第五話 青年達の足跡

 

夢・・・夢を見ていた。

この、夢でも現実のような感覚に襲われるというその現象も二度目になる。二度目となればもうたいして驚きもしない。ただ、またこの事態に陥ってしまったことが悔やまれる。

 

(前回と違って抜け出せなくなったらどうすんだよ・。)

そうは言っても、眠くなってしまうことだけはどうしても避けられない、それはヒトとしてしょうがないことだ。まぁ、昔出会った研究者は研究に熱中している時は三日は寝なくても大丈夫だと言っていたが。あれは寝なくて大丈夫、というより熱心に取り掛かりすぎて時間を極端に忘れすぎる、というのでもある。凄い。

俺にはそんな特質的な身体は備わっていない。

 

今回のこの現象も前回と同じ。ただその時に、来るべき時に身を任せて待つのみ。

暗い空間。映画館のような椅子にスクリーン(これはまだ暗くて見えはしないが)を前にして座っている。前回と同じなら俺はそんな体勢でいるはずだ。視界が開けるまで余裕があるから否応なしに思考を巡らしてしまうのが難点だ。

(それにしても・・・)

ナッツはどうしたって言うんだ。あの苦しみようは尋常じゃなかった。俺がその姿を見る前の“大丈夫だ”という言葉には信頼の色が読み取れた。だから俺はこいつはいつかやってくれる、そう信じて疑わなかったのだが・・・

(何なんだ・・・この不安は・・・この言いようの無い、表現しきれない胸の痛みは・・。)

何があったんだよ・・ナッツ。

 

 

あのとき、俺は家の中で発せられた声に身を震わせた。それは明らかにナッツの声。しかしそれは、想像もつかないような恐怖、驚愕がそのまま吐き出されたかのような声だった。その声に、俺はナッツのその感情が俺にも流れ込んでくるような感覚をおぼえた。

その感情に真正面からぶつかり、思わず俺はたじろいでしまう。すぐにでも助けに行きたいのに足がすくんで動けなくなる。冷ややかな空気が一瞬、俺の頬を撫でたような薄気味悪い感じをおぼえた。それでも俺は意を決してそこへと踏み込んだ。

 

俺が豪快に扉を開けて見たもの、それは地面に倒れ込み、頭を抱えてもがき苦しむナッツの姿だった。

「ナッツ!!しっかりしろ!!ナッツ!!おいっ!!一体どうしたってんだ!!」

俺はナッツの身体を起こして必死にナッツの名を呼ぶ。しかし、その目は焦点があっていないようで、少し虚ろで、目からは大粒の涙が溢れていた。

数分前のあのナッツの笑顔が浮かぶ。

俺はナッツの頬を叩く。肩を揺さぶる。それでも魂の抜けたようにその瞳には何も映していなかった。

俺は必死に声をかけ続ける。すると、その瞳にやっと光が戻り始めた。

ナッツは俺の姿を見て取ると、さらに大粒の涙。

「アニキ・・・オイラ・・。」

ナッツはただそう一言つぶやくと、そのまま気を失ってしまったのだ。

俺は何が何だか分からないまま、ただナッツの名を呼び続ける。

 

 

俺はそのまま家にナッツを運んでいき、寝かせた。あの震えもなくなり、呼吸も落ち着き、よく眠っていた。思わずふっと安心の吐息が漏れ、俺は一気に眠くなってしまった。あの極度の緊張状態から抜け出し、心底安心していた。

そのまま温かい気候に誘われて、うつらうつらと眠りこけてしまう。

目覚めた時には、またナッツの笑顔が見れるように・・・そう祈りながら。

 

 

 

俺の知らないところで、また何かが起きようとしていた。

 

 

ぐるぐると思いを、考えをめぐらし、そしてそこから導き出されようとはするが途中で行き詰るその数々の出来事に俺は頭を悩ませる。

そんな思考もブー、というけたたましいサイレンと共に切断される。どうやら、第二幕が始まるようだ。

そういえば、俺だけがこうして夢を見ていてもしっかりと目を覚ます、ということにも疑問が生じる。これは、何かを伝えようとしているのだろうか。

しかし、誰が?・・何の為に?

他の街のヒトが大切な人に出会ったりといい夢を見ているのに、俺だけが別の夢を見ている、ということにも納得がいかない。ナッツは勘で、俺がそう言った夢を見ない気がする、と言っていたが、それだけじゃ何の確証もない。突発的に行動を起こして“何となくやってみた”そんな無計画なものと同じ。直感だけではこの状況は説明しづらかった。

俺だけがこうして別の夢を見ていることには何か意味があるのだ。きっと。

(・・・い)

今まで見てきた中に、ヒントがあるはずなのだ。ナッツの話の中にもヒントがあるはず。

(・・・ってば)

ん?何か聞こえたような・・。

俺の中で警鐘がなっているのが分かるのだ。早くしないととんでもないことになりそうな、そんな嫌な予感がする。

「おい、ロック!!」

「んあっ!?」

俺の名を誰かに呼ばれて、俺は目を見開いた。そしてすぐに光が目を刺す。その光は、陽光であった。あまりにも強い光を直視したために、俺はまた目を瞑ってしまう。

これは・・前と違う。スクリーンじゃない。本当の世界。

ゆっくりと目を慣らしながら開いていく。太陽の残像がちらちらと視界に散らばった後、俺はその姿を見定めていく。太陽によって影のように黒く屹立するその姿。

灰色の長毛、先が寝た耳、深緑のチョッキのような服(俺と色違いだ)を着て、怪訝そうに俺を見つめているのは・・

「う・・・ウィン?」

「あ?」

突然現れた仲間の懐かしい顔に、俺は唖然とその姿を見つめる。周りを見渡せば、茶の毛色に垂れた耳、濃い赤色の同じ服を着たウォート、ウォートより少し薄い毛色をし、頬に大きな傷、茶の服を着るライトもいる。その二人はこちらには気付いていないが。

夢だと分かっていても、その久方ぶりのその顔に、声に、胸の弾みが収まらない。頭の中はその突然の出来事に混乱しながらも、感情が高揚していくのが分かる。

嬉しくて、嬉しくてたまらない。

「ウィン!!」「うへっ!?」

その目の前の、元・・・いや、俺は今でも仲間だと思っているからそんな表現は使いたくない、その俺の大切な仲間にがしっと抱きついた。それが偽者でないことが、感覚を通して伝わってくる。熱、匂い、大きさ。

現実のように感じる夢であったことを心底嬉しく思う。

「ちょ・・ロック!!お前、ど・・どうしたってんだよ!?」

そのウィンの声に驚いたのだろう。他の奴も近付いてきた。

「お?何?どうしたってわけ?」

「何だ何だ?ロック、寝惚けてんのか?」

今はそう言われていたほうが都合がいい。この三人は俺がこの先起こる未来のことを知ってここに来ているなんて言っても信じてもらえないだろうし。

確かにそこに・・彼らがいた。

「ライトっ!!」「んわっ!?」

さらに二人目、ライトに抱きつく。懐かしい。たった半月だというのに・・本当に。

「ウォート!!」

そして最後、ウォートに。流れ的に抱きつかれるだろう事を読んだウォートがすでに両手を開いて来いとでも言わんばかりに身構えている。俺はそれを見て、抱きつくのをためらっている、という風に見せて腕を組み、悩む。その俺の行動にウォートが声を張り上げる。

「ちょっと!!そこは悩むところじゃないんじゃないの!?」

もちろん、これはウォートをからかってやったことであって、抱きつく気がないのではない。

そう簡単に思い通りになると思ったら大間違い、だっ!!

にやりと笑って不意を付くようにウォートに飛び込む。結果、ウォートは俺の重みに耐え切れなくなって

「ぐごっ!!」

地面に思い切り頭をぶつける。ゴンッ、と鈍い音が響いた。

「おはよう、ウィン、ライト、ウォート。」

俺はウォートに馬乗りになったまま、笑顔を、最近忘れかけていた分の精一杯の笑顔を“大切な仲間”に向けた。最初は面食らったようにお互い顔を見合わせていたが(ウォートの方はぐぉーとかがぁーとかうなっているが)へへへ・・と照れ笑いを浮かべながらもすぐにその言葉を返してくれた。

「はよっす。」

「おはよーす。」

「ぐ・・おはよ・・痛い・・。」

 

俺は自然と笑い返していた。

しかし、これは夢でしかない。

その現実とのギャップに、俺は心の奥底がずきりと痛むのを感じた。

 

 

俺たちが生まれたのは、周りすべてを土、木、水、風、それら大自然によって囲まれた辺境の村だった。辺境すぎて名前もなかったくらいだ。そんな俺たちの村は、常に大自然の恩恵を受け、そしてまた、自然と共に生きていた。

俺たち村人は自然と同化するように生きることにより、長閑で時が止まったかのようなその時間を過ごす。

夜中、そんな止まったような時間がさらに静まった頃、村をこそこそと抜け出るもの四人。ロック、ウィン、ライト、ウォート。つまり俺たちだった。

俺たちの名前はすべて自然にちなんだ名前がつけられている。何故かと聞かれても、聞く機会がなかったし、それを当然のように思っていたから聞こうともしなかった。

 

俺たちはまだそのとき十五歳。遊び盛りの年頃だった。

だから俺たちにはこの村は長閑過ぎたのだ。このままゆっくりと年を重ねていくなんてまっぴらごめん、もっと刺激を求めて色々な場所に行ってみたい、それが望みだった。

小さい頃からずっと、このときの為に過ごしてきた自分達は、ようやくその機会を得たのだ。

何故今までこうして抜け出さずにこの時を待っていたのか、それは俺の母親が旅人の先輩だったから、という何とも運命的なものであった為だ。俺たちが以前子供ながら(そのとき俺たちが何歳だったかを、俺は覚えていない)村を抜け出そうとしていたとき、こう言われたのだ。

今抜け出したりなんかしたらお前らは三日と持たず、飢え死にするか鳥の餌になるだろう、だから十五歳までは待ちなさい、全員が十五の誕生日を迎えるまでに、準備として心構えや鍛錬を忘れるなと。それは忠告だったのだ。

俺たちは母親の言うことを聞き入れないほどの悪ガキではなかった。ましてや旅の先輩としての忠告、もしくは助言とも取れたその言葉は、その母親の迫力と共に妙に説得力があった。だからこそ、俺たちは言われたとおりにその言葉に従うことになった。

母親は、何日かの鍛錬をすれば諦めるだろうとふんでいたらしい。しかし俺たちは諦めることなく、そしてそれが当たり前の日常になるくらいにその行為を行い始めていた。

鍛錬を行うには充分すぎるくらいの地形だったし、ほとんど遊びの一環としてやっていたようなもんだった。

そうなると、母親の方はどうしたか。結局止めることを憚ってそのまま見守る、ということになった。なんだか後で聞いたことによれば母親が旅人だったっていうのはとんだ嘘っぱちで、俺が小さい頃に死んだ父親の方がそうだったようだ。そんな嘘をついたのは父親から聞かされていた旅の辛さを、出来るだけ我が子に知られたくなかったこと、旅人の先輩からの忠告となれば、すぐにでも諦めるだろうと思っていたことかららしい。

いつかこの村の素晴らしさに気付いて村を出ることなんて考えなくなるはずだ、と高をくくっていたもんだから、母親はいつも夕方に泥だらけで帰ってくる俺を見て“少し後悔している”なんて漏らした。

 

俺たちは最後まで言われたとおりの事を成し、そして村を出ることになった。

今思えばもうあれから七年だ。今のこの映像は確か・・ナッツと出会う少し前のようだ。

俺たちが十七歳の頃の話だ。

 

「あのさぁ・・ロック。いい加減どいてもらえませんかねぇ。」

突然思考を引き戻されて、俺はまだウォートの上に馬乗りになっていることに気付く。

「あ・・ああ、悪いな。」

「ウォート君〜?もう少し乗っててもらえば?たるんだって言っていたお腹、引っ込むいい機会かもよ〜?」

ウィンがはやし立てる。それに乗じてライトも。

「それにこーしてスキンシップ取ってもらうこと大好きなくせに〜。」

ねぇ〜?と二人顔を合わせて笑う。

「・・・っ!?な・・何言ってんだよお前ら!!俺はそんなんじゃ・・。」

必死に焦って言い返そうとするが、尻すぼみ。最後にはう〜、とうなる声だけが残る。俺はというと、

「・・・・?お前ら、何言ってんだ?」

と訝しげに訪ねる。すると今度は俺がライトとウィンによって抱きつかれた。

「いーのいーの。気にすんなって。」

ウィンが子供を宥める親のように背中を優しく叩く。

「お前はそのまんまが一番だからさ。」

ライトがなはは、と笑いながら言う。

「おーりーろー。」

さらに二人の体重を加えて、ウォートの蛙の様なうめき声が聞こえた。

 

 

 

 

 

風の詩に耳を傾け 水の流れに身を任せ 木々の息吹に心を潤せ

大地の唸りに御身を戒め 火の揺らぎに明日を見つめよ

光の中に見えし闇を見よ 闇の中に見えし光をつかめ

風に大地に 火に水に 光に闇に

全の恩恵に我らは与り そして我らは彼らと一つになる

それを感じよ それを受け止めよ それを直視せよ

そして・・・我々に、幸多からんことを

 

俺たちの村で詠われていた詩だ。常に自然と共にあり、自然と共に生きること。

そんなことを詠ったその詩は、俺にとって古臭いただのこじつけでしかなかった。

 

 

 

 

 

俺たちの旅に終着点、というものは存在していなかった。元々俺たちは外の世界を見たくて村を出たのだから、そんなものはあるはずがなかった。だからこそ、それを見つけるための旅も兼ねていたりする。まぁ、気が向いたら村に戻るっていうことで終着、としてもいいとは考えていたが、どうもこっそり出てきたもんだからすすんでそうしようとは思わなかった。

外を知らなかった俺たちは、もうそれは驚きの連続だったもんだ。そしてそれは俺たちが子供の頃からずっと求め続けていたもの、まさにそれだった。すべてを周るにはこの世界は充分に広い。いや、広すぎるといっても良いだろう。だからこそ俺たちはまだ見ぬ地を目指して歩を進める。

 

「俺たち、旅を始めて・・・もう二年近く経つんだなぁ・・・。」

ウィンが懐かしむようにつぶやく。すると他の二人もつられてしみじみと頷く。思えば色んな事があったもんだ。俺たちにとっては人がたくさん歩いている街、建物が隆々と聳え立っている街なんて、その街の人間には当たり前のことだったとしても、俺たちには新鮮なもので、呆然と眺めたり声を張り上げたりしたもんだ。その光景をどれだけその街の人間が奇怪な目で見ているかなんて知る由もなかった。俺たちは田舎もんだったから。

(今ではそんなに驚かなくなったか・・。それでも・・・その街それぞれの風習や生活様式はどこに行ってもあるのだから飽きることはなかったんだ。)

機械が生活すべてを支援していて、ヒトがまったく苦労していない街があった。崇拝するタヌキの姿を真似て、丸耳、丸尾の飾りをつけている街があった。(タヌキの大きなもの・・・まではつけようとはしなかったらしい)

大人になることを拒んだ子供が、外見的特徴だけを残して成長している街を見た。彼らはすでにもう百年生きている、と聞いてさすがに耳を疑った。

一日に何度も空を見上げて、ぶつぶつと何かをつぶやく街があった。

活気溢れる街があった。収穫の富んだ街があった。貧しい街があった。

普通の街があった。普通じゃない街があった。

そしてそれは俺たちの持っている固定概念から来るものであって、それらの街ではそれが当たり前という生活を送っていた。だからこそ、奇異なものを取り入れる、というものが楽しいのだった。この刺激があるからこそ旅はやめられない。

歩きながら俺たちは、こんなのもあった、あんなのもあったなんて昔を振り返る。今までまわった街は数多いから、話は尽きることはなかった。

馬鹿みたいに騒いだ。時に静かに自然に触れた。流れに身を任せるように。やはり俺たちの村で育ったことによる根本的な部分、こうやって流れに乗るという部分はあまり変わっていなかったようだ。

 

 

 

焚き火を囲み眠ろうとする中、俺が眠りに付く直前に何かが聞こえたような、そんな覚えがある。その映像が今、俺の目の前にあった。俺以外は皆、まだ焚き火のゆらゆらと揺れる火を見つめながら、足を前に投げ出して座っている。俺は・・・疲れていたのだろうか。

 

なぁ・・・お前・・・ロック・・・だろ

 

途切れ途切れに聞こえる声、ひそひそと交わされる会話は、もうすでに俺の耳には届いていない。

 

え・・そういう・・・・こそ・・・

は・・?・・・何?・・・・じゃあ・・

俺を・・・やつだから・・・・だってさ・・

・・・・・・・からなぁ

皆からいっせいに向けられる視線。俺はすでに熟睡しているためその視線には気付かない。ただ、何か悪寒のようなものを感じたような、そんな感じだけはしたような気がする。

 

(お前・・超のつく鈍感だからな)

(ああ、そうだよな)

(もっと周りを良く見ろよ)

 

「?」

何か、聞こえたような気がした。何て言っているのかは、聞き取れなかったが。

 

 

そして、ナッツが仲間に入った。俺たちの出会いは、前に見たとおりだから、敢えて省略されている。旅はさらに騒がしくなる。しかしむしろそれが心地よくなる。

 

からかえる要素を持つ対象が現れたもんだから、ウォートの方は始め、頼れる兄貴を振舞った。しかしそれもライトの言葉によって玉砕することになる。

「こいつはな、お前が来る前はからかわれてばっかだっ・・・もごもごっ」

「やめろ、アホっ!!」

口を抑えてライトの言葉を遮ったウォートだが、ナッツはすでにもう勘付いていたらしい。

ただただ、苦笑する。

そんな弟分の反応を見て、ウォートは必死に自分をアピールしている。

「あー、あれだな。今まで一人っ子だった男の子が、弟が出来たことで急に威張り散らす、みたいな。」

ウィンがそう評価した。

「ち・・・違うからな?ナッツ。俺はこの中でもずば抜けた信頼を得るべきヒトなんだからな。違うからな?な?」

そうあたふたと説得を試みるが、それも徒労に終わる。

「はいはい。」

ナッツのその言葉で、ウォートの位置づけは決まった。

 

実際にはからかい役が二人に増えた(ウォートは絶えず説得を試みていたが、それはすべて失敗に終わった。・・というか俺たちがそうさせた。)という訳だが、俺たちの旅は何も変わりはしなかった。そこには、ある洞窟で見つけたものを持ち帰ろうとしたとき、他の旅のグループに出くわしてしまい“盗賊団”などと命名されたことも含まれている。その後は、その命名が広まって色々面倒な目には合った。しかし知られているのは同業(といってもよいものか?)のものだけだったことが幸いだった。俺たちは通常通り旅を続けることが出来た。もちろん、襲ってきたやつを皆、返り討ちにしている。

まぁ、それはここで語れるほどおもしろいことじゃあないが。

 

ナッツはいつだって笑ってた。俺たちの中のムードメーカーみたいなものだった。いや、トラブルメーカーでもあったか。子供らしく走り回ってはつまずいて転ぶなんてざらだった。その度にナッツは俺に近付いてきて痛くないって笑って見せたっけ。痛いのは瞳に滲んでいる涙で丸分かりだった。

「本当に大丈夫か?涙が出てるぞ?」

と俺が笑いながら聞くとナッツは、はっと驚いてその涙を拭った。

「こ・・・これは汗だよっ。そう汗っ!!」

「はいはい、目から汗が出たら大変だよねぇ。目に沁みて痛くなりそうだねぇ。」

そう言って茶化すように俺が頭を撫でる。するとナッツは顔を真っ赤にして怒るのだ。でもそれが拗ねている子供みたいでおもしろくて、何にしても可愛かった。

「ねー、みんなも何か言ってよー。」

そう言って他の三人の仲間たちに助けを求める。すると他のやつらも皆、寄ってたかって

ナッツの頭を撫でる。

「おうおう、汗だな。心の汗。」

「いやぁ青春だねぇ、その発言。涙は心の汗、ってねぇ。」

「ははは、お前ら柄じゃねぇよ、バーカ。」

まったくまともに対応していない。ナッツはさらに顔を赤くして三人をぽかぽかその小さな拳で叩いていた。

「もー、みんなひどすぎー!!」

 

ナッツはいつも俺にくっついてきた。何かを発見すれば必ずといっていいほど最初に俺に報告してきた。どこかの街につけばずっと俺の手をとって歩いていた。時々、俺が笑いかけると顔を赤らめて目を逸らした。眠る時もいつだって近くで寝ていたような気もする。こうして思い返してみるとお前はいつだって俺にべったりだったな。他にも素晴らしい個性を持ったやつが、俺より面白いやつが仲間にはいたのに、何故だ?

 

さらに、ナッツが来たことで大いに助かったのはやはり頭脳面であろう。俺たちは、まずナッツの知識の豊富さに驚いた。計算の暗算なんて当たり前。分かれ道の選択も、天気と地形を読み取って、より良い選択をする。俺たちには“ずっと家で本を読んでいたから”と言っていた。あのときの俺たちは“ナッツは本が大好きな子供で、意識を取り入れることを楽しいと思っている”と判断していた。しかしそれは今となっては過去の話であり、“それをすることしかやることがなかった”その考えに変わっている。それを受け入れた今、より冷静な状況判断も可能となっている。

(呪い云々、よりも俺たちがお前を見放すこと自体が怖かったんだな)

やっと手に入れたヒトとの繋がり、抜け出させた世界の形、手に入れたがっていたもの、望んでいたもの。それが壊れるのを恐れていたのだ。

(二年もずっとそれを抱え込んできたのか・・・なんて酷な話だ。仲間だったんだろ、俺たちは。)

今では見えない、その笑顔に俺は悲哀の表情を向ける。もちろんナッツは応えてくれなかった。ナッツが俺たちを仲間だと思っていない、ということは絶対にない。

こうしてまた会えて・・・こうしてまた笑い合えているのだから。

 

今まで歩いてきた道が流れていく。ウィンの豪快な笑い、ライトの呆れ交じりのその笑い、ウォートの引きつった笑い。(もちろんこれは俺たちがからかって、のである。)

 

そして・・ナッツの・・自然体の笑い。

俺も・・笑っていたんだ。笑顔の中に包まれて、ずっと楽しくやっていたんだ。

トク、とまた心が揺れる。どこかで感じたような、その穏やかな、そして温かい感情。

何かを感じた。

(何か・・俺の中で変わろうとしている。)

胸に手をあて、瞳を閉じる。ただゆっくりとその感情を確かめるように。

 

(それが“何か”が分からないから、おまえは鈍いんだよなぁ)

(ここまで来ると笑いしか漏れないな)

(やっぱここは直球じゃないと気付かないさ)

 

また、何か言葉が発せられたように感じた。しかし、その言葉は俺には届かない。

ただ・・・何となく・・腹が立ったのだけは分かった。

 

それは一瞬。瞬きのように目の前が暗転したかと思うと、そこにまた映像が現われる。今回は自分がそこに存在するパターンのものではなく、初めにナッツのことを客観的に捉えた、観客として見るパターンに移っていた。
そこに映し出されたのはまたもや焚き火を囲んだ光景だ。前と違うのはナッツが俺の隣でちょこんと座っているくらいか。
(俺、また眠っているのかよ。)
その日には何があったのかは分からない。ただ普段の行動以上に動き回って疲れていたらしいことは分かる。眠るのは早く、それでいて朝は寝起きが悪い。健康体なんだかそうでないのか分かったもんじゃない。
(それにしても・・・)
俺がいないときにこそこそ話をされるってのはあまり良い気はしない。恐らく前と合わせた二回だけではないだろう。


(俺たちだけの秘密の夜会話・・・ムフフあり。)
(あ、そう。)
妙に楽しそうな、小馬鹿にしたようなその声が聞こえた気がして、俺は無愛想に呟いた。

焚き火を囲んで、同年代の仲間が三人、まだ幼い少年一人の姿が浮かんでいる。それは宙に浮いている、という意味ではないが、明暗をはっきりと分けて姿を現すその様は、見えている部分だけを見れば、その部分だけが浮かんでいるようにも見える。それぞれが焚き火の火を見つめ、物思いに耽る。その中でナッツだけは俺の寝ている姿、彼らに背を向けているその姿を見つめていた。
そして、その静寂を破って一つ声が浮かぶ。小さな声で。

「寝たか?」
ライトがこちらを覗き込むようにして、そしてナッツに聞く。
「うん、寝たみたい。」
そしてそれに答えるナッツの声。
「こいつ、俺たちの倍以上周りに気をつかってるからな。ここ最近は野党共の遭遇も少なくなってきているが、常に警戒を怠ってない。・・・だから俺たちは安心して旅を続けられるんだがな。」
そしてウィンの声。
「そう・・・だな。ただでさえ、あの腕っぷしだ。俺たちのリーダーに任命したのは、やっぱり間違ってなかったみたいだな。」
ウォートも続けた。
「しかしまあ、このとこは若干過敏になり過ぎじゃないかっても思ってる。責任感の強いやつだからさ。必死に自分の役目を果たそうとしているのは分かるんだがな。」
「確かに、な。もうちっと肩の力抜いてもらえねえと、いつ倒れるか分からねえからな。」
「あいつはもっと俺たちを頼ってもいいと思うんだ。それでこそ仲間、だ。リーダーっていっても特別扱いしているわけじゃないからな。あいつが一人頑張る必要はないんだ。」
「そうだなー。明日あたりにでも息抜きの時間を取るか?そんで、しっかり話し合う、と。」
「お、それ賛成。一日羽伸ばさせてやろうぜ。」
「あいつの仲間でよかったなぁ。・・・強いし、頼れるし、常に冷静だ。周りへの気配りも十分。リーダーシップだってある。自慢の、仲間だよな。」
「あぁ、そうだな。」
「ははは、あいつが聞いたらどんな顔するやら。まぁ・・・。」
『そこがまた可愛いんだがな。』

彼らが俺のことをそんな風に評価しているなんて思いもしなかった。いつだって俺は、自分がリーダーとしてしっかりやれているか、と考えていたもんだから。最後の可愛い云々は聞いていなかったことに。
何を言うか、と思わず画面に突っ込みを入れてしまうほどの発言である。

先からまったく会話に参加していないナッツはというと、疲れ、熟睡している俺に深刻な眼差しを向けている。
(強く、ならなきゃ。アニキに迷惑かけないくらいに・・・。)

じっと黙っているナッツを見て、その隣にいたウィンがナッツの肩に手を置く。
「お前も考えすぎんなよ。あいつは俺たちを失いたくないからこそ、俺たちより力入れて守ってくれてんだ。」
「だけど、時々考えるんだ。この中で戦闘の経験がまったく足りない、それでいて体力だって足りないオイラがいて、アニキは迷惑じゃないのかって。」
ウィンはそう呟いたナッツの頭をがしがしと乱暴に掻く。そして最後にコツンと拳骨を軽く頭に入れた。ナッツが小さく痛っ、と声を漏らす。
「だから考えすぎだって言うんだ。あいつがそういうことを考えねぇやつだってのは、お前もよく分かってるだろ。・・・それでも気になるってなら、今以上に努力しろ。な?」
たしなめるようにウィンが言うと、他の二人は深く頷いた。
ナッツも決意を込めて、
「うん。」
と頷いた。

俺も頷いていた。迷惑なんて思ったことない。むしろ、ナッツがいてよかったと思うほどだ。守るべきやつがいると強くなれる。そんな気がするんだ。ナッツは俺にとって・・・。

大切な仲間、か。大切な弟分、か。それとも・・・。

 

それとも・・・なんだ?

ここぞというときの答えが出てこない。この答えは・・・何だ?

 

そんな思考をめぐらす俺にも構うことなく、会話は流れ続ける。まあ、実際この画面の俺は眠っている。もちろん、聞いているはずがない。

 

「それにしても・・・」

ウィンが何か深刻な話を切り出そうとしていた。少しトーンの低くなったその声に、俺は思考を止めてそちらへと聞き耳を立てる。

(?)

「あいつがここまで鈍いとはな・・。あれだけモーションかけていて普通分からないもんかね・・・。」

その言葉に、ウォートとライトもうんうんと頷いてみせる。ナッツだけがその光景を見て首を傾いだ。

「だな。あいつにとっちゃ、これが極自然なことだと思っているんだろうよ。」

ライトの落ち着いた声。

(何だよ・・この夢に入ってから妙に回りくどい・・・。)

あいつと言うのは俺のことなのだろう。それ以外には考えられなかった。自分のことをこそこそと話されていることに何とも腹が立つ。

「うんうん。あの鈍さは犯罪だな。もうお仕置きしてやりたいぐらいだ。ひひひ。」

ウォートが大袈裟に頷き、下品な笑いをしてみせる。

「ちょ・・・兄貴たち・・何の話?言っていることがオイラだけ分からないよ。」

ナッツが一人、会話に取り残されていることに焦り、そして聞く。

(そうだそうだ。)

俺も画面を見ながら小さく反発。

しかし、この言葉を聞いた三人の方が目を瞬かせた。

「奥さん奥さん。この子、自覚がないのかしら?」「そうですわねぇ?そうなのかしらねぇ?ばれてないとでも思っているのかしら?」

ウィンとウォートの奥様談義勃発。頬に手を返して当て、ほほほと上品な(?)微笑を浮かべた。

「お前ら、気持ち悪い。」

ライトの軽い、冷静な突っ込み。

自分の知らないことで、ただ自分に関係しているだろう話をされて、ナッツは不機嫌な顔をする。

「ちょっと〜・・・何さぁ。」

三人が顔を見合わせ、ウシシシと下品な笑いを見せる。もちろん俺を起こさないように密やかに。少し間を空けて、目配せ。ウィンが三人を代表して答えた。

「お前が・・・」

 

(ナッツが?)

「オイラが?」

 

「ロックのことを好きだってことさ。」




・・・・・・




「え・・・」

(えっ!?)

俺とナッツの声が、声の強弱は違うものの重なる。ナッツは途端に顔を真っ赤に染め、あたふたとし始める。俺のほうはと言うと、ただポカンと口を開け、唖然とするだけ。

(なんだって・・・ナッツが・・・俺のことを?・・・まさか。)

最初は嘘だと思った。男同士、というものがこの世界では希少なものではないとは言え、やはり男女関係に比べるとその存在は明らかに少ない。未だに偏見を持っているものは多い。それは、違う世界から来たものが持ってきた概念でもあるが。

俺は偏見を持っていないにしても、俺がそういったものの対象にされるとは思っていなかった。

ナッツの方を見れば、それが嘘でないことは分かる。俺の見る限り、といっても他のやつが見ても誰でも明白であろうことが分かるその動揺っぷりは否定の言葉を述べたり、はぐらかしたりしても、もう遅い。そして確定の一言。

「う・・・知って・・・・たんだ。」

ナッツはナッツで即肯定だし。それにはウィンが答えた。

「最初に気付いたのはライトだったよ。お前が仲間になって一ヶ月も経たないくらいの時、だったか?そんで、ライトからその話を持ちかけられて、注意して見ていたら、あぁ・・そう言えば・・って感じよ。」

うんうんと首を縦に振る他の二人。

「俺もなんとなーく、これは仲間としての振る舞いとは違うな、とは思ってた。最初は仲がいいなぁぐらいにしか思ってなかったしな。視点を変えてみると変わるもんだ。そう言われれば、そう見えなくもない、って気付いた。」

とウォートが。

「ロックの方も満更じゃなかったみたいだしな。それでもこの前“ナッツをどう思う?”って聞いてみたら、あいつ、さらっと“大切な可愛い仲間だな。”とか言ってやがった・・・。」

ライトが惚気かよ、と毒づいてため息をついた。可愛い、というその言葉にナッツの顔がさらに紅潮した。俺のほうも今更ながらそんなこっぱずかしい言葉を言っていたことに後悔の念を覚える。

「それでもロック君は鈍いので、それだけの事を言っておきながら、ナッツが自分を好きだということにはまったく気付いていないのでした。はい。」

ウィンが茶化すように笑った。

(・・む。・・・・殴れないのが本当に腹が立つ。)

俺は画面の前で拳を握り締めた。もちろん、俺の拳は届くはずなんてない。

「本当・・・鈍いよなぁ・・。」

「純粋無垢って感じか?」

「そーだな。」

(ぁー・・・)

とことん馬鹿にされているのに俺自身、それほど怒りを覚えていなかった。

(あぁ、この街に来てから感じていたものは・・・これだったんだ。)

そう、受け止めた。本当に、仲間と共に旅しているときは気付きもしなかったが、今ならその気持ちが分かる。ああして俺にくっついてきたのも、楽しそうに、そして顔を赤らめながらも話してくれたのは・・そうだったんだ。

 

ナッツが、俺のことを・・

 

好きでいてくれたからなんだ。

 

 

ここに来て何度か心を打つ瞬間があった。

ナッツの笑顔を見た時。悲しみに顔を歪ませて、俺の胸の中で泣いていた時。妙に大人びた顔で、自分の決意を語った時。それはナッツの過去を知ったことで、ナッツに同情をしているのとは違った。俺を好きでいてくれる、その気持ちが嬉しかった。

 

俺の昔の記憶の中にあるナッツが、こんなにも成長した。そのことに親心のようなものを感じてただ感心している・・・そうだと思っていたのかもしれない。

ただ、俺のようなやつが惚れられるわけない、俺がそう感じていたからこそ、その考えには至らなかったのだ。

 

俺もどこかで気付いていたのかもしれない。そこへと踏み出すきっかけがなかっただけ。

 

その一歩が・・・

今・・ 



踏み出された。

 

 

俺はきっと・・・・

ナッツの事が・・・。

 

こんな風に直球でこないとそれを感じないなんて・・・鈍い、と言われても仕様がない話だった。それでもこうやってからかわれっ放しってのも何とも腹立たしい。

 

「で、お前から見たロックってどんなんだよ?ナッツから見たロックって言う存在はどんな風に映っているんだ?聞かせてみぃ?ん?」

完全に相談所のお兄さんのようにウォートがナッツに問いかける。それにウィンとライトも耳を傾ける。ナッツはというと、しどろもどろになりながらその言葉を紡ごうとしている。

「オイラにとって・・・・兄貴は・・。」

 

 

ぷつん。

暗転。俺は暗闇へと投げ出された。いつの間に座席はなくなり、俺はその場で立ちつくしている。こう真っ暗だと何も出来ない。俺はまだ何かが起こりそうな予感がして、ただそこで待っていた。

 

「よぉ、分かったかよ?」

「うっす、にぶちんさん。」

「よーっす。ロック。」

三人の上機嫌な声。その声には俺をからかうような雰囲気は感じられない。

(ウィン・・ライト・・ウォート・・。)

三人の声が、身体が、その暗闇に現れた。懐かしいと思っているのに、暗闇に縛られているのか、身体は動かない。すぐにでも抱きついてやりたいのに、出来ないのがもどかしい。

それでも俺は、この気持ちに気付かされてしまった俺は、確かに自分が拳をしっかり握り締めていることを強く感じた。

 

「俺は・・・ナッツのことが好き・・なのかもしれない。」

 

今更ながら噛み締めるように、そうつぶやいた。未だに曖昧なのは、俺がナッツに対してそういった感情を向けていいのか、まだ躊躇いがあったためだ。確かにナッツは可愛い。俺に好意を向けられていることも分かった。それでも、すぐに受け入れるには俺はまだ気持ちの整理がつかなかった。

 

その曖昧な言葉に、三人は複雑な表情を向けた。顔を見合わせて、ため息をつく。俺は、自分自身が仲間の前で壮大に告白をかましていたことに、顔が熱くなるのを感じた。

 

「ま、いっか・・。きっかけが見つかっただけでも進展、だな。」

「だな。そりゃ考えることもいろいろあるだろうさ。」

「好きだって言われて、すぐに好きになれるわけじゃねぇしな。ロックだし。」

「う・・・うるせぇよ。」

思い切りの皮肉を込めて三人が俺に言い、そして俺が今出来る精一杯の反発で返す。なんとか及第点だけはもらえたようだ。

 

 

しかし、何故・・・

「何故、今なんだ!?何故俺にこんな夢を見せる?そもそも、この夢を見せていたのはお前たちなのか!?教えてくれ、一体・・・何が起こっているんだ!?」

そう俺が返答を求めると、三人はとても・・・悲愴な面持ちを浮かべた。ライトがその中で口を開いた。

「この夢を見せてるのは俺たちじゃねぇよ。それに・・今じゃなきゃ、駄目なんだ。」

「お前も薄々は勘付いているんじゃないのか?今までのこと、考えてみりゃ分かるだろうよ。でも・・・時間があまり、ないのさ。」

ウォートが神妙な面持ちで、そう続ける。

「“今じゃなきゃ”?“時間がない”?それってどういう・・・」

俺がすべてを言い終わる前に、それはウィンの言葉で制される。

「おぉっと。こっからはお前自身が確かめろ。あと一回、それですべてが分かるだろうさ。そこですべてが分かる。とりあえず、俺たちに言えることは・・・」

「・・・っ」

夢が明ける感覚を身に感じ、この会話がもうすぐ終わりを告げることも感じていた。

 

(待ってくれ・・。俺はお前達ともっと話したいことが・・今までのこととか、これからのこととか・・それから、それから・・)

感情が込み上げてくるのが分かる。何か言おうとしているのに、繋ぎ止めていたいのに、俺の口からは嗚咽しか上がらない。

 

「ナッツを守ってやれ。助けてやってくれ。」

「それが・・・」

「俺たちの・・願いだ。」

 

 

だんだんと意識が遠くなっていくのが分かる。

「俺に何が出来るって言うんだ!?教えてくれ・・待ってくれ!!なぁ・・おぃ!!」

俺は叫ぶ、しかしそれは届かない。遠く・・・・遠くなっていく。

 

そして夢の中で俺の意識は溶けていく。

これほど、いい夢から覚めるのが嫌なものだとは思いもしなかった。

こうやって・・この街の住人も溺れていったのだろうか・・。

 

しかし俺がこうして追い出される理由は。こうして仲間から忠告を受けるってことは。

時間がないって事は。今じゃなきゃ駄目だって事は。

 

すべてが・・・その行き着く先は・・。

 

それは・・。

 

ナッツに絡んでいる・・・って事なのか?

 

 

 

 

目覚めると俺の目には涙が浮かんでいた。時は夕刻。落ちかけた日の光が緋色に染まり、窓から差し込むその光によって、その部屋も紅く包まれていた。燃えるような、紅い色とは対称的に、俺の心は冷めている。ただ、夢の名残を惜しむように自分の掌を見つめた。

何もそこにはなかったが、確かに・・・

 

仲間の温もりが感じられた。

 

(俺に・・・出来ること。)

こうして寂寥感に苛まれながらも、俺は仲間の言葉を思い出す。

 

“守ってやれ”“助けてやれ”

 

その言葉が妙に脳裏に残っている。それは何かナッツの身に起こっているということ。

俺は・・・

「兄貴・・。」

「!?」

ナッツがすぐ傍にいたことにまったく気付かなかった俺は、びくっと跳ねる様に驚き、そしてナッツの方を、右方向を向いた。

(な・・・なんだ!?まったく気付かなかったぞ?それに・・何か感じが・・・)

ナッツは紅く染まる空間で、俺の横にちょこんと座り、俺を一点に見つめている。その真っ直ぐな視線に、何故か俺の身体がすくむ。

「・・・ナッツ?」

ナッツに会ったら言おうと思っていた言葉、言ってやった時の顔を思い浮かべながら言ってやろうと思っていた言葉、とりあえずは言いたいことがたくさんあった。

その言葉が・・まったく出てこないほど俺は固まっていた。

何か・・違く・・・ないか?

張り詰めた空気の中、俺はその違和感を直感的に読み取っていた。

 

「どうしたの?兄貴?また、寝惚けてるんでしょ?」

しかし、その違和感はナッツが普段どおりの笑顔を見せたことで急に現実へと引き戻される。

(なんだ・・・いつもどおりのナッツじゃないか・・・・・)

心底ホッと胸を撫で下ろし、ナッツに言葉をかけようとした瞬間だった。

 

 

「っ!?」

 

俺は急に目の前が暗くなったのに気付く。暗く遮ったのは・・

 

それは・・・

 

 

 

その瞬間。

その・・・ほんの一瞬。

 

 

軽い体重が・・

すぐにでも壊れてしまいそうな・・

そんな、姿が・・

 

 



ナッツが。



 

 

俺の口を・・・

 

 

 



キスで塞いでいた。

 

 

 

 

 

 

忘れていた時が動き出す。

忘れられていた時が動き出す。

 

そして・・・

二人は・・・。

 

 





第五話 青年達の足跡 終

 

 

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