないと思いますよ。」

「あんたが悪い、ってはなっから決め付けてたら話も進まねえだろ?ラグにも考えることがあるだろうさ。」

 

そう。親友だからこそ話せないこともある。悪友だからこそぶつかる。だが、ぶつかるだけではお互いを理解出来るとは限らない。時と共に変化していくもの。だからこそ、時に見つめなおさなければいけないのだと思う。それをニックもラグも拒んでいた。だからこそお互いいがみ合い、すれ違いを続けていたのだ。悪友だからこそ話が通じるのも事実。それが悪友であり、親友。

 

頭を乱暴に掻いて、自分の心の中で大きく葛藤を繰り返しているようだった。自分が言った言葉の数々、一方的にお前が悪いと決め付けるような言葉。

ニックは大きく溜息をついた。吹っ切れたように鼻を鳴らした。

「ああ、もう。分かりました分かりました。駄目ですね、私も。まだまだヒトの気持ちが分かってないみたいです。駄目でもともと・・・話し合ってみますよ。何だかこれじゃ、私が悪人みたいですから。

・・・それじゃ、あいつを呼んできて下さい。もうすぐ用意出来ますから。」

秋とラークは一気に顔を明るくさせる。二人でぽん、と手を合わせて、喜ぶ。そして二人、息の合ったように飛び出して奥の部屋へと消える。ニックだけが残された。

 

「あの子達に言われると・・何だかすべて上手くいくような気がしてきます。本人たちは気付いてないと思いますけど・・・あれは・・・少し卑怯ですね、ははは。」

 

 

 



無言のままに過ぎる夕食。気まずい雰囲気の流れる食卓を囲みながら、一人は何か言いたそうにしながらもふてくされ、一人はまだ躊躇っているのかもじもじ動き、そして残りの二人はただ温かく見守る。

二人は感じていた。気まずい雰囲気の中にある和みの空気を。わだかまりのなくなってきている彼らの信頼を。親友としての絆を。

 

 

 



ニックは結局そのまま泊まる事になった。提案したのはラグだった。

これで二人きりの機会が出来る。じっくりと話し合えるはずだ。

「じゃ、頑張ってくださいね。」

「しっかりなー。」

「・・・分かってますって。」

 

ニックにエールを送って、秋達は昨日の部屋へと入る。問題がなければ、このあと元の姿に戻るはずだ。またあのときの痛みを味わうことになるかもしれないと考えると億劫にもなるが、こればかりはしょうがない。心してかかれば何とか痛みも緩和・・・するだろうか。心中でそれはないな、と考え、ただその時を待つ。

 

 

「うまく行くかな、どうだろ・・・ラーク。」

「あー、どうかな。」

 

二人向かい合って座って、ラグたちが眠る部屋の方を眺める。眺めてただ成功を祈る。

「ん?何か前にもこんなことあったな。」

「あー、鷹人たちの時だろ。俺たち、多いな。こういう仲介を行うような・・いまいち目立たないような気がするんだけど。」

「そっか、鷹人のときもこんな感じだったっけ。」

「俺たち、いまいち目立たないよなー。」

「まぁ・・・そんなもんだろ。」

 



二人がお互いこれから頑張ろうと励ましあっていたとき、

ある街の中で、作業をしていた青年がくしゃみをする。



 

 

 

 



ラグと同じ、シャツにパンツというラフな格好のニックがドアをゆっくりと閉める。ラグは視線を一度こちらに向け、そしてまた戻した。

「ん。」

ニックのスペースを空けるようにラグは少し横に腰を下ろしなおす。そしてごろんと仰向けに寝転がった。

「どうも。」

と、そのスペースにどか、とニックは腰を下ろした。

 

「何吹き込まれたのか分からないが、俺は辞める気はないからな。」

「ああ、そうですか。」

「??」

了承するようなそんな優しい声に、ラグは目線だけをニックに向ける。

 

「私は・・・あなたが前の世界でのあなたの姿が焼きついて離れませんでした。多くのヒトを、ずっと戦ってきた仲間を簡単に実験材料にするなんて、頭がおかしいと思ってました。たくさんのヒトが死んでいくのを見て、許せないと思ったこともありました。」

「酷い言われようだな。」

「そして、ここでも同じようなことをやっている・・・私はそれを許すことはやっぱり出来ません。」

「・・・・。」

「でも、ラグのやってることはあの時とは・・・違うんですね。」

「ぁー・・・。」

 

「思い出したんです。あの大戦のとき、あなたが誰よりも心を痛めていたこと。」

「な!?」

「見てましたよ。仲間が自分の薬品で死んだとき、最後まであなたはその亡骸の前で泣いてましたよね。それに、苦しみ出した仲間を必死で治そうと努力してたのを知ってます。」

「・・・。」

 

自分の無力さに唇を噛みしめた。拳に力をこめて、無力さを嘆いた。自分のしたいことは新薬の研究、こんな人殺しのような真似ではない。・・・決してない。

「ずっとそのことを忘れていました。同じ事を続けるラグに、私はあなたの黒い部分しか見ていなかったんです。優秀で、皆に慕われていたあなたに嫉妬していたのかもしれませんね。」

優秀で、慕われていたからこそ。研究員として下に弱みを見せないためにも、自分は研究を続ける必要性があった。下の奴らが思い上がるたびに、自分自身も・・・より強く出るしかなかった。

「嫉妬していたのは、俺のほうだ。」

「え?」

ニックが尋ねる。

「俺だって、お前を見てきたよ。仲間を助けようと必死になっている姿を。そしてこの街に来て・・多くのヒトに囲まれて、前の世界であまり使わなかった魔法を皆を喜ばせるために使っているその姿を。その姿が羨ましかった。皆に好かれていくお前が・・・羨ましかった。」

自分は自分自身のために研究をし続けていた。ニックは皆のために出来ることを、と考えて行動していた。その結果、ラグは皆から危ない奴だと思われ、反対にニックはいい教師として溶け込んでいると思われている。大戦では役立っていた技術がここでは役に立たない。大戦では役立たなかった技術がここでは役に立つ。

ラグにとってはこの落差を素直に受け止めることが出来なかった。突然一人、世界に放り出された。

 

「じゃあ、秋君達が言っていたのは本当だったんですね。皆の役に立ちたい・・・っていうのは。」

「ば・・・馬鹿やろう。あれは・・俺の猫かぶりの一種だって言っただろ?全部嘘だよ・・・そう嘘なんだよ。」

目を瞑って、口を尖らせたラグの照れた姿に、ニックもニコニコと笑う。つい、可愛いとか思ってしまう。

 

(ちなみに、ニックとラグは悪友、親友という仲であり、恋愛対象としては二人とも考えていない。注意。)

 

ごつん、と軽く拳をおでこに食らわして、ニックは微笑んだ。

 

 



「あなたが、ここまで続けて・・・作り上げたいものって何なんですか?」

「ん・・・?」

「街の皆を見返すようなもの何ですよね?だからずっとつきっきりで取り組んでたんですよね。前よりうちに来る機会少なかったですからね。」

「ん・・・。別に・・・見返すとか・・じゃねえよ。」

 

渋々上半身を起こし、頭を無造作に掻く。そして出てきた言葉は。

------をしようと思うんだよ。」

「え!?それってつまり、薬品を使って――――――――をしようってことですか!?そんなことが出来るんですか!?」

ニックの目が、今までにないくらい見開く。それでも目は細かった。

「お前、あまり・・・目開くなよ。怖いっての。そうだよ。そのつもりで今の薬品を作ってるんだよ。」

ラグが、照れながらも渋々話す。薬品の説明、今までの研究の結果から推測される薬品の合成による効果の説明。そしてそれが示す結果。

「驚きました。あなたがそんなものを作っているなんて・・・。間違いなく街は大騒ぎになりますよっ。凄い、やっぱり凄いです!!ラグ。」

「ちょ・・お前・・・・近所迷惑になるだろっ。」

興奮気味に話そうとするニックの口を塞ぎ、ラグは下を向いてもごもごと何かを呟いている。

だからまだ言いたくなかったんだ、とか。これだから嫌だったんだ・・・とか。

「やりましょう。私も協力します!!はい、協力させていただきます。ラグ総合薬剤長官。」

「やめろよっ、その呼び方!!ニック医療長!!」

 

 

二人は大きく笑いあった。わだかまりはなくなっていた。壁はすっかりなくなっていた。

もう心配はない。二人の時も、ここからまた街の水の流れのようにゆっくりと流れ始めるのだろうか。きっと、これから。

 

「これも、あいつらのおかげ・・・・なんだろうか。どうしてか・・話したくなったんだよな・・俺の奥底で考えていたことを、つい。あの笑顔とか、あどけなさとか。それに・・・久しぶりに自分の料理をあんなにおいしそうに食べてくれるやつを見た。」

自分の料理を褒めてくれた。そんな小さな幸せ。

「私もです。何だかあの二人を見てたら、こう何か自分には出来ないのかな、って気がして。あんな子供達に教えられるようじゃ、私達もまだまだですね。」

自分の魔法を褒めてくれた。そして自分を諭してくれた。そんな小さな出来事。

「そうだな・・・。」

 

「とりあえず、あなたはもう少しヒトに迷惑かけない研究の仕方を覚えてくださいね。でないと。」

「けっ、どうなるってんだよ。」

「ん?」

言う代わりに妙ににやついて見せたニックの後ろに何かが見えた気がして、ラグはびくりと肩を震わせた。

(きっと・・・やばい。)

自分の身の危険を感じたラグは。

「お・・おう。分かってらぃ。」

と、頷くことしか出来なかった。

ニックが、疲れましたねぇと言ってごろんと横になった。ラグも同じように寝転がって天井を見つめた。そして、

「感謝・・・かな。」

そう呟く。

他愛もない話をぶつぶつと二人で話しながら、時間はゆっくりと過ぎていく。

 

 

 

 

**

「ぐっ!!が・・・ぅ・・・っ!!」

頭痛や吐き気に襲われる。全身を揺さぶられるような感触に今にも気絶してしまいそうだ。しかしそれが出来ないのは、体中が熱い昨日の痛みに加え、自分の大事な部分が熱いと感じたためである。びくびくと反応を示し、収まりがきかない。

「あぐっ・・・ぐああああ・・・!!」

二人して身悶える。鼻息荒く、喉が潰れてしまうのではないかというほどに喉を強く押さえていた。

 

「ちょっと待って・・・これって・・・やばっ・・・。」

「何だ・・・これ・・俺のが・・・こんなに・・・。」

 

 

(想像は皆さんのほうでどうぞ♪ byりっく)

 

 

運動後の興奮したような体調に似た感覚が全身を駆け巡っている。神経を刺激され、身体が思うように動かない。眠気が増して倒れそうになり、すぐにそれとは逆に電気が走り、起こされる。

この感覚は、もう複雑すぎる。言いようがない苦しみ。

そして、

「ラーク・・・。」

「秋・・・。」

二人して目を合わせ、手を強く握る。特に意味はないが、共有するため、なのか。

 

不甲斐なくも、見つめあった瞬間・・・相手のことを意識してしまった。何故か、顔を逸らしてしまう。

(な・・なんだよ、こんなんあるはずないじゃないか!?)

(え・・・嘘だろ?だって・・・)

それは神経の刺激による感覚の麻痺だった。恥ずかしいのに手だけは放れない。

こんなことを考えるなんて“ありえない”。

秋は・・・・で。ラークは・・・・で。

相手の鼓動が握った手から伝わる。確かに生きている証拠となるその脈拍は、ただどくどくと血の流れを伝えている。しかし二人には、それ以上のものが相手に伝わっているのではないか、と錯覚をしてしまう。

決して・・・いけない。この温もりは、辛い。

 

「ラーク・・あの二人・・・ラグとニックがいれば・・・この痛み・・・もうちょい抑えられたんじゃ・・・とか思うんだけど・・。」

「・・・・遅いし。恥ずいし・・・。」

手遅れのことを最後に思い出し、全身の熱さを感じながら・・・今日も二人はそのまま気絶する。

ぱたり、と電池が切れたように動かなくなる。

 

見られなかったことへの安堵。

繋がった手の温もり。

そして、明日こそは戻れるという希望。

 

それらだけが秋達には救いだった。

 

 

 

 

 

**

「ちっ、もうここは出て行くぞ!!」

「兄貴?出て行くですか?」

「しょうがねえだろ!?何も収穫がなかったんだからな!!」

街の裏手の草むらの中。怒気に反していじいじと草をむしりながら二人は話し合っている。

「兄貴、もしかして呪われるのが怖いんです?」

「ち・・・ちげぇよっ!!即効で盗んで即効で抜け出す。それが出来なかったらここにいる意味ないだろーが!!」

ぽかり。

「ってー。分かりましたですよ。ん?兄貴。何かあそこ、光ってないです?」




「ん?」







事態が、動き出した。









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