手に入れたものはなんだっただろう

手にしたものはなんだっただろう

手に取ったものはなんだっただろう

 

答えはこんなにも近くにあったのに

それに勇気を持って接することなく僕は今まで生きてきた


手に入れたかわりに何かを失って

そしてその失ったものの大切さに気付いたとき

僕は思ったんだ


僕の気持ちはずっとここにあったんだって

そしてその気持ちは嘘じゃないって

 

僕は・・・

僕の望むことは・・・

 

 

 


第二話  少年の足跡

 

(なんだ、ここは・・。)

そこはあたり一面の暗闇。そこに自分という存在だけを感じている。暗がりの中ではどこを見たらいいのか分からなくて、焦点をどこに合わせたらいいのかも分からなくて俺はそのまま何もせず固まっていた。暗い空間にいるはずなのにそこはほんのり温かみを持っていて、それを感じることで自分という存在を感じることが出来ている。それでもその熱の発生源はやはり見ることは出来なくて、訳も分からず俺は立ち尽くしているのだ。

まるで今の自分のようだ、と思った。俺が今の暗闇の黒であるとしたら、それをかろうじて支えてくれているこの温かみはナッツの笑顔だ。声、顔、匂い、心地、そのすべて。だが、その温かみは光としては見ることは出来ていない。それだけ俺の暗闇が深いのだろう。俺の気持ちはこんなにも暗くなっている。俺の罪悪感はこんなにも深くなっているのだ。

地に足がついているのにふわふわと漂っているような浮遊感。そしてこの状況。俺がついさっきまで何をしていたかを考えれば、なんとなく答えは出てくる。

 

(あぁ、これは夢なのだろう)

 

夢を夢であると認識することは難しいことだが、妙にそれは俺にとってしっくりとくる答えだった。こんな現実があってたまるものか。それが俺の心だとしても、俺の状況だとしても。やはり俺にとってこれは夢、そう・・・夢なのだ。

現実の俺は今、何時くらいの時間を漂っているのだろう。そんなことを考えさせられる。

 

それにしても何故こんなにも冷静で、こんなにも頭が冴えているのだろう。夢を夢と認識するぐらい冷静でいるなんて。

手も動く、足も動く。自分の思っている通りに。

もう少し深く眠らせてくれ。そうすれば太陽はまた昇って朝が来る。考える時間を減らすことが出来る。ナッツと話してつらいことを頭の片隅に、それも本当に端っこのほうに押しとどめておくことが出来る。夢から目覚めることが出来る。その悪夢とも思える思考の海から。だから、もう少し眠らせてくれ。


しかし目を瞑ろうとすればするほど目は冴えてくる。俺の望みはまったくといっていいほど無視されているらしい。まいったな・・と俺は深くため息をついた。まさか夢の中でも疲労を感じるとは。妙に現実味のある夢だ。


いや、本当に夢なのか?違うのかもしれないだろ?俺はもとからここにいたんじゃないか?むしろ、ナッツと出会ったあちらの世界の方が夢で、現実がこちらの世界だったりするのかもしれない。虚構の世界。どちらがどちらかなんてそれは分からないが、やはり俺にとってはまだ明るみのある、俺を俺と認識できる場所の方が現実であって欲しいと切に願う。夢・・夢・・・ゆめ・・ユメ。自分に言い聞かせるように俺は何度も頷く。

 

俺がそう解釈をすると、それは突然目の前に現れた。俺は現れたその光景にわっ、と思わず声をあげる。それは映画館などに良く使われるような巨大スクリーンだった。それに気付いた瞬間、俺は映画館の椅子、それも広い空間に一つだけの小さな椅子に座っていることに気付いた。また現実と夢の区別が分からなくなる。それでも身を任せるしかあるまい、そう思って手の位置を、足の位置を確認した上、そのスクリーンを眺めた。

 


やがてゆっくりとスクリーンに光が灯り、3,2,1と古めかしくカウントダウン。そこには先ほど自分がいたような暗がりだけが映し出された。

いや、違う。目を凝らすと、その暗がりの中に誰かがいるのが分かる、他にも本棚と大量の本、そして湿気を帯びた冷たい石、そしてあの格子状になっているのは・・・鉄格子か?誰かが幽閉されているのだ、そう直感で悟る。誰だ、あれは。



やがて暗闇に目が慣れていくようにその姿がだんだんと輪郭を浮かび上がらせていく。

まだ幼いその姿。白色の毛、耳あたりの灰色の毛、無造作に跳ね上がり、あちこちが黒ずんでいる。そしてこちらも黒ずんだ、もとは白色だっただろう今は襤褸切れ同然にもなっているその服。下は同じようにぼろくなっているパンツ、そして素足。

生気を感じられないように濁った瞳。それは暗がりを写していて光を失っていた。

 


その暗い空間にいた人物、それは確かに今とはまったく違ってはいたが、確かに幼い頃のナッツの姿だった。

(ナッツ・・・?)

 

籠の中の鳥

それは明らかに今からは想像できない姿だった。俺は昔を思い起こしてみる。そういえば確か俺たちがナッツを助けた時、同じような格好をしていたような気がする。

あれは・・・盗賊が来たことを知った母親に閉じ込められて、そこから抜け出そうして暴れたため、じゃなかったのか・・・?俺たちはそうナッツに聞いていたし、ずっとそうだと思っていた。しかし髪の長さだってかなりのものだったし、服も汚れきっていた。・・・可能性は考えられたはずだった。

どうしてだ?

俺たちは何故気付かなかった?

 

俺は・・俺たちは、その可能性を考えなかったわけじゃなかったんだ。考えはしたんだ。しかしナッツが何もなかったかのようにずっと微笑んでいたから、俺たちは勝手に解釈したんだ。こいつは普通に両親に育てられ、楽しく暮らしてきた子供なのだ、と。それが盗賊の襲撃にあって村が滅びるなんて可哀相だな、と。勝手に解釈して、勝手に同情したのだ。まったくナッツを理解しようともせずに。俺たちはまだ馬鹿なガキも同然だったんだ。よく考えれば分かったはずなのに。


俺たちは俺たち自分自身しか見ていなかった。その時々を生きているのに夢中になっていて、妙に浮かれていて、小さなことに気付くことが出来なかったんだ。

俺の罪はここから積もり始めていた・・・?

昔の自分はきっと、とんでもなく、世界一といっていいほど馬鹿だったのだろう。

 

そしてゆっくりとそのスクリーンの中で時が動き出す。俺にとってはテロップとして出る説明を中心にその光景を理解していった。

 

 

 

 

ナッツの生まれた村、いや・・種族にはこんな言い伝えがあった。

 

“満月の夜に子供が生まれると必ず村に厄災がもたらされる”

 

過去にも何度かそう言った状況はあったらしい。だがかなり稀な話。それは百年に一回起こるか起こらないかという出来事。しかし、起これば必ず良くないことが起こる。それは必ず、ということらしい。言い伝えどおり厄災は起こり、前例として大規模な地震、伝染病、ハリケーンなどによって村は壊滅状態に陥る。過去に村を抜け出したやつもいたそうだ。しかし、その何人かのヒトたちもその呪いからは逃げることが出来なかった。必ず村人と同様、もしくは別の状況に出会い、そして死んでしまうのだ。稀だといっても必ずついてくる、村の住人全体にかけられた呪いだった。

しかしここしばらくはそういった言い伝えどおりの子供の誕生も無く、村ではその言い伝え自体を忘れてしまうような安穏とした日々を続けていたらしい。

 

だがそれは突然訪れた。

 

ナッツがその言い伝えどおり、満月の夜に生まれてしまったのだ。

 

突然のその出来事に、村人達は顔を青ざめ、震え上がった。

昨日までの穏やかな空気が嘘のようになくなり、緊張した面持ちをするヒトが増え始めた。村中がぴりぴりとした空気に覆われ、毎日のように何時間も論争が繰り返される。

必ず起こると分かっていながらも何かをしないではいられなかった。ただ自分達が生き残る方法を考えていた。数少ない生き残りに選ばれるのにはどうしたらいいか、その昔の例を取り上げようという意見も出ていたが、前回が何年も前だったため、その可能性を知ることは出来なかった。むしろそんな可能性すら確かなものではなかった。誰が死ぬか、誰が生き残るかなんて分かるわけはない。もし、前回の件のヒトが生き残っていたとしても知らんの一点張りだろう。運が良かった、そうとしか言いようがないのだから。

 

彼らはそれでも足掻いた。答えの見えない論争を続けていた。村を抜け出すものもいた。それが無駄だと知っていたから、村に残るものたちは止めようとしなかった。言い伝えを信じて疑わなかったものたちは足掻く中でも心の奥底で常に諦めを持っていたのだ。だからこそ自分から他の場所へ動き出そうとしていなかった。足掻いて足掻いて、水の中でもがき始めていても、その水面の高さを見て諦めてしまっていたのだ。

わずかな確率・・・他の場所へ行けば助かるかもしれない・・そんな希望を持つ彼らの方が幾分かマシだったはずだ。何年も前の話、それに直面したヒトなんて今では一人もいなかったというのに。昔がそうであっても今はそうではないかもしれないのに。必ずというものが今回は当てはまらないかもしれないのに。

 

 

その言い伝えにはさらに制約があった。

“厄災の子であってもその生まれた子供を殺してはいけない”

殺されれば即厄災が訪れる。これもまたそういう言い伝えなのだ。

この制約があるからこそ、ナッツは殺されずに済んだ。だが彼らは呪われた子と共に顔を合わせ、一緒に仲良く生活するほど心が広くは無かった。だからこそ彼らはナッツを地下に閉じ込めた。少しでもその呪いを忘れるために、その顔を見るたびに殺意を抱かないために。見れば必ず誰かが彼を殺そうとするに違いない。殺されればその殺した本人だけでなく、自分達にも被害が来る。その可能性を危惧して彼らはナッツを地下の牢に幽閉することにしたのだ。

そのかわりに憎悪、殺意が向けられたのはナッツの関係者。生んだ本人はもちろん、その夫、ナッツを取り出した医療関係者まで。彼らの関係者は呪われた子供と同じ扱い。彼らはナッツが生まれて三年後、すべて斬首刑によって殺された。恐怖を少しでも紛らわせるものが欲しかったのだ。ナッツの場合と違うのは、殺しても何も村に対して厄災が起こる可能性がないということ。ナッツに怒り、憎しみ、それらすべての負の感情をぶつける代わりとして、彼らは殺された。三年という期間を要したのはナッツが一通りの食事を出来るようになるまで成長させるためだった。

 

ナッツを取り巻いた環境は次々と変わっていく。

関係者が殺されたことに始まり、ナッツの両親の家も燃やされた。ナッツの生まれた医療所も燃やされた。しかし、ナッツの周りは変わることはなかった。いつだって地下の暗がりの中。微小の光が射し込み、大量の本の置いてあるその空間がナッツのすべてだったのだ。

 

(ナッツがこんな境遇にいたなんて・・)

 

俺はその一通りの説明を見て、驚愕を隠せなかった。まさかこんなふうにナッツが望まれない命として扱われていたなんて。そもそもこの説明の中では俺は認識はしていたから分かっていたものの、ナッツという名前は一度も出てこなかった。それが両親と接している期間であってもそうだ。ナッツにはこのとき、三年という期間があったとしてもずっと、名前がなかったのだ。ずっと村から“呪われた子供”として呼ばれていた。両親も食事をやる以外はナッツには関わりを持ちたくなかったらしい。両親二人にとっても自分の命が大事だったのだろう。そのとき、彼らは後に殺されるなんて思いもしなかっただろうがな。

 

 

ここでテロップによる説明は終わり、ナッツ中心の光景となる。

やはり光景は変わらない。暗がり、微小の光、大量の本。変わったのは体型だろうか、前よりはちょっと大きくなっている。短く出たテロップには“ナッツ・十歳”そう書かれている。

 

俺たちが出会った・・・あのときだ。

 

“オイラはずっと暗闇の中で、最低限の食糧を与えられて生き続けてきた”

 

そう声が聞こえ始める。今のナッツの声だ。幼い頃のものではない、俺が久方ぶりに出会ったほうのナッツの声だ。それは俺が聞いた明るい声ではなく、真剣な、暗い部分を持った声だった。そして続けてナッツは語っている。

 

オイラの名前はこの時になっても“呪われた子”であった。今でも覚えている、食事を持ってくるヒトが必ずと言っていいほど、吐き捨てるように“呪われた子め”とつぶやいていくのを。オイラは幼いときにはそのことが分からなかった。だが、言葉が分かるようになって、文字も分かるようになってから(これは大量の本の中から独学で覚えた)この村の伝承にまつわる本を読んで理解した。

 

満月の夜に生まれた子供は厄災をもたらす

厄災の子供は殺してはならない

 

この言い伝えが自分のことを示しているのだと分かった。このとき、自分は七歳くらいだっただろうか。どうして自分がこんなところで毎日暮らしているか、自分の世界が何故こんなにも狭い世界であるのかを理解した。オイラは望まれない子供だったのだ。だからこうして、ここにいたのだ。ヒトに触れることもない。外の光を見ることもない。食事も最低限。服だって襤褸切れ一枚。ヒトとして扱われないその境遇。

 

しかしそんな境遇にいても助けとなったのはここにある大量の本だ。暗い密室にいても外の世界を知ることが出来る唯一の方法。本の中では皆がおいしいものを食べていて、綺麗な景色に感動して、恋愛をして、幸せに暮らしていた。それを読んでいる間は自分はその空間にいるような心境になった。

そこにある本はすべて読んだ。伝記、歴史書、地学書、文学書、参考書、医学書。世界の断片を知ることは容易かった。そこにすべての世界の基礎知識が詰まっていたのだから。

いつしか自分もそういう世界に憧れを持つようになっていた。

本の世界はやはり世界の断片でしかないことに気づいた時に、その衝動に駆られた。オイラの見ている世界は暗いこの部屋だけだ。景色なんて何も無く、ただ湿った空気とかびたような臭いが漂っていた。

呪いに縛られている限り、オイラはここから出ることは出来ないのだろう。ヒトとの繋がりも持てぬまま、いつか死んでいくのだろう。いっそそのほうが楽であろうとも思った。生まれ変わればきっと違った、恵まれた環境で生まれてくるのだろう。

だけどオイラには自分で命を絶つなんて、そんな勇気も、そんな気力も持ち合わせていなかった。それはどうしてなのだろう。いつかここから出て行ける日があると心の片隅でそう信じていたのかもしれない。女性の憧れのような白馬の王子様が、高貴な笑顔で助けに来てくれるような状況がいつかは訪れるに違いないと、そんな幻想を抱いていたのかもしれない。

あー・・オイラはそんな王子様には迎えに来て欲しくはなかったかな。さすがに白馬に白タイツ、そしてカボチャのようなパンツの王子様だけは勘弁して欲しい。いや、この際出してくれるなら誰でもいいか。

 

その時を、誰かが助けに来てくれる日を信じて、オイラは待つしかなかったんだ。どのくらいたっても構わない。いつかそのときが来る、と。オイラを生かしていたのはその不確かな希望だったのだろう。

 

本を読み、多大な知識を取り入れてから、世界を知ってからというもの一番こたえたのは一人でいることの空しさだった。食事のときは本当に何十秒という時間でしかヒトは来なかった。だから顔をしっかり見る時間すらなかったし、話そうとして声をかけても必ず無視をされた。声を聞く機会があるとすれば、やはり吐き捨てるように発せられる呪いの子発言だった。それも一方通行。今考えるとオイラはよくあの状況に耐えてこれたものだ。それだけオイラの世界は狭く、オイラは幼かったのだろう。麻痺するようにその日常に慣れきっていたのかもしれない。

 

 

その日、オイラは一人、もう何度読んだであろう本を読んでいた。オイラのお気に入りの本で、雄大な自然の描写、そして人間との繋がりを綴った本であった。

自然の中で出会った男女二人。彼らはいつだって一緒だった。食事をするときも寝る時も何をするときも。お互いの存在を確かめるように抱きしめ合った。口付けをかわした。

それらが何だか羨ましかった。二人で笑いながらのびのび大自然の中で暮らすなんて、なんて素敵な世界なんだろう。そう胸をときめかせながら読んでいたような気がする。

 

 

 

それが起こったのは突然だった。何の前触れも無かった。村が震えた。

 

 

(○月×日。この日は・・・)

俺の記憶は曖昧になっていた。ナッツの生い立ちがこんなにも辛いものだったことが分かって頭が混乱していたのだ。俺がナッツに聞いてきたことは出鱈目だったのか?それとも俺が頭の中で記憶をいいように改ざんしているだけでナッツはしっかりと話していたのか?

いや、俺の記憶の中ではやはり前者のほうが記憶と合っていた。ナッツはあれだけ辛い目にあいながらも、俺たちと笑って過ごしていたのだ。過去を隠して。

 

おい、お前いつだって笑ってたじゃないか。辛い顔なんて一度だって見せたことなかったよな。そんな話、してくれなかったじゃないか。

それを思い出して、この日が何の日だったのかを思い出した。この日は・・・そうだ。

 

((村が滅んだ日))

 

俺とナッツの声が重なった。

原因は何と言うこともない。天災なんかに比べればちっぽけなものだった。

村で旅人をいつものように泊めていたらその旅人が指名手配中の殺人鬼だったということだ。穏やかな表情と、気立てのよさに村の皆は誰も不審に思っていなかったのだろう。その殺人鬼を追ってきた警察にこの村が殺人鬼を匿っていた、と誤解された。そうして殺人鬼と共に皆殺しだ。誤解を解こうと抗議しようとした者が次々と殺された。それも問答無用という感じに。

 

警察が来て一日もたたないうち、その村は消滅する。

 

警察はすぐに引き上げていった。村を火にかけ、生き残りがいないことを確認したあとははやいものだった。何も残らなくなったその場所。それにしても匿っていた、という小さな理由だけでここまでされるのか、それが異常だった。しかしこうして画面を見つめれば分かる。彼ら警察の瞳は異常なまでに暗く、淀んでいた。まるで無意識のうちにそういったことをやっているかのように。

考えられることは一つ。これしか考えられないのかもしれない。

そう、呪いがその村を消滅させたのだ。殺人鬼の旅人がここに来たというのもその序章に過ぎず、これが今の時代、今回起こった呪いの形だった。

きっと警察も今ではそのことを覚えていないだろう。彼らは無意識のうちにそれを行っていただけで、何も知覚していなかったのだから。

 

死体はすべて焼かれた。

 

村がそういった形で放置されて五日後。焼け落ちた村の建物はすでに朽ちて灰になり始めているところもあって村としての形はすでになくなっていた。

俺らが訪れたのは偶然だったのかもしれない。必然だったのかもしれない。

 

 

「ここ、随分荒れた土地だな・・。」

そう言った声。これは・・昔の俺、十七歳の俺だ。

「見ろよ、ここ。この焼け落ちたような木切れ。」

そう別の一人、耳の垂れたやつ、ウィンの声が聞こえ、俺たち四人はその場所に集まった。

「どうやら、このあたりには村があったようだな。それもまだ壊滅して日が浅い。」

俺はそういってその木々を手に取った。その瞬間に木々はぼろぼろと音を立てて崩れ去る。

「それにしてもここまで大袈裟にやられてるとはね、人の死体すら残ってねぇ。」

先ほど木切れを発見したものとは別の、頬に傷があるやつ、ライトが苦々しく言った。

「連れて行かれた、とか?いつになっても人を奴隷扱いして売るやつは後を絶たないからな。」

「確かにそうかもな。・・・ん?」

俺の鼻が何かの臭いを嗅ぎ付けたのは、俺たちがそうやって話をしている最中だった。

「どうした?」

「いや、なんか焼けた臭いとは別の臭いが感じられたような気がしたんだが。」

俺はくんくんと鼻をひくつかせ、その出所を探る。焼けたような臭いの方がやはり強かったが、確かに違う臭いがあった。あっちだ、と言って指をさし、そちらの方向へ歩いていく。それに従って俺の仲間も歩いてきた。

「ここだ。何かある。」

若干残っていた木切れを手で払いのけ、俺が発見したのは地面に出来た小さな扉だった。うまくコンクリートにそれは埋め込まれていて一目では分かりづらい。この村を焼き払った犯人にはこんな所があるなんて思いもしなかったのだろう。

危険回避の為に村の誰かが地下室を作っていたのかもしれない。だとしたら、ここに村の生き残りがいるのかもしれない。そう思って俺たちは生き残りがいないかを確認するためにその扉を、開けた。

 

(あぁ、そうだ・・・そうして俺たちは、彼と、ナッツと出会ったのだ・・・。)

 

 

 

 

オイラは村が何らかの騒動に巻き込まれたのには気付いた。外が妙に騒がしくなって、煙がこの地下にも入ってきた。震動は収まらないし悲鳴のようなものも聞こえてくる。

しばらくして悲鳴や叫びが収まったこと、そしていつもどおりの時間になっても食事を持ってくるものがいないことで、オイラは本能的に気付いたんだ。

(村が・・・滅びた?)

言い伝えどおりにその厄災が起こったのだろうか?しかしずっと暗がりの中から出られないオイラにとってはそれを確認する手もなかった。オイラのいる空間は何も変わらなかった。いつものように、誰かが助けに来てくれるという希望を持ちながらただ一人その時を待つしかなかった。時間だけが流れていった。

 

 

 

オイラにとってはそれは大きなことだったのだ。待ち望んでいたことだったのだ。

自分にとっては何日たったかも分からないその日、突然開かれることがなかった扉が開かれた。久しぶりのその訪問者に、オイラはぴくりと反応し目を凝らした。実は村は滅びていなくて、自分に食事を持ってくるのが面倒になったものたちが日をあけて持ってくるようになったのかもしれない。そうだとすれば結局は何もない毎日を繰り返すことになる。

 

 

いつも見ていたシルエットとは違った。いつもはこう、もっと丸っこいヒトが持ってきていたはずだ。今日のそれは細く、たくましい。

オイラは暗がりの中で立ち上がり、檻の傍まで寄った。

「おい、大丈夫か?」

まだ大人になりきっていない幼い声、それでいても男らしさを感じさせるたくましそうな声。それは自分にかけられた初めての自分に対しての優しい声だった。

「だ、だれ?」

オイラはそう一言。声を発した青年(シルエットと声からそう判断した)はがちゃがちゃと錠前をいじっているらしかった。質問に答えずに真剣にその行動に取り掛かっているのが分かる。やがてかちゃん、と音がしてさび付いた音と共に檻の扉が開いた。

「俺は旅のもんだ。お前だけか?この村の生き残りは。」

生き残り?

そうか、とオイラは理解した。やはり村人はオイラ以外は滅びてしまったのだ。

「う、うん。」

オイラは力いっぱい頷いた。事件に関与はしていなかったが嘘は言っていない。生き残りみたいなものだろう。自分が生まれたことによる呪いなのだから、関与していないといったら嘘になるのだろうか。

「怖かったろう。とりあえず外に出よう、ここは暗いし、いつ崩れるか分からない。」

「う、うん。」

その青年は相手が子供だと知って危害は加えないと判断したのか、何の疑いも無くオイラを促した。

オイラは頷いた。冷静なはずなのに身体が思うように反応してくれなかった。突然の優しさに自分がどう対応していいのか戸惑っていたのだ。本当はもっと話したいことがあるのに、ただオイラは頷くことしか出来なかった。

 

今まで出ることが無かったその牢から足を一歩外に出した。

 

ドクン、と心が揺れた。

 

そしてその青年に連れられて外へ続く階段を昇っていく。

 

ドクンドクンドクン。上がるたびに鼓動が早くなる。

 

オイラの目の前がだんだんと明るみを増していく。オイラが望んでいた世界が、近付いていく。

昇りきった先には・・ずっとオイラが夢見てきた―――

 

 

その、世界。

 

 

オイラはあまりの眩しさにしばらく目を開けることが出来なかった。オイラは扉を出る一歩手前で立ち止まり、その光に震えた。慣れるのを待って立ち尽くした。

未開の地、未知の地に足を踏み出すことは誰だって怖いはずだ。そんな状況にオイラはいた。

怖かった。

これが初めて外に出る瞬間。いや、生まれたときは外だったのだから初めてではないのか。

「さぁ、手を出して。」

 

やっと目が慣れてきて顔を上げる。そこには光に包まれて立っている青年がいた。光以上にまぶしかった。手をオイラのほうに差し伸べてにっこりと笑みを浮かべる彼は、見ているだけで温かい気分になれた。冷え切っていた自分の心が一気に溶けていく。温かみを帯びていく。いつも土砂降りだった心に光が射し始める。それは雨を吹き飛ばし、曇天を吹き飛ばし、快晴になった。もう一度、さぁと言う優しい声。

温かい、その手

どれだけ心が震えただろう。どれだけ胸の高鳴りを覚えたのだろう。

 

オイラは手を・・・

「うん!!」

ロックの兄貴の、手を・・・握った。

 

 

 

 

そう、これが俺たちの出会いだったんだ。ナッツはその地下から出てきた時、本当に粗末な格好をしていた。俺が何故地下に一人でいたのか、何故そんな姿をしているのかと尋ねた時ナッツはこう言っていた。

“そのほうが母さんにとっては都合が良かったんだ”と。

どうして都合がいいのだろう?そう俺たちは頭を悩ませた。

「何か母親から聞いていたか?どうしてそういった行動に出たのか。」

俺たちがそう問いただしてもナッツは首を横に振るばかりだった。このときナッツは何か言って不審がられるよりも黙って否定の態度を取っておいた方が賢明だと思ったのだろう。確かにナッツの母親にとって都合が良かったのだ。これが災厄のための用意でないと分かってしまえば・・・言い伝えにおける用意だとすれば説明がついた。

俺の頭に次々と情報が流れ込んでくる。ナッツの苦しみが、想いが伝わってくる。

 

 

 

オイラが初めてその地下を出てきた時、オイラはその高さに、広さに驚いた。本で見た光景が目の前に広がった。本で見た世界は嘘ではなかった。空気だって地下とは違って湿りっ気もないし、おいしい。まさにすべてが雲泥の差だった。やっとオイラは出てくることが出来たのだ。やっと望みが叶ったのだ。

空の高さ、そして世界の広さ。それらすべての美しさに、知らずと涙が零れた。それは歓喜の涙、感動の涙。オイラはごしごしと乱暴に腕で涙を拭っていた。それでも止まることなくそれは流れ続けた。そして声が嗚咽のように変わり、オイラはうずくまって泣きじゃくってしまう。きっと兄貴達は自分の村が滅んだのを目の当たりにしてオイラが泣きじゃくっているのだと思っていたに違いない。オイラは何も言わなかった。言えなかった。

 

そんなオイラを、兄貴はゆっくりと抱き寄せてくれた。初めての温もり、優しいその抱擁にオイラは本当に子供のように、赤子のように泣きじゃくってしまったんだ。

オイラがずっと泣き止むまで頭を撫でていてくれたこと、ずっと慰みの言葉をかけてくれていたこと。それはオイラの胸に未だにしっかりと残っている。本当に、温かかった。

 

 

オイラがどうしてあの地下室に一人でいたのか、街はどうしてこうなったのか。そういったものは簡単に話を作り出すことが出来た。オイラには警察がやったなんてことは知らなかったけど今のこの時代、盗賊がやったと言えばほとんどが通用した。どこのやつらかと聞かれれば、それも知らないと首を横に振っていればいい。こういうときは子供の特権を使う。子供だから分からない、聞いていない・・そう対応すればそれで充分だった。

オイラは嘘の塊を兄貴達にぶつけていた。今考えれば、本当に最低だったと思う。包み隠す必要もきっとなかったに違いない。でも・・・・どうしても、この機会を逃したくなかったのだ。

 

 

ただ、唯一オイラが迷う答え。それがあるなんて思いもしなかった。

「おい、お前・・なんて名前なんだ?」

そう他の兄貴、毛の長く耳の先が垂れた青年―――ウォートの兄貴だ―――に尋ねられた時にオイラは言葉に詰まった。

「な、名前?」

(か、考えていなかった・・・。)

いつだって“呪いの子”として呼ばれていてそれにも慣れ始めてしまっていた自分には、そういった言葉を考えるなんてすっかり忘れていたのだ。オイラの表情はそのときだけ焦りの表情を見せたのかもしれない。だが、それも一瞬だけ。あまり焦りを見せればすべてが終わってしまうような気がした。オイラは焦った表情を見せないようにそれを探した。

 

空を見た。地を見た。大きさ。美しさ。広さ。素晴らしさ。

 

オイラが地下を出た時に見た光景。オイラの、ヒトの小ささを思い知らされた瞬間だった。そのときオイラはどれだけ小さかっただろう。それを考えていたら自ずと答えが出てきた。

「オイラは・・・」

オイラの名前は・・。



「ナッツ・・・。」

もう少し、マシなものを考えればよかったかな・・・。

それでもオイラに名前のついた瞬間だった。ナッツ、ナッツ、ナッツ・・・何度もそれを小さくつぶやき、笑った。

 

 

 

その二日後。

もうだいぶ普通に話すことが出来るようになった。二日前と比べて、もう髪だって身体だって服だって近くの川で汚れを洗い流して綺麗になっていた。相変わらずシャツ一枚って言うのは変わりなかったけど、あんな泥だらけの身体であるよりはよかった。

髪も切ってもらった。あまりの長さと癖毛に兄貴達は驚いていたが、小型のナイフでばっさりとやってくれた。たった二日の間に、オイラは小奇麗な子供に、そう・・・まさに生まれ変わっていたんだ。

「悪ぃな、服はやっぱり街まで出ないと調達できないんだ。」

気づかってそう話してくれたロックの兄貴にオイラはううん大丈夫、と受け答えた。そう言った後にオイラは勇気を持ってこう言ったのだ。もちろん断られることを覚悟の上で。

「・・・ロックさん。オイラをこれから一緒に連れて行ってくれませんか!!仲間に・・入れてくれませんか!!」

うへっ、と一つロックの兄貴が苦い声をあげたかと思うと、今度は皆で顔を見合わせた。オイラが想像していたほど驚きの表情はされなかった。あれ、とオイラは一人怪訝に首を傾げた。

「あ・・あの。」

オイラがそうつぶやき、早く返答を聞きたくてうずうずしていると兄貴達は一つ頷いた後、拳を打ち合わせた。その顔は満面の笑顔。

「おう、いいぜ!!」

「ほ、本当ですか!!」

「本当はもっとはやく言うべきだったんだけどな。お前の本心が聞きたかった。俺たちが同情の念を持ってお前を誘うんじゃなくて、お前自身で決めて決断してくれるのを待っていたんだ。ちょっとつらいかもしれないが、大丈夫か?」

「はい!!これから、お願いしますっ!!」

んー、と小さくうめいたあとロックの兄貴はびし、と人差し指をオイラに指した。

「とりあえず、俺たちへの敬語は禁止!!それとロックさん、とかやめろ。呼び方かえろ。寒気がする。」

ああ、だからさっきは変な声を出したのか・・・。

「え、あ、じゃあ、ロック兄貴?でいいです・・・・いいかな。」

「まぁ、それなら問題はないか。ちょっとこそばゆいけどな。」

「うぁっ、兄貴だってさぁ。似あわねぇ〜。」

「う・・うるせぇよ!!」

「ロックさん♪」

「うひゃぁっ!?いや、絶対いや!!お前らにそんな風に呼ばれるの絶対いや!!」

大袈裟に身体を掻くロックの兄貴にその場の全員が笑う。オイラも笑っていた。

「ウォートの兄貴、ライトの兄貴。そしてウィンの兄貴。よろしくっ!!」

びしっ、とオイラが笑ったまま敬礼すると

「よろしくなっ、坊主。」

「気張れよ、少年。」

「うっす。」

そう言って三人からぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。ロックの兄貴はまったく・・と言ってその光景を眺めている。とても・・居心地がよかった。

 

ヒトとの繋がりってのは、本で見たものよりも何倍も、いや何十倍も素晴らしいものだと感じた。また、涙が零れた。

 

 

 

旅立ちの日。

その日は朝が早かった。まだ日が昇って間もない頃、オイラ達はこの元は村があった場所を歩き出したのだ。ここから次の街までは相当な距離があるらしい。だからこそ、はやいうちに出発した方が都合がいいのだそうだ。オイラは相も変わらず白いシャツに白いパンツ。元の毛色が白だから全身が白一色でなんとも味気ない姿だった。少し灰色の毛が交じっていることがかろうじて救いとなっていた。

朝日が目にまぶしい。風が心地いい。草木の匂いが芳しい。

オイラはぐっとおもいきり伸びをする。

いつもより清々しく感じた。兄貴達は先に歩き出していた。

「おーい、行くぞー、ナッツー。」

そう呼ぶ声が聞こえる。オイラはそれでも立ち止まって、村があったであろう場所を眺めていた。村にまったく未練なんてないはずだった。

 

それなのに、何故かまた涙が零れた。ここには苦い思い出しかないのに。楽しいことなんてなかったのに。なんだかこのところ泣いてばかりだ。

 

この村がこんな風になったのも当然だろ。オイラがされてきたことに比べたらあんたらは快適で、楽しい生活を送ってきたじゃないか。それだけで、充分だろう?殺されたとしてもそれが言い伝えどおりなんだからしょうがないじゃないか。

 

“ざまーみろ”

そう思い切り叫んで、笑ったまま出てくるつもりだった。でもそれが出来なかった。

「ははっ・・・ははは・・・っ。」

オイラは泣きながらも小さく笑った。さようなら過去のオイラ。今日で暗い地下の生活も、粗末な食事とも、あの吐き捨てるような言葉にもすべて、さようなら・・なのだ。

すべてが嬉しいはずなのに、何故涙が出てくるのだろう。

「・・行ってきます。」

帰る場所なんてないのにオイラはそうつぶやいていた。目の前には明るい未来が待っていた。

 

オイラは・・・

 

歩き出したのだ。

 

 

 

 






 

 

僕には何もありませんでした

 

自由にものを言うことも

自由に動き回ることも

自由に眺めることも

許されませんでした

 

暗い海の底で僕は何を手に入れられたのでしょうか

知識?繋がり?愛情?光景?

どれも断片、どれも虚像、どれも不確か

僕の求めている答えはそこにはありませんでした

どれだけ沈んでいたのでしょう

そんなことも分からないくらい

深く・・・長い時間でした

 

 

答えを教えてくれたのはあなたです

真実を教えてくれたのはあなたです

 

手を差し伸べてくれたあなたです

笑いかけてくれたあなたです

抱きしめてくれたあなたです

 

僕はいつになっても忘れないでしょう

あなたのくれたものを

あなたが見せてくれたものを

表情、声、仕草、温度・・

そのすべてを

 

そんなあなたに僕から

オイラから

抱えきれないほどの感謝の言葉

 

ありがとう

 

本当の

 

 

ありがとう

 

 

 

 

そして最後に言いたいこと

 

兄貴・・・

 

 

オイラは――――。

 

 

 

 



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