プロローグ
それは、一つの電子音から始まる物語。
ぴーひゃららったーらららららーんぴひゃらららったったんたんたーー♪
「ん?」
軽快な音、しかも何故か受け取る人を小馬鹿にするような音楽のリズムに秋は眉根を寄せ、呆れたようにしながらも首を傾げた。ラークも立ち止まり、顔を上げた。
音の発生源は秋のバックの中だ。通常ここには、旅に必要な食料やら備品などが入っている。これらはすべて、サンタマーナのガトのところで、美咲に言われたとおりにいつも揃えている。街から街へと移動するときの日数から考える食料の量の決め方、備品の整理、旅の秘訣なんかを教わっている。どこでそんな知識を身につけたのか謎ではあるところだが、大いに役に立つ情報であると思ったためそれを取り入れている。もちろん、ラークの大喰らいのことも考えて、通常の1.5倍くらいを見積もっているが、それでも足りないときがあるものだから、旅は何があるか分からない。もちろん、本人にやめる気配はないらしい。いつでも大食漢である。何とも困る話だ。
秋がごそごそとバックを探って何かが手にぶつかると、お、と小さな声を発した。
バックの中、その奥深くにそれはあった。黒塗りで二つ折にされたその機器、開けば一方に長方形の画面、一方に番号ボタンが並んでいる。大きさは掌より少し大きいくらいで、音と共に軽快なリズムにのせて震えていた。それは現実世界での携帯電話のような、形で言えば電子手帳のようである。上から左に向かい、一段目に123、二段目に456、三段目に789そして四段目に記号と0が並ぶ。それを見ると、携帯電話、そのままである。ここを押してくれと言わんばかりに、その横のボタンが音楽と共に赤く灯る。おそらくこれが通信開始のボタンなのであろう。他にボタンがないことから見ると、この機器の操作は、テンキーとこのボタンのみで行うようだ。
ぽちっ、と秋がそのボタンを押すと、画面は黒い画面から徐々に明るくなっていく。秋はラークにも見えるようにしゃがみこんだ。ラークも秋に寄り添い、画面を見つめた。
画面には一人の獣人の姿、顔だけが大写しで映っている。ガトだ。以前、秋達がお世話になった黒毛の犬獣人。美咲という人間の女の人と暮らしていて、夫婦であるという。ロックの紹介で出会ったその人たちに、秋達はこの世界のことを断片的にだが教わった。そして、そこではケントやルークも。元気にしているだろうか、と遠く離れたその街、サンタマーナに思いを馳せる。
おそらく、こちらも秋とラークの顔が相手に届いているのだろう。気づけば、画面の上に小さなカメラがついていた。おっ、と秋が感心の声をあげて、ラークが怪訝な顔を向けた。
(すごい・・・。画質もいいし、それでも機器はシンプルに出来てる。凄いな・・ガトは。・・というか、この世界は、と言ったほうがいいのか?)
秋はそう思いながら、画面を見つめた。
ガトは、秋達と出会った頃のように、白衣を着ていなかった。深緑のタートルネックのセーター。こちらが今は、半袖で生活しているのにそんな格好をしているものだから、何だか暑苦しい。
しかしあちらは、涼しい、もとい少し寒い気候なのであろう。各地によって温度差が少々あるので、この違和感はまあ、しょうがないだろう。
「ぉ、やっとつながったな。おぅ、久しぶりだな。秋、ラーク。」
・・
「お久しぶりです。」「久しぶり〜。」
・・
「いやあ、すまんかったなぁ。こっちがうちの電話番号を教えていなかったもんだから連絡すること出来なかったな。」
・・
「いえいえ。それでも、地図とかは結構役に立ちましたから。まあ、何だか使うべきときに使わなかったり忘れていたりもしてましたがね。ははっ。」
「あー、それはお前が倒れたときのことを言ってるんだな。確かに、あのときこれを使えば次の街も分かってたかもしれないけどなー。でも、その街には薬はなかったわけだし。俺がこれを見ていたら・・・」
「まぁ、俺は生きていなかったってか。恐ろしいもんだな。確かにその場所には街なんてないことになってるもんな。」
「でも、クロドにも会えた。俺はダジっていう変なじいさんにも会えたからな。こういうのもたまにはいいんじゃねぇか?」
「まあ、そうだね。」
・・
「あー・・さっきから何を言っているのかさっぱりなんだが。それに・・・ラークが言ったダジってのは、あの医学会で若くして有名になったっていうあのダジのことか?そんなやつにお前あったのか?」
・・
「あー、そうそう。それは俺が話すよ。」
ラークは簡潔にガトに今までの経緯を話した。
秋が森で倒れたこと。クロドという白虎獣人にあったこと。クロドに教えてもらってダジのいる街に出向いたこと。白黒の街のこと。なんとか間に合って秋を助けることが出来たこと。
その説明には、自分が口移しで秋に薬を飲ませたことは省いた。もちろん恥ずかしいから。
秋はカーフィスでのことを話した。兄弟二人、ユウタとタカトに出会ったこと。そこで行われるイベントに参加したこと。赤い石が関わったこと。説得して、それは使わなかったことを加えた。
そして、彼らの元の世界での出来事。最後には二人の義父が帰ってきたこと。
旅は、辛いながらも楽しくやっていること。ラークが食べ過ぎて困っていること。最後のほうは愚痴にもなっていた。それをなんともバツが悪そうにラークは俯きながら聞いていた。
「ふむ・・・。お前ら、結構大変な目にあってるんだな。それでも、中々いい旅をしているみたいじゃないか。」
・・
「そうですね、楽しいです。元の世界にいたら、こんな感覚は味わえなかったと思います。」
「俺も楽しいぞ。いろんなとこ行って、いろんなもの食べて。世界食巡りツアーってか〜?」
「ラーク・・なんだか目的忘れてない?」
「は?」
「ラーク・・・お前なぁ。」
・・
「ははは。変わってないな、お前ら。でもどことなく旅にも慣れて、貫禄が出てきているみたいじゃねぇか。」
・・
「そうですか?別にそんなに変わってはないと思うけど・・・。」
「俺たち、別にいつもどおりだぜ〜?」
・・
「あぁ?そうでもないぜ?なんだか、表情もきりっとしまって、体つきも少しだけ良くなったんじゃないか?」
・・
「へ?そうですか?」
「まぁ、俺はともかく・・秋は少し体つき良くはなったんじゃね?」
「そっちはどうですか?変わりはないですか?」
「ケントにルークに美咲さん。皆、元気か?」
・・
「あぁ、元気だよ。特に変わりもない。呼んでこようか?」
こんこんこんこん
「その必要もないみたいですよ?」
画面右端から美咲がひょっこりと顔を出した。髪を上で縛った、前回よりも外見が幼く見える美咲は、黄色のパーカーを着ている。前回会ったときから変わらない、その見るだけでほっとするような笑顔は見ていて少しみとれてしまう。
・・
「あ、お久しぶりです、美咲さん。」「どうも、こんちはっす。」
・・
「秋君、ラーク君、久しぶり。元気そうね。」
「おー、美咲。もしかしてあいつらか?」
「みたいですね。どうぞ〜開いてますよ〜。」
「こんちは〜。ガトのおじちゃ〜ん、美咲さ〜ん。」
「お邪魔しま〜す。」
「ほら、ケント、ルーク。こっちこいや。」
「え、何々?あ、秋兄ちゃんとラーク兄ちゃんだっ。やっほー。」
「久しぶり〜。元気〜?」
そして今度はケントとルークも画面上に現れる。ケントもルークは茶色と緑のパーカー(長袖バージョン)を着ていた。少し赤くなった頬を見ると、こちらとの気温の差がうかがえる。
・・
「うわぁ。賑やかになったなぁ・・・。久しぶり、ルーク、ケント。」
「おぅ、そっちも元気か〜?兄ちゃんたちは元気だぞ〜?」
・・
「うん、もっちろん元気だよ!!今日もこれから二人で遊びに行くんだ。」
「今日はあのでっかい木のところまで行くんだ。あそこ、遊ぶのにも昼寝するにも絶好の場所なんだ。」
・・
「そっかそっか。気をつけて行きなよ?」
「お前ら、しっかりと今日も遊んでこいよ〜。」
・・
「は〜いっ!!」
「と、その前に。ルーク、ケント。ここに来たって事は、またおやつをもらいに来たんでしょ?」
「へへへ、バレた?」
「美咲さんのクッキー、おいしいんだもん。」
「じゃ、こっちいらっしゃい。今すぐ準備するから。」
「は〜い、行こう、ルーク!!」
「うんっ!!」
「それじゃ、秋君、ラーク君。また今度ゆっくりお話しましょうね。」
「ばいばーい。」「まったねー。」
「ははは、変わりないだろ?」
・・
「そうですねぇ。皆、元気いっぱいで。うらやましいぐらいです。」
「秋・・・何だかお前、老けたようなコメントするな・・・。」
「そりゃ、若いってうらやましいから。」
「俺たちまだ20歳にもなってない、若造だけど・・。」
・・
「てめぇら。30歳になる俺が聞いている前で、んなこと言うなんていい度胸だな。」
・・
「いや、はははは。」
「悪い悪い。あははは。」
・・
「で、お前らは今どのあたりにいるんだ?」
「えっと・・・今は、ロンデバザールって街を出て、次の街へ行くところです。えっと・・・次は・・・。カルテスっていう街らしいです。」
「・・・さっき見た画像からだと、だいたいあと半日ってところか?」
「あぁ、そうだなー。」
・・
「カルテス・・・か。確か、あそこにはラグっていう俺の知り合いの熊獣人がいるはずだな。」
・・
「ラグ、ですか?」
「了解っ、じゃあその人を訪ねてみるか。」
「そうだな。」
・・
「こっちから伝言を入れておくな。街のヒトに聞けばきっと居場所は知っていると思う。あとは、そうだ。忘れないようにこっちの連絡先を。使い方は分かるか?右のボタンを押してから、ダイヤルする。まあ、普通の電話と変わらないから問題はないだろ。連絡先をこっちから送ると自動的に登録されるようになっているから特に問題はないはずだ。」
・・
「あ、ありがとうございます。」
「サンキュな〜。」
・・
画面の右端に、ガト家・連絡先受信完了、と文字が現れる。連絡先は10桁の番号で構成されていて、これを入力する、もしくは連絡先の欄からガト家を選ぶことで連絡が取れるそうだ。特に難しい点はない。
・・
「あなたー。あなたも一緒にお茶にしませんか?」
「おー、今行くー。」
・・
「それじゃ、そちらも忙しいようなので。また連絡しますね。」
「皆によろしくなー。」
・・
「おう。まあ、何かあったら連絡くれや。それじゃな。」
・・
プツリ
接続が切断される。画面はゆっくりと黒くなっていく。秋は画面を閉じて、今度はすぐに取り出せるように自分のポケットにそれをしまいこんだ。
「行こうか。」
「あぁ。」
「それにしても元気で良かったな。それに何だか、褒められた。」
「あぁ、だな。さて、遅くならないうちにカルテスの街へ急ごうぜ。夜遅くに着いたんじゃ、あっちにも悪い。」
「そうだな。」
「ラグ、か。どんなやつか楽しみだ。」
「だなっ。」
二人、いや、一人と一匹はただひたすら前へと歩んでいく。
・・・一方。
「えっと・・・コーヒーでいいですか?」
「あぁ、そうしよう。ブラックでな。」
「はい。どうぞ。」
「ブラックは大人の味〜、って父ちゃん言ってたよ。大人の味〜ってどんな感じ?」
「ぇ、辞めたほうがいいよ?ケント。」
「大丈夫大丈夫!!おじちゃん、ちょっとだけ頂戴っ!!」
「ぉ、熱いから気をつけてな。」
「あなた・・・ブラックはまだ早い・・。」
「にがっ!!モロにがっ!!!」
「だから辞めといたほうがって言ったのに・・。」
「うるへぇっ!!熱いから舌ぴりぴりするしっ、にがっ!!あつにがっ!!」
「おーおー、これが大人の味ってもんよ。」
「まだ、ケントには早かったみたいね。」
「うぇ〜・・。」
「ははは・・・。」
四人で笑った後、ガトがふと気づく。そして、やべっと独りごちて電話の方を見る。どうしました?と美咲が顔を覗き込んでくる。
「しまった・・・あいつらにラグの性格とか・・教えるの忘れてた。注意しろよって言うのも・・・。大丈夫かな。」
「・・・えっと・・不味いんですか?」
「・・・大丈夫・・・か?」
そう顔を見合わせて苦笑いしていると、
「美咲さんっ!!このお菓子は新しく作ったやつ!?すんごいおいしいよっ!!」
「ホントだっ!!ふわふわで、とろとろで甘々だよ!?」
そんな考えも、子供たちの無邪気な声でかき消された。
「・・・大丈夫、だよな。」
結局、連絡は入れられることはなかった。しかし、このことが、後に大きな事態を招くことになろうとは、思いもしなかった。