「ん・・・。」

暖かな日差しの中、布団の温もりに包まれて秋は目覚めた。窓から差し込んでくる強い光は、今日も暑いことを示していて、さらに快晴であることも示していた。

(なんだったんだろう、昨日のは・・・。)

寝ぼけ眼のまま、思考も眠りから目覚めた直後で鈍っている。その鈍った思考でぼんやりと考えてみた。頭をがしがしと掻く。

痛みはすべてなくなっていた。まるで昨日の痛みが嘘だったか、夢だったかのようだ。というより、

(死ななかったのが、おかしいくらいだな。)

と、さらっと恐ろしいことを思ってしまう。これも自分が生きているという現実が自分の安心を抱かせているからなのだろう。

(とりあえず、顔を洗ってるか・・・。まだラークはどうせ寝てるだろうし。)

そうして、目を擦ったときだった。

ふぁさ

(ん?)

目を擦ると、何かくすぐったい感じがした。それに何か節々が少し違和感があるような。寝ぼけた状態を治すために、思い切り首を振った。ぶんぶんと横に首を振るとまた違和感が。妙に動かしづらいような。そして、傍には俺が夜着ていたシャツとパンツが転がっている。

「あ?・・・・え?」

寝ている間に脱げたからだろうか・・・。そう思って手を伸ばしたとき、そこでやっと気づいた。

手には毛がびっしりと生えていた。それもすべて白い毛。黒くはない。訝しく思って身体を起こしてみると、ふらっとバランスが崩れた。

「あれ・・あれれ?」

視界が狭い。視線が低い。それに色も若干、色落ちしていている。何より・・・。

「なんだ・・・これ。」

それは見慣れたような光景だった。しかしそれは人間の自分から客観的に見てきたモノであって、今の自分としてはそれは妙な形だった。

全身のびっしりとした毛。短い手足。手を頭に持っていけば二つのぴんとした耳。(さっきは耳の間だけ触ったため気づかなかったのか。)突き出した鼻。後ろを向けば・・。

「・・・しっぽ?」

ふさふさとした尻尾が、意識して動かせるようになっていた。そこで、辿り着いたこと・・・・。

「狼・・・いや・・・犬か?」

それはいつも見ていたラークの姿に似ていた。それにしても何で・・・。

完全な犬の姿。夢なんかじゃない。これは・・・現実。

「そうだ・・・。」

ラークはどうしたものか・・・と考えて横を向くと。

身体の大きさは秋から見ると大きい。全身は毛で覆われていて、長い鼻、ちょこんと出た耳、尻尾、足の布、頭から鼻にかけての濃い毛。首輪。変わらないものはいくつかあった。しかし変わっていたものは・・・。

「ラークが獣人になってる・・・・。」

ただし・・・

 

全裸で。

 

そりゃ考えてみれば至極当然のことである。ラークは獣の状態の時に服を着ているわけではない。もちろん毛は常時装備中、というわけだが、服ではない。それに毛が服として変わるとしても今は獣人タイプである。毛はそのままであるから、服には為り得ない。

発達した筋肉、綺麗に割れた腹に・・・股にぶら下がるモノ。

 

「うはっ!?」

身体がまたかっと熱くなる。その瞬間、いつものはたきに加えて、つい出してしまった爪が・・不覚にも意識していないところで出てしまった爪が。

ラークの顔に三本の線をつけていた。

「ん・・・あ・・・あれ・・・・・?」

寝ぼけて起き上がったラークは、じわじわと広がる三本の感覚にまず目を寄らせ、眉根を寄せて・・それがくしゃくしゃに歪んで・・・。

「いたぁぁぁぁぁっ!!!」

 

叫んだ。

 

 

第五章 とりかえっこキャンペーン

第二話 ○犬と○○○獣人

 

 

「で・・・どうしてこうなったんだよ・・・。」

ラークがとりあえず秋の着ていた服を着る。それでもやはり大きさは大きいくらいだ。だが、秋より体格がよく背が高いので、秋より似合っているように思える。首輪ははずしてある。

ラークはまだひりひりと痛みを感じる顔をさすりながら尋ねた。

「知らないよ・・・。とりあえずラグさんのところへ行こう。」

「おうよ。」

ラークが勢いをつけて立ち上がる。二本足で立ち上がる姿には違和感はなく、秋にとっては高く見上げる感じ。ラークの視線がいつもこんな状態だったかと思うと、少しだけ動物の苦労が分かる。

秋もひょっこりと腰を上げた。そしてその瞬間、

「あれっ?」

またフラッと体勢を崩し、ぱたりと横になった。

「ごめん・・何だか平衡感覚がおかしい・・・。ちゃんと立てないや。」

へへへ、と秋が乾いた笑いを見せた。

「しょうがないな・・・よっと。」

両脇を抱えて、人間で言う“お姫様抱っこ”みたいな形で抱き上げられる。

「ちょ・・待ってよっラーク!!こんな体勢恥ずかしいって!!」

「なんだよ、お前が俺を抱えるときはこんな感じじゃないかよ。わーったよ。じゃ、俺の後ろに乗れ。」

ラークが秋の身体をもう一度持ち上げて、この街に来たときにラークが地図を覗き込んだように、秋を肩の上に乗せる。秋はラークの両肩に掴まり、そしてラークの後ろに回した手に足を乗せた。

「・・・しょうがねぇな。」

息をついて、にししと歯を見せて笑ったラークは、いつもよりやはり頼もしい。体格差というのもあるのだが、何より口調が自信に溢れているように見えた。ラークの背中からの体温と移動による振動を後ろで感じながら、

(何だか・・落ち着くな。)

秋はそのままラークに身を預けた。太陽の、柔らかな匂いが鼻に届く。

 

 

**

「えっと・・・どこから突っ込んでいいか分かりかねるんですが。」

寝ぼけ眼でキッチンに立っていたラグを呼ぶと、急に目が覚めたように目を見開き、呆れるように、笑いながら言った。聞きたいことがたくさんあるのだろう。顔は訝しんで、秋(犬)とラーク(獣人)を交互に見つめていた。

「とりあえず・・・秋君と・・ラーク君です・・・よね?」

「はい。」

「一体全体・・・どうしてこうなったんでしょうか。」

「分からんな。」

「えっと・・・変身能力・・なんかないですよね。」

「俺・・・犬に変身できる能力なんて持ってないです。」

「まぁ、俺もだな。」

「実は、もう二人は死んでいて・・縁のある人物が私に泊めてくれた分のお礼を言いに来たとか・・・。」

「幽霊ネタはもういいです。」

「本当に・・秋君とラーク君ですか?あなた達、どこぞやの泥棒さんでは・・・。」

「もう信じてください・・。」

「・・・・。」

ラグは二人の顔を交互に見て、納得のいかないように唸りに唸る。そして一分ほど考えた後。

 

 

「えっと・・・朝御飯食べましょうか。はははは。」

目を背けて食事の準備をしにキッチンへと足早に消えていった。

 

(・・・逃げた。)

(・・・現実から目を背けた。)

ただ、その場に二人(?)が取り残された。

 

 

「ふむ・・夜に突然身体が悲鳴をあげ始めて・・・それで朝起きたらこうなっていたと・・・。」

今日は三人ともテーブルについて食事をしていた。ラグが片方、秋とラークがその対面に座っている形になっている。

朝食は和食だった。白飯にワカメとじゃがいもの味噌汁。ふわふわと綺麗に黄金に染まった卵焼き。こちらもきらきらに輝く海苔。そして、典型的和食の肉じゃが。質素ながらにも心こもった料理である。

 

「あの・・・そろそろこちらに目を向けて喋ってくれませんか・・・。」

「食べにくくないのか・・?」

ラグは未だに現実と戦っているらしく、若干負けているのかちらちらとこちらを見ることもあるが、ほとんど横を向いて喋っていた。

「あ、いや・・分かりました。・・・覚悟を決めますっ。」

「いや、そこまでしなくても・・・。」

意を決したようにラグが前を向く。やっと話が進むな・・と秋とラークは息をつく。

ラークは、器用に箸を使っている。獣系のときでも手先の器用は目に見ていたから何も不自然なところがない。むしろ、テーブルについて食事を出来て、さらに欲しいものに手が届くことが素直に嬉しいようだ。積極的に箸を動かして、おかずを口に運んでいる。

「訓練の成果だなっ。いいだろいいだろっ。」

そうやって秋に器用にご飯を掬って見せ付けてくるものだから、秋は足でラークのわき腹を蹴った。いまいち手ごたえが感じられないのに腹を立てた。ラークにばかり気を使っているのも何なので、秋も箸を使って食事をしようとする。

「食べられない・・。」

まず箸が掴めない。取ろうとしても箸がこぼれてしまう。やっと両手でしっかりと掴むことが出来ても、食べられるような形には出来なかった。

ラークとラグは食事が進んでいるのに、秋は一向に食事が進まず、うーっと唸り声をあげた。

「しゃーねぇなぁ。」

ラークがそれを見かねて、秋の頭をぐりぐりと撫でる。

「ラグさん、このスプーン借りるな。」

「あ、どうぞ。」

テーブルの中央に置かれていたスプーンを取って、秋のご飯に突き入れる。

「あ!!お前、何するんだよっ!!むぐっ。」

ご飯を取られるのかと思ってそれを止めようとすると、ご飯の乗ったスプーンの先が、秋の口の中に差し入れられた。ぱくっと口を思わず閉じて、そのまま口を引いて白飯を完全に含んだ。

「まだ慣れないんだから、無理に食おうとするなよ。俺が食べさせてやっから。」

「ん・・・。」

まるで子供のような扱い。また一口サイズでスプーンに白飯を乗っける。そしてまた一口。自分のちっぽけなプライドが崩れるような気もしたが、意外に悪い気はしていなかった。むしろ・・

(なんだか・・嬉しいような・・。)

そんなことを考えて恥ずかしくなる。今日の朝から、ラークはいつもより頼もしく見えて、さらに大きな存在に見える。ずっとこうであればいいと・・願ってしまうような、嬉しい気持ち。

「ほら、あーん。」

「あーん。」

傍から見れば、まるでラブラブのカップルの用だ。食事をすでに終えていたラグはその光景を微笑ましく眺めていた。ふふふ、と聞こえないように笑う。その悪戯な笑顔に気づいたのは秋の方だった。その笑顔にぶるっと身体を震わせる。

 

「な・・・何ですか。」

「いえ、何だか微笑ましいなと思いまして。仲がいいんですね。」

そう言うと、秋の顔は少し赤くなっていた。あんな風に恥ずかしいところを間近で見られたことによる恥ずかしさだ。それ以外なんて・・きっとない。

「まぁなー、ながーく旅を続けてりゃ、嫌でも仲良くなるってもんだ。」

「嫌でも・・・ですか?」

「そうなの・・・ラーク?」

二人に視線を投げかけられて、ラークが呆然と二人の視点を行き来した。

「え?別に・・・嫌じゃないぞ?まぁ・・・そういう例えだ。」

「そうですか、そうですか。」

「何ですか、その微笑みはっ。あー・・もういいよ、ラーク。後はラークが全部食べていいからっ。」

「そうかっ!?じゃ、いっただっきまーす。」

がつがつと秋の残り分までラークが食べ始める。

 

「・・・まぁ、こんな仲なんです。」

「よく分かりませんが、まあ、そんな感じなんですね。」

 

 

一分もしないうちにラークが食べ終えて、今回はラグ一人に食器を片付けてもらった。

 

「ま・・・まさか、私の作った料理の中に・・何か変なものが混ざっていたんでしょうか・・。」

「いえ、可能性としてはあるには・・ありますが・・・ラグさんが変わっていないことを見ると、違うんではないかと。それに・・・あまり疑いたくないんです。」

「あー、それにうまかったしなぁ。」

おろおろと慌てるラグを、秋がとりなす。ラークは素直に料理の感想を述べていた。

「それに、自分が犬になるなんて・・・まぁ、最初は慌てましたけど・・今では結構貴重な体験かなって思いまして・・・。滅多にこんなことってないですし。何だか・・・おもしろいです。」

「俺も全然。こうしてしっかりとテーブルについて食べれるしな。」

そう言うと、ラグは安心するように大きく息をついた。ほっと胸を撫で下ろした。確かに、秋の世界ではこんなことはありえない。そんなことが起こりでもしたら、歴史上稀に見ることも出来ないような発明になり、世界中大騒ぎになるだろう。まず人間と犬とでは骨格的な違いがありすぎる。そんな変化を自分がしたかと思うと、奇跡的とも呼ばれる瞬間に立ち会った、ということなのだ。まあ、あの痛みは計り知れなかったが・・。

「そう言ってくれると私も助かります。おそらく、何かが入っていたとしても・・・一日たてば戻ると思います。まぁ、確証はないですが・・・。研究者の勘、みたいなもんです。」

「そう・・・ですか。なら・・別に構いませんよ。」

「俺はこれでも全然構わないけどな。」

「でしたら予定通り、今日は街の探索に行ってきたらどうでしょうか。私はちょっと出かけることが出来ませんが、二人で冒険気分で行くというのもいいと思います。」

「そう・・ですね。行こうか、ラーク。」

「おぅ。必要なものとかあんだろ?次の場所への食料とか・・今のうちに揃えておいてもいいんじゃないか?」

「ん〜・・・さすがに今日中には出発できないだろうから、今日はこの街を見て回るのと・・・品定め、かな。そのぐらいだ。」

「よっしゃ、行こう。」

ラークは秋の両脇を抱えて、椅子から下ろした。やはりバランスが取りにくいのか、すぐにぱたりと横に転がってしまう。

「遊ぶな。」

「悪い悪い。」

ラークがにひひ、と笑ってまた秋を抱える。そしてまた肩に手をかけさせた。

「じゃあ・・行ってきます。」

「行ってきまーす。」

「行ってらっしゃい。」

ぱたぱたと歩いて、扉を開けて出て行った。ゆっくりと扉が閉まって、一人・・またラグが残された。

 

一人、コーヒーを入れるために立ち上がる。インスタントだが香りのいいコーヒー。その蓋を開けて大きめのカップに粉を入れ、お湯を注いだ。すぐにコーヒーの深い香りが仄かに香る。

そして・・手を止めた。

 

今回の客は中々の天然であるらしい。普通ならもっと慌てふためいて、決め付けて、そしてその日のうちにここを出て行くのに。それをおもしろいと言う。貴重だから構わない、と言う。まあ、状況にもよるのだが。

そんな純粋な彼らの言葉や仕草に触れて、自分の奥底が何か突き動かされているように感じる。いつ後ろめたさから自分自身を曝け出してしまうか、身勝手な行動に出てしまうか。それだけが心配になってきてしまう。きっとそうなったらいつもと同じような結果になるに違いない。そしたら自分はまた・・・。

そんな不安を抱きながら、今朝からの一連の騒動を思い出していた。彼らの系統の変化には、不思議だが興味がある。それは・・・研究者としての根っからの体質。

 

手には小さなビンが握られていた。

 

「そうなったか・・・俺も・・・まだまだ・・だな。」

 

 

一人・・・つぶやいた。

 

 

**

「兄貴〜。ここでもいいもの盗めるです〜?」

「これだけ大きな街なんだ。きっといいもんが見つかるに決まっている。俺ら泥棒兄弟、狙いを決めたところからは必ず盗み取る。街の中で狙うは一軒のみ。失敗は許されない。一度に大量に儲けてすぐにおさらばっ。それが俺たちのポリシー!!」

「すんごいですー。やっぱ兄貴は凄いですー。」

一人の人間、自分たちを泥棒兄弟と名乗るうちの一方、兄のほうがへへんと鼻を鳴らして街の全貌を見つめている。もう一方、弟の方はその自慢げに話す兄の姿を見て、きゃっきゃと子供のようにはしゃいでいる。

「さて、どのあたりに狙いを定めようか決めに行こうじゃないか。弟よ!!」

「はいですー。」

 

ゆっくりと、その影は近づいている。

 

 

**

秋はラークの背中で振動を感じながら、自分が少し高い視点にいるということを生かして次はどこへ行くかの道の誘導を行っていた。

まず当初の目的を果たすために大通りを歩く。大通りの両脇部分には綺麗に切りそろえられた植え込みがあり、すぐその内側を小さな水路が走る。流れは今の場所からだと中心部分、噴水のほうへと向かっているようだ。

 

「このまま真っ直ぐ行くと噴水広場に出るんだよな。そこで何か軽く買って食べれるといいと思うんだけど。」

「そうだなっ。秋もさっきあんまし食べれなかったからなっ。」

「って・・お前、自分が食べることしか考えてないだろ。」

「まぁ・・・そうだ。」

開き直っている・・。呆れながら秋はラークの後ろ姿に呆れ顔を向けた。

 

広場は大きく開けた円形の空間だった。地図で言う水車の中心部であるこの広場では、大きな噴水が中心に設置してある。そこから噴出すのは三本の水の線。一メートルほど登って両脇に分かれて、それが噴水の下の水の溜まった部分へと落ちる。それが上下上下と高さを変え、そして今度は五本の水が噴出す。新たに加わった三本の両側の二本はお互いの方向へその噴射口を向け、三本の線の上を通る。ぶつからずに飛ぶそれは、地図で見たような二つのアーチを形作っていた。噴水のすぐ下にはライトがあって、今はついていない。夜になるときっとライトが点灯するのだろう。

 

昼も近いということもあって多くのヒトが出歩いている。あるものはゆっくりと噴水を見ながらゆったりと食事をしながら過ごす。あるものは広場に面して作られている店に急いで走っていく。あるものはレストランに入って舌鼓をうっていた。動物を連れながら噴水の中へ飛び込むものもいた。

 

出店でホットドックを買って、噴水の外台に腰掛ける。秋は今は下ろしてもらって、ラークの横で噴水を眺めていた。時々、飛んでくる水飛沫につめたっと悲鳴に似た小さな声をあげて、目を細めた。

「はぁ・・・いいなぁ。こういうのも・・・。」

「そうだなー。」

「ラーク、それ頂戴。なんとかそれなら食べられそう。」

「ほい。」

ラークからホットドックを受け取って外台から降りて、そこへ寄りかかる。挟むだけなら大丈夫だ、そう言ってホットドックをしっかりと掴んだ。掴んだ、というか挟んだ。

「な?出来たっ。出来たぞっ。」

まるで子供が初めて粘土で作品を作って、それを親に見せるように。にこにこ笑いながらラークにその達成を見せた。ラークはその嬉しそうな顔を見て、不覚にも可愛い・・と思ってしまう。

「あ・・・あぁ、よくやったよくやった。」

秋の頭を撫でると、秋は気持ちよさそうに目を細めた。ラークにとって、小さな子供が出来たような気分なのか。何故か秋が妙に幼く見える。やはり対格差か。白いつやつやした毛は、見ていて羨ましいほどで手を滑らすとさらさらと気持ちがいい。

(いや・・・弟、かな。子供は・・・さすがに早い。)

 

「さ、食べたし。次に行くか、秋。」

「ん。ラークはもう食べなくていいの?」

「ん〜、あんまし今日は腹へってないのな。だから昼はこんくらいでいいや。」

「へ〜。めずらしいこって・・・。それにしてもラークは獣人タイプになって二本足で歩くことになっても大して違和感は覚えないんだな。ちょっと羨ましいや。」

「そうか?これぐらいはどうってことないんじゃないか?確かにいっつも四本で歩いていたから違和感はあるけどな。何でも対応できるように育っているのが、訓練してきた俺ってことさ。」

「どうってことって・・・。それで俺は今、困っているんだけどっ!!」

 

秋は語尾に力を入れて、腰を持ち上げた。四本に体重をうまくかけて立ち上がる。まだ足がふらふらとふらつくが、最初ほどではなくなっていた。

「ぉ、だんだん感覚が犬に近づいてきたんじゃないのか?」

「そ・・・そうかな・・おっと。」

「手、貸すか?」

「いい。大丈夫・・・頑張ってみる。」

 

ラークが秋の歩幅にあわせてゆっくりと歩く。秋を気遣って時々止まり、そして疲れきった顔を見せたときには無理矢理肩に持ち上げた。徐々に慣れてきたものの、まだラークの肩には何回かお世話になっていた。秋達は雑貨屋を歩いて周り、肉、魚、野菜売り場であらかた調べて、何を持っていくかを決めた。とりあえず、通信機の電源だけは常にないといけないので、ラークに電池だけは買わせた。

 

「さて、これでとりあえず行くところは行ったわけですが。あとは街の探索、かな。」

秋がもう手馴れたようにラークの肩に乗っかる。それを嫌な顔もせず受け入れたラークは、こちらも手馴れたように手を後ろへ出して、秋の足を乗っける土台を作った。

「そうだな。だいたい持っていくものも決まっただろ。食料と、ちょっとした雑貨と。・・・うん、まあそんなとこだろ。次のところまでどのくらいかかるか・・・後で調べて、どのくらい買えばいいかを決めっか。」

「だな・・・じゃあ次は、あそこかな。」

秋が手を指し示したのは一番高いところにある学校である。嫌な顔をせず街の探索をしていたラークのほうは、初めてうぇっと顔をしかめた。

「がっこ〜?」

何それ?と言わんばかりにそっぽを向いて口笛を吹く。中々うまい。

「ちょっとこっちの学校ってのに興味があるんだ。何だか懐かしくって。」

「あー・・・そっかぁ。分かったよ。」

ラークが先に歩き出して、秋がその後にまだ危なっかしくではあるが続く。広場から一直線に繋がっている学校の門が視線の先にあった。少し登りにはなるが、急なわけではないので問題はないだろう。二人は坂道を登り始める。

 

左右対称の木造建築。門は今の時間帯は開いていて、芝生で全体を覆われた校庭には誰もいなかった。今は中で授業中なのか、各教室に白い電灯が輝いているのが見えた。

「ちょっと、タイミング悪い時間帯に来ちゃったかな。」

「何だ?外で授業をしているのを見たかったのか?」

「いやいや、ほら。」

秋が差した方向には大きな木が生えていた。そこの枝にひっかけるように茶色の木枠と緑色のボードがぶら下がっていた。そして、その傍の切り株には長方形のもの。おそらくは黒板消し。

「青空教室でもやってればこの世界の授業を聞けるかな、って思ってさ。」

「うわっ、真面目っ子・・・。・・・ん?あ、タイミングよく来るし・・。」

本当に嫌そうな顔をしてゆっくりと歩き出そうとするラークを秋は止めた。毛を引っ張って、足を止めさせた。

 

出てきたのは十人くらいの子供たちで、最後に大き目の犬獣人が続く。子供たちのほうは、人間も獣人もそして動物も少々混ざっていて可愛らしい。ただ一人の大人---おそらく先生――は水色のワイシャツと黒のズボンを穿いて、小さな丸眼鏡をかけていた。茶色の耳がぶらんと両側に大きく垂れていて、全体の毛並みは肌色に近い。手には大きめの本を二冊抱えて、子供たちに引っ張られながら黒板のある場所へと向かう。

「おや?」

そう言っているような口の動きを見せて、その犬獣人が秋達に気づいた。そして笑って手招きをした。こっちに来なさい、ということらしい。

「行かないよな、秋。」

「え、行かないの?」

「当然行くみたいな言い方やめて・・・勉強はイヤ・・。」

「いいじゃない、たまには。昔を思い出してさ。」

「いやだからっ!!ちょっと、毛を口で引っ張らないで!!やめて!!行くから、行くからっ!!」

タイプは変わっても、やることは変わらない。

 

「私はここの教師をやっています、ニックと言います。旅のヒトと察しますが。」

ニックはぱっと優しそうな笑顔を向けた。見るだけで和む、落ち着く。そんな笑顔だ。子供たちがきゃっきゃっとニックを離れないのは、ニックが優しくて人気の高い先生であることを示していた。

(あれ・・・?この笑顔・・・。)

秋が心で何かを感じ取る。ラークのほうはそっぽを向いて、それでも諦めたように何人かすでに座っている子供たちの後ろで胡坐をかいた。すぐに子供たちが寄ってきて、ラークは両手に足の上に子供たちを乗せた。イヤでは、ないようだ。

「はい、そうです。俺が小向井 秋、あっちはラークって言います。」

「小向井・・・秋君?」

名前を聞いた途端に、ニックの顔がハテナと訝しんだ顔を見せる。

「どうかしましたか?」

秋が聞き返すと、ニックはまた笑って返してきた。また何か懐かしい感じがした。

(何だろ・・何か・・。)

「いえいえ。今からちょっと子供たちには早いかもしれませんが・・・簡単な歴史の勉強をしようと思っています。もし興味があるなら聞いていきますか?」

ラークは子供たちに気に入られたようで、顔を引っ張ったり引っ張られたりしながら遊んでいた。ニックがぱんぱんと手を二回たたくと、子供たちは思い思いの場所に座った。ラークの胡坐をかいた

足の上に、女の子が一人残った。

「はい、ぜひ。お願いします。」

「うぃ〜。」

寝るに寝られなくなったラークが、気乗りしない返事をあげた。

 

 

 

**

一日前。夜も近い中。つまり秋達がラグの家でゆっくりと食事を楽しんでいるとき。

「弟よっ!!ここだ、ここに決めよう!!俺のレーダーがびんびん言ってるぜ。ここにはきっと何かある。絶対に!!」

「さすが兄貴ですっ!!兄貴のレーダーは百発五十中です!!あがっ!!」

「百発百中だっ!!俺の体内お宝感知レーダーに狂いはねぇ!!もう少し夜深くなったらここに忍び込むからな。即効で盗んで、即効でおさらばだっ!!」

「あ・・・あいあいさっ!!です!!」

 

影が動く。

 

 

 

 

長く世界は歩んできた。

昔があって今があって、今が昔になって時は流れ続ける。

 

一時をただ抜かして・・・

 

流れ続ける。

 

事態は静かに動き始めている。

 

 

 

第二話    ○犬と○○○獣人

 

 

BACK  TOP NEXT