第八話 別れの言葉
白く埋め尽くされた世界。俺たちはそこにいた。その中で赤い石の欠片が雪の舞うように静かに流れている。それは俺たちに当たっているはずなのに、何の痛みを感じやしない。
ここは幻想の世界か、はたまた俺たちが幻想であるのか。今では、どちらでも構いやしなかった。
二人の世界を共有する時間が作れただけでも、俺は心底良かったと思えるのだ。
「ナッツ・・ごめん・・痛かったろ・・。」
「ちょっと・・・ね。でも・・・ありがとう。」
「あぁ・・。」
こんな時だからこそ色々話さなければならないと頭の中で言葉を探しても、出てくるのは大したことない言葉だけだった。ナッツはこのまま消えてしまうのだろう。この白い空間のように真っ白に溶けていって・・。その時が来ることがたまらなく怖い。一人でも生きていける、そう宣言した割りには心の揺らぎはやはり止められなかった。
「もう・・・大丈夫か?」
「うん、力の感覚はまだ残っているみたいだけど・・・もう赤い石の力に洗脳されることはないよ。これですべて終わったんだ・・・。」
「・・・。」
「すべて・・・終わったんだ。」
俺はナッツの微笑が今にも消えてしまいそうな気がして、表情を曇らす。繰り返し言った言葉が、自分が消えるということに多少なりとも恐怖や未練があるように思えた。
俺は・・俺に出来ることはすべてやったつもりだった。しかし、根本的な解決には至っていなかった。結局俺は、ナッツを助けることも出来ず、こうして看取ってやることしか出来ない。
「ナッツ・・・。」
「兄貴、ありがとう。これで安心して逝くことが出来るよ。皆、待ってるからね。ロックの兄貴よりも先にあっちで馬鹿騒ぎやるつもりだから。」
「ははは・・・あいつらなら・・・本気でやるかもしれねぇな。」
「ははっ・・毎日宴会で・・・楽しい日々を過ごすつもりだよ。兄貴が来る頃には、兄貴以上に仲良くなってやるんだから。」
俺たちは弱く、笑い合っている。その時が近付いてきているというのに、俺は何を話している?
もっとかけてやる言葉があるんじゃないか、もっとやってやれることがあるんじゃないのか。そう考えても、何も思い浮かびやしない。時折はさまれる沈黙が、何よりも辛かった。
「兄貴、そんな辛そうな顔しないでよ。オイラだって笑って逝きたいんだ。最後まで笑っていたいんだ。兄貴がそんな顔してたら、オイラ、さっきの安心して逝けるっていうの取り消しちゃうよ?ははは・・。」
「・・・・。」
「だいたい兄貴は悲観的になりすぎだよ。さっきはあれだけ威勢を張って、生きたいと願っていた勢いはどこに行ったの?もっと誇らしくしていないと、リーダー失格だよ。うんうん。」
「・・・・でだよ。」
「?」
俺の心は真っ白だ。そこから生まれる感情がその白を埋め尽くしていく。離れたくない、放したくない。消え行く時があるなんて考えたくない。俺だって・・笑いたい。しかし、出てくるのは・・・
嗚咽と・・・涙だ。こんなにも・・離れがたい。
「何でだよ・・・何でお前笑っているんだよ・・・消えるんだぞ・・・この世から消えて無くなるんだぞ。お前という存在が・・・なくなるんだぞ・・・。」
俺は歯噛みしてナッツの頬に大粒の涙をぼろぼろと零した。ナッツの顔が・・強張る。
「どうして・・・オイラっていう存在は、すでに一度無くなっているじゃない。今更どうってことないよ・・・。」
ナッツは俯いたまま、答えた。言葉には痛々しい部分も交じっていた。
「お前はそれでいいのかよ・・・お前は、このままでいいっていうのかよ・・・。このまま消えてもいいってことなのかよ・・・満足なのかよ。」
「・・・・。」
ナッツは黙っている。俺は感情をぽつぽつと吐き出していた。
「やり残したことはなかったのか?これからやりたいと思っていたことはなかったのか?見たいものは?食べたいものは?」
しつこく俺はナッツに問いかける。ナッツの手が、少し震えた。しかし、それをぎゅっと握り締め、また弱々しく、笑った。
「満足、だよ。オイラは兄貴にとにかく好きだって伝えられた。兄貴ともう一度会ってたっくさん話を出来た。オイラにはもう、そのすべてで満足なんだよ。」
ははは、と笑うナッツ。俺はそんなナッツの顔を見つめていた。俺が見たもの。
「だったら何で・・・お前も泣いているんだよ・・。」
はっとなってナッツが目を乱暴に擦る。しかし、擦ってもすぐに溢れ出る涙に、ナッツはうろたえていた。あれ、あれ、あれ、と何度も何度も目を擦る。
「どうして・・だろ。泣きたい、何て思ってないのにな・・・。それでも出てきちゃうんだ。どうしてだろ、どうして・・・・だろね。」
それでも笑おうとするナッツの顔は涙でくしゃくしゃに歪んでいた。
「無理するな。仲間が俺に言ってくれた言葉だ。泣きたい時に泣け。言いたいことがあるなら聞いてやる。」
そう言って胸に顔を埋めさせる。ナッツの背中に手を回し、ぎゅっと力を入れた。
「兄貴・・・痛いよ。」
「うるさい。」
痛い、という言葉にも安心の色が混ざっていた。俺にすべてをあずけてその温かさに身を委ねる。
やがて俺の胸の中で、しゃくりあげるような声が響いた。
「願っちゃいけないんだ。オイラは、多くのヒトを手にかけてしまったから。もうすでに死んでいるのなら、オイラは消えるしかないんだ。兄貴にもう一度出会えただけでも嬉しいことなのに、これ以上のことを望んじゃいけないんだ。」
ナッツが小さく呟く。震える声には、悲しみが渦巻いていた。
「・・・・ナッツ。それでも俺は、今ここで・・お前の望みを聞きたいと思っているんだよ。」
俺はナッツを強く抱きしめたまま、優しく呟いた。ぴくり、とナッツの身体が強張る。
ナッツのしてきたことは許されないことなのかもしれない。しかし、人間誰しも望みを持っていて、生きていきたいと思う。それは当然のことなのだ。
「・・・・たいな・・。」
「・・・・。」
ナッツが小さく呟く。消え入りそうなその声は、俺の耳にしっかりと届いていた。
「・・・・まだ・・消えたくないな・・・。」
「ナッツ・・・。」
そうナッツが口にすると、俺の胸の中にいるナッツの身体が震え始めた。俺の服の裾を力強く握り締め、嗚咽をもらす。
「・・・消えたく・・ないよ・・。」
それがもうすでに無理だと気付いているのに、俺はその言葉を聞きたかったような気がする。死んでも尚、生き続けたいと思う・・その願いを。
「まだ・・・生きていたいよ・・・兄貴と一緒に旅をして・・・色んなことを感じて・・・色んなものを見て・・・。まだまだやりたいことが一杯あったんだ。まだ・・オイラは生きたかったんだよ・・・。」
俺はナッツを抱きしめたまま、ずっと黙っている。何も声をかけてやることが出来なかった。ただ、ナッツの言葉を、胸に受け止めることしか出来なかった。
「何で・・・・死んじゃったんだろう・・・オイラ・・・。」
真っ白な空間で、空を仰ぐ。どこまでもその白は続いていて、本当の世界がどんな天気かも分かりやしない。だが、その空間は神聖な場所であるように思えた。どこまでも、どこまでも続いているような気がした。俺は虚空を見つめ、心で思う。今まで信じてさえいなかった、その言葉を。
(神様・・・どうか夢であったと言ってください。これも、この街が見せた幻だと。ナッツの力によって見せた幻だと。もし、これが現実だと言うのなら、俺はあなたを呪わなければなりません。一生かけて、その運命を呪います。お願いです、神様。ナッツを・・連れて行かないでください・・。)
何を考えているんだろうな・・・。不思議と心が落ち着き、心の中でふっとため息をつく。自嘲気味た笑いと共に。やっぱり俺には何も出来なかった。すがるような思いで、神なんて言葉を思いついたが、神なんているわけない。そんなこと、今まで一度も考えたことなんてなかったというのに。そんなことをしたって無駄だって分かっているのに。
(それでも・・・願ってしまう。守りたい。こいつを・・救いたい・・・。)
その刹那・・・。
「!!」
俺の手が、淡く・・黄土色の光に包まれた。白く染まった世界の中で際立つその色は、何よりも俺に安心感と、かつて感じたことない力を感じさせた。ナッツもその輝きに気付き、目を丸くしてその光を見つめた。俺も同じだ。何が何だか分からない。
「これは・・・。」
「綺麗・・・。」
ナッツが感嘆の声をあげる。その光は俺の手を淡く染め、小さく、しかし強い輝きを放っていた。
仲間達がナッツの力を得て、生まれていた光によく似ていた。その光が俺に集まっているってことは・・・。
「俺の願いが・・・石の力を呼び寄せてしまったのか・・・?」
俺の力。俺の名前はロックだ。だから、力は大地に関するものだと思うのだが・・・。
いや・・・そういう問題ではない。俺の願いに応えて、また違う石が発動してしまったのだ。そのせいで、俺はこの力を手に入れてしまった。忌々しいとしか感じないこの異能の力は、更なる不吉を呼び寄せる前兆でしかない。しかし、この温かさは何なのだろう。
「そうか・・・これ・・・兄貴の力だ。」
ナッツが光に照らされて、そう呟いた。
「俺の・・・力・・・。俺の願いが石に伝わって得た力・・・・何だな。ははっ・・・これが俺の力か。・・・何て・・・皮肉だ。ナッツを止めようと、願いを無理矢理断っておいて・・・その結末が・・・これか。」
引きつった笑いが漏れた。俺にはもうこの力は忌々しいものとしか感じない。俺はこれから、多くの犠牲を伴ってナッツを助けていくんだ。そして俺もいつかはおかしくなってしまうのだ。
「ナッツ・・石の力って・・・凄いんだな・・・どんどん力が湧いてくる。ウィンたちが自慢したくなる気持ちも分かるような気がするな・・・」
「違う!!」
「あ?」
「違うよ、兄貴!!これは・・兄貴自身の力なんだ!!」
「俺・・自身の?」
「そうだよ!!オイラの力はあくまで砂を操る力なんだ。砂で作り物を作ったとしても、そのヒトの力や特性まで左右することは出来ないんだ!!」
俺は、ナッツの必死な顔を見つめていた。つまり・・・ウィンたちの力は、あの石の力が働いたのではない。あれは・・・・。
「ウィンたち自身が・・・内に秘めていた・・力だったって言うのか。」
ナッツが強く頷く。俺は再び自分の掌を見つめた。
「それに・・・あの石の力に魅入られていたオイラなら分かる。この近くにもう石は存在していない。だから・・・これは本当に・・・兄貴の力なんだ!!」
ナッツが嬉しそうに笑う。まるで消えることを忘れてしまったかのように。
「だけど・・・この力で何が出来るって言うんだよ・・時間は残されていないんだ。今からこの力の意味を理解して使うとしても、足りなすぎる・・・。」
「それは・・・。」
ナッツにも俺の力が何なのかは分からないらしい。すぐにまた、顔が曇った。
「ロック・・・岩・・・大地・・・すべての・・・源。」
漠然と、言葉を浮かび上がらせてみる。焦りが生まれてくる。突如ちらつかされた小さな希望。何かが出来ると思った。何かが・・・。
(今発動しておいて・・・何もない・・は・・・きっとない。)
何かないのか・・・何か・・・何か・・・・。
ナッツと共に頭を悩ませる。こんなことしている暇もないはずなのだが、何故かまだ光があるように思えた。もしこのタイミングで与えられた力が何かの役に立つなら、俺は神に感謝すべきなのだろう。これから少しは・・・信じてやる気にもなれる。
「!!」
ナッツが何かを感じ取って、周りをキョロキョロと見回し始めた。俺は驚いて怪訝な顔で見つめる。
「ど・・・どうした?」
俺が尋ねると、ナッツは呟いた。
「来る・・。」
そのとき・・・白い空間に光は輝いた。その光は・・・
緑、黄、水。
「え!?」「うわっ!!」
「うわ・・っとと!!」「おっと!」「ぐひゃ!!」
五つの叫びが突然響いた。
俺は目を見開いてその光景を目にしていた。
俺の、ナッツの目の前に・・再度、ウィン、ライト、ウォートがいた。ウォートだけが要領悪く着地して、何でいつも俺だけ・・とつぶやいた。
「え・・なんで?ここでまた出てくるのかよ・・お前ら・・。」
「あ、あれ?あれれ?え、何で?兄貴たち・・。」
俺たちは、目を丸くして見ていた。生前の姿、それも俺が別れたときのその姿で、彼らは立っていた。彼ら自身も、何故か目を丸くしてこちらを見つめていた。あー、とかうーとか言って頭をかいたあと、何かを思いついたように手をぽんと叩いた。
「あ、そっか。」
「ん・・・そうか、これのせいだったんだ。」
「ひへー、やっと出てこれたなぁ。」
・・これのせい?出てこれた?
彼らが呟いた言葉の意味がよく分からなかった。これはもう幻でもない。ナッツの力でもない。それはナッツも驚いた表情を見せていることで証明済みだ。
「どうしたんだよ、いきなり?なんで出てきたんだよ?」
俺は、苦笑いを浮かべながら訊ねた。
三人は顔を見合わせて笑った。ウィンが代表して一歩前へ出る。
「いやさあ、多分・・・だがな。俺たちさ、お前に伝えたいことがあって、お前がこの街でナッツに会ってからずっとお前の前に現れようって思っていたわけですよ。
それなのにさあ、何だか出られないでやんの。何かに邪魔されててさ。それで必死に出る方法を三人で色々考えていたんだがな。」
「は・・・はぁ?」
そんなに簡単に魂がヒトにものを伝えようなんてことが出来るものだろうか?
そんなことを考えてもみるが、この街すべてが虚偽のような存在であるから、そういったことがあってももう何でもいいような気もしてくる。心広くなったな、俺も。
ライトが周りを見回して、そして声を紡ぐ。
「その原因も、あの赤い石だったみたいだな。それが壊れることで束縛が弱まったみたいでさ。あとは・・・お前のその力。お前の力って、どうやら自然の力、とか結構でっかいものだったみたいでね。こんな赤い石の影響で作り出されれたような空間で発動したもんだから、その力も少し違うものになってるらしくてさ。なんだろな・・・万物を受け入れるってか?」
まあ、通常に戻れば岩を生成したりってのが出来るんじゃね?とライトは付け加えた。俺の力は、こうして効果が発揮できているのは分かったのだが、実際どんなのかは曖昧だった。
「今は、ほら。自然の力を取り入れるって事で、俺の人形から受けた傷、全部治ってるだろ?自然治癒力・・・いや、超回復・・ってところか?」
お前、よく分からない能力身につけたなぁ・・とライトが哀れみの目で見つめてくる。
余計なお世話だ。
確かに、あの戦闘で受けた傷は、あれが夢であったかと思われるぐらいにすっきり治っている。あのライトの剣による腹の一筋の切り傷も、ウォートの水撃が肩を貫いた痕も。
俺の力は、大地に関わる能力。分かるのはそれだけだった。それより、何でこんな力がこんなとこで発動したのか、それが知りたい。
ウォートもやっと立ち上がり、俺の近くへと。
「何で、ここで?って感じの顔してんなあ。それだけお前がナッツを救いたいっていう気持ちが強かったんだろ。その願いが、お前の奥底に眠る力を呼び覚ました。それでいいんじゃね?あとは、それだけ俺たちの助言が必要なものだった、ってことさ。」
そういってウシシとウォートは得意気に笑った。
「助言?」
俺は訊ねた。ナッツは先ほどからずっと、自分が消えていくなんてことを忘れてしまったかのようにすっきりとした顔になっている。これも俺の力の影響だろうか。
俺は三人に手を引かれて立ち上がる。ナッツなんてお構いなしってな感じに引くもんだから、ナッツは俺に預けていた身体を、そのまま・・・ごん、と地にぶつけた。
うぉん。とくぐもった声をあげたナッツを見て、三人は小さく、わりぃお前そのままな、とかこのぐらいは我慢しろ、とかこの幸せもんが、とか言っている。
「ちょ・・お前ら!?何するつもりなんだよ!!」
「黙って従え。」
「そうさ、これにはちょっと力が大きく関係している。集中を乱してもらっては困るんでな。」
「俺たちも頑張るからさっ、それでもどうせならこの力を使って、俺たち以上に頑張ってもらうぜ。」
無理矢理、ナッツから少し離れた場所へ連れてこられ、気をつけと命令される。何だか、その凄みと勢いに負けて、そのまま立ち尽くす。おとなしく従った俺を見て、三人は親指を立ててガッツポーズをかました。なんだか・・頼りになるんだかならないんだか・・妙に格好が悪いようにも見えたが、あえて言わないようにした。口をそろえて言う。
「「「俺たちが、助けてやる。」」」
一人・・・のけ者にされたナッツが、ちぇっと悪態をついた。
**
ナッツを中心に四人が立つ。ちょうど俺の前にはウィンが立っている。左にはライトが、右にはウィンがそれぞれ立っている。
「俺たちがやろうとしているのは他でもない、詩を歌おうと思っている。俺たちの力を利用して。」
ウィンが、ナッツをはさんで大きな声を出した。
詩?詩なんて歌ってどうするんだ、と最初は疑ったが、その詩の意味するものが頭に浮かび、俺は声をあげた。
「詩・・って・・・俺たちの村に伝わっていた、自然を敬愛するための詩か?あの詩になんの意味があるっていうんだ?」
すると、今度はウォートのほうから。
「あの詩はな、風や水、大地や光・・・色んな自然のものから恩恵を授かろうっていう詩だろ?だけど、それだけじゃないんだな。それに、もともとこの詩を歌ったヒトには、俺たちが今、持っているような力があったっていうのは知っていたか?」
そんなこと初耳だ。
「ちょ・・・そんなこと、村の中で聞いたこともねぇぞ?だいたいお前達もそんなこと旅の途中話さなかったじゃないか。っていうか、あの詩を、くだらないと思っていたじゃないか。特にウォート、おまえはな。」
俺が指摘すると、あははとウォートは苦笑い。
「俺たちもさ、死んでからそのことを知ったんだ。何もかも失って魂になってからさ、妙にこの詩が気になってな。この詩の元を辿ってみれば、いろんなことに行き着いたわけですよ。」
ライトが続く。
この詩は、
ただ村の皆が幸せに暮らせますように。
自然の恩恵の元、恵みのある暮らしが望めますように。
そんな願いから生まれたものだって考えられてきた。俺の母親だってそう言っていた。村長だってそう言っていた。それを今更、なんだって言うのか。いまいち意図が分からない。
「この詩の元・・・なんてものが存在するのか?先代の村長が、自然の中で生きていくために作った、ただの習わし・・みたいなもんじゃないのか?」
俺が訊ねると、ウィンがまた大きな声で喋る。なんだか、真ん中でぼーっとしているナッツが惨めに思えてきた。なんだか・・今は消えるようには見えないが。俺の力で消えることがなくなったのか?そんなことはないはずだけどな。
「そう言われてたさ。しかしな、俺たちのずーっと前、本当にこの村を作ったヒトは、ここに恋人を連れ込んできた、ってことだ。その時代、戦争が長く続いててな。小さな部族が互いに力を競い合って、大惨劇になっていたそうだ。で・・・だ。男はその恋人の女性を連れてずっと森の中を逃げてきたそうだ。そして、俺たちがいた村に、その場所に着いた。彼女はそのとき戦争の被害で瀕死の状態だったそうだよ。」
「!?」
「見えてきたか?そこで歌われたのがこの詩だって話さ。その男が前から知っていたわけではないんだってさ。ただその場所について、彼女を助けてくださいって・・って祈りに祈りを重ねていたら自然と思い浮かんできたんだと。まるで神託を受けるようにな。
彼女は奇跡的に回復したよ。戦争で受けた傷が、嘘みたいに治ってな。そこで、その男はこの場所で、彼女と共に暮らしていくことを選んだ。まあ、その場所を離れれば彼女が死んでしまうかもしれないって危惧もあったんだろうな。それに、長くい続けているのに、戦争の惨禍は馬鹿みたいにその森に届かなかったらしくてな。男は、思ったらしい。これは自然のお力だ。自然の偉大な神様の力だ、と。」
「・・・・・。」
俺は、何も言えずに話を聞いていた。
今の状況と同じだ。戦争とは違うかも知れない。大事なヒトが今、命を失おうとしている。
俺は助けてください、と救いを請う。
「・・・・本当の話、なんだな?」
「ここで嘘ついてどうすんだよ。」
遠くにいるのに、ウィンの真剣な眼差しが光ったような気がした。本当だ、と直感のように悟る。
「さて、ここで問題です。」と、ライトが。そしてウィンが。
「その子孫である俺たちが、力の弱まってきた俺たちが、出来ること・・・って何でしょう?」
謎かけのように俺に尋ねてくる。三人の視線が、俺に一点に集まった。
その希望に賭けたかった。希望があるならすべてに賭けたかった。何故だろう、失敗するような気がしなかった。ナッツの想いだけではない。三人に支えられて、俺は今、ここにいることが出来る。それはもう運命のようで、彼らがいなければ今の俺は存在してなかった。それが嬉しい。
「やろう。」
強い決心と共に、俺は強く頷いた。その答えに満足したように、満面の笑顔で三人は笑った。
あぁ・・・何て心地がいいんだろう。そう、俺は胸に手を当て、微笑んだ。
**
「さあ、始めよう。それぞれの属性にあった詩を言ってくれ。もちろん、忘れている・・なんてことはないよな。抜けている属性分は、俺が補う。」
三人が頷く。
セリフの中身には、多くの属性の力が描かれている。風、水、光、地、闇、火。
それらすべてをこの詩に組み込んでいるということは、最初に俺たちの村がある場所を訪れた男、というのはすべての属性を扱える、賢者のような存在だったのかもしれない。ただ、ヒトを癒すような術は持ち合わせていなかった。だからこそ、祈った。祈るしかなかった。すべての力を用いて、その愛するヒトの為にそれを行った。儀式・・・神聖な儀式、だったのかもしれない。
ただ、若干の不安があった。ナッツはもうすでに死んでいるのだ。そんなヒトを生き返らせるようなことが出来るのだろうか、それだけが俺の頭にひっかかっている。
その不安が顔に出ていたのだろう。三人を見れば、彼らの顔は自信に満ち溢れていた。大丈夫だ、と言われているように思えた。
心配性なのは悪い癖だ。何事も前向きに・・。きっと出来ると信じて。
「風の詩に耳を傾け」 「水の流れに身を任せ」 「「木々の息吹に心を潤せ」」
ウィンとウォートがそう紡ぐ。同時に、二人の周りに揺らぐ緑と水色の流れ。ゆらゆらと揺れている様は、なんとも綺麗だ。
(おっと・・集中集中・・。)
「大地の唸りに御身を戒め 火の揺らぎに明日を見つめよ」
俺の部分を紡ぐ。俺の周りに黄土色の光が現れ、揺らぎ始める。とても温かい、その光は確かに俺自身が発している力だった。俺にこんな力があるなんて、本当に驚くべきことだ。
「光の中に見えし闇を見よ 闇の中に見えし光をつかめ」
ライトが紡ぐ。ライトの周りに神々しく眩しい光が現れる。
「風に」「大地に」「火に」「水に」「光に」「闇に」
四つの光が輝き、俺たちは目を閉じた。さらなる精神の集中にかかる。
「全の恩恵に我らは与り」「そして我らは彼らと一つになる」
「それを感じよ それを受け止めよ それを直視せよ」
俺たちは今、確かに繋がっている・・そう感じていた。それぞれの力を感じている。
ああ、何て心地いいのだろう。
頭の中に、昔見た風景が浮かび始める。
今思えば、本当に長い道のりを歩いてきたものだ。
風。高い丘に上ってあいつらと一緒に、空を見上げた。優しく、時に強く吹き抜けていく風に鼻をひくつかせた。毛が風に流れて、毛並みが散々になった。あのときはウィンの顔が、全身毛だらけ・・みたいになっていたっけ。あれはさすがに怖かったな。
時に温かく。激しく。穏やかに。冷たく。気侭に吹き抜けて行った。
大地。俺の故郷みたいなもんだ。誰だってそうだが、それに関する名をつけられた俺にとって、それはさらに強く感じている。大地があれば水がある、木がある。自然を形作る。いつだって、俺たちを見つめていた。俺が生まれた日も、俺たちが旅立つ日も。
俺たちを育ててくれたこの温もりは・・いくら感謝してもし足りない。
火。って言ってもそんなに深い思いではないだろうか。それでも、いつだってその力には世話になっていた。モノを温める、焼く。そんな技術が生まれたことを俺たちの遠い祖先に感謝する。旅の中じゃ、暗闇の中での道標となってくれたかな。当たり前のようにあるその暖かさは、いつだって俺たちの助けになっていたさ。
水。俺たちを潤してくれた。それに尽きるだろうか。川に飛び込んではあいつらと競い合った。あれだけ体型がでかくてウォートが一番泳ぎがうまいってんだから、世界は分からない。まあ、今となっちゃそれが代々そういうふうに導かれたってんなら納得がいくか。
いや・・・いかねぇな。
まあ、旅のときは必需品だった。渇きを潤すその力は、なくてはならないものだったと思う。
光と闇。光があれば闇がある。それは一日の朝と夜。毎日のように繰り返される時間の流れ。身体がそれに合わせて動けるように、休めるように調整されている。何て都合のいいもんなんだろうな、俺たちは。それでも、俺たちはそのおかげでこうして生きている。ずっと起きている、なんてことも出来るやつはいるだろうけど(実際に何日も寝ずにいるやつ、ってのを俺は知っている)それでも俺たちは眠る。眠れば闇に落ちる・・光に包まれる。ヒトによって考えはそれぞれだろうな。
すべての中で俺たちは生きている。いや、こうして生きてきた。
そして、これからも世話になり続けていくだろう。今までそんな当たり前のことに何の感謝も抱かずに来たかもしれない。だが、今なら感じる。
すべての温もりを。すべての力を。すべての存在を。
本当に、今までこうして楽しく生きてこられたことを感謝いたします。我儘なことを言いますがお願いです。俺の大切なヒトをこれ以上奪わないでください。
もし、足りない・・というなら俺はどうなっても構いません。死んでも構いません。
(・・・・。)
・・・いや、前言撤回です。それも受け付けません。俺も強く生きます。皆の分も生きなければいけません。強欲だと思われても構いません。執着が強いと言われてもはっきりと頷いてみせます。だから、お願いです。
俺たちは目を開いて強く、願った。
「「「「そして・・・我々に、幸多からんことを」」」」
**
白い世界。俺はその中で立ち尽くしている。その白い世界の中で俺は、とても温かい緑、黄色、水色の光に包まれている。あいつらの、光だ。
白くぼやけて世界が見えるのは、俺の瞳に涙が滲んでいるからだろうか。
「これで、もう本当にお別れなんだな・・・。」
俺は周りの光に呼びかけるように言った。すると、その光は各々仲間たちの姿を形作っていく。
「ああ、そうだな。これで・・お別れだ。」
ウィンの姿が緑色の光と共に現れる。
「だが・・・もう心配はいらないさ。お前なら、きっと大丈夫。ちゃんとやっていけるさ。」
ライトの姿が黄色の光に身を包み、浮かぶ。俺は、強く一つ頷いた。
「はっきり言っちゃうと羨ましいかぎりなんだがね。俺たちはもう戻れないから、さ。」
ウォートの姿が水色の光と共に現れる。俺を囲むように、その三人は立っていた。ウォートの言葉に、一瞬冷たい空気が吹く。いてっ、といつものようにウィンとライトの二人が、ウォートをこついた。
「ウィン・・・ライト・・・ウォート・・・。」
俺は三人を見回した。触れられる距離にいる。それが、もうすぐ触れられない距離に行ってしまう。悲しかった。こみ上げてくる感情を抑えようと拳を強く、強く握ると、その痛みで少しは和らいだ。
それでも、顔にはしっかりと出てしまう。別れたくないのだ・・本当に。それでも、このままの状態でいることは・・もちろん出来なかった。
それなら、もう一度あの力を・・・そう思って手に精神を集中させたが、まったくそれは反応を示さなかった。力を失った、というわけではきっとない。力がその行為に及ぶことを拒んでいるように思えた。それだけ、人の生死に関わるものは重い、ということなのか。
「なーに辛気臭い顔してんだよ。もう、終わったことさ。あそこで俺たちが終わったこと、気にしていないって言ったら・・・まぁ、嘘になるがな。それでも、俺たちは俺たちでこうしてしっかりとお前に別れを告げることが出来る。それだけで・・・十分さ。」
ウィンが言って、二人は頷く。
「ウィン・・・。」
「俺は、もう一緒にいてやれないけど・・一緒に世界を感じることは出来ないけど・・・。俺の代わりにもっと世界を見て来い。色んなものを見て、色んなことを感じて、色んな世界を知れ。そしてナッツを守っていけ。お前にはまだやることがたくさん残っているじゃないか。」
ああ、こんなときでもウィンは泣いたりはしないんだな。強いやつだ、本当に。それにいっつも格好つけたがりで。さっぱりしているな、お前は。
「ウィン、ありがとう。お前の一本気な性格、嫌いじゃ無かったよ。むしろ、俺たちをいつも引っ張ってくれた。ありがとう・・また、な。」
また、という言葉にウィンは一瞬驚いたような顔をしていたが、すぐに笑顔に戻った。
俺たちはまた会えるような気がするな。それがいつか分からないけど、それがどこか分からないけど。
「おぅ。」
拳と拳を正面でぶつけて、お互い抱き合った。確かに、温もりを感じていた。離れてから笑ったその顔に、小さな粒が浮かんでいたのは、俺の気のせいだろうか。
ライトもウォートも泣いていなかった。結局、今にも崩れそうな顔をしているのは、俺だけだった。
「ほら、格好いい顔が台無しだぞ?」「まあ、確かに別れってのは悲しいもんだけどね。」
「う・・うるせっ・・」
俺は精一杯の反発をして見せるが、声が震えているせいかそれも意味が無い。
「お前には俺たちの分も幸せになって欲しい。もちろんナッツにも。俺たちの幸せをすべて背負うんだから、しっかりと受け止めておけよ。また死にたい、なんて言い出したときには、すぐにでもすっ飛んでいって呪い殺すからな。それかとり憑いて一生肩に重荷を負わせて・・ってな感じだから。いいか?負けんじゃねぇぞ?」
ライトの言葉はこんなときでも冗談交じりだった。しかし笑えねぇ、笑えねぇよ。でも、それでも何だか懐かしい響きだ。お前は頭がいいからな。あの世から帰る方法とか見つけて本当にやりそうだから怖ぇよ。む・・今の笑顔の裏に何か黒々としたものが浮かんでいたような気もするが・・・気のせいか?
「あ・・・ああ。もちろんだ。ずっとお前たちのこと考えている。忘れるなんてこと、しない。いつだって、お前たちがいたこと・・・誇ってやる。」
そう俺がつぶやくと、ライトは笑ったまま首を横に傾けた。何かウォートに指示を出したような素振りだったが。
「いてっ。」
ぴんと、一発、不意をつかれておでこにでこぴんを食らった。ウォートからだ。
いてぇな、と反撃をしようとしたがウォートが真剣な表情で俺を見つめているので言葉を止め、手が出るのを抑えた。
「忘れるな、とは言ってないんだよ。そこまで深く考えてどうすんだよ。」
「だって・・。」
おでこを抑えながら俺はウォートを見た。真剣な表情を崩し、笑顔を作る。そして妙にしんみりとした顔になった。
「完璧に覚えていろ、ってわけではない。完璧に忘れろってわけでもない。ただ・・。」
その後の言葉をライトが制して続きを喋る。
「ただ・・お前には時々・・時々でいい。俺たちを思い出して欲しいんだ。風の音を聞いたとき、陽光にその目が照らされたとき、水の冷たさをその肌に感じたとき。ああ、そういえばあんな馬鹿なやつらがいたなあ、なんて・・思い出してくれれば俺たちはずっと幸せだ。」
馬鹿は余計だろ、とウォートに突っ込まれ、ははっとライトは軽く笑った。
「俺たちはずっとお前と共にいる。お前をいつまでも見守っていてやるよ。ありがたく思えよ?俺たちはいつだってお前の仲間だ。それは死んだって同じこと。仲間の幸せを願わないやつなんて、いないだろ?だから、さ。どこまでも行けよ。お前らならどこへだって行けるさ。」
ウォートが俺の頭に手をのせ、ぐりぐりと撫で回す。鬱陶しくてすぐにそれを払った。
ウォート・・お前をからかうのももう終わりだ。いつだってお前は笑わせ役だったから、次々と面白いことを生み出す発想力は、中々のもんだったぜ。あれだけいじっていたけれど、お前が嫌い・・なんてことは絶対に、ない。
「ライト・・・ウォート。」
二人を見つめる。儚く笑った。
すべてが終わった後の沈黙。それは別れの合図。
「それじゃ、さよならだ。」
「じゃあな。」
「じゃっ。」
三人が敬礼を、または軽く手を挙げて、それぞれ別れを告げた。徐々に足元から体が消え始める。それを惜しむように、少しでも長く見ておけるように、俺は三人をずっと見ていた。
俺は三人の中へ両手一杯に抱きついた。うぉっ、とくぐもった声がしたが、一瞬強張った体をすぐに俺に預けてくる。
「ありがとう。本当に・・ありがとう。お前らと旅が出来てよかった。お前らが仲間で、本当によかった。こうして別れの言葉を言えて、本当によかった。大好きだ。ウィン、ライト、ウォート。」
腕に力を込める。三人は俺に身を預けたままだった。
「あぁ、俺たちも大好きだ。ロック・・・。」
「でも、俺たちが言っているのは信頼した仲間としての好き、だけじゃないんだよな。」
「そそ。お前は気づかなかったみたいだけどさ。まあ、今考えりゃそれだけが心残りっちゅーわけだけど。」
?
三人を抱いたまま、俺は首を傾げた。仲間としての好き?それ以外の何があるんだ?
相も変わらず俺は、何か足りないものがあるらしい。
突然引き離されて、顔を両手で固定された。そして突然迫るウィンの顔。
!?
俺とウィンの口が、重なった。
「あ・・え?・・・!?」
そして、ライト、ウォートまでも。それは、軽い口付けだった。俺の顔が一気に火照る。
「あ・・・え・・・なに?」
狼狽している俺を見て、仲間三人は悪戯に笑った。もうすでに体は消えかかっている。
「じゃあな。お前は、男の俺たちから見ても、魅力的なやつだったぜ。最後にこうして、出来たこと・・・すんげぇ嬉しい。ありがとな、ロック。」
ウィンがゆっくりと消えて、光に戻っていった。
「俺たち、知らずに全員がお前に惹かれていた。お前のそのちょっと鈍感なとことか、それでも熱心に追い求めようとする姿とか、見てて可愛かったぜ。じゃあな、ありがとう・・ロック。」
ライトが消えて、光に戻っていく。
「大好きだ、ロック。俺はずっとずっと大好きだった。最後まで押しとどめておこうとも思ったけどな。やっぱり駄目だったわ。大好きだ、今すぐにでも抱いてやりたいぐらい、大好きだ。それでも、こうしてキスぐらい出来た。それだけでも俺は胸一杯さ。じゃあな、ロック。ありがとう。」
そしてウォートも、ゆっくりと光へ。
その光は、俺の周りを何度も速く回って俺の中へとゆっくり溶け込んでいった。
温かい。なんて温かいんだろう。お前たちの心が、この光が。
それでいて何だか複雑な気持ち。いきなり告白されて(というかいきなりキスかよっ!!)頭がしっかり回っていないからかもしれない。
何もない、ただひたすら白い世界の中で、俺は立ち尽くしていた。
大好き・・・か。
胸が高鳴る。
涙が頬を伝って流れていく。
「最後の最後まで嫌な奴らだ・・・。一方的に思いを告げていっちゃうなんてな・・・。本当・・ずりぃや。」
すべて消えてしまった光を、そのまだ微かに残る温もりを虚空に見つめ、俺は夢の終わりを感じた。
「俺も・・・・大好きだ。ウィン、ライト、ウォート。ありがとう。」
その胸に・・深く、刻んだ。
夢が終わる。ここから・・・また現実が始まる。
**
「ん・・・」
目覚め。そこは一面砂漠の砂の上だった。もう周りには建物もない。すべてがナッツの作った世界だった。ナッツの力が切れた今、この街は何も残っていない。ただ、砂で埋め尽くされているという状況だけは変わらなかったらしい。
俺は砂の絨毯の上で空を見ている。
何もない、まっさらな青だ。あ・・・あそこに小さいながらも雲が一つ。ただ孤独に流れていく。
こうして見ると、空は広い。地上の世界と同じ、空の世界。
これだけ広いんだったら、どこまでも歩いていける気がした。今の俺なら。
いや・・・今の俺たちなら。
「兄貴っ♪」
すぐ傍で、そう幼い声が聞こえた。俺が、ずっと聞きたかった声、元気な声。聞くだけですべての疲れが吹っ飛んでしまうような、そんな・・・声。俺の愛する・・声。
「ナッツ。」
俺は、よっと言って上半身を起こし、俺の隣にいるナッツを見た。
ああ、笑顔が眩しい。向日葵のようなその笑顔は、俺がよく知っている笑顔だった。
急に湧き上がる思い。
すべてが終わったんだ。
この街の出来事も、ナッツが消えることはないという事実も、仲間ときちんと別れることが出来たという喜びも。すべて、すべて。
俺はナッツを抱きしめていた。強く、強く。今度はナッツは痛いとは言わなかった。ナッツからも強く抱きしめられていた。
「ああ・・・よかったなあ・・・本当に・・よかった。」
俺はナッツを抱きしめたまま、涙を零す。それは砂の上に落ちて、一瞬染みを作ったが、すぐに元の砂の姿に戻った。
ナッツが戻ってきた。仲間と別れた。
嬉しいと悲しいがない交ぜになって、ぼろぼろと涙が零れた。肩を震わせて子供のように泣きじゃくった。ナッツはただ俺を強く抱いていた。温もりを感じていた。
ナッツがここにいる。そして俺がここにいる。
もちろんこれは夢ではない、現実だ。すべて・・・もう現実なんだ。
ただ、こんなに激しく泣いている姿を見られたくなかった。そこは俺の小さな見栄だ。
俺は、泣いて声が裏返ったりしないように抑えて、呟いた。
「ナッツ・・・。おかえり・・・・そして、ただいま。」
「うん、ただいま・・・そして、おかえり。」
俺たちは歩いていけるんだ。これから・・・どこまでも。
俺たちは、強く、強くお互いを感じていた。
おーいロック!!あっちに街が見えるぞ!!
本当か?ウォート。お、確かに確かに。っていってもまだ先だな・・。ライト、あそこまで行くにはどう行ったらいいんだ?
あ?えっと・・・ここからだと、このまま進んで・・・あの森を抜けることになりそうだな。まあ、今から行けば、夕方くらいには着くだろう。
じゃあ、あの街で今日は宿探しだねっ。お金もあるし、今日はゆっくり出来そうだよ。ウィンの兄貴は、また飲み過ぎないようにね?
わーってるよ、ちょっとだけだ。ちょっとだけ。記憶失って、起きてみれば頭にでかいたんこぶ・・なんてのはもうやめて欲しいからな。
うむうむ、やめてくれよウィン。このウォートさんの怪力でも、あれは収拾し難いからな。
お前は巻き込まれるのを恐れて傍であたふたしてだけじゃねぇか!!
何だかその言い方、腹立つっ!!
いててて!!ライトもウィンも痛い!!やめろって!!いはいいはい・・やへて・・頬はつねらはいで・・・って、ロックもかよ!!げ、ナッツも!?
はははは♪
さあ、行こう。目的地はあそこの街だ!!
おうっ!!
よっし!!
おー♪
ぉー・・・
思い出はいつになっても変わらない
ずっと・・・
この胸の中にある
第八話 別れの言葉 終