恐怖。恐怖。恐怖。

周りが揺らぐ。ナッツの視点だ。上下に揺れ、そして次々と建物が流れていく様は、走行の視点であった。胸に重度の圧力がかかった。すぐに胸が苦しくなる。

(何かから・・・逃げている?)

 

それは・・背後からやってくる。

(や・・・やめろ。)

俺の心も恐怖に支配される。一歩でも踏み出せば自分が壊れてしまうような闇が、自分を侵食していく感覚だ。

 

後ろから追う者。背後。畏怖。恐怖。群衆。決して抗えない。力不足。

俺はその視点を通して、そして全身に流れたナッツの感情から、まるで自分がその感情を体験しているかのように感じ取っている。

 

それは・・獲物を求めて吼える。

(やめてくれ・・・)

 

 

助けて誰か助けてオイラは助けて誰か嫌だ嫌だ来るなやめろ兄貴助けて先生助けて先生何処見たくない聞きたくない助けて嫌だ助けて

 

それは・・獲物を追い続ける。

(来るな、やめろ)

 

嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて嫌だ助けて

 

それは・・口に下品な笑みを浮かべる。

(嫌だ、もう嫌だ)

 

兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴兄貴

お願い助けて兄貴助けて会いたい助けて好き大好き兄貴助けて助けて兄貴お願い誰か助けて

 

それは・・ついに標的を捉えた。

(ぁ・・ああぁぁぁ・・・)

 

兄貴っ!!兄貴っ!!兄貴っ!!!!!

 

それは――――――

 

『『死にたく・・・ないよ・・・』』

 

目の前に広がる、赤。黒。ダークレッド。

俺の視界は、途切れた。

 

 

 

・・・強く願った。今なら誰でも犠牲にしてもいいと思ってしまった。

犠牲にして、自分の願いが叶うならそれでいい、と思ってしまった。

自分の幸福を。自分のこれから先、未来を。自分の夢を。

昔の何年かを潰してしまった。その不幸を清算するための期待溢れる未来を。

そして、一つの・・・・・想いを。

 

応えたのは・・・赤い光。

ナッツにとっても、そして俺にとっても見覚えのない・・。

 

赤。煌々と光る・・透明な・・・赤。

 

 

(死にたくない。会いたい。兄貴に・・もう一度会いたい。もう一度会って、たくさん話したい。オイラが見てきた世界。キーリア先生、街の皆、勉強の知識、街の変化。オイラのこれから見たい世界。将来、願望、夢。・・・自慢するんだ。オイラ、ついに医者になったんだって。ずっと頑張ってきたんだって。そして・・。そして・・・・。オイラが・・。)

 

願った。その一つ一つの小さな願いに呼応し、赤い光がその輝きを増す。そしてだんだんと視界の中で結晶として形作られていることに気付く。それがクルクルと回転をし始めた。その回転に応じて、地面に螺旋の模様が描かれる。

 

(オイラが・・兄貴をずっと好きだったってこと、伝えるんだ・・。)

 

その想いが、強くはじける。

その刹那、身体は大きく飛ばされるような感覚に溺れ、目の前が暗転した。そしてそれがじわじわと赤色に侵食されていく。

遠く、遠く。目の前は見えないのに、それは遠く、遠く、遠くへと真っ直ぐに進む。

 

・・突然視界が真っ白に染まった。その白に、上から下、砂が散った。さらさらと、砂時計の砂が少しずつ零れ落ちるように。時にそれは流れの速さを増し、強く下に砂を叩き付けた。どこから流されているのかは分からない。だが、さらさらと砂が流れ出ていくたびに、心は澄んでいく。

たまらなく、快感だ。すべて流れてしまえばいい。このすべてを埋め尽くすのが、自分の仕事とでも言わんばかりに、願った。願えば願うほど、それは速さを増した。強く叩きつける砂が、一陣の風を引き起こし、そこから竜巻を生み出す。尚も流し続ければ、それは先の鋭い一本の剛槍と化し、白色を飲み込んだ。その度に白が面積を縮め、砂に飲み込まれていく。すべてを吹き飛ばして、すべてを飲み込んで。

 

やがて白色を砂が埋め尽くした。黄金色の底に白色、そしてさらにその底に赤色を秘めた砂が、画面一杯に広がり、そして・・・・

 

次の瞬間・・・・開けた。

 

「ここは・・・。」

そして少年は砂漠の上に立つ。

奥底に眠る赤色を秘めて。黄金色の、一つ都市を押し潰した、その砂を踏みしめて。

何も出来事を覚えておらず。ただ、砂を握り締めて。

一人の想い人に、思いを馳せて。ただ、砂の上に立ち尽くす。

 

虚空、虚脱、憔悴、疲労。

そしてそれは、忘れられていく、広がっていくその世界の中で・・。

現実、未来、希望、想い。

変わっていく。すべてが一から練り直される。何事もなかったかのように、それはそこに存在していく。安らぎさえも覚えた。

 

少年は一人、立ち尽くす。黄金色の砂に立ち尽くし、辺りを、簡素な建物をちらちらとその目に写し、青く澄んだ空を目に写し、どこまでも続く砂漠の地を目に写し・・・

そして、呆然と立ち尽くすこと数秒。少年は呟く。

「ああ・・・」

 

それは丁度、一ヶ月前の話。一人の少年が、希望を持って医療の道を歩み始めたときの話。

医者としての使命感からか、それを生み出したことも忘れた少年は・・

 

「この街の病気を治すための研究を始めなきゃ・・。」

 

虚ろな瞳を浮かべ。

裏に冷たい微笑を、そして表に太陽のような笑顔を。

一人、歩き出す。

 

 

望みはそして一ヶ月してやってくる。

 

一人の青年が、砂漠を踏みしめた。

“夢”が、動き始めた。

 

それは信じた夢の世界を現実へと変換させた・・・まさに『夢現境』。

 

 

 

 

第七話  それぞれの未来は

 

「オイラがもう死んでいるっていうのに何が出来るって言うのさ・・。」

弱々しい声は、ナッツの落ち込んでいたときのその声だった。ナッツはまだ自分自身を見失ってはいない。おそらくあの猫獣人分の犠牲が、今のナッツを繋ぎとめているのだろう。

 

犠牲を元に、願いを叶える・・それがこの結晶の力である。

 

ナッツは自分自身が他人の命を利用して生きながらえている、ということに憤りを感じているのだろう。医療に携わっているものとして、気付いてしまった今、それはナッツにとって苦痛になりえるものだったのだ。

 

「俺は・・・」

槍を握る手に力が篭る。

「俺は・・・お前がこれからどうにかなってしまうのを見るのが怖いんだ。」

それと共に、身体は来るべき時を考えてしまい、震えが止まらない。

「兄貴・・・。もうどうしようもないんだ。オイラはもう分かってしまった。すべてのことを。オイラがしてきたこと、すべてを・・。」

別れが近付いているということを・・

「この街は・・お前という存在をこの世に留めておくための・・貯蓄機関だったんだな・・。街の人間を何人か残し、砂で埋め尽くした。・・街を・・・一つ潰したんだろ?」

自分で、真実の一片を告げることが辛い。それは自分自身がナッツを怪物呼ばわりしているようで・・。

「うん・・・。」

ナッツは赤い石を眺めて・・・そう、呟いた。

「オイラ、この一ヶ月・・ほとんど記憶がないんだ。この赤い石の力の無駄な消費を抑えるために、“ただ存在する”という事柄だけを優先してたからなんだ。起こったことは・・兄貴が夢の中で見て、感じたのがほとんどだよ。オイラは・・」

ナッツが口を硬く結ぶ。

「オイラは・・・一ヶ月前・・イルナの街で、突然現れた盗賊達に殺されたんだ。先生や、街の皆・・全員だ。」

暗く、曇っていく。

「オイラは願ってしまった。子供の頃、ずっと暗い地下にいたから、オイラは誰よりも強く生きたいと願ったんだと思う。それに・・兄貴に会って、気持ちを伝えるためには・・・どうしても死にたくなかったから。」

「・・・。」

「強い願いに、この赤い石がオイラの願いを聞いてくれた。オイラはそれで、仮初めの身体を手に入れた。大量のヒトの命を犠牲にして・・。

・・・兄貴の考えるとおり、“診療”と言うオイラの目的を失わないため、そしてオイラの存在の貯蓄として何人かは残ってた。・・無意識のうちにやっていたんだろうね。オイラ、自分のやってしまったこと・・その行動を・・覚えていないんだ。兄貴にオイラの過去を打ち明けたときもそうだったんだよ・・。オイラはあの時も、誰かを犠牲にしてた。

だけど今ではもう誰も残ってない。他の家にも眠っているヒトがいるけど、それはすべて・・もうすでに人形に移り変わっている。だから・・。」

「もう、消えてしまう・・・そういうことなのか。」

ナッツはコクリと頷いた。

「そう・・オイラはもう長くここには居続けられない。気付いてしまった今、オイラは新たに犠牲をこの街に呼び出そうとも思わない。もう、消えていくしかないんだ。」

ナッツは肩を落として、両掌を眺める。

「何とか・・・ならないのかよ。」

手が震える。胸に渦巻く黒い靄を、取り払うことが出来ない。

「やっと俺はお前の気持ちに気付くことが出来た。お前が好きだって、俺も気づくことが出来た。それなのに・・・こんなの・・すべてが・・酷すぎるじゃないか。」

何て残酷な真実。ままならない世の中。俺の心を後悔で焼き尽くす、真実。

「どうして・・俺に関わったやつは・・ナッツも・・ウィンたちも・・・・・!!」

言葉を吐いてから唐突に気付く。ナッツには仲間が死んだことを話していなかったのだ。今、ナッツにその事実を知らせればナッツはさらに・・

「知ってたよ。」

「!!」

ナッツの落ち込んだ声。

「もう、全部知ってる。兄貴が眠っている間、オイラの夢でも映像が流れてきたんだ。だから、全部知ってる。兄貴の見てきた世界。ウィンの兄貴たちが、同じような事件に関わって殺されたこと。兄貴がずっと後悔を続けて・・時に死にたがっていたことも・・全部。」

 

ナッツも夢を見ていたのだ。ナッツの、俺への想いがそうさせたのだろう。会いたい、会いたい・・好きなヒトであるからこそ、知りたいとも願ったのだ。

 

「直接・・・兄貴の言葉で聞きたかったよ・・。オイラに相談して欲しかった。兄貴は自分で抱え込みすぎることがあるのは分かっているんだ。だけど、兄貴の抱えている不安とか、考えとか、悲しみとか・・オイラにも話して欲しかったんだ。それを共有し合えるのが“仲間”だから。そう・・夢の中で聞いたんじゃないの?」

 

確かに俺は、昔そういったことを聞かされた。そして夢の中でも。

聞かされる前までは、俺はとにかくリーダーとして、仲間に迷惑や不安を抱かせたくなかった。だから俺は人一倍気合をいれて守ってきたつもりだった。多くのことを抱え込んで、自分ですべてを解決出来れば、リーダーとして心配のないことだと思っていたのだ。

・・・今回も、俺は同じ間違いを繰り返していたんだな。

 

仲間・・という言葉の意味。それはただ自分をいいように見せているだけじゃなく、自分の奥底の暗い部分も共有して分かち合える・・励まし、励まされてお互い、生きていくやつらなのだ・・・。

 

「あぁ、聞いたよ。・・忘れていたんだ。あいつらとはずっと村を出る時から共に旅を続けていたから・・その死を突然受け入れるのが辛かった。すべてを忘れたいと思っていた。言葉にすれば、それが現実だと認識してしまうから・・。怖かった。だが俺の行く先々、隣には仲間がいなくて、俺の精神を蝕み続けた。自分が死ねば、俺もあいつらのもとへ行けるだろうかとか、あの時俺も一緒に行っていれば、助けられたかもしれないとか・・そんなんばっかだ。駄目だな、俺・・・。」

 

自嘲気味た笑いと共に、涙が一つ零れた。前回のことも、今回のことも・・俺は間違いを侵してばかりだった。

 

「だけど・・俺はお前と会うことが出来た。お前といると忘れられたんだ。自分の心が明るくなっていくのを感じたんだ。それで、今度は必ずお前を守り抜こうと、ナッツが望めば・・ずっと一緒にいて・・ここの診療なんて捨ててでも一緒に旅を続けることまで考えたんだ!!」

声を張り上げて、俺は叫んだ。やけくそとも思われるその言葉は、もう決して叶うことのない、俺の願いだった。ずっといつまでも、それは今では皮肉にしかならない。

ナッツは下を向いて、俺の言葉を静かに受け取っている。ここからではよく見えないが、泣いているのか、それとも。

(・・・?)

ぴりぴりと毛が何かを感じ取った。気付けば、少し赤い光の輝きが失われているようにも思える。目が、慣れてきたからだろうか・・。空いている方の手で、自分の目を乱暴に擦った。その瞬間・・。

(!!)

すべての景色が変わっていた。見渡せばそこは街の中。周りに今まで見た建物はなく、辺り一面が、砂に変わっている。視線を上げればそれはどこまでも続いていて、俺とナッツ、そして赤い石だけが、そこに取り残れていた。月明かりだけが、俺たちを照らしている。

地下から突然地上に飛ばされたのだ。そう俺は感じた。これも赤い石の力。

ナッツは驚きもせずに、ただ俯いている。泣きもせず、感情を露わにするでもなく、ただ立ち尽くしている。

(・・・これは。)

先ほどから毛に感じている感覚が強さを増している。それは明らかにナッツの方向からのものだった。何か冷たい、そして絡みつくような感覚は俺の背筋を震わせる。

そして、ナッツが口を開いた。

「兄貴の気持ちはよく分かったよ。オイラも、兄貴に会えて本当に嬉しかった。昔から抑えていた気持ちを、いつ伝えられるかってことに胸がずっと高鳴ってた。そして、ここを投げ出して、一緒に旅に連れて行ってもらおうと思ったのもオイラの確かな感情。でもそれがもう叶えられないってことも、充分理解できた。もうオイラも夢から覚めなきゃいけない。」

(・・・ナッツ?)

俺は目を細めた。何かが・・・違う。雰囲気が少し変わったような・・そんな気が。

 

「でも・・・すべてを叶える方法が一つだけある。」

「ナッツ・・・?」

ぴりぴりとした異様な空気。張り詰めた空気。喉が水を求めて、ごくりと生唾を飲み込ませた。

 

「兄貴。オイラと一緒に・・・。

 

 

 

「・・・死のうよ。」

 

 

 

 

 

 

 

 

**

「なっ・・・」

俺がその言葉に驚愕の表情を見せると、ナッツは俺を嘲笑うかのように口元を歪めた。

今まで見たことのない、その歪んだ笑顔。その笑顔からは、ナッツの面影は感じ取れなかった。いつも太陽のように見えたそれは、今では暗く澱んでいた。

(まずい・・・精神崩壊が!?)

ナッツの笑いと共に、砂がナッツの周りで蠢きだしていた。石の描く螺旋のようにナッツの周りを、踊り続ける。それに応えるように、力がナッツの周りで渦巻いた。

ナッツは忌々しそうにその光景を眺めて、次には傍に砂の人形、寝ていた猫獣人を簡素に形どったものを作り出していた。手には棍棒。細かい部分のない、のっぺらぼうの人形。それが、一体・・・俺の前に現れた。

(これが、あの猫獣人を形作っていた力か・・!?)

前にも幼き女の子、エルが言っていた。

(残ったのはこの忌々しき力のみ・・・。)

あの時も、この石が関係していたのだ。そして石は、力を持たないものに異能の力を与えた。幼き女の子、自分を可愛がってくれたヒトに会うために、人形から獣人へと姿を変えた幼き女の子は・・・風の力を。ナッツには・・この砂を操る力を。

 

「どうせ、オイラも消えてしまう。兄貴も死ねばいつまでも一緒にいられる。そして生まれ変わって二人でずっと一緒に過ごすんだ。だから・・・ねぇ、兄貴?」

虚ろな表情に、冷たい笑み。手を差し出して、俺を誘うその姿は、もうすでにナッツではない。ナッツは・・こんなことを言わない。

ナッツがせせら笑うと、さらにヒトの形をしたものが現れる。地面から次々と盛り上がるように生まれるそれは、形を成し手にはそれぞれ武器を抱えていた。

槍、剣、短剣、棍棒、拳、棒、ヌンチャク。俺を中心として、俺を取り囲むようにそれは大勢の形を成していた。

 

「・・・どうしてもやらなくちゃいけないのか。」

 

俺は自分の槍を、腰を落として抱え込んだ。手にぎゅっと力をこめ、そして周りを睥睨した。しかし、それで怯むような相手ではあるはずがない。まったく感情がない、ただの人形だったからだ。

ナッツだけが輪をはずれて、赤い石の傍でこちらを見つめていた。

 

「兄貴も死にたいって言ったじゃない?だったらオイラがその願いを叶えてあげる。それでオイラたちは共に生きていくことが出来るんだ。そうでしょ?ロックの兄貴。」

 

ナッツはそう呟いた。俺はそのナッツから出たとは到底思えないような言葉に、胸を締め付けられる思いを覚えた。

 

「やめろ・・・ナッツを使ってそんな言葉を吐かせるな。・・・確かに、俺は死にたいと思っていた。それは事実だ・・。」

 

周りの警戒心を強めながら、俺は“ナッツ”を睨み付ける。ナッツは、手を上にゆっくりと振り上げていた。

 

「だがな!!お前のお陰で俺は生きていこうと決めることが出来たんだ!!仲間の大切さが、この・・お前を大事にしたいっていう気持ちが、俺を変えたんだ!!

それを教えてくれたのはお前だ!!お前が見せてくれた強さ、温かさ、笑顔、夢、そのすべてだ!!そうやってヒトは何かを支えに生きていくんだ!!辛い過去を乗り越えて生きてきたお前なら分かるはずだ!!ナッツで・・そんな言葉を言わないでくれ・・。」

 

「・・・・。」

 

「確かに死ねば来世で一緒になれるかもしれないさ!!だけど・・お前のしようとしていることは、すべて単なる幻想の話でしかありえない!!ヒトの死の上に成り立つ願いなんて・・俺は認めない!!そんなのは・・お前じゃない!!」

 

俺が大声で叫んでもナッツには届いてはいないのか、冷たい視線が・・・俺に向けられる。

正反対の、昔のナッツの姿を思い出す。太陽のような笑顔。困ったように考え込む姿。腹を抱えて大袈裟に笑うその姿を。俺をずっと頼ってくれた、俺を・・好きでいてくれたその姿を。俺が、一生かけて守りたい・・・そう決めたその存在を。

 

「俺は生きたい・・・今なら強く願える!!死んでしまったウィンたち仲間に、お前に・・・そして、俺自身にけじめをつけるために!!」

 

力が、篭る。憎しみや怒りではない。未来への希望の形。

 

 

ナッツの手が・・

 

「お前を・・・ナッツという存在のうちに・・止めてみせる!!」

 

振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

**

砂の人形達が武器を手に、一斉に俺に襲い掛かってくる。

見たところ・・二十、いや三十くらいか。それぞれがまったく別の武器を持ち、こちらに近寄ってくる。

(ちっ・・武器のオンパレードかよ・・。)

舌打ちして、まず寄ってきた何人かを槍で横薙ぎに払いのける。そしてそこから空いたスペースに身を滑らせるように走り、輪の中から抜け出る。丁度、ナッツと俺の間に壁のようにその人形達が集まる。人形の光を映さない眼が、俺を一斉に睨み付けた。怖気がはしる。

相手がちゃんとした住人でないだけマシだが、武器の種類が多すぎてその対策に手間取る。

ナッツの方を見やれば、ナッツは一人、赤い石に片手をかざして何かを呟いているらしかった。ナッツの周りに大きな力が収束しているのを感じ取る。何か大きなことをやろうとしているに違いない。だが、それを止めるにもこの人数だと少々手間がかかりそうだ。

 

「くそ、厄介だな・・。」

別のことに集中していることから見て、これ以上人形が増えることはないのだろう。ナッツだって、余計な力の消費は避けたいだろうから。

素早く近付いてきた短剣と長剣の人形が、絶妙なコンビプレーで俺の命を狙ってくる。それを横跳びでかわしながら、状況を把握する。かすめた剣が俺の毛を何本か散らせた。

だがそれは人形らしく単調な動きで、距離を取ることなく闇雲に突進してくるだけで、何の芸もない。

所詮、人形か。それにナッツの力が充分に働いていないのだ。だからこそ、素人同然の腕前しか、この人形達は持っていない。

「こんなもんかっ・・・てゃっ!!」

バックステップと共に槍を振り下ろす。短剣を持つ人形の頭に命中すると、それは元の砂へと崩れ去った。感触としても、大した強度は持っていないことが分かる。一撃食らわせば崩れるほど、それは脆い。

長剣を持った人形が、崩れ去る人形の間から現れる。俺の身体を乱暴に狙った突き。それを予想していた俺は、振り下ろした槍の地への衝撃を利用して、飛び上がる。目標物を失った人形がその場に固まると、俺は重力を利用してその人形に上から飛び蹴りをくらわした。そして、その人形も崩れ去る。あっけない末路に、そしていまいち掴めない砂の感触に、俺はバランスを崩して砂の上に危うく倒れるところだった。

「相手が砂だから、どうしても加減が分からねぇな・・上からの衝撃だと、突然砂に戻られたら厄介だ。」

冷静な分析と共に、こちらへ次々と近付いてくる人形を睨み付け、そしてニヤリと笑う。

「でも・・・問題は・・ないっ!!」

足元の槍を拾い上げ、同じく槍をこちらに突きつける人形を横薙ぎに払い飛ばす。それと共にもみくちゃになって何匹かが吹き飛んだ。すぐにそれは砂の山となって消えた。次に棍棒や長棒を持った人形が俺に武器を振り下ろす。それを槍の柄で両方受け止め、そしてそのまま払うように二匹の武器を飛ばした。武器の行く先に視線を追わせた二匹にすかさず空いているほうの手で素早く腹に拳撃を食らわす。さらに槍をバットのように振り、再度人形を払い飛ばす。また何人かが砂の山となって消えた。群れの中に潜り込んで、そこから、自分を中心に独楽のように回転する。何匹かがまた放射線状に飛んでいった。

 

ほんの何秒かの間に、人形は半分以下に減っていた。残るは何故か二列に並んだまま動かない集団と、ヌンチャク、三節棍、トンファーなどを持ったこの世界ではあまり見ないような武器を持った人形達。三匹の人形が、二列の集団を後ろに率いて立っている感じだ。

(どれを見ても近接形の武器だ。後ろのやつらが気になるが、問題はないはずだ。)

 

そう看破して、俺は構えた。先立って前の三匹が駆け寄ってくる。ヌンチャクを振り回し、三節根を頭の上で回しながら、トンファーを両手で回しながら。そしてそのとき。

 

ガンゴンガン。

 

「いっ!?」

それは各々自分の首に、頭に、肩に武器を強打した。何だかあからさまに痛がっているような顔を、人形が見せたような気がした。すぐに大きな砂埃を出してばらばらと砂に崩れ去っていく。

(あの武器・・・素人には使いづらい武器なんだろうな・・人形とは言え、同情する・・)

「!!」

(いや!!違う!!)

砂埃が開けた中に、先ほどの列の人形が一斉に同じポーズを取っているのに気付いた。人形はそれを斜め上に構え、一杯に身体を開いていた。

(しまった!!弓の・・・一斉射撃かっ!!)

人形達は弓の弦を一杯に引き、そして俺の場所を目標に狙いを定めていた。

(さっきの三匹は囮か!!戦闘の中での緊張感を一瞬、取り払うための!!俺を一瞬でも油断させるための!!)

 

・・・実は本当にただぶつかっただけ、なのである。

 

何本もの矢が、俺を目掛けて飛んでくる。硬質化した矢が、俺の視界に雨のように降ってくる。その矢だけに力を込めたのか、人形達は役目を終えたように、砂へと崩れていった。

あの射撃をまともに食らったら、俺の身体はおそらく動かなくなるだろう。

「ちっ!!」

俺は槍を上空に掲げ、降ってくる矢をまず横とびに交わし、的確に俺に向ってきた何本かを落とす。そしてまた降ってきた矢を前に回転して避ける。それでも、まだ矢は飛んでくる。俺は槍を上空に弧を描くように振り、身体を出来るだけ縮めて回転させた。車輪のように身体を回し飛び上がり、大量の矢の飛びすさぶ中を突っ切った。俺の頬や腕、ももを矢がかすめる。着地をすると、小さな傷の間に赤く血が浮き上がった。

(ただの人形と思って甘く見ていた・・今のはマジで危なかった・・)

こんな小細工が来るとは思っていなかった。本当に苦し紛れ、みたいな策ではあるが・・。

まさか油断をさせて、一斉にやってくるなんて。

 

・・・本当にただ、扱いが難しく自爆しただけである。

 

(だがこれで・・もう邪魔はいなくなった。)

狙いはナッツ自身・・もしくはあの赤い石だ。

人形のいなくなった砂埃の中、ナッツを再び視線に捉えるため、俺は槍を勢いよく振り、砂埃を吹き飛ばした。視界が開けていく。

「ナッツ・・・もう終わりだ・・これで、終わりにしよう・・・こんなことをしても勝てないことぐらいお前なら・・・」

分かっているはずだ・・と言い掛けて、

(!?)

俺は目を見開いた。視界に映ったものに驚きを隠せず、思わず槍を落としていた。

 

「時間はかかった。けど、やっと出来上がったよ。」

ナッツの口から残酷な言葉。さっきまで何かをやっていたのは、“これ”だったのだ。

「まさか・・・」

俺は、言葉を失うほどに驚愕していた。そこにいたのは・・

 

「兄貴は・・これでもまだ戦えるっていうの?」

子供のように無邪気な笑いで嘲り笑うナッツ。その傍に・・

 

「ウィン・・ライト・・ウォート・・・。」

 

戦っていた今までの人形とは比べ物にならないくらい精巧に作られた・・・

 

「よう、ロック。」

「また会ったな。」

「再登場っ!!」

 

 

俺の仲間達の、人形がいた。

 

 

 

硬く握り締めた拳に・・血が滲む。

それが夢であってほしいと願うほど・・

 

 

残酷な現実。

 

 

 

 

 

**

ナッツが手を前に掲げると、三人は俺の前に歩み出た。

「お前ら・・・。」

俺は驚愕の表情のまま固まる。さっきまで何かをしていたのは、これを作るためか・・。

俺にとって、最も戦いたくない相手。それも、人形とは違ってしっかりと精巧に作られ、自我すらも持っている。

「よぉ、ロック。今度は俺らが相手だ。」

ウィンの身体に旋風が巻き起こる。元々ウィンは風の名として名づけられた存在。赤い石の力と共に、その力が引き出されていた。

「さすがに・・これはきついな・・。まさか、こんなことになるとは思ってもいなかった・・。」

俺は小さく悪態をついた。慣れ親しんだ仲間、その力量を俺は知っている。その力に異能の力が混ざるとなると、非常にやりにくい。なにしろ、俺の感情が仲間に手を出すことを恐れている。

「ロック。俺たちもこんなことはしたくないんだがよ。俺たちは今ではナッツに作られた人形だ。言うことを聞くしかないんだよ。分かってくれるよな。」

ライトの両手が一瞬輝き、そこに光の長剣が現れる。ライトは光の名。その名に乗じた光の剣だ。

「ひひっ。お前とやりあうのは村を出る前以来だな。俺たち三人。まとめて相手するぜ。」

ウォートの手が輝くと、そこには青く澄み渡った色を持つ玉が握られていた。その部分から水が渦を巻いて現れる。ウォートは・・水ってことか。

 

「お前達と・・・本当に・・やりあわなきゃいけないのか・・・。」

俺は自分の機敏性を高めるため、槍を放った。拳撃で対抗をするため、右手を前に掲げて構えのポーズを取る。

 

「まさか・・まだ迷っているってわけじゃあねぇだろ?本気で来いよ。」

「俺たちは本気でやってやるさ。お前の意志を見せてみろ。」

「お前に過去が乗り越えられるか?手を抜くんじゃねぇぞ。」

 

三人が陣形を取る。ウォートが後ろに、ウィンとライトが前に。ちょうど三角形になるようにその位置取りを構える。

「・・・俺の心はもう揺るがない。お前達が俺を殺そうってなら・・・お前達をも止めてみせる!!かかってこい!!」

 

 

「行くぞっ!!」

ウィンの身体が砂の上とも思えないような踏み込みと共に飛んでくる。

素早い攻撃を得意とするウィンは、敵の懐に入り込んで拳撃を食らわすのが得意な敏捷型である。だが、その素早さは今では尋常じゃなかった。すぐに俺の懐に飛び込んで、反応の遅れた俺の腹に三発、拳撃を叩き込んだ。

「ぐぁっ!!」

すぐに間合いを取られ、そこで構えのポーズ。俺は腹を押さえてぐっと歯を食いしばった。

「俺の力は、俺の素早さをさらに上げる風の力。足の裏に風の爆発を起こして直線的なスピードをあげる。拳だって威力はあるだろ?それも、拳に風の力をちーっと込めてるんだぜ。」

少し誇らしげに言うウィン。猪突猛進、どこにでも一番に突っ込んでいくウィンにはぴったりの力だ。

「そして・・・」「!!」

俺の視界は斜め上に影を捉えた。その影の中に一際明るく二本の剣が輝いていた。

そのまま、砂の地面に二本の剣を突き立てるように落ちてくる。それを俺はバックステップでかわす。砂に突き刺さった剣がふっと消え、そしてまたすぐに二本の剣となって手元に顕現された。ライトだった。

「俺の力は、見たまんま。光の剣だ。それも何度でも生成可能なやつ、な。これに当たればすべて一刀両断・・切れねぇもんは何もない・・ってか?・・・おぉっと!!」

 

ライトが、ウィンが、横っ飛びに地を蹴った。俺も何かの危機を察し、横飛びする。

俺の元いた場所を、直線的に水が突っ切っていった。

「俺の力は・・」

裏からウォートの声。

「俺の力は、水を操って飛ばす能力。高速で飛ばされた水の勢いには何でも貫く力がある。これが、俺の力だっ。すげぇだろ?」

 

すぐに元の三角形の陣形を取り戻す。そして、

「いてててて・・・いはいいはいいはいやめやめやめ」

「てんめぇ、俺らにも当たるところだったろ!!俺らは致命的なダメージを食らえば即おさらばなんだよ!!それを分かってんのかこのやろう!!」

「ウォート、ヒトの決めている時にその場を奪うなんて、何てことをしてくれるんだ・・。俺は悲しい・・悲しいぞっ。」

ウィンとライト二人でウォートの頬をつねっていた。

いつもと変わらないようなその景色の中に俺が加わって笑っていないことが何とも複雑で、笑えなかった。

「・・・。」

俺は黙って見ていた。この力は中々やっかいだ。連携プレーがまだ完全ではないにしろ、

一つ一つの力が強大である。

「まっ、いっか。今度は失敗するなよ!!」

ウィンが飛んでくる。

「わ・・分かってるさ!!」

直線的な水の飛沫が襲ってくる。

「さぁ、俺も行くぜ!!」

ライトが光の剣を構えて突っ込んでくる。

 

 

俺は頭の中で考えを巡らした。攻撃の突破口を探していた。こういうときこそ冷静でいなければならない。常に相手の弱点を見抜き、そこを打破する方法を考える。弱点は、仲間であるからこそ分かる。今まで何年同じく旅を続けてきたと思っているんだ。

「くそっ。」

しかし、異能の力が加わったことで、それも分かりにくくなってきている。本能的に、俺は素早く身構えていた。ただ積み重ねられた戦いの本能だけで、ウィンの拳を真っ直ぐ受け止める。それを受け流しウィンを避けると、次はライトが俺に斬りかかってくる。ライトは両手剣――前は短剣だったが――を得意とする相手だ。計算高く、隙をつくような攻撃が得意で、ウィンほどの素早さはないにしろ常人以上のスピードは厄介だ。敵の状況分析などを務める頭脳派でもある。

俺がライトの剣に注意して、真正面から迎え撃とうと構えると、ライトは俺の目の前で突然、前へ飛び前転。俺を通り越して着地すると、俺の死角を狙って右手の剣を斜めに振り上げる。

「!!」

俺はそれを舌先三寸でかわす。全身の体温が何度か下がるほどひやりとする的確な攻撃だ。すぐにライトは俺から離れて距離をもう一度とった。俺は二人と一人に挟まれている形になっている。

(挟まれて・・・っ!?)

俺は咄嗟に前に飛んで、それからまた横へ、そしてバック転。俺の足元を水が飛沫をあげて、抉り取った。

後ろから水撃の鉄砲が打ち出されたのだ。俺がライトたちのほうを警戒して背を向けたからなのだろう。後ろから不意をついて攻撃を当てるつもりだったか。

ウォートは俺たちの仲間の中では一番柔軟な発想を持ったやつ、というか・・興味があれば何でも手を出すようなやつだ。今回の力もその性格があって適当に選ばれたのかもしれない。不憫だ。

 

俺は解決策が分からず、仲間の攻撃を避け続けるしかない。攻撃をしようとしても別のやつに邪魔され、避けようとしても邪魔が入る。俺は休む暇もなく避け続けるしかなかった。息も絶え絶えで、呼吸を忘れてしまったのではないかと思うほどに行き詰っていた。

 

「はぁ・・・はぁ・・はぁ・・・」

膠着状態。俺が肩で息をしているというのに、三人はまったく息を切らしていなかった。それは、人形だからであった。

(ちくしょう・・・卑怯じゃないか。)

じりじりと砂を踏みしめる中、ナッツの様子も窺うとナッツは俯いて、いつもより深く呼吸をしながら立っている。どうやら、力を使いすぎたのだろう。それに、もう犠牲の分がなくなってきているのかもしれない。

(時間がない・・こうしているうちにもナッツは・・)

 

「余所見してる暇なんてねぇぜ。ロック。」

 

ウィンが俺の懐に飛び込んでいた。

(いつのまにっ!?)

そして、俺のわき腹へ強烈な一撃を食らわした。

「がっ!?」

内臓が破裂でもするのではないかという衝撃に俺は身をよじり、それでも上から拳を振り下ろす。それも、ウィンのいた場所を空を切っただけであった。気がつけばウィンはもう俺との距離を保っている。

(風の・・瞬速移動・・。)

俺はそう考えた。風を身体に纏い、真空状態にして音を殺し・・・風を爆発させる。

そうして一気に懐へ来て、また離れる・・・ヒットアンドアウェイってか・・。

「考えている暇もないんだぜ。」

苦しみに悶えながら目を見張ると、ライトが飛び込んできていた。

(ま・・・マズイっ!!)

俺は咄嗟に後ろに跳び退った。そこに横薙ぎに光が迸る。避けきれなく、俺の腹から横に一筋の赤い線がはしる。そこから、血が流れ落ちた。

 

「ごめんな。謝ったから。」

「がぁぁぁああっ!!」

ずっ、と左肩を鈍い痛みがはしった。見れば俺の肩の後ろから前にかけて、水が貫いていた。そこから、ぐばっと汚らしい音を立てて血が飛び散る。左肩があがらなくなってダランと下がる。どうやらもう左は使えない。俺が痛みの形相のままウォートを睨み付けると、ひっ・・と小さく声が漏れた。口元をひきつらせた。二人がもとの陣形に戻り、ウォートをどつく。

 

 

俺はそこら中が傷だらけで三人を前にして立ち尽くしていた。

(少し・・いや・・・かなりマズイな・・・。)

そう心で呟く。声を出すのにも少し辛い。

「残念だよ・・・お前を殺さなきゃいけないなんて・・」

「だな・・・もうちっと頑張ってもらわないと困るんだがな・・」

「・・・ロック・・。」

 

それぞれの顔には、俺への憎しみや怒りなんてものもなく、それでいて俺を倒そうという使命感みたいなものも漂っては来なかった。むしろ・・。

「・・・。」

その顔には一筋の涙が。ナッツには見えないその顔は、俺に訴えかけているように思えた。

(俺たちを・・・はやく殺してくれ・・・か・・。)

そう語りかけているように思えた。何故だか、とても辛そうに見える。人形だとしても、俺には分かる。本当はこんなことしたくないってことが。

 

俺の身体は節々にガタが来始めている。しかし俺の頭はそんな中でも冷静に、澄み渡るように思考を巡らしていた。いつも以上にそれは回転をし、俺に成すべきことをインプットしてくれる。

 

「終わりにしよう、ロック。」

「俺たちのすべてをかけて、お前を殺してやる。」

「お前に、俺たちが・・ナッツが・・救えるか?」

 

三人が・・・ウォートも含めた三人が俺に向ってくる。

(お前の意志を見せてみろ)

(お前は過去を乗り切れられるか?)

(致命傷を食らえば俺たちもおさらばなんだ)

最初、俺を諭すような・・たしなめるような言葉。助言。突破口。

(残念だよ)

(すべてをかけて・・)

(ごめんな)

そして、俺を気遣う優しさの言葉。

 

(何だよ・・やっぱりお前達はお前達だ・・・。何も変わらない、何も違わない。人形だとしても・・お前達は・・・やっぱり俺の仲間だ。)

俺の目からも涙が零れる。それを右手で拭うと、素早く構えた。

足は小さい傷はあるものの、立ち上がれないほどの致命傷はなし。利き手の右手は残しておいてくれている。

 

(お前ら・・・本当に嫌な奴らだ・・天邪鬼な・・)

仲間たちの優しさに、俺は感謝する。

(ありがとう・・そして・・すまない。)

 

最初に飛び込んで来たのはやはりウィンだ。足に爆風を起こし、一気に攻め込んでくる。真っ直ぐな飛び込みを真正面から俺は見つめ・・

「ウィン・・お前は真っ正直なやつだな。何をやるにも真っ先に飛び込んでいく・・直線的思考。お前に足りないのは・・柔軟さと冷静さだ。」

フェイントをかけてかわし、俺の横を通り過ぎた瞬間に、蹴りで後ろから背中を思い切り蹴る。みしっと背中が音を立てた。

「わーってるよ、そんなこと。」

 

そのまま俺の後ろへ飛び、砂の上に落ちる。俺は蹴りの反動で地に足をつく。

 

次にライトが来る。ウィンの速さに慣れてきていた俺は、ライトの動きは遅く見える。危険視すべきは剣のみ。

「ライト・・お前の判断力は認めるさ。だがな、不測の事態には、若干反応が鈍る。お前に足りないのは・・咄嗟の対応と・・ちょっとしたズル、だ。」

そう言って俺は砂を一掬い、ライトに目掛けて放った。先ほど、着地の後に立ち上がらなかったのも、このためである。ライトが突然の攻撃に目を瞑る。その瞬間、俺は飛び込むライトの腕を取り、体重を乗せて背負い投げをする。がはっと苦痛の声を漏らして、ライトが仰向けに倒れる。

「ははは・・そりゃねぇぜ。」

 

今度はウォートの水撃が俺を刺しに来る。それを俺は素早くかわし、横と縦の跳びを繰り返してウォートの傍へ。右手に渾身の力を込めて、ウォートの腹に拳撃を入れた。ウォートはそのまま腹を押さえてうつ伏せに倒れる。

「ウォート・・お前は何にでも興味を持つのはいいさ。だがな・・お前は元々、その体躯を生かしたパワーファイターだろ?変な力にばっか頼ってるなよ。お前に足りないのは・・・ん・・ってか、自分への自信と、常識、か?」

 

「へへ、そうだよな。格好いいと思ったんだがよ。」

ごん、と俺はさらに一発食らわせといた。

 

 

 

「・・・・。」

三人の姿を代わる代わる見つめる。もう立ち上がることも出来ないらしい。恐らくはもう砂となって消えていくだけなんだろう。一番近くにいたウォートが、顔を上げて言った。

「やっぱり・・お前には叶わないな。ひひ。やっぱり俺たちのリーダーだな、お前は。」

「ウォート・・。お前にしてはよくやってたぜ。」

「しては、は余計だ・・ははっ・・じゃあな、ロック・・俺・・・お前が・・・」

「あ?」

「いや、何でもねぇ・・忘れてくれ、な?」

弱々しい笑いを見せるウォートに、俺は悲愴の顔を向ける。すぐにその身体が砂に埋もれ始め、やがて一つの砂の山が出来た。

俺はライトの方へ向った・・。

「あーあ・・負けちまった。お前の意志も、お前の力も、すべて見せてもらったよ。これならこれからも大丈夫だろ。」

「あぁ・・きっとな。ライト・・お前はやりにくい相手だったよ。剣の腕は中々だったからな、お前は。ずるでもしなければ勝てなかった。」

「いいんだよ・・それがお前が生に執着している証でもあるんだからよ。・・・いいか?ロック。お前ならこれから、何があってもやっていけるさ。何にでも負けるんじゃねぇぞ。」

俺は、伸ばされた手に、自分の手を重ねた。

「あぁ・・あぁ・・・分かってる。」

「さぁ、時間がねぇ。ウィンの方へも行ってやってくれ。」

一つ頷くと、ライトは満足そうな顔を浮かべて、消えていった。手から砂が零れ落ちた。

 

 

「ウィン・・・」

「けっ、辛気くせぇのは嫌いなんだがな・・。」

「そう言うなよ・・。またとない機会なんだぜ?」

へへへ、と二人で笑い合った。

「お前と張り合ってみたい、って言ったのは事実だったんだぜ?いつだってお前の強さに嫉妬してたもんだからな。これでやっと踏ん切りがつくってもんだ。」

「お前は強いよ、充分に強い。俺なんかよりも強い部分、たっくさん持ってるさ。」

「ははっ・・そう言ってもらえると有り難いね。これで・・・安心して逝ける。」

「ウィン・・・。」

涙が溢れてきた。その泣き顔にウィンは顔を歪ませ、涙を掬ってくれた。

「泣くんじゃねぇ。泣いている暇もねぇだろ。お前のやるべきことは、これだけじゃねぇんだ。早く・・・早くしろ・・。」

「・・あ?」

「赤い石を壊すんだ。そうすれば・・・」

ウィンの身体が消えていく。

「・・赤い石・・か・・・分かった。」

「・・・じゃぁな。」

 

ウィンが消えていった。風が吹き、砂を巻き上げて・・消えた。

 

 

 

俺は、左肩を抑えながら立ち上がった。見ればナッツは顔をあげ、くくくと笑いを漏らしていた。もうすでに、赤い石の色は、薄くなり始めていた。

「ナッツ・・・もうお前を守るやつはいない。これで分かったろ・・。すべてがもう終わりなんだって。」

「・・・・・が。」

小さくナッツが呟いたのを俺は敏感に感じ取った。その科白に、俺の中の何かが弾ける。

「何て言った・・今。」

ひとしきり笑った後。ナッツは言った。

「役立たずが、って言ったのさ。力を加えてやったって言うのにヒト一人も倒せやしない。とんだ役立たずさ。はははは。」

 

俺の中で、何かが弾ける。

もうすでに、精神崩壊は臨界点を突破し始めていた。もう口調にはナッツの欠片も感じ取ることが出来ない。

「例えお前でも・・仲間を馬鹿にするのは許せねぇ。」

ぎり、と歯をむき出しにして歯軋りする。心は冷静だ。しかし、怒りが奥からふつふつと湧いてくるのを感じていた。

俺は槍を取って走り出していた。砂を踏みしめ、一直線に向う。

「ははははははっ!!」

狂ったように笑いながら、ナッツは最後の足掻きか・・砂を硬質化し、生き物のように操っていた。うねうねと奇妙に蠢くそれは、俺を貫かんとばかりに足を伸ばした。

澄み切った頭。完全に周りをシャットダウンしたように、すべてが俺の中だけで動いていた。何とも心地いい。静寂がこんなにも心地いいなんて。

ナッツの痛みは充分分かった。それを解決することが出来ないことも理解した。

俺の心は、今ナッツのことで一杯だ。そして奥底に眠る、正常なナッツが今どうして欲しいのかを、俺は・・・知っている。

 

(ナッツ・・・もう休んでいいんだ。)

俺の身体を、砂の槍が襲う。俺はナッツに向って全速で走りながら、避けて進む。所々俺の身体を刺し、かすめていったが、俺は揺るぎ無い精神で尚も走り続けた。

「何故だ・・何故そこまで死に抗う・・。こいつが死ぬと知って尚、何故走り続ける・・!!」

攻撃は止まっていた。ナッツは、慌てて赤い石をかばうようにその前に立った。

 

「お前には分からねぇさ。それが・・。」

飛び上がって、思い切り槍を振り上げる。眼下にナッツと赤い石を見て、俺は叫ぶ。

そして、全体重をかけて・・・

赤い石と、ナッツを目掛けて・・・

俺の槍が・・・

 

「それが、俺たちの・・仲間の絆だぁぁぁ!!」

 

 

振り下ろされた。

 

 

 

その刹那。

ナッツが・・・笑ったような・・・気がした。

それは、あの懐かしい笑顔だった。

 

 

赤が・・・舞った。

 

 

 

第七話  それぞれの求める未来


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