第四章 二人の絆
第三話 隔絶された街
草の茂る道、ぬかるんだ土の上、砂利の多く混ざった道、そして山道。
どんなに急いでも無情にも時間は過ぎていく。新しい一日はやってくる。
いつの間にか雨は上がり、空は青く澄み渡っている。雨の雫が草をつたってゆっくりと流れ落ちる。それによって、草は一層、青々と輝いて見えた。
今日一日は雨が降る心配はないだろう。そんな安堵感にとらわれていたとき・・・
俺は“その場所”に辿り着いた。
山の奥まった場所、多くの木々に囲まれて出来た広い円形の空間に辿り着いた俺は、目を疑った。
そこには、何もなかった。
「な・・・?」
街は、そこには存在していなかった。俺はその場で唖然として立ち尽くしてしまう。これは・・・・クロドの言っていたことが嘘だったのか、それともこの街はすでに滅んでしまったのか、それとも・・・・・それとも・・・。
俺は、思考をめぐらしながらゆっくりと前へと進んだ。
そこには何もない。
”目には、そう見えた”
コツン
少し、歩みを進めると鼻先が何かに当たった。手をその当たった場所へとつけてみると確かに何かがそこにある。目には見えない何かが、そこに存在している。
「なんだ・・・?」
どうやらそこだけではないようだ。場所を移動しても目の前にはその“何か”があった。一種の見えない壁、それが円形にこの場に広がっているようだ。
これが”街”なのか?何故こんなところに?何故見えない?何故?何故?
(誰だ?)
多くの疑問を抱きながらその壁沿いに歩いていると、頭に直接語りかけるように声が流れ込んできた。しゃがれた、年老いた男の声だ。耳から直接聞こえてくるわけではなく、自分がそう頭の中で考えているような感覚だ。なんだか気味が悪い。
「?」
あたりを見回しても、もちろん誰もいない。これは街の中からの声か?
(何をしに来た?)
姿を見せずにもう一度その声は言った。
「あんた、ここの住人か?」
誰もいない場所で俺はその声に語りかけた。
(質問に答えろ)
押し付けるようにその声は質問返しをしてくる。こちらの質問は一切受け付けない、という感じだ。むっとしながらも俺は答えた。
「ジャフウ・・・。」
(?)
「ジャフウを治す薬が欲しいんだ。ここにならそれがあるって聞いてきた。」
(!?)
一瞬、驚きの声があがった気がした。その声はしばらく黙ったままだった。
姿が見えない分、俺は待つことしか出来ない。
ジャフウの薬について中で話しているのか、それとも中に入れるのをためらっているのか。
そういえば、クロドが“この街には入れてもらえるかも分からない”と言っていた。
人には見えないような設備を作ってまでいるのだ。それを考えるとこのまま俺を無視して、通信を切ってしまうことも考えられる。
(ちょっと待ってろ)
充分待たされているんだが・・・という言葉を飲み込む。
突然目の前に扉が現れ、それが左右に開かれる。入れ、ということだろうか?
「案外、簡単に受け入れてくれたな・・。」
開かれたその空間には人口的な通路が見える。それはゆっくりとカーブを描いてつながっていて、終点が見えない。
どこまで続いているのだろうか?
俺はその中へゆっくりと足を踏み入れた。
中に入ると、黒色をした円形のプレートが足元に浮かんでいる。
(そこに乗ってくれ。私がいるところまでつながっている)
声の交信はそこでプツリと途切れた。かなりの無愛想と見た。
俺がそこに乗ると、ゆっくりとプレートは動き出した。
プレートが一定の速度を保って動く。俺はガラス張りの円筒の通路の中を進んでいた。
「何だ・・・これは。」
正直、ここに来てから驚いてばかりだ。俺は疲れて幻覚でも見ているのだろうか。
目をこすってみる。同じ。再度こする、同じ。再度、同じ。
それを何回か繰り返す。結果、目の前の世界はやはり変わらない。自分の頬をつねってみても痛みは感じる。夢、でもない。今までのこと―――秋が倒れた日からのことだ―――がすべて夢であったらどれだけいいか、とそう感じる。
「おい・・・嘘だろう?」
こんな所に街があったのにも驚かされた。それも驚きの一つだったのだが・・・。
ガラス越しに見えるその景色、所々に高層ビルが立ち並び、多くの機械が動いている。人の姿はなく、多くの獣人たちが忙しく歩いている。・・・・人工的に発展していることは分かる。だが、俺が今まで見たものとは明らかに違った。
そこには“色が無かった”のだ。
高層ビルも、機械も、獣人も・・“黒”と“白”なのだ。正確には黒と白で世界が構成されているのだ。木々の緑も、空の青も、火の赤も存在しない世界。黒、白、灰色。
俺は漫画でも見ているような感覚を覚えた。
慣れない光景に目がチカチカする。再度、俺は目をこすった。もちろんそれで見える世界が変わるわけは無い。
ただただ言葉を失っていた。そうしている間にも光景は後ろに流れていく。
明らかに場違いな場所にいる。俺は眩暈を覚えた。
プレートは最終地点に辿り着いた。終点はさっきの声の主のところだ。
「マジかよ・・・。」
もう、驚くのにも疲れた・・・。眩暈が激しくなってきた気がする。
ここも白と黒で構成されている。カラーではないモノクロの世界が広がっている。
白い本棚、黒い背表紙を持った本達、濃い、灰色で塗られた机、部屋の色も一面真っ白だ。
そして、机の向こう、これまた白く塗られた椅子には年老いた犬獣人が腰掛けている。
薄い灰の毛並みを持ち、口に蓄えられた髭は毛より少し濃い灰色で、同じ色の眉が目を隠している。
その獣人は机に両肘をつき、その上に頭を乗せている。目も見えず、口も開いていないが、あまり歓迎はされていないことだけは、その場の雰囲気で読み取れた。思わず緊張して唾を飲み込んでしまう。
「さて、外からの客など、何年ぶりだろうな。三十年はたったか・・・。まず、自己紹介をしておこう。・・・私はダジ。ここの長だ。」
抑揚の無い声でその犬獣人は言った。
「薬は用意してやる。ただ、ここの場所は他言無用だ、いいな?」
そう言ってダジは机の上にあるボタンをいくつか押した。連絡でもとったのだろうか?
「ありがとう、もちろん約束は守る。・・それで、どのくらいかかる?」
「三十分くらい、だな。・・・まぁ、すぐだろう。」
三十分か・・・。ちょっと長い。
今では一分でも時間が惜しい。それにこの緊迫した空気に三十分もいたら、気が狂ってしまいそうだ。俺は少しでも感覚を紛らわそうと口を開いた。
「あの・・・・」
「待て。」
切りだそうとした瞬間に言葉を制され、俺は口をつぐむ。ここでも相手は一方的だ。
「質問をしたいって顔をしているな。」
「あ・・・あぁ。」
「久しぶりの客だ。薬が出来るまでにはまだ時間がかかる。その間になら答えてやるぞ。」
そう言ってから眉を片方あげた。鋭い、細い目がこちらを見つめた。
「じゃあ・・・」
「まぁ、大方、この街のことだろう?」
切り出そうとした瞬間にまた邪魔をされる。容赦ない。しかし、質問の内容は間違ってはいない。
「あぁ、そうだ。どうして分かる?」
「入ってきたときの反応が、前に来た客と同じだったからな。それにここを異質なものと感じるのは“外”の生き物なら自然なことだろう。」
当然だ。聞かない方がどうかしている。毎日、色のあふれた世界で生活している俺にとってはあの光景は“異質”“異世界”以外の何ものでもなかった。
俺が呆れてダジを見つめていると、ダジが口を開いた。
「美しいだろう?この街は。」
「は?」
「美しいだろう、と言っているのだ。白と黒はすべての色の原点だ。この二つの色は相互に強調しあっている。白は純粋、清楚、誠実、正義。黒は暗闇、影、嘆き、痛み。それは人の裏表にも同じ。白があるから黒が存在する。また同様に黒があるから白も存在する。そうまさに表裏一体。この二色があれば世界は表現しきれてしまうのだ。ごちゃごちゃした色の世界より美しいと思わないか?」
緊迫した空気はいつの間にか消えていた。そのかわり、その場はダジの独壇場となってしまっていた。それがまた異質なものに感じてしまう。どうやら自分の世界に浸ってしまったようだ。
「は・・はぁ。」
俺はとりあえず、相槌を打つ。というか、それしか出来ない。つまりは、”シンプル・イズ・ベスト”ということを言いたいのだろう。そういう言葉もあることにはあるが、何か根本的に間違っているような気がするのは気のせいだろうか?
「私は若い頃にあのごちゃごちゃとした世界に嫌気がさしてな。ここにこうして外とは隔絶した世界を作ったのだ。あぁ、本当にいい・・・自分の理想の街を作ることが出来るなんて・・・なんて素晴らしいんだ・・。」
若い頃を懐かしむように、そして自分に陶酔するかのように(なんとなくそう見える)ダジは天井を仰いだ。
あ・・・・駄目だ、こりゃ。
それでも、やっと言葉が切れたので、俺は質問をすることにした。
「あんた一人でこの街を作ったのか?」
「あぁ、もちろんだ。私は若い頃は世間では“天才”と呼ばれていてな。そのときに作ったものをここに持ち込んだんだ。この街の機械の設計図、防護シールド、あぁ、これはお前が通った見えない壁のことだ。ここに住んでいる街のものたちもそうだ。」
「ここの獣人達も、か?」
「そうだ。正確に言えば色々な種族のDNAだな。それをちょっとだけいじってその種族を誕生させる。今では君が見てきたとおりの結果となっている。まぁ、私の趣向も交えて白と黒で構成しているがな。」
「へぇ・・・。」
天才という存在は変な奴が多いと言われている。白と黒を異常なまでに好き好んでいるという時点で俺にとっては“変な奴”として決定なのだが、やはり話を聞いてみるとその頭の良さには感嘆せずにはいられない。
「薬だってそうだ。その病気にかかったものの血液さえ取れれば対策はとれる。私にかかればどうってことない。」
「む・・・。」
感嘆はするが、自意識過剰な態度には少しムッとしてしまう。
「ここで最初の第一獣人が誕生したときは嬉しかったぞ。私のDNAを少し混ぜたからな。そいつには私の手助けとなるために色々教えたよ。病気の見分け方、薬の作り方、機械の設計とかな。そいつは覚えが良くてな、一つ一つ、すぐにマスターしてったよ。」
少し興奮気味で喋るダジはその後、だがな・・・、と言って先程の落ち着きを取り戻す。浮き沈みが激しい。
「そいつは突然いなくなってしまったんだ。どこに行ったかも分からない。何故いなくなったのかも分からない。」
そこまで言うと、突然机上のボタンが点滅し出した。何かの合図だろうか?
ダジがそのボタンを押すと机の中央から一つの小瓶が現れた。透明な瓶にしっかりと閉められた黒色の栓、中には濃い灰色の粉末が入っていた。
お、出来たようだな・・・と言ってその小瓶をダジが掴み取り、マジマジと見つめてから一つ頷く。
「よし、間違いないな。薬が出来た、持っていけ。おっとこのままじゃ、無理だな。」
そう言ってダジは机の引き出しを開け、中からひも付きの小さな黒い袋を取り出した。その中に先程の小瓶をいれ、俺の首にかけてくれた。
「その薬は成分が特殊だ。少し苦みがあるから患者に与えるときには、少しずつだ。その粉を水によく溶かして飲ませろ。一度飲めばもう、問題はないだろう。」
「・・・ありがとな。」
そう一言お礼を言ってから、それじゃあ、と言って部屋を出ようとする。
「待て。私も聞きたいことがあったのだ。」
「?」
急がなければならなかった。しかし、薬をもらっておいて、すぐにはい、サヨナラでは失礼だと感じてしまう。こっちの質問に答えてくれた(実際には一方的に話していただけだったが・・)のだから相手から質問をされても文句は言えない。
「そういえばお前、誰かにこの場所を聞いたって言ってたな。それは誰だ?ここに三十年前訪ねてきたライっていうやつか?」
やはり・・・。こういう隔離された場所を知っているものはそうはいないはずだ。だから情報源を知るために俺を簡単に中に入れてくれたのだろう。クロドの言葉が正しかったならそれしか理由は考えられなかった。俺がここに入る前に反応したのは、ジャフウという言葉にではなく、その情報源のことについて、だったのだ。
「あ?いや、ここを教えてくれたのはクロドっていうホワイトタイガーの獣人だったが?」
「!?」
ガタッと音を立てて、立ち上がる。椅子が倒れる音が部屋に響き渡った。
俺はその反応に驚いた。
どうした?確かに俺に教えてくれたのはホワイトタイガーの・・・?
ん・・ホワイト・・?まさか・・・。
頭の中で思考をめぐらす。クロドの言っていたことが思い出される。
“地図には載っていない。しかしここには街があるんだ”
“薬がもらえる保障はない。まず第一に中に入れてもらえないかもしれない”
まさか・・。
「クロド、生きていたのか、外で・・。」
「じゃあ、さっきあんたが言っていた、第一獣人って・・・。」
「あぁ、そうだ・・。そいつがクロドだ。まさか、外の世界にいたとはな・・。」
手で顔を覆い、わなわなと震えていた。
「何故だ・・・何故だ・・。クロド、お前は何故出て行った。そして、何故帰ってこない・・・。この街に・・この世界に!!こんなに美しいのに、こんなに素晴らしいのに!!」
その手には怒りがこもっていた。
俺はこれ以上の長居は無用だと悟る。質問にはもう答えた。俺には急ぐ理由があるから。
「それじゃあ、俺は帰らせてもらう。本当にありがとな・・。」
踵を返して立ち去ろうとする。俺の前の扉が左右に開いた。
「待ってくれ!!教えてくれ!!何故クロドは外の世界から戻ってこない!?いや、お前でもいい!!お前は何故この街に長居しようと思わない!?何故、外の世界へ行く!?」
発狂したようにダジは叫ぶ。俺は振り返った。
「そんなのは簡単なことだ。おそらく俺とクロドの考えは同じだと思うぞ。」
俺は部屋を見渡す。白と黒の世界が織り成す空間。そこに存在する生物。
「あんたと同じさ、理由は外の世界が・・・」
「!?」
美しいからさ
じゃあな、と言って俺は開いたドアから部屋の外へと出た。ダジはただひたすら誰もいなくなった空間を、閉じられたドアを見つめていた。
再び俺はプレートに乗って街から出る。モノクロからカラーの世界へと戻ってくる。
俺が外に出ると再びその“色の無い世界”は隔絶された。
「ふぅ、やっぱこっちの方が落ち着くな。」
一面の緑、木々の茶色。すっかり雨の気配を無くした空の青。太陽の暖かい黄色の光。様々な色。
――ここが“俺のいる世界だ”
「よしっ。」
首には薬の入った小袋が下がっている。俺は気合を入れて、また走り出した。
円形に広がった空間が木々に紛れて消えていく―――