第二章 サンタマーナ
第二話 幸せな食卓
日もすっかり落ち、街は一気に静まり返った。
小さく聞こえる虫の声。
闇が広がり、街を黒く染める。
すると街のいたるところで明るくランプが灯り、街の暗がりにぽつぽつと光の斑点をつくっていく。
店も閉まり、街の通りには人の姿は見えない。
街の住人すべてが家路につき、家の明かりを照らした。夕飯時だから、それぞれが今、暖かいご飯を食べているに違いない。
おいしいご飯にぽかぽかお風呂。あったか〜い布団で・・・
・・・・あれだけ賑やかだった街が嘘のようだった。
そして・・
「こんばんは。おじゃまします。」
秋とラークは研究者の犬の獣人、ガトの家へと辿り着いた。
なぜこんなにも来るのが遅くなったか。それはまぁ、色々と。
ガトが通りを歩いていたのは頼まれたという買い物をするためだった。
そして偶然に彼らは出会った。偶然は、怖い。そして、少し嬉しい。
店は夜遅くになるとすべてが閉まってしまうためその時間に出歩いていたそうだ。
果物屋、機械の部品屋など。
ガトと一緒にいて分かったこと、それはこの明朗な性格をした獣人は街の有名人だということだ。
ガトは機械関係の仕事を街でやっているらしい。街の機械を直すのはもちろん、相談役になったりもしてるという。
他にもいろいろな研究をしていると聞いた。
他人とうまく接する技をもっていて、そして街の皆に機械関係の修理などの腕をとても高く評価されている。
店に寄ったときだけでなく、普通に通りを歩いているときも街の人がガトに話しかけてきた。
その内容は「今度、〜を直してくれ」だの「〜を見てみてくれないか」だの機械関係の修理、点検などのものだ。
その度にガトは「まかせとけ!!」やら「おぅ、じゃあ今度来てくれ」などとすべての人に”了承”の返事を出していた。
そんなにいっぺんに了承していいものかと思ってしまうほどの量であった。
歩くたびに声をかけられ、そしてそれに答えて。
秋達はずっと感心しっぱなしでそれを黙ってみていた。
そして・・・今に至る。
「すまんな!こんなに遅くなっちまったよ。」
ガトが活気のある声でそう言った。
(まぁ、さすがにあんなに声かけられていたら遅くなるだろうな。)
秋は半ばあきれ気味でいいですよ、と言った。
横を見るとラークは空腹のあまり、その場にうつ伏せになってしまっている。
これは早く何か食べさせないといけないかも。
「お帰りなさい。ご飯、出来ていますよ。」
布巾で手をぬぐいながら一人の人間の女性が出てきた。
髪は肩までかかる茶色、ピンクの服に黄色いいエプロンをかけている。
清楚な女性というのはこういう女性のことを言うのだろうか。幼ない顔をしてはいるがエプロンの上からでも分かるラインは大人の雰囲気をかもし出している。歳は、まだ二十代ってとこだな。
秋は一瞬、どきっとした。
「あら、お客さん?」
その女性が秋達の顔を見てそう言った。
「おぅ、ちょっと街で知り合ってな。秋とラークだ。腹減っているみたいだったからこいつらも晩飯にさそったんだ。」
秋はぺこりと小さくお辞儀をした。
「そう。どうぞ、たいした食事ではないけど。あがって。」
そう言ってその女性は秋達を招き入れてくれた。
「人間・・・ですよね。」
秋がそういうとその女性は怪訝な顔をして答える。
「・・・?そうよ。」
「え?じゃあもしかしてこの人ってガトさんの・・・」
秋がそう言ってガトのほうを見ると・・・少し照れた顔つきで言った。
「あぁ。俺の妻だ。」
その二人が並ぶ姿は、間違いなく・・・・
仲良し夫婦、という感じだった。
秋とラーク、ガトとその女性で食卓を囲む。
かごの中のパンから香ばしい匂いが漂い、スープからは真っ白な湯気が食欲を誘う。
サラダは彩がいい野菜でうめつくされ、ハムなども入っている。
ラークにはその中から少しずつとられた食事が盆にのせられ、床に置かれた。
グゥ・・っとまたお腹がなった。
「どうぞ、食べてください。」
「いただきます!!」
女性に促されて秋とラークは食べ始めた。
「どう?」
「物凄〜〜くおいしいです!!」
口の周りを食べたポテトサラダで汚しながらも二人は答える。
「がははは!!そうだろう?こいつの料理はこの村の誰にもきっと負けねぇぜ!!料理教室開いているぐらいだからな!」
「もうあなたったら、褒めたって何もないですよ。」
女の人がくすくすっと上品に笑う。それと共にガトもがははは、っと豪快に笑って見せた。
「紹介がまだだったな。お前らの探していたガト。それが俺だ。この街で機械技師、研究などをしているんだ。それでこっちは俺の妻、風里 美咲(かざり みさき)だ。」
「よろしくね。」
美咲が軽く会釈したので秋とラークもそれに答えて会釈を返す。
「俺は小向井 秋って言います。で、こっちがラーク。」
「どうも。」
お互いの自己紹介と今までにあったことを説明している間に食事を終えた。
ラシエの村でのこと。そこで出会ったエルとロック。意志の力。
秋が美咲を手伝って食器をかたづけ、その後に美咲がコーヒーを淹れてくれた。
「ロックの知り合いか。あいつ、元気にしてるのか?」
ブラックのコーヒーを一口飲んで、ガトは言った。秋もそれに乗じてコーヒーを飲んだ。中にはミルクも砂糖も入っている。
「はい、元気です。って、俺が言うことでもないですけど・・・。」
ラークがコーヒーを飲んであちっとコーヒーを零しそうになる。
「まぁ、元気に見えていても、心の方は元気ではないだろうな。仲間が突然いなくなったんだからな・・・。」
「そう・・・・ですね。」
ガトは煙草を一本取り出し、ライターで火をつけた。先に一つ赤い斑点が灯る。
大袈裟に吸い込んで、それから吐き出して見せた。
「でも、聞いたことないな。意志の力を持つなんて。それも、その人に一番定着した形に変形するのか?」
ガトがうーんとうなった。
「すごかった、秋の手から弓が現れて、それも自在に矢の飛びを操れる。俺もあんな力を見たことなかった。」
ラークがそのときの状況を身振り手振りで説明する。
「よっしゃ!!じゃあ、ちょっと調べてみるか?俺の研究室に身体観測機があるんだ。そうすればなんか分かるかもしれん。」
「あの〜その前に・・」
立ち上がろうとしていたガトを引きとめるとガトはまた椅子に座った。
「なんだ?」
「いくつか質問してもいいですか?」
「あ?ああ。」
「まず、なんでここに人がたくさんいるんですか?」
「?」
ガトが何を言っているのかわからないという顔をした。
「ここって獣人と獣のすむ世界だって聞きました。人は・・俺だけかと思っていたんです。」
「そうだ、なんでだ?」
ラークがコーヒーの熱さに触れて舌を出しながら言う。
「?なぜって、秋と同じく飛ばされてきたんだろう?当たり前だろう?この世界には時空の歪みに巻き込まれた人間がたまにやってくる。元の世界に戻る方法を見つけて時空管理局へ行くものや、この世界が気に入って居座るやつもいる。まぁ、人それぞれだ。何だ?ラーク、お前はこっちの住人なんだからわかるだろう?」
「ううっ・・。」
ラークがまた頭を抱え込んだ。
「なんかラーク変で。記憶が曖昧になっているというか、はっきりしないというか。」
秋がラークを見ながらそういった。
「そうか、そういうことならお前も一緒に調べてやるよ。ちょっとした疲れとかが原因ってこともあるからな。どこかで頭を打ったとか。」
ガトがラークを見てにっと笑った。
「美咲さんはいつこっちへ?」
秋が美咲に尋ねる。美咲はにこっと笑ってコーヒーに目を落とした。
「私があなたのようにここに来たのは今から約三年前。・・・私ね。そのとき両親をなくしてひどく沈んでいたの。雨の中で一人で彷徨って、頼れる人もいなくて・・・さびしくて、むなしくて。・・・ずぶぬれで歩いていると街の袋小路の場所に小さな明かりを見つけたの。家の灯りでもない、電灯でもない、優しい光、その光に私はとてもやすらぎみたいなものを感じたの。触れた瞬間、光に包まれ、私はこの世界のこの街の近くの森にたどり着いたの。それで、最初に見つけてくれたのがガトだった。ずぶ濡れの私をおぶって家まで連れてってくれて暖かいスープを飲ましてくれた。最初はもちろん獣人という存在とこの世界のことにとまどったわ。それでも何故か目の前の獣人に物凄く親しみを覚えるようになったの。体が弱っているからとガトは私を一週間ほど看病してくれ、私はその間、あったことをすべて話した。そしたらガトは自分のことのように親身になって聞いてくれて・・・私はそんなガトに魅かれた。「一人じゃない」って言われたときには感動しちゃったわ。・・・そして私はそのまま、ガトの妻になることに決めたの。」
そこまで一気に言って、コーヒーを飲んで・・・そして笑った。その笑いは、本当に幸せそうに感じられた。
「よせよ、恥ずかしいじゃねぇか。」
赤くなったガトに向かって、美咲がふふっと笑った。
「へぇ・・」
秋とラークはただただ聞き入った。
本当にこの夫婦はなにか調子が合っているような雰囲気が感じられる。
美咲の闇をガトの光が振り払ったのだ。美咲の触れた光は本当の希望と安らぎの光だったのだ。
傍にいるだけで幸せな時を感じる。そんな空気が、そこにあった。
二人の対話に聞き入っていると突然、地面が揺れだした。
「うわっ!?なんだ!?」
ラークがふらっとよろけて、足でぐっとこらえる。
少したつと揺れはおさまった。
「また・・・か。」
「また?」
ガトの言葉に秋が尋ねる。
「ああ、この街ではここ最近、地震が多くてっな。街の連中は災厄の予兆だとか言ってやがる。俺もちっと気になって調べてみたんだが、震源はこの近くの洞窟にあることが分かったんだ。明日あたりに調査しに行こうと思ったんだが・・」
ガトはコーヒーを一口飲み、そしてまたテーブルに置く。
「そういえば・・・この地震が始まったのって一週間前起こった崖崩れからですね。確か、あなたの行く場所と同じあたりだった気がしますけど。」
美咲が思い出したように話した。
「崖崩れ?」
ラークがそう尋ねる。
「えぇ、一週間前に物凄い大雨があって、それでこの街の近くの洞窟付近の森で崖崩れがあったの。」
「崖崩れとこの地震、何かつながりがありそうだな。」
ガトはそう言ってまたコーヒーを一口飲んで、そして一気に飲みほした。
「あの〜。」
考え込んでいるガトに秋が話しかける。
「あ?何だ?」
「俺にも手伝わせてください、調査。こうやってもてなしてくれたお礼です。」
「俺も行くぜ。崖崩れと地震の関係ってのに興味がある。おいしいもの食わせてくれたお礼も兼ねて。」
秋とラークが立ち上がってそう言った。
「そうか、分かった。お前達も付いて来い。」
ガトがそう了承してくれた。
「それじゃあ、研究に入るぜ。まず秋、ついてこい。」
ガトについて、地下への研究所へと足を進める。
そんな時、秋は何か小さな胸騒ぎを感じた気がした。
胸の中でざわざわと音を立てている。何か重いものが広がっていく、そんな感じだ。
階段の壁が異様に冷たく感じられた。