第四章 二人の絆
第四話 いつも通り
俺はやっとのことで辿り着いた。日の高さからしてかかったのは二日と半日くらい。
ジャフウによって発作が起こるのは発症してから四日から五日の間。あれからきちんと三日たってはいないはずだから、まだ安全圏のはずだ。
「着いた・・・・やった・・。」
目の前にクロドの住む小屋の扉。俺はその扉を開けて中へと入った。
三日前とは変わらない光景。違っているものがあるとすればクロドがいないことぐらいか。
起きている形跡はあるから、薪を取りにでも行っているのだろう。
変わらない光景。暖かな日差しに包まれてベッドで秋が眠っていた。
眠っているがジャフウの病状のせいか、呼吸がしっかりとしていない。時々苦しそうにせきをする。こうして見ると本当に風邪と症状が似ている。本当に死ぬほどの病気なのか、そう感じてしまうほどだ。医学の世界、というのも不思議なものだ。
よかった・・生きていた。安心感と共に脱力して、その場に座り込んでしまう。
「おっと・・・。」
薬を飲ませないと意味がない。俺は窓に置いてあったコップを手に取り、手近にあった水の入った桶の中から水を半分掬い取った。
小袋の中から小瓶を取り出し、ダジに言われたとおりに中の粉を少量、水に入れて軽くかき混ぜた。
その灰色の粉の入った水はみるみるうちに透明から灰色へと色を変えていく。かなり、気味が悪い・・・。
俺は秋の枕元に一旦コップを置いてからベッドの上に飛び乗った。
コップの中の液体が振動でゆらゆらと動く。
「秋、薬だ。飲め。」
コップからゆっくりと秋の口に液体を流し込む。コップをつたって口に入らなかった液体がベッドに濃灰色の染みを作る。
「ゴホッゴホッ!!」
勢いよく液体が吐き出される。それがジャフウによる咳のせいか、それともこの液体が苦いからなのか、俺には分からない。ダジも確か、少し苦いって言ってたな。
ゴク。
試しに俺は一口飲んでみた。
「げふっ!!苦っ!!まずっ!!」
後者、決定。少しなんてもんじゃない。
何だこれ!?言葉には言い表せないような味。とにかく苦い!マズイ!にがまずいっ!!
「ちっくしょ〜、秋もきちんと飲んでないみたいだし、どうしたら・・・。」
咄嗟に俺は一つの案を思いついた。
あぁ、でも・・・こんなことするなんて恥ずかしいし・・・。でも今はそんなこと言っている場合じゃないし・・。
「くっそぉ・・・やるしかないのか!?」
俺は意を決して、コップの中身を一気に自分の口に含んだ。
ゴフッ!!
口いっぱいに“命名:にがまず液”の味が広がっていく。そのこの世のものとは思えないほどの味にえづきそうになりながらも、中の液体は吐き出さない。
覚悟決めろ、俺!!そして、頑張れ、秋!!
俺は仰向けに眠る秋の両肩を自分の両前足で抑え、その口に・・俺の口から液体を流し込む。
・・・つまり口移し。
秋の唇に自分の唇が触れる。そこはとても柔らかくて、その何とも言えない感覚にとろけてしまいそうになる。キスってこんな感じなのか・・・。なんだか、とっても・・・温かい・・・。はぁっ・・・。
うわわっ・・・何考えているんだ、俺は・・。
途端に顔が火のついたように熱くなり、俺は口を離す。もちろん、口を離した後、手で秋の口を塞ぐ事も忘れない。また吐き出されたら意味がないからな。
最初はその苦い味にじたばたともがくように体を動かしていた秋は、一口その薬を飲み込むと力が抜けるようにおとなしくなった。すぐに呼吸が落ち着きを取り戻す。
良薬、口に苦し。すごい効き目だ。苦さの値も半端じゃないから、効き目も抜群なのか。
苦さで気絶したわけじゃあ、ないよな。そう、だよな・・・たぶん。
「よ・・・よかった・・・。」
今までの疲れがどっと出た。
思えば、ずっと眠っていなかった。
もう・・眠い。
そのまま俺は倒れるように眠ってしまった。
次に起きたときには・・・また通常の一日に戻っています・・・ように・・・zzz。
彼らが来てから二度目の朝。あいつはまだ戻ってこない。
風邪には暖かいところで安静に寝かしておくのがよい。俺は小屋の裏手から火にくべるべき薪を何本か拾い、そしてまた小屋に戻ってきた。
「!!」
一瞬、驚いたがすぐに状況を把握する。
「戻ってきて、いたのか・・・。」
陽の光の中、穏やかな顔をしてベッドで眠る一人の人間と一匹の狼。
小向井 秋とラーク。
テーブルの上には灰色の粉末が入った小瓶が置いてあった。二人を起こさないように足音を忍ばせてそのテーブルへ向かい、それを手にとってしげしげと見つめる。
「変わらないな・・あの人も。」
俺を“作ってくれた者”の名を口にして、またその小瓶をテーブルの上に戻した。
「それにしてもよく眠ってるな・・・。もう少し、眠らせておいてやるか。」
そう言って毛布の上で眠っているラークを少し動かし、二人で一つの毛布を使えるようにかけ直す。
するとラークが秋の方に寄り添っていき、ピタリとくっつく。
起きているわけでは、ないな。無意識に、だろう。
「仲がいいな・・・。」
その幸せそうな二人の顔を眺めていると、ついこちらまで笑顔になってしまう。
音を立てないように歩いて、今日はこいつらが起きるまで読書に励もうと本棚の本の一冊を手に取り、椅子に腰掛けた。
椅子が少し、きしんだ。
―――陽の光、木の温もりの中、時間はゆっくりと流れていく。
「ん・・・。」
俺が目を開くと、目の前には木の天井が映った。
ここはどこだろう・・・。確か森の中で気分が悪くなって・・そこからの記憶がない。
いつの間にか胸の苦しみも消えていた。焼けるような痛みも、世界がぐらぐらと揺れる感覚さえも残っていない。
・・・治った、のか?
まさか、もう死後の世界?
・・・いや、さすがにそれはないだろう。
何だか前より気分がよくなったような気がする。もう、大丈夫みたいだ。
口の中が何だか苦いのは・・・気のせいか?
顔だけ右に向けると、そこには椅子に腰掛けて、うつらうつらと眠るホワイトタイガーの獣人。おそらくこの人が助けてくれたのだろう。後でちゃんとお礼を言わなければいけないな。
そして、今度は顔を左に向ける。するとそこには・・・。
眼前にラークの顔。あと数センチで触れてしまうほどの近さ。
「うわっ・・・。」
何だか物凄く恥ずかしくなってきた。体の熱がみるみる上がっていくのが分かる。まるで病気が再発したみたいな感覚だ。
「〜〜〜〜」
声にならない程にその熱が上がりきると俺は・・・・
「このっ!!!」
ガンッ!!
体を起こし、思い切りラークを殴った。
「いってぇぇぇぇぇっ!!」
その声にクロドが飛び跳ねるように目覚めた。
俺は痛みの部分、ちょうど頭のてっぺんを押さえて起き上がった。眠気もばっちり吹き飛んだ。
「おぅ、起きたか。ちょっと騒がしいが、よかったよかった。」
目をこすりながらクロドは重い腰を上げ、扉の方向へと歩いていく。
おい、ラーク、と言ってクロドが振り返った。
「じゃあ、俺は栄養のあるものでも探してくるから少し待っててくれ。」
「あ?・・・あぁ。」
俺がそう返事をするとクロドは外へと出て行ってしまう。どうしたんだろうか?俺は首をかしげる。
まぁ、それはさておき・・・。
「おい、秋!!お前は何で普通の起こし方が出来ねぇんだよ!!」
「お前が悪いんだ!!どうしてあんなに密着してんだよ!!」
「だからって殴るこたぁねぇだろ!!優しく揺すって起こすなりしてくれよ!!」
「それじゃあ、お前起きないだろうが!!くそっ、もう少しでお前と“朝のお目覚めキッス”するところだっただろ!!」
そこまで怒鳴り合って俺達は息をついた。
「いつもお前は・・・お前は・・・。」
どうしてだろう・・・・その先の言葉を紡ぐ事が出来ない・・・。代わりに俺の中で熱いものが込み上げて来る。俺の目から涙が零れた。
「ラ・・・・ラーク?」
秋が困惑した表情で見つめている。
「よ・・・よかった・・。いつもの秋だ。本当に・・・よかった。」
俺は取り戻すことが出来たのだ。この日常を、この世界を・・・。
涙がとめどなく溢れてくる。
本当に・・・よかった。
噛み締めるように泣くラークを、俺は見つめていた。
先程は気付かなかったが、よく見ると所々に小さな傷があるのが分かる。立派な銀色の毛が台無しだ。一体、何をしたらこんなになるのか・・・・。
「・・・・。」
考えをめぐらすと辿り着いた答えは一つ。
そうか・・俺を助けてくれたのは、お前、だったんだな。
お前が、頑張ってくれたんだな。
俺はゆっくりとラークを抱え込む。ラークは一度、びくっとして拒絶の反応を示したが、すぐにそのまま俺に体を預けてくる。
「な・・・なんだ、秋?」
「ごめん、ラーク。・・・ありがとう。」
俺は胸に感じるラークの温もりを離さないようにぎゅっと抱く。
「う・・・うぐっ・・・・えぐっ・・」
ラークが泣いている・・・。泣きたいだけ泣けばいい。
―――――俺はここにいるから。
いつもどおりの朝。それを迎えられることがどれだけ嬉しいことか、幸せなことなのかがよく分かる。
温かい陽の光が二人を照らしている。
さぁ、今日を始めようか・・・。
「それじゃあ、お世話になりました。」
「本当にありがとな。」
俺と秋はクロドの小屋の外で礼を言った。
「おぅ、たいしたことないさ。」
そう言って、クロドは笑顔を見せた。こうしてちゃんとした笑顔を見れたのは初めてかもしれない。
「クロド・・・あんたはあそこの住人だったんだってな。」
一瞬、はっとして、その後バツの悪そうに頭をかく。
「あ・・・やっぱ分かっちまったか。」
「あぁ、確信はなかったが当たってたよ。ダジが決定付けてくれた。お前が生きているって知ったら物凄く驚いていた。ずっと疑問を繰り返していた。」
「あぁ、そうだろうな。なんせ、無断で出てきちまったからな。あの小瓶から分かったよ。あの人はまったく変わっていないって。ずっとこのまま出ないつもりらしいな。」
「あんたは戻らないのか?」
「戻らない。これは俺が決めたことだ。俺が、望んだことだから。」
「・・・そっか、分かった。じゃあ、世話になった。本当にありがとな。」
「あぁ、じゃあな。」
俺は頭を深く下げた。さあ秋、行こうか、と言って俺はゆっくりと歩き出す。
後ろでクロドが手を軽く振っている。
「あ、そうだ。」
振り返って俺は“もう一つだけ・・・”と言ってからクロドに尋ねた。
「なんだ?」
そう訝しげにクロドは尋ねる。
「一応聞いておくが・・。お前が“あの世界”から出た理由って?」
「ん?理由か?まぁ、小さい理由ならたくさんあるが・・・あえて言うなら・・。」
―――この世界が美しかったから、かな。
「え!?二日半もずっと走り続けたって!?そして俺はその間ずっと眠ってたのか!?」
俺はここ二、三日で起きたことをすべて、事細かに秋に話した。
「あぁ、かなりつらかったぞ。」
「うわっ、本当にごめん、ラーク。俺のために・・・。」
真剣に謝る秋に、俺は逆に恥ずかしさを覚えてしまう。
「バ・・・バカヤロウ・・。違うっての。俺は・・・その・・・そうそう!!自分の為に、だな・・・。」
思うように言葉が出ず、最後には口ごもってしまう。
「へへっ・・・照れるなって。」
秋は優しくそう言った。見上げると、髪の毛で隠れて秋の表情はよく見えない。
「秋?」
「嬉しかったよ、本当に。ラークがここまでしてくれるなんて・・・。ありがとう、ラーク。」
少し顔が赤くなっているのは気のせいだろうか?
何だか俺のほうまで赤くなってきている気がする。
「〜〜〜〜。」
言葉が出てこなかった。俺はその場で立ち止まって体中を掻きまくった。
「考えってのは人それぞれにあると思う。誰もが皆、違う考えを持っていて・・・そう、まったく同じ考えを持つ人はいない。だから、そのダジっていう人のことも分かるような気がするんだ。・・・でもやっぱり俺には色のない生活なんて考えられない。・・・・俺はこの世界が好きだから。確かに色はたくさんあるけど、俺はその色の変化を見るのが大好きだ。それがこの世界に来てからよく分かった。何より・・・。」
空を見上げて秋が言う、その目線の先には真っ青な世界が広がっている。
その色も、“一つの色”ではない。様々な色の混じった青。俺も空を見上げた。
「何より・・・ラークに会えた。それだけでも俺はこの世界に来てよかったと思う。」
ありがとな
突然、秋はしゃがみこんで俺の鼻先に小さく口付けをした。
「な・・・ななな!?・・・・・へ?」
何が起こったのか理解するのに戸惑う俺を見て、秋は悪戯好きな子供のように満面の笑みを浮かべた。へへへ・・・と笑って頬を掻く。
俺は照れくさくなってさらに言葉を失ってしまった。全身がむず痒い。
「〜〜〜〜。」
「ごめんごめん。さぁ、ラーク、次の街に行こうか。」
「あ・・・あぁ、そうだな。」
ったく・・・・本当にたいした奴だよ、お前は。
俺は秋の横にぴたりと並んで歩く。次に行くのは色の無い街ではない。
色の無い街なんて俺達には必要ない。
なぜなら、俺達は・・・この世界に生きているから。
この世界が美しいと思っているから。
この世界が・・・好きだから。
草原、木々の葉の緑。
抜けるように広がる空の青。
咲き乱れる花の様々な色。
この世界には多くの色が存在する。それは同じ色を保つことなく、光の加減、気候によって姿を変えていく。
見飽きることは、きっと無い。
俺達はこの世界にいる。俺もこの世界が大好きだよ、秋。
そして、お前に出会えた事を本当に嬉しく思う。
まだまだ旅は続く。これからも、よろしくなっ!!
お前がどう思っているかどうかは分からないが、俺はこの右足の布を俺達二人の絆の証だと思っている。俺がこの布をはずすことはこれから先、きっとないだろう。
「秋、次の街はな・・・。」
俺は秋が倒れる直前に話した街のことについて再度語り始めた。
右足に巻いた黄緑色の布が、風で微かに揺れる・・・・。
