エピローグ

 

今日は早めの仕事終わり。仕事がうまい具合に進んだので、今日は午前中で仕事が切り上げられることになった。毎日のように仕事をする人間にとっちゃ、何とも嬉しい話だ。

仕事もうまくいった。早く帰れる。二倍の喜びだ。

全従業員が目一杯の達成感と共に笑顔を浮かべて帰っていく。

俺とこいつも今日は二人、帰ってゆっくりしようということになった。

 

「おい、あの店で昼飯食っていかないか?」

「ああ、そうだな。」

先日、酒を飲みに行ったバーだ。この店は、夜は初老のマスターがバーを切り盛りしているが、昼は別の人が小さなカフェとしてそこを経営している。夜と違った明るい雰囲気。しかし、小さいせいか多くの人には知られていないようだ。飯はうまいんだから大きくすりゃいいのに、といつか提案してもみたが、このぐらいの大きさのほうが経営はしやすいらしい。もちろん、昼と夜どちらの経営者もそれは承諾済みだ。夜のほうのマスターもやはりこのくらいの方がいい、ということだそうだ。

 

木製のドアに小さな窓、そこに銀の小さなドアノブがあった。小さなドアノブをまわして、その店に入っていく。

 

 

その店では、二十代後半くらいの男が一人がすべて料理を作っている。

そこのオムライスが結構うまい。卵はとろーりと半熟。仄かに甘い卵の風味が食べた瞬間に口の中に広がる。ライスはチキンライス。特別なソースを使っているのか、卵の甘さと十分にマッチしている。白い深皿にそのライスをのせ、そして卵をのせる。のせて、スプーンで真ん中に切れ目を入れれば、それだけで卵がふんわり溶け出す。そこに特製デミグラスソースをかけ、甘く炒めた人参とパセリが添えられる。シンプルな作りではあるけれど、なかなか家では作れないような旨さなんだよな、これが。偶然にこの店によってから、俺たちはよくここを利用するようになった。もちろん、最初に寄ったのは夜に飲みに行ったとき。その店が昼にやっていることも知って、来てみればそれにはまってしまった、そういうわけだ。俺たちはもう常連になっているらしく、爽やかな笑顔でいらっしゃいませ、と微笑みかけられる。いつものでいいですか?と聞かれたので、ああ、頼むよと言って俺たちはカウンター席についた。もちろん、頼んだのはオムライスだ。安いし、旨い。

 

夜の雰囲気とは違って、昼の店内は明るい雰囲気だ。窓はないので外からは見えないが、中で煌々と輝いている電球は明るく俺たちを上から照らす。店内でかかる音楽はクラシックだ。この静かな雰囲気が中々いい。ゆっくりとくつろいでいる中、オムライスを作っている香ばしい匂いが鼻孔をくすぐる。空腹を満たそうとして、腹がくーっとうめき声をあげた。それは俺の腹の音かと思えば、隣に座った熊銃人の男の腹の音だった。顔を見れば、何とも申し訳なさそうにあはは、と笑った。とりあえず、俺もあはは、と笑顔を返しておく。何だか恥ずかしくなって、目の前に出されたお冷を一杯口の中に流し込んだ。

 

「兄ちゃん、ラジオつけてもいいかい?」

「はい、どうぞ。」

俺はその店のシェフを兄ちゃん、と呼ぶ。文章表現として、とりあえずシェフと言っておこう。俺はシェフに了解を取ってカウンターの隅にあったラジオをいじった。後ろの電源スイッチを押してツマミをまわす。何だか古臭いラジオだなと思われたが、それが店のレトロな雰囲気に合っているようにも思えた。ツマミを回せば、そこからぴーがーというノイズの後、ニュースが流れてきた。

 

『えー・・一ヶ月前に盗賊に襲われたイルナの街についての続報が入りました。先日お伝えしたときには捜査が難航しており、死者数が百人と報道しましたが、その街の中の危険区域にも捜査が入った結果、その倍以上の死者数がいることが分かりました。そして・・えっとこれはどういうことでしょうか?・・・え?ちょっと待てって。』

 

ラジオの中から発せられる声が大きく動揺したように思えた。何かラジオの中からかさかさと紙の擦れる音がする。俺たちは、ラジオに耳を傾けてじっと待った。

シェフは料理に熱中しているのか、まったくラジオの内容が聞こえてないようだった。

 

『その盗賊達は、セントピークの街の出身・・?えっと・・誰からの情報だよ、これ。ん・・分からないって・・。その街は、内部紛争が絶えない街で近くの街の住人はその街に近づかないようにいつも旅人に忠告している、ということです。そして、その街は・・つい最近・・・消滅した?』

ラジオの住人も、何だか訳の分からない情報に四苦八苦しているようだ。それでも、使えると思ったのだろう。その情報を少しずつ伝えていった。

 

『・・・続けます。その、盗賊達が帰ったときらしいです。盗賊たちが何人か街に入ったのを見た、と書いてあります。あ、これは匿名希望さんからの情報です。何だか距離の割にはかかった期間が短いようにも思えますが・・・。帰った後の・・その夜らしいです。近くの街でこれは目撃されたそうですが、光が上がったそうです。そして・・その街が次の日にはなくなっていた、と。何だか・・・近くの街では砂に飲み込まれた、とか怪物が現れて街一つを消し飛ばした、とか色々噂が流れているようです。今ではその地域は砂漠になっている、とのことですが、気候はそれほど暑くないということです・・ね。そんなめずらしい気候があるんでしょうか?

現在、そこの住人約千人の消息は不明。一面が砂漠になっているため、捜査は難航しているようですね。というか、一面が砂漠になっているため捜査のしようがない・・と?

この匿名希望さんは警察関係の方でしょうか?それとも、何かのミステリー好きでしょうか?このラジオの後に、私も現場に行って少し確かめようと思います。』

 

かさかさとまた紙をめくる音がする。まだ何か気になる点があるのだろうか、奥のほうで確認を、とか、この話題を今日は広げようか、とか言っている。却下、と大きな声が聞こえて、ちぇっとアナウンサーがまた喋り始める。

『これは、本当だとしたら不思議ですよね。街一つがなくなって、そして一面が砂漠になってしまった・・。そしてそこは異様な気候に包まれている・・。何でしょうね?同時期であることを考えると、イルナの街の住人が殺されたことの呪い、みたいに思えませんか?皆さん。あまりにも時期が重なりすぎていますよね。それに、盗賊の故郷がそのセントピークの街・・偶然にしちゃ出来すぎているようにも思えます。人間悪いことはしない方が身のためかもしれません。後日、しっかりとした確認のあと、また伝えたいと思っています。ミステリー好きな方、お楽しみくださいませ。えー・・次のニュースです・・・。』

 

俺たちは、目を丸くしてラジオを凝視していた。何でかって言うと。

「セントピークって確か、山を越えたとこにある街・・だよな。すぐ近くじゃないか・・・。そんなことが身近で起こっていたなんて、驚くべきことだよなぁ。砂に巻き込まれた、とかそんな噂がたっていたんか?」

俺が隣の相棒に聞くと、そっちも目を丸くしてぱちぱちとせわしなく瞬きをしている。

「知らんなあ。暑い気候であるってことは知ってたさ。それでもそんな奇妙な噂は聞いたことなかったな。でも、今は砂漠は残っているけど、過ごしやすい気候なんだってよ?本当、不思議だよなあ。」

 

アナウンサーは次のニュースをただ伝えている。しかし先ほどの事件が気になっているのか、あまり抑揚が感じられない。もともと、ニュースなんて抑揚をつけて伝えるものではないのだが、それがいつも以上に感じられなかった。俺たちもその事件だけが気になって、そんなニュースが頭に入ってこない。

そして、ふと俺の頭に一つの噂話が浮かんだ。この前、この事件の話を聞いたときに俺が相棒に話した噂話だ。思い出に出会える街・・・という。

 

しかし、その気になっていた事件も目の前に出された完成品の見事なオムライスに遮られた。

まったりとした舌触り。ほどよくとろけた卵。絶妙にマッチした二つの味。すべてが俺たちを満足させた。一切喋ることなく、料理に手をつける。食べている間は喋らない。そんなちっぽけな行儀を気にして毎日食事をするのだが、このオムライスは途中途中の休憩を挟みたくないほど旨いため、食べ終わるまではお互い喋ることはなかった。

一口、一口、一口、また一口。すべて食べ終わって、水を一気に飲み干して、一息ついた。

「ふぃっ。うまかったな。」

「そーだな。ここのオムライスは本当にうまいな。」

「ありがとうございます。」

深く礼をして、またにこやかにシェフは笑う。やっぱりこんなちっぽけなところにしておくのはもったいないようにも思える・・・。この満面の笑みは、広めれば評判になるだろう。

 

「それにしても、さっきの話。やっぱり繋がっているように思えるか?イルナってとこと、セントピーク。」

相棒が俺に聞いていくる。俺はお代わりでついでもらった水に口をつけ、ん・・と呟いた。

「さあな。でも、あまりにも偶然なのは確かだな。それも街一つが消えてしまうなんてな。何かあるって思わないほうがおかしいさ。」

「・・・・。」

相棒は一人、グラスを見つめ黙っている。考えていることは分かる。また怪奇的なことが起こったもんだから、それに怯えているのだろう。こいつは本当に怖がりだから、呪いとか猟奇的事件なんかは苦手なのだ。

「さっ、帰ろう。帰って今日はゆっくりしようや。」

だからこそ、俺は空気を変えようと外に出ることを薦める。二人分の料金を払って、足早に外へと出た。その後に、慌てるように相棒もついてくる。ありがとうございました、というにこやかな声が後ろに聞こえた。この世界には分からないことなんてたくさんある。しかし、こうも近くで起こったとなると気になるのは俺とて同じだ。それでも、何だかこの明るい時間帯から相棒の暗い顔を見るのは少しばかり、というかかなり嫌だった。シェフには悪いが、あの人ならなんとなくは分かってくれるに違いない。

 

俺たちは、家路を歩く。

「さっきな・・・前に話した“思い出に出会える街”ってのを考えていた。」

そうやって、熊獣人の相棒は俺の横を歩きながら言った。俺は相棒が同じことを考えていたことに驚いた。あのときの真剣な表情は思い詰まって、呪いやらに恐怖していた顔ではなかった。真剣にものを考えるときの顔だったのだ。俺は勘違いをしていたらしい。

「おう、あのとき俺が話した旅人からの話か。」

そう俺が言うと、一つ相棒は頷いた。

「万が一にさ、その話が本当で・・。本当にそんな街があるのだとしたら・・・ああいうふうに街が盗賊によって滅ぼされたときとかさ・・。その想いはどこへいくんだろうな。」

「?」

「んとさ。その街に、他の街で別れた・・・今でも恋慕っている人がいるとするじゃないか?そうなると、その想う気持ちが残ったまま死ぬときって・・ヒトは・・まぁ、あの世に行くとしてもさ。残された想いはどこに行ってしまうんだろうな。」

・・・いまいち意味が分からないような気もする。俺はあー・・と一度唸ってから言葉を発する。

「想いは、ヒトがいなくなったときに一緒になくなっちまうだろ?想いなんてそのヒトが内に秘めているもんだろ?死んでしまったら永久にそのままさ。」

ヒトは死んだら何も言うことは出来ない。何もすることは出来ない。想いを伝えることも、繋げることも。俺がもし死んだなら・・・俺の中に秘められているお前への気持ちは一生伝わらないさ。

俺はそう考えている。死んだら・・・はい、それまで。残されたヒトを置き去りにして、どこかへ行ってしまう。それはどこなんだろな・・天国、だろうか?

「そっか。」

相棒は何かを考えているようだ。今回のことは怖がっているというわけではなくて、何か神秘的なものの見方で考えているのかもしれない。だからこそ、ちょっとおどおどしたような感じではなく、妙に大人びたように物思いに耽っている。

「想いが伝えられる・・・か。それならきっと俺の嫁さんも何か伝えているはずさ。俺は一度だってあいつの夢を見ていない。想いが帰っていくなら、俺に少し挨拶でもしてくれてもいいじゃねぇかよ。」

俺は毒づいた。酔っ払ってもないのに、食べ過ぎていないのに胃がきりきりと痛む。何だか胸くそ悪い。

「ごめんな。また・・・。」

相棒が俺の表情を読み取ったのか、謝ってくる。

「お前は悪くないよ・・・。全部俺が悪い。今のは失言だったな・・・悪い。」

俺も謝り返した。

「それでも・・・」

「あ?」

妙に遠くを見る目で、相棒は呟いた。その目線の遠く先には何が映っているのだろうか。まだ見ぬ明日への希望か。残してきた彼女への想いか。イルナの街の死者への黙祷か。

 

「それでも俺は・・・いつかは想いが伝わると、信じたい。きっと、きっと。」

 

瞼を閉じて胸に手を当てている姿は、何だか俺にとっては複雑な姿だった。先ほどの遠い目は、俺を見つめていなかった。俺は、こいつからは見られていないかもしれない。俺のことなんて、何とも思っていなかったのかもしれない。こいつは本当にただのお人好しで、おせっかいで。本当に俺を励ますためだけにここに来ているのかもしれない。俺が元気になった・・・これはつまり俺の妻のことを完全に振り切った・・と考えるべきか―――それが完了したら元の街に戻ってしまうかもしれない。俺はたちまち不安になった。離れていってしまうことへの寂しさを感じてしまう。そんなことは不確定で、出て行ってしまうなんてことはないかもしれなかった。しかし、出て行かない・・という保証もなかった。

 

それは・・・寂しい。この生活がいつまでも続けば・・・いい。そう、思っている。

内に秘めた想いは・・・簡単には、届かない。

 

 

**

お互い何を言うでもなく、歩く。相棒は先ほどから若干の気まずさを感じているらしく、何も話さない。だからこそ、俺も話さなかった。

そのまま道を歩いていると、前から見慣れない二人の獣人が歩いてきた。二人とも狼獣人らしく、一人は長身で黄土色の毛を持った筋肉のほどよくついた青年、もう一人は、その青年より幼い白と銀の毛を持った獣人だった。見慣れない顔だった。

俺たちと目線が合う。

「あの、すいません。今日はここで一日過ごそうと思いまして・・・。宿はどこでしょう?」

そう礼儀正しく青年のほうが尋ねた。少年のほうはただ何も言わず、ぺこりとまた礼儀正しく頭を下げた。こちらも礼を返す。

「宿だったら、ここ真っ直ぐ行って三つ目の路地を左さ。中に入ってベルを鳴らせばすぐにでも駆けつけてくれるはずだ。」

俺がそう言って俺たちが来た方向を指すと、ありがとうございますとまた礼儀正しく礼をして、俺たちの横を通り過ぎていく。俺はその後姿を見送る。尻尾がゆらゆらと揺れていた。長い尻尾ってのも中々愛らしい。

「あんたたち、見かけない顔だな?旅人さんかい?」

相棒のほうが呼び止めて言う。二人が一緒のタイミングで振り向いた。

「えぇ、そうです。山を越えてこの街にやっと辿り着きました。ここには一日泊まってから次のところに向かうつもりです。」

「「!!」」

俺と相棒はお互いに目を見張った。

「あんたたち、山を越えて来たのか?それじゃ、あの砂漠を越えてきたんだな?」

「あの砂漠、今さっきラジオで話題になっていたんだよ。あんたたち、よくあそこから来たな〜。」

俺と相棒がそれぞれ言うと、訝しげに旅人二人は首を傾げ、お互い目を見合わせた。

「どういうことです?」

青年のほうが、やけに食いついてくる。もう一方の少年の方は、何か目を伏せて考え込んでいるようだ。

「えっとな・・・。」

 

 

相棒のほうが話をした。

この街の山を越えたところ・・・そこにあった街が一夜にして消滅したこと、その街は一ヶ月前くらいにイルナの街を滅ぼした盗賊団の故郷だったってこと、そしてその盗賊もろともそこの住人全員が行方不明だってこと。俺が補足をしながら、そのまま立ち話をしていた。

青年はずっと、無理矢理平静を装っているように見えた。何だか、表情が少し強張っている。それに、何か少年のほうは、青年の服を強く握っていた。その緊張に気づいた青年のほうが少年の頭を軽く撫でる。すると、少年のほうは少し表情が和らいだような気がした。しかし、明らかに・・何か様子がおかしかった。

(ふむ・・・?)

何か、あるんだろうか・・・そう考えたが、俺はそこまで追及しようとは思わなかった。その態度から、これ以上の追求を拒否しているように感じたからだ。相棒のほうも少しは感じているだろう。だからこそ、一方的にラジオからの情報を渡して、ただ投げかけられた質問に答えている。その質問も、街の名前だったり、情報を聞き返したりとかそんな感じだ。

「あとは・・・思い出に出会える街・・ってのも最近噂になってるよ?」

それはラジオの話じゃないだろう、と相棒に心の中で突っ込みを入れて、また話に聞き入る。

「あ、それなら聞いたことがありますよ。何だか、そこではレム睡眠っていう睡眠を多く引き起こす磁気の乱れみたいのがあって・・・寝ると、その夢の中に引き込まれるっていう話らしいです。夢の中ならどんな思い出にも浸れる、それが恋人の夢であっても、友人の夢であっても。そういった夢に溺れて、昔を見ることが出来る・・・だから思い出に出会える街、だそうです。」

青年は、やけに詳しい。旅人だからこういった情報が多く入ってくるのだろうか。それとも、実際体験したとか・・・。そりゃ・・・ねぇよな。そうだったら、こうしてこいつらがここにいるわけないし。

青年のほうが、はっとした顔を一瞬見せ、そして引きつった笑いを見せた。

「・・・まあ、ただの根も葉もない噂話ですよね。」

そう青年が誤魔化すように言って、

「そうですね、噂話ですよね。」

相棒が返す。その言葉は俺に言っているようにも思えた。俺を引きとめようとしているのだろうか。

俺がまた変な気を起こしてそこに行く、とか言い出さないように。

 

しかし、今の話を聞く限りじゃ結構やばそうな話じゃないか。噂話だとしても、そんな街があるのだったら寝ているだけでいつのまにか人生が終わってしまう可能性だってある。行きたい、とか言っていた自分が馬鹿みたいだ。いや、あのときはまだそんな危なっかしい話がついていなかったからそう、考えただけだ。今となっちゃ行く気はしないさ。

 

それじゃ、俺たちは一旦チェックインを済まそうと思うので、と青年は告げてまた礼を述べて少年と共に歩き出した。相棒が横で手を振る。俺は少し考えた後、悪いとは思ったがその背中に投げかけた。

「なあ?あんたは・・・死んだヒトの想いはどこへ行くと思う?」

相棒が俺の方を見た。そう、これはさっき相棒が俺に尋ねたものだ。青年は歩みを止めてこちらに振り返った。

「想い・・・ですか?」

青年は俺と違って、すぐにその意味を理解したらしい。離れたものが死に行くときに感じる想い。ずっと抱き続けた想い。

少し考えて、青年は答えた。

「想いは・・・そのヒトが大事にしたい、大好きだ、尊敬しているっていう想いが強ければ強いほど想っているヒトに届くと俺は思います。死ぬと同時に、消えていってしまう想いもあるかもしれません。その場では届かないかもしれません。それでも・・・たいていは・・・いつかは残されたヒトに・・・何かしらの方法で、いつか届くと思っています。物であったり、夢であったり・・・そういった話はよく聞く話です。」

青年は、隣にいる少年を向いた。少年が青年に向かって、満面の笑みを浮かべた。

想いは・・届く。きっと、いつか・・・か。まあ、俺にはまだだけど・・・そう信じるのもやはり悪くはないか。相棒とその青年二対一で負けているものな。少数派は一旦引っ込もう。

「そっか。ありがとな、答えてくれて。」

「こちらこそ、貴重な話を聞かせてもらいました。」

そう言って、俺たちは別れた。

 

後姿を再び見やる。一緒に歩く姿に、二人の間に和らいだ空間が広がっているように見えた。そこの空間だけが、二人の世界に包まれているように。その空間の正体は、お互いの信頼のように思えた。長く旅をした仲なのだろうか・・・いや、それ以上にも思えるような。

相棒と共に、その後姿が路地を曲がるのを見送った。

 

「あの人たち・・・何か、幸せそうだったな。」

相棒が微笑んで言った。俺は頷いた。

「そうだな、ラジオで言っていた事件のこと・・・何か知っているようにも思えたけど。それでも、俺たちが踏み入れちゃいけないことなんだよな、きっと。あの二人の空間には何かありそうだ。」

「あー、そうだなぁ。思い出に出会える街・・・あのことも妙に詳しかったし。こりゃ、一連の事件と繋がっているかもな。」

そんな推測をして、俺たちも歩き出した。

 

「あの人たち・・・きっとお互いが大好きなんだと思う。」

「そうなのか?」

うん、と相棒が頷く。そっか、さっき感じたそれ以上・・・っていうのはそれなのかもしれない。この世界じゃ、めずらしいことじゃないし。まあ、旅仲間っていうのはそのぐらいの繋がりがあるのかもしれないが、俺たちが分かることじゃ、きっとないな。ああいったのは同じ辛い状況を乗り越えてお互いの仲を深めていくものだし。ああ、でも羨ましい。あの空気が羨ましい。

 

「俺たちは・・・あいつらから見て、どう見えたんだろうな・・・。」

油断したのか、心の中で思ったことをつい口に出してしまった。呟いて、動揺して、それから相棒の顔を見る。相棒は、あっけらかんとした表情で俺を見ていた。

「さあ?どう見えたんだろうな。」

にこりと笑って、先立って歩き出した。

「へ?」

何だろう、今の笑みは。それに何故先にそそくさと歩いていくんだ?ただ、今の微笑みはぐっと来た。自分の顔が真っ赤になってしまうぐらい、それは輝いて見えた。衝撃的だ。

 

「ちょっと待った!!お前、何だ!?今の笑みは?ちょっと・・答えてくれっ!!」

「待てない。待てないぞっ!!答えてなんかやるものか。」

「どうしてっ!!」

「どうしてもっ!!」

 

 

走り出した相棒の後を追う。意外に早い。あの体格差があって負けているようじゃ、俺もまだまだだ。でも、こんな関係も悪くはない。進展はありそうで、なさそうで。

そうだ、俺たちも同じなんだ。あいつらみたいに、長い時間をかけて関係を築いていく。そして、あいつに想いを伝えるときが来るまで、粘ってやるさ。あいつが帰るようなことがあれば、女々しいかもしれないが泣きついてでも引き止めてやろう。そうだ、そうしよう。

そうやって俺たちはこれからも暮らしていくんだ。いつか、想いは伝わるもんだろ?それは生きている人間にだって当てはまるはずだ。

俺は胸に野望を持った。俺は野心家なのだ。こうなったら行けるところまで行こうじゃないか。

 

 

その後の話は・・・これから俺たちの話は続いていくわけだが。

俺たちメインじゃねぇし。そこんとこは残念ながら色々と割愛させてもらおう。

 

ただ、この後・・・俺が相棒に告白するときは随分早く訪れる。

 

俺はその日の夜、夢を見た。その中で、久しぶりに妻に会い・・・そして何故か説教を受けた。

もっと自分に正直になりなさい、突っ込んでいけだってよ。すっげぇ笑顔で俺を見送ってた。

起きたときにはほとんど言われたことは覚えていなかったけどさ。しっかりと別れを告げられたような気がする。昔の夢にも出てきたのかもしれないな。俺が覚えていなかっただけかもしれない。

起きたときには枕が涙で濡れていた。それは再会できたことと別れをしっかり言えたことへの喜びだったに違いない。それを見た相棒が俺を慰めてくれ、俺は相棒を抱きしめてさらに、泣いてしまった。まぁ、なんだ・・。その勢いで告白してしまったわけだ。

返事はオッケーだってよ。嬉しかったね。この喜びを何に表現することも出来ないほどだったよ。

あいつも、実は俺に好意を持っていたらしい。ただ、俺と同じように一歩を踏み出せないでいた。男同士っていうのはどうもばらしたところで関係が崩れやすい組み合わせだからさ。お互い、怖かったんだな、きっと。

 

まぁ、そういうわけで。って言ってもどういうわけかもしれないが、俺たちはこんな感じで恋人同士になったわけだ。割愛した部分は、またいつか話す機会があるかもしれないな。

それまでは、いつまでもこうして馬鹿みたいに二人過ごしていくさ。

 

そう。俺たちは二人、こうして生きていくんだ。

 

「ただいまっ!!」

「はぁはぁ・・ただいまー・・」

 

って・・・あれだけ走って何でこいつ息がまったく切れてないんだよ・・・。んにゃろう・・・。もっとこれから運動してやる。

世界は変なところで意地が悪い。

 

 

俺たちの話は・・・これからなのだ。

 

 

 

 

あるとき、あるところ、ある場所での小さな物語  終

 

 

 

 

 

 

 

**

次の日。つまり、その街に着いて宿を借りたその次の日だ。

俺たちは再び、どこへ続くかも分からない道を歩いていた。

「昨日の道を教えてくれたヒトたち・・・きっと何か勘付いていたよね。顔がちょっと疑っていたよ。」

ナッツがバックを背負い、俺を見上げながら言った。

「やっぱりそうだよなぁ・・・まぁ、あれ以上聞かれなかったことが幸いだったな。少し喋りすぎちった。」

俺は前を見つめたまま言う。

「それにしても、あの盗賊たちがあの街の生まれとは思わなかったな。何だか知らずのうちに仇を取れちゃったわけだ。あいつらが死んでいなかったら、先生の仇を取るために憎しみで生きていく・・・とかドラマチックなこと出来たのになぁ。にひひ。」

ナッツが掌を上に向けて意識を集中させた。何もない空間から砂が丸く浮き出てきて、螺旋状に回転をする。ふっと、ナッツが一息つくと、それはすぐになくなった。

ナッツの力は未だに残っている。俺はなくなればいいと思っていたが、ナッツはこれを持っていたほうが自分自身が犯した罪と、これからの自分の生の重要性を見失わないから、丁度いい戒めになるよ、と笑っていった。意外とこれ、役に立つかもよ?と言ってくるくると砂を生成して見せたんだ。自慢げだった。

俺の力は、結局あのときしか発動しなかった。もしかしてナッツに生を与えたとき、すべての力を失ってしまったのかもしれないな。いつかはまた発動するときが来るのかもしれない。それまでは・・・まあ、他の面で強くなっていくだけのことだ。

「俺もそのときは混ぜてもらって、一緒に・・・だな。」

「うん!!にはは。」

 

俺たちはくだらないことを言い合って旅を続けている。先日起こった事件の後、俺たちはすぐにあの一帯を出ることにした。もうすでにとどまる理由がないし、それに何もないところにとどまる意味がない。一面砂だらけ、そのどこに一日とどまる必要があるだろうか。

そして俺たちは、一番近場にあるという山を越えた街に辿り着いた。半日歩き続けてくたくたになりながらも辿り付いたところで、宿の場所を聞き、一日を過ごす。そして今に至るわけだ。俺たちは長くとどまることをせずにその街からまた旅立った。

 

「まだ・・・夢の中にいるみたいなんだ。」

「あ?」

ナッツが微かに流れる風や草木の匂いに鼻をひくつかせながら、呟いた。

「本来なら、オイラはもうここにはいなかった。それにオイラはもう、一度死んでいる。それなのに、ここにいるってこと・・・不思議なんだ。そして、夢ではないかと疑ってしまうんだ。」

「ナッツ・・・。」

立ち止まって、物思いに耽るように、ぼーっとそのまま空を眺めている。俺はそんな元気のないナッツを慰めようとして、頬をつねった。

「なに?いはいいたいいたいいはい・・・」

少し強く、ぐいっと横に引き伸ばす。ぱっと放したときにはナッツは涙目になりながら、俺をじっと睨み付けていた。頬を手で擦りながら、ひーと悲鳴をあげる。

「なにすんのさっ!!兄貴。あー・・イタイイタイ・・・。」

俺はその姿を微笑ましく感じた。

「夢じゃない。そうだろ?」

俺は悪戯に笑って見せた。ナッツがそれを見て少し顔を赤らめ、ちぇっと舌打ちをした。

「今まで起こったことすべて・・・現実のことだ。まあ、夢が混じっていることもあったがな。それもまた現実のこと。俺たちはこうしてここにいる。二人で旅を続けている。俺と・・・ナッツと。」

な?と首を傾げて同意を求めて、俺はナッツの頭を撫でてやった。また子供扱いして、と少々不満げに、それでも嬉しそうに笑っていた。尻尾が揺れる。

「うん。」

俺たちは、また歩き出す。ゆっくりと、世界の広さを感じながら。目指す場所は特にない。それでもこの歩みを止めることはないんだ。そうさ。

 

「俺たちは、こうやって生きていくんだ。」

「うん。」

 

ナッツが身体を俺のほうに寄せてくる。少し歩きにくい気もしたが、逆にそれが心地よかった。ナッツの体温を近くに感じる距離。ほんの何センチかが縮まって、より強くそれを感じる。確かに感じる生の鼓動は、すべて現実なのだ。

 

「ナッツ・・・。いつまでも、一緒にいような。」

「うん。」

 

また立ち止まって、俺はナッツを見た。ナッツはまたあの太陽のような微笑で、少し顔を赤らめて俺を見つめていた。この微笑みは、俺を絶望から救い上げてくれた。俺はこの笑顔が大好きだ。そして何より、ナッツ自身が・・・大好きだ。

 

少し屈んで、ナッツに口付ける。するとナッツもそれに合わせようと少し背伸びをして俺に身を委ねた。柔らかい感触に、じんと全身が痺れていく。上から下まで、神経を電撃が流れたようなそんな快感。少しの時間、俺たちはお互いを感じていた。

 

唇を放し、すぐに俺は歩き出した。今の自分の顔は、きっと真っ赤になっているだろう。そんな照れた顔をあまり見られたくなかった。惚れきっている。俺は改めて確信した。

「えへへへ。」

「へへへへ。」

お互い、何か奇妙な笑いを続けている。あいつらにこの姿を見られたら、何か言われそうだ・・・それか、殴られそうだ。

 

俺たちは歩いていく。まだ見ぬ道を、まだ見ぬ場所を。出会いを求めて、発見を求めて。

空は、抜けるような青さだった。どこまでも、広がっていた。

そして道はずっと先へ続いている。

 

一人じゃないんだ。愛するやつが隣にいる。それは言いようのない喜びで、いつだって心が弾む。

それだけで、旅もさらに面白みを増すってもんだ。

いいな・・・本当に。俺は、幸せもんだ。

 

 

「ナッツ・・・ここからだとあとどのくらいで次の街につくかな?」

「そうだねぇ・・・次の街は・・・。」

 

俺たちは歩いていく。どこまでもどこまでも歩いていく。広い広い、この世界を。

 

俺たちの物語はここから始まるんだ。

 

そして・・・

 

いつまでも続いていく。

 

共に歩いていくんだ。

 

 

 

 

 

 

きー!!何あの惚気っぷり、何であんなラブラブしてんのさ、あいつらはっ!!

 

確かになぁ・・・見てて俺も恥ずかしくなるぐらいだな・・・あれは・・・

 

まあ、いいんじゃねえの?今まで辛い状況に耐えてきたあいつらなんだからさ。十分幸せになる資格があるよ

 

俺たちが見てないと思ったら大間違いだぞっ!!

 

そうだそうだ。これからだって見ててやるからな!!

 

やめろや、そんな出歯亀みたいな・・・ウォートもライトも・・・。まあ、確かに俺もくやしいけど・・・。

 

だろだろ?

 

な?ウィンもそうだろ

 

あー・・・うー・・・

 

 

 

俺たちはいつだって一緒だ。どんなとき、どんな場所でも。繋がっている。

これからもずっと、俺たちはこうしてやっていくんだ。お前のために、ナッツのために。

俺たちは願い続ける。いつまでも二人が幸せであるように、と。

 

 

 

それが・・・

 

 

ずっと見守っていてやるからな

 

また機会があれば会おうな

 

そのときまで、また!!

 

 

 

それが・・・

 

 

仲間・・・だからな!!

 

 

 

 

 

風の詩に耳を傾け 水の流れに身を任せ 木々の息吹に心を潤せ

大地の唸りに御身を戒め 火の揺らぎに明日を見つめよ

光の中に見えし闇を見よ 闇の中に見えし光をつかめ

風に大地に 火に水に 光に闇に

全の恩恵に我らは与り そして我らは彼らと一つになる

それを感じよ それを受け止めよ それを直視せよ

 

そして・・・我々に、幸多からんことを

 

 

 

 

「ん?何か今、聞こえなかったか?」

「え?別に何も?」

「ん・・そっか。さあ・・行こう!!」

「うん!!」

 

 

きっと・・・歩いて行けるんだ。

 

お前となら・・・。

 

どこへでも・・・。

 

いつまでも・・・。

 

ずっと・・・。

 

ずっと・・・。

 

 

エピローグ    終






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特別章  思い出に出会える街   完