第三話   世界の道標となるものたち

 

「さて、それでは今回はこの国の地理、歴史を勉強しましょう。」

そう言ってニックは緑黒板に白いチョークで絵を描いていく。黒板の真ん中、そこに大きな丸を立てに並べて二つ、間を空けて描く。そしてその間の部分にはブイと逆の字、山なりのアーチを描く。

「私たちの住んでいるこのマティウスという世界はこのように二つの大陸から成り立っています。そして、これらはそれぞれ、北はノイアス、南はサイアスと呼ばれていることは皆さんすでに知っていることだと思います。」

丸の横に文字でそれぞれの大陸の名前を書く。そしてそれらから線を引いて、その交わった部分にこの世界全体の名前を。

(すでに知っていること・・・?)

秋がラークの方を振り向くと、ラークはあからさまに視線を逸らした。おそらくは知ってはいるものの話すのが面倒だったのだろうと秋は勝手に理解して、また黒板に視線を戻した。

ニックは、一旦チョークを置いて粉を両手をはたいて落とした。

説明は続く。ラークは子供たちにひっつかれて寝られないまま、秋はちょこんと楽な姿勢で座ってその話に聞き入る。

 

 

この世界、マティウスはもとは一つの大陸として成り立っていた。もちろん、二つの大陸の名前なんてものは最初はなくて、一つの大陸イコール世界、そして、マティウスとして成り立っていた。

絵として描けば、頭でっかちの雪だるま、正月なんかに売られてるだるまみたいな形である。しっかり言えば、上のほうが少し大陸としては小さい形をしていた。そして、雪だるまの上と下の区切り、接合部分には峻険な山々が聳え立っている。昔から一つの大陸ではあったが、この山々のせいで二つの大陸に分かれていたようなものであった。東と西の端部分は山が丁度途切れていたから、北と南を行き来出来ていたらしいが。

とりあえず、どうして二つの分かれた大陸になったのか、それは後々の歴史の分野で話すことになるだろう。大戦の歴史にもなるから、それとまとめて話すらしい。

 

次にニックは大陸と大陸の間、山を突っ切るように一本長く線を引いた。そして次には東西の端、そこから曲線でまた、北と南を線でつなぐ。

この線は、大戦終結後に作られた北と南の連絡路、または運搬路であるらしい。

真ん中の一本の線は、北と南をつなぐ路線。大戦から10年経った今、この路線が多く使われるようになった。一直線であるから運搬期間も短く、長い期間の保存が難しいものなどの運搬に重宝されている。この路線が出来るまでは、東西の端の海路を扱っていた。大戦の最中、船の使用が必須になったため、大戦後はその船がすぐに使える運搬方法として役立った。もちろん備えた銃砲や武器などは撤廃されている。こっちでは主にさっきの列車で運搬できるもの以外の海で獲れるものなどを運搬している。

本当は列車と同じように真っ直ぐ運搬が出来ればいいのだが、一つの大陸だったものが二つに分断され、しかし多くの山々が残り、座礁が多発しそうだということで却下された。山々をさらに削って、ちゃんとした海路を取るには、まだまだ期間が必要となる。しばらくは東西の海路が扱われるらしい。若干不便な面もあるが、人の命には代えられない。長期間になるが、海路の整備が行われるのを待つしかない。

そういった運搬経路が確保されたことで、マティオスという世界は均衡を保ち始めた。気候や大陸の差であろうが、北と南で獲れる産物は二つの大陸を行き来し、見事な調和を保っている。例えば野菜。これは北と南で6:4の比率を保っている。そして魚。これは逆に北と南で4:6の比率を保っている。そして運搬経路が確保され、貿易が盛んになることでその比率が5:5、丁度いい比率になるわけだ。これは、昔はこの大陸が一つであったことを証拠付けている。

地域によって気候は様々、暑いところもあれば寒いところもある。乾燥しているところもあれば、湿気の多いところもある。これらは大陸の地形の問題で、ここでは取り上げない。

 

(というか、地形による気候の変化とか・・あまり詳しく語れないのでw :スイマセン りっく)

 

とまぁ、地形に関することはこのぐらいである。現在では、列車も通ってるし、船でも北へと渡れる。便利で平和な世の中になったものである。

ちなみに、今、秋達がいるカルテスの街は南側、サイアスの方になる。

 

秋達が出発したラシエの村はサイアスの南方面、さらに南にサンタマーナ。そこから東に行ってカーフィス。クロドのいる森はそこから西。そしてそこからさらに西にロンデバザール。特別章でロックが訪れたのはそこからさらに西に行った場所になる。今回秋達がいるこのカルテスの街はロンデバザールより北側。時空管理局はサイアス、ノイアスのそれぞれの大陸の北側、南側・・・海に面した部分に存在する。時空管理局に向かっていることは確か・・である。

確か・・。(曖昧です。)

 

もちろんニックは子供たち全員に分かるように、分かりやすい言葉を選んで説明を続けている。時折イラストを黒板に描いて、子供たちに質問をし、逆に質問され、それを返していた。

「さて、これで地理は分かりましたか?次は歴史です。ここのところは覚えておいたほうがいいですね。あ、これテストに出るとかそういう意味ではないですから。この世界が出来たきっかけ、そして貢献した人物などを覚えていて欲しいだけです。」

そう言って、今まで地理を説明していた黒板を一度すべて消した。

「せんせー、一緒に話聞いてるお兄ちゃんが寝てまーす。」

ニックにそう子供が報告した。秋が横目に見ると、ラークはあぐらをかいた足の上に子供をのせ、さらに両側に子供をひっつかせながら、瞑想するように座っていた。しかし、近づいてみればやはり、すー・・と静かな寝息が聞こえる。

ニックがやれやれと、にこやかに微笑んだ。すべてを許すような笑顔を向けていた。

「どうします?」

ニックがそう尋ね、秋は深々と頷いた。その後に、前足で殴るような仕草を取る。そうですか、とそのままにこやかに笑顔を浮かべ、ニックは言い放つ。すべてを許すような笑顔で、菩薩とも思えてしまうような笑顔で。

「やっちゃってください。」

・・・やることは酷かった。

 

「さて、次は歴史です。さっきも言いましたように、覚えておくだけでこの世界の住人として貢献しているようなものです。寝ないように頑張りましょう。」

「・・・・はい。」

(ってか、ここに来てもこの役回りなの?俺って・・・。)

 

子供たちに一斉に飛び掛られ、毛を引っ張られて、色々なところを叩かれ、(子供のお遊びということで、アソコもパンチをくらったり・・)毛を色々な方向に伸ばしたラークが、眠い目を擦りながら、黒板を凝視する。寝るわけにはいかない。次には、身の安全さえ危うい。おそらくは、男としてのプライド、というか男としてのシンボルが危ない。

「むぅ・・・。聞くしかないのか。」

そう零してあくびをかみ殺すラークに、子供たちが野生の目を光らせる。

 

歴史編スタート。

マティウスは1万年以上前の歴史を持つ、由緒ある世界である。その一万年をかけて生物は進化を遂げ、今に至る。

もちろん、一万年前のスタートは獣人、人間などはいなかった。やはり、最初に誕生したのは獣たちであった。気候の変化に応じて姿を変え続け、今の獣の基本形が誕生し、そう言った進化を続けて約3000年の歴史が流れる。

そして、進化の先頭としてヒトの原点に立ったのはやはり猿族だった。これはどこの国でもおそらく同じであろう。長い手で果物を取り、時に道具を使うことによって、その手は発達し、やがてそれを中心として使うようになったため、二本足で動くようになった。木を登り、崖を登る。

 

ここで、秋の世界と違うところは、その猿族の姿を真似て、他の獣たちも二本足で歩こうとしたことである。猿族よりは困難な道のりだったが、徐々に他の獣も二本足に対応できるようになった。

このあたりが、マティウスが出来るまでで第一の劇的な変化だと言える。もちろん、今のこの世界の現状から考えて、獣のままでいることを望んだものも多かったそうだ。

しかし、そういった獣たちだけの知識だけでは人間の姿にはまだ程遠かった。

 

「はい、そこでそういったまだ途中の進化を遂げている獣たちを何て呼んだか?」

そうニックが子供たちに聞いて、声があがる。

「獣人かぶれ。」

「半端物。」

その二つを黒板に書いて、ニックはそれを二本線で消す。

「正解です。でも私は、あまりこの言い方好きではないんですよ。だから、ここのところは“獣人の進化途中”とか、それらしい名前で、皆が理解できる言い方で結構です。決して歴史を卑下するような言い方はしてはいけませんよ。」

はーい、と全員が返事をして、さらに歴史編は続く。

 

この状態でまた2000年という歳月が流れる。ちなみにここで彼らは独自の言語体制を作り上げ、それが今の言語の基本となっている。文法は違うが、基本形は同じ。文章として成り立っているわけではなく、単語の羅列で文章を理解する。分からないものはボディランゲージで対応する。

 

「さらに、ここで第二の進化が訪れます。ここで、我々獣人の誕生の橋を作ったヒトがいました。誰だか分かりますか?」

ニックがそう尋ねて、

「ぉ、それなら聞いたことあるぞ。サクシンってやつだ。」

ラークが得意気に答えて、ニックが満足そうに頷いた。そして、資料を取り出して一枚の写真を前に出した。一人の人間の写真だ。

ほっそりとした顔立ちに、にこやかな笑顔。さらに鼻にかけた眼鏡からは聡明さが感じられる。髪はオールバックにしてあげていて、後ろで一つに縛っていた。モノクロで色は分からないが、眉や目の部分と比べて髪の色は薄いのが分かる。そのにこやかに微笑み、胸に学術書と思えるものを抱えている姿は学者か何かであろうことを物語っていた。

 

「そうです。この方が、完璧な獣人となる方法を私たちに示してくれた、いや・・獣人を誕生させた偉大なるサクシン博士です。」

(俺の世界の人間ではないな。5000年も前の話じゃ、そんな人間いるわけないし。)

そう秋は心の中でつぶやく。

 

彼が現れたのはその5000年も前。写真の見た目どおり、賢くて真摯、そして紳士。周りすべての獣族に微笑みを投げかけ、笑顔を振りまいていた。それでいて研究熱心。別の世界から来たとされるサクシン博士は、この世界の獣の進化の仕組みに興味を持ち、研究のための努力を怠らない・・・まさに人間として完璧とも思える人間だったそうだ。皆もそのひたむきな姿に惹かれ、研究の手伝いをするようになったものもいたと言う。簡単に言えば、凄い人だったのだ。

「どうしてそこまで5000年も前のヒトの話が残っているんでしょうか?」

そう秋が尋ねた。

「やはり、この世界の進化を急激に伸ばしたヒトだからでしょう。それにあまりにも出来るヒトだったから、残っていても当たり前・・・とか思いません?あなたも昔の人物とか、伝えられて知っているでしょう?それか、伝わっていることよりも若干劣るとしても、根本的な性格は変わりませんから、伝えられるうちに少なからず脚色をされて今に至るんだと思います。」

「そうですか。本当に凄いヒトなんですね。」

「そうですね。世界の理屈を覆すようなヒトです。まさしく天才です。」

(にしても・・やっぱり詳しすぎるかもな。)

秋は写真を眺めて、何故か目があったような気がして顔を逸らした。黒板にまた目を戻す。

 

続く。

そしてこの世界に来たサクシン博士は、中途進化の中でもより人間に近づいている猿族に目を向け、詳しい調査を行った。そして自分の細胞と猿の細胞を、絶妙な比率で混ぜ合わせ、それを移植して、摂取させることで中途進化の獣を完璧な獣人として作り上げることに成功した。他の世界にも獣人はいるが、このように獣人の誕生を詳しく記しているのはこの世界ぐらいなものである。こうして獣人というものが誕生した。それは人間のようにしっかりと二本足で立ち、それでもやはり人間とは違ってふさふさの毛を持ち、または頑丈な鱗を持ち、または揺れる尻尾を持つ。

サクシン博士はその後世界を周り、知識を広めて地図を作った。一通り回り終えた後には、ある街の女獣人と仲良くなり、そこで結婚をしたと言われている。

人間と猿の細胞を取り入れたことにより、生まれてくる子供は獣人7、人間3の比率になった。獣人同士ではやはり獣人の子が生まれてくることが多く、男のほうが人間だと人間の子が生まれてくる可能性が高かった。

人間の子も増えるようになってから、それぞれが獣族、獣人族、人間族と分かれて呼ぶようになった。そして獣人族と人間族を総称してヒトと呼ぶ。



サクシン博士がまた研究を続けながら、そして亡くなってからはまた4000年という長い歳月が流れる。ここまでの歴史の中で、サクシンに教わった言語の見直しと改変、街の建築、技術の発達などが為されていった。その長い年月の中、現在の状態まで近づくことになる。

 

「長く、長く、この世界は発展し続けてきました。そして現在に至ります。苦悩に苦悩を重ね、サクシン博士を見習った努力の成果が、現在の世界を形作っています。これを考えれば、サクシン博士がどれだけ偉大だったか分かるでしょう。」

 

「そしてここからは・・・・大戦の歴史です。」

 

1000年前、小さないざこざから大きな領土戦争となり、それが終結するまで・・・これすべてを含めて“大戦”と呼ぶ。それは本当にただの領土拡大から生まれた戦争だったようだ。

世界が進化していくごとに、徐々に街が形成されていくごとに、そしてより良い世界を作ろうと試行錯誤を続けるごとに、徐々に一つ一つの先頭に立つもの、つまりリーダーとなるものが現れ始める。これまでそういったものが生まれなかったのは、技術を高め、街を形成していくのに精一杯でそういった余裕がなかったのだと思われる。一通りの街形成を行った後には、しっかりとした統制と規則を取っていかなければならない。そういった意味では、このリーダーという役職を作ることは必須であるように思われた。いい方向に行けば、抜群にリーダー性を発揮することの出来るものが上に立ち、采配を奮い、より良い世界の構成に一役かっていたかもしれない。

しかし、それが悪いほうに転んでしまったのがこの大戦の結果である。

領土として纏まりを持ち始めていた中で生まれたそれらリーダーは傲慢なもの、身勝手なものもいて、より良い世界を作り上げるためには自分が一番上に立つことが必須であると考え、他の領土を占領し我が物にしようと動き始めていた。それら横暴に放埓に暴れようとするものが現れた結果、しっかりとしたリーダー性を持つもので領土を持っていたものも自分の領土を守るために奮闘する結果になってしまう。

このようにしてねずみ算のように対戦の波は一気に広がっていく。そして、また時が流れて500年、何とか落ち着きを取り戻した世界は、ひと時の平穏を保つはずだった。

しかし、それで終わらないのがこの大戦。

この世界の大戦の中、重要な領土を手に入れてないことに皆が気づいたのだ。

そしてそれからの戦いが最も激化する。

小競り合いなどを続けていた500年、ようやくまとまりは始めたが気づく。何故気づかなかったのかと皆が皆思ってしまうぐらいに当たり前のようにあったもの。

 

「そう・・・それが山を隔ててある、北と南の存在だったのです。」

もの悲しそうに、大戦の歴史をニックは語る。

 

最初に述べたように、この一つだった大陸は頭でっかちの雪だるまのような形、つまり北のほうが領土は小さかった。お互いが手を出そうとしなかったのは、中央にそびえる峻険な山があったからだ。勿論、東西の端には南北を行き来する場所が存在はしていたが、ほとんどのものは山のあまりに荘厳なたたずまいに恐れおののき、そればかりを見てきたため、そこにはまったくと言っていいほど手がつけられなかった。それにその山を登ろうにも、険しいだけではなくそこがヒトが入れるような気候ではなかったため、危険を冒して登ろうという物好きはいなかった。

大戦を続けて勢力をつけた北と南両側は、その勢力に拍車をかけた。

北のヒトは言った。

「我々の領土は南より小さい。ここで勝つことにより倍以上の領土が得られる。」

南のヒトは言った。

「我々の領土は北より大きい。しかし、ここで勝てばさらに領土を得られる。」

それぞれが、領土のことのためだけに動いていた。以前から考えられていたリーダー性やより良い世界の構成などの世界の発展を元にした考えは、もうとうに無くなっており、ただただ広げるためだけに両側は動く。放埓な考えが世間に広まったこの世界では最悪の時代である。

 

主に大戦が行われたのはやはり、両端の南北をつなぐ陸路であった。南北の兵は勢力を二つに分け、戦いにのぞむ。そのころ、主な武器は剣や刀、槍などであった。陸路での激しい戦いは続き、多くのヒトが死んだ。このとき有利になるのは何族だったか?

空から戦いに参加できる、鳥族や竜族である。しかし彼らは最後まで大戦には参加しなかった。空を飛べる彼ら種族は、独立して生活していたため、そして元となる目的を忘れていなかったため頑として結局大戦には参加しなかった。強引な方法で仲間に取り入れようと考えたものもいたが、それも彼らの集落の中だけで解決した。彼らは彼らなりの矜持で戦っていたのである。

 

いくつかの集団をきって、山から突入しようと思うものもいた。ここは大戦を勝ち取る突破口となるルートである。しかしやはり道は難解。疲労困憊し、満身創痍。小さな希望を抱いて進んだ道には絶望しかなく、戦いに参加しなくても命を落とすものは多かった。

 

大戦はさらにだらだらと続く。

そしてまた300年。ほとんど意味もない大戦が続く。激化し、さらに新たな武器を作り出し、にらみ合う。ぎすぎすした関係が何年も続き、未だに両端での戦闘が行われていた頃。

 

「ここが、今歴史上最も関心を持たれている部分ですね。」

ニックが分かりやすく年表を書きながら言う。200年前、と白く書かれた横に、横長の楕円を書いた。

「何があったんですか?」

秋が聞くと、ニックは複雑そうに笑って見せた。

「それがですね。」

しばらくの沈黙。

「何があったか分からないんです。」

「え?」

 

この丁度200年前の“事件”は学者の間では“空白の歴史”として通っている。

 

「空白の歴史?何が起こったかわからないんですか?」

ニックは小さく、うなずいた。

 

200年前。この部分だけ、歴史には残っていない。

いくら昔の資料を取り出しても、その歴史の断片を読み取ることも出来なかった。一万年前のことが残っているぐらいである。だから、200年前という、比べればごく最近の話は残っていそうなもので、またはそれを知っているヒトが現れてもおかしくないはずなのだが。

ただ一つだけ、事実が残っている。

 

「事実?」

ラークが真剣な眼差しで聞く。めずらしい。

「さて、今の世界とこのときの世界、まだ合わさっていないことって何でしょう?」

ニックが質問を投げかける。周りの子供たちは隣と相談を交わし、ラークに尋ね、分からないと言われれば毛を引っ張り、そしてうんうんと唸りだす。

「そうか・・・。」

秋がつぶやく。

「なんです?」

 

「大陸の分断・・ですね?」

当たりです、と頷いて、ニックはもう一度分断された、ノイアスとサイアスの両大陸を描いた。

 

「他の事実が一切残っていないのに、これだけがしっかりと事実として残っています。歴史学では、どちらかの大陸が実験中の兵器を持ち出して失敗し、両大陸の勢力が一気に失われたのではないか、地形が変化のずれを見せ両断されたのではないか、または地震か海底からの強力な吹上で、一気に大陸ごと離れてしまったのではないかと、ただまことしやかに伝えられています。そしてこれの奇妙な点は、これに関わったものたち、そしてその血を受け継ぐものたちが口を揃えて、皆、覚えていない、知らないと言うのです。これは彼らが嘘を言っているのではありません。心理学者が共に調べてくれたため確かなことです。皆、忘れているんです。」

「そんなことがあったのに・・・?」

「そうです。だから、この空白の歴史を解明することは歴史学の目標となっています。」

 

ニックは、場の雰囲気が静まりかえったのを見て、切り替えようとぱんと両手を打った。

 

「さて、この空白の歴史は興味あるでしょうが、この先を教えましょう。ここからは大陸が両断されたことで静かな戦い、大陸の両海岸からただにらみ合うだけのものとなります。」

 

大陸が両断されたことで、移動経路が船でしかなくなった大戦は急速に勢力を衰えさせていった。それに、大陸の両断の際に、先頭をきっていたリーダーが両大陸とも死亡したそうだ。よって、兵士たちは戦う気力さえも失くしかけていた。それでも意固地で戦い続けようとする輩は、船を用いて大陸を渡り、それを沈められる・・・お互いがお手上げ状態に陥った。

 

いつ何が起こってもいいように軍事訓練だけは行われていたようだ。結局はお互いが何も出来ずに無駄な労力を重ねるだけだったが。

(ガトも15年前あたりまでは軍人として働いていた。特に何も起こりはしなくて、3年間働いてから嫌気がさして辞めてきたって言うことだった。)

 

「そして10年前、君たちの記憶に新しい終戦の宣言が出され、平和条約が南北で結ばれました。」

「でも、すぐに終わり・・というわけにはいかなかったんですよね?」

「それがですね。10年前になるまでお互いはにらみ合っていました。しかし、ここで両大陸の親から生まれた双子の女子供が、北と南で終戦を呼びかけたんです。妻のほうがノイアスの民間人、夫のほうが、サイアスの捕虜だったようです。そして二人の双子は、両親の他界と共に、ヒトが戦いあうことの醜さを訴え、大戦を辞めるように呼びかけました。両大陸でもう大戦を終わらせようと考えていたヒトが多数いたのが、決定となったようですね。あっけなく終戦いたしました。純粋な心と両大陸を結ぶ架け橋となる子供の強い心に打たれたのでしょう。彼女たちの名前は、ノイアスとサイアス。彼女らの成果が讃えられ、ついたのが二つの大陸の名です。

 

終戦をしてからは、また文化の発展をし続けていきます。皆が皆、ずっとこうしていればよかったと気づきました。まずは、すぐに両大陸を渡す橋の制作が行われました。海路の確保も行われました。そして、二つの大陸の、ノイアスの最南端、サイアスの最北端に管理局を備えました。

時々やってくる他の世界のヒトの管理も兼ね、大陸の陸路の門として時空管理局、と名づけられました。もちろん海路のほうにも管理局があります。しかし、すべての統括として働いているのは、やはり陸路の時空管理局のほうです。こちらでは、他の世界にヒトを帰す装置もありますし、訓練施設として管理局員を育てていることもしています。多くの管理が、その時空管理局で為されています。」

 

「そうだぞ、凄いんだぞ?」

「そう・・・だな。」

話を聞いて、さらにラークが自慢げに話しかけてくるのを見て、秋は改めて時空管理局の重要性について理解し始めていた。

すべてを統括し、南北の門となる場所。大陸を飛び回り、他の世界にまで手を出し、望んでやっては来なかった人たちに助けの手を施す。重要な施設だと言える。

 

「さてさて、長くなりましたが・・・このへんで終了となります。ちょっと難しいですが、知っているだけでちょっとばかし鼻が高くなりますよ。ははは。」

ニックが笑う。そして、黒板消しをとって、一気に黒板の文字や絵を消していく。

「せんせー、最後にまたあれ見せてよー。」

「私も見たいー。」

周りから賛同の声が聞こえる。秋とラークは訳も分からず首を傾いで、ニックを見た。ニックは恥ずかしそうに、しょうがないですねぇと微笑んで見せた。

 

「!?」「!!」

秋とラークは目を瞠り、その光景を見た。

ニックがチョークで小さな猫と犬を黒板に描くと、それが黒板から抜け出しちょこちょこと子供たちの周りを遊び始めるではないか。色は白。平面ではあるが、しっかりと地に足をつけ、走り回っている。小さくワンともニャーとも鳴く姿は、姿以外は本物である。

「これは、魔法なんだって。」

ラークの近くにいた子供がそう言った。すぐに他の子供に混じるようにその犬や猫と遊び始める。

「ま・・・魔法?でも、この世界には魔法なんてないんじゃ・・。ぁ、そうか・・・他の世界から来たヒトなんだ・・。」

「へぇ・・・おもしろいもんだな。」

 

ニックが、子供たちの遊びを見つめる秋達に近寄ってきて、話しかけてきた。

「私、5年前にこの世界に来て、ずっとここで教師をやらせてもらってます。私の世界では魔法なんてのは当たり前でですね。おそらくこの世界の大戦よりも血なまぐさい戦いが繰り広げられていました。戦場に雷が轟き、業火が次々と兵士を焼き殺して飲み込んでいく。酷い戦いでした。ヒトの泣き叫ぶ声、ヒトが焦げる吐きそうになる臭い・・・。

私は落ちこぼれ立ったので、こうやって絵を描いてそれを物質化させることしか出来ません。歩き回っていますが、あれは子供たちには触れませんし、見るだけなんですが。結構、好評ですよ。戦場で役に立っていなかったことが、ここで役に立つ・・皮肉なことですね。」

自嘲気味た悲しい笑いで、ニックはため息をついた。

「それでも、この子供たちを笑わせることが出来る力を、ニックさんは持っています。この世界はこの世界の生き方があります。そんな・・・単純なことだと思います。」

「これはこれで、凄いんじゃないのか?大戦なんてないほうがいい。こうやって笑いが漏れるほうが、ずっといいさ。」

秋とラークがそう言って、笑いかけた。少し大人びたような顔に、ニックが唖然としてから、

「ええ、そうですね。」

とまた微笑んだ。悲しさの抜けた笑顔は、見ていて秋達の心を和ませる。

 

子供たちの笑い声が響き渡る。描いて約10分・・・その魔法は発動し続けて子供たちを楽しませ続ける。実際に、授業を聞いているより楽しそうにしているのは、まあしょうがないことだ。

魔法を扱うより、学習して知識を得るほうが好きだった。この性格が、この世界では教師として最適だった。世界の歴史を知ることは勉強になり、自分とは違った考えを持ったヒトたちに会うことが出来る。

 

こうして笑えているだけで幸せ、自分の力で笑ってくれることが幸せ。

 

子供に要求されて、次はさらにバリエーション豊かに動物を作ってみせる。子供たちに何これーと言われ、苦笑いする。絵は得意なのだが、子供たちの知らない動物を描くと最初、少し気持ち悪がられる。

「これは・・・・と言ってですね。うーんこれじゃちょっとリアルですかね・・・。」

 

教えて、デフォルメした形でもう一度その絵を描く。そして子供たちの輝いた笑顔を見て安心するのだ。

 

自分のこんなちっぽけな魔法で満足してもらえる。私を理解してもらえる。

 

「自信を持ってください。」

「あ、あれ・・・、・・・・だろ!?ニックって・・絵がうまいなぁ・・」

 

褒められて照れて、子供たちの笑顔を見て心から笑って、

(と言っても、私の顔はもともとこーいうふうに糸目ですからあまり区別はつかないですけど。)

笑って笑って笑って。

 

そして、改めて理解できる。

 

ここが、私の居場所・・・・なのだと。

 

「次は・・・。」

今日も私は教師を続けている。

 

 

第三話 世界の道標となるものたち 終

 

 

 

時は遡り一日前の夜。秋達が熱にうなされ気絶した頃。街のすべてが寝静まった頃。

 

二人の人間が、ある一軒家の前に訪れていた。

「ここだ、ここに間違いねぇ。お宝の匂いがぷんぷんするぜ。」

「さっすが兄貴です!!まるで犬っころみたいです!!あがっ!!?」

「うるせぇ!!それに犬っころとは何だ、犬っころとは!!」

「兄貴もうるさいです。」

「む・・すまんな。」

 

そう言って、こそこそ動き・・窓から侵入を試み、中を物色しようと裏手の窓のほうへと回る。

お互いの口をふさぎながら、抜き足差し足忍び足。

そして、ふと・・青白い明かりを目にし、

「ふがーーーーーーーー!?」

「ふがーーーーーーーー!?」

二人同時に口をふさぎながら叫ぶ。そのまま一目散に逃げ出していく。

覗き込んだ窓からはそう、青白い光。人魂のような炎がゆらゆらと揺れ、ぼんやりと浮かび上がっていた。まさに人魂。目に映るは間違いなく人魂。

人魂。

夜、空中を飛ぶ青白い光。古くから死者から抜け出た霊が漂うものとされる(広辞苑)

「ん?」

がら、と窓が開く。そこに現れた人影は幽霊・・ではなく。

 

「何か聞こえたような気がしましたが・・・気のせいでしょうかね?」

ニックだった。手には青色のチョーク。青色で描き、中身までそれを塗っていたため、それはまさに人魂。

「私の魔法で一ヵ月後に行われる肝試し大会を盛り上げてください・・・ですか。まったく、他の先生方も難儀なことを言うもんですね・・・。」

 

魔法の練習。そんなベタな話。しかし、見たものにとっては知り得ない話。

 

彼らの企みは失敗に終わる。

 

 

事態は静かに進行している。

 

 



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