第四章    二人の絆

第二話 一人の辛さ

 

道を少し外れた所、草を掻き分けて開けた空間に、その小屋はあった。

頑丈に作られた丸太小屋。しかしよく見てみると所々に荒削りな部分が見受けられ、プロの者が作ったのではないことを思わせる。おそらくはこの虎獣人が建てたものなのだろう。なんとなく温かみが感じられるのは、木漏れ日や木の温もりによるものだけではなさそうだ。

「入ってくれ。」

虎獣人は木のドアをゆっくりと開け、俺を招きいれた。

小屋の中はきちんと片付いていた、というより物がなくてそう感じるのだろう。広い小屋の中にあるのは小さなテーブル、小さな暖炉、ぎっしりと本の詰まった本棚。そして、窓際に置かれたベッド。小屋と同じように作りが荒いところを見ると、これもこの虎獣人の手作りなのかと、感心させられる。

どうやらこの虎獣人はここで一人で生活しているようだ。だから物もそんなに多くない。大量の本があることから、この虎獣人の趣味は読書であることが分かる。それは医学書、料理の本、文庫までジャンルもバラバラである。本当に読んでいるのだろうか?外見からは、ん〜、そうは見えない。

虎獣人は奥のきちんと整えられたベッドの上に秋を寝かしつけ、上からゆっくりと毛布をかける。それからふぅっと息を吐いた。額にはじんわりと汗が滲んでいる。

「ありがとう、助かった。え・・・っと。」

「クロドだ。」

俺の考えを読んだように虎獣人・クロドは言った。

「ありがとう、クロド。本当に助かった。あ・・俺はラークだ。」

「ラークか・・・こいつは?」

「あぁ、こいつは秋、小向井 秋だ。それで・・どうなんだ?秋の様子は。」

俺は秋を見たときのクロドの表情を見逃していなかった。ああいう表情をした、ということは物凄い重い病気にかかってしまっている、と見るのが普通だ。例えば毒、とか・・・呪い、とか?もちろん、少し歩いていれば効果が切れるなんてことはあるわけない。RPGじゃあるまいし。

「こいつの病状は・・・・。」

クロドはそこで一旦そこで言葉を止める。神妙な面持ちで俺を見つめる。

そんな所で止めないでくれ・・・“このままCM”とかいうその“ため”は視聴者をイラつかせるだけだぞ・・・。しかし、それでも聞きたいと思ってしまうのは本能なのだろう。

緊張感漂うその状況に、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

病状は・・・?

「風邪だ。」

「はい?」

あまりにもあっけない答えに俺は素っ頓狂な声を出してしまった。自分は今、物凄く滑稽な顔をしているに違いない。

「か・・・風邪?うわっ、何だよ。びっくりしたぁ、いきなり倒れるから・・。死んじまうのかと思ってドキドキ・・。」

「話は最後まで聞け。」

「む?」

少々棘のある言い方で発言をさえぎられて、俺は少しむっとしてしまう。

「ただの風邪じゃないんだ。よく聞け。これは、この世界特有の風邪“ジャフウ”と呼ばれるものだ。こいつ、この世界に来てからそう時間は経っていないだろう。」

「あぁ・・今からだとだいたい半月ぐらいだが・・。」

「うん、発症の時期からして間違いないだろう。この病気はな、別の世界から来た生物がごく稀にかかってしまう病気なんだ。未だにその理由は分かっていない。気候の変化に対応しきれないとか、この世界の空気に他の世界とは違う成分が含まれているからだ、とか様々な考えが出されているが、はっきりしていない。そして、この病気にかかると・・・」

そこでまたクロドは言葉を止める。少しだけ言うのをためらっているようだ。なんだか、その仕草が俺の不安をより一層掻き立てる。

クロドがゆっくりと口を開く。

「五日以内には、死んでしまう。」

「!!」

俺は言葉を失った。

え・・今、こいつは・・・なんて言った・・・?

死・・・ぬ?
「じょ・・・冗談だろ?」

俺は驚きを隠せないまま、クロドを見た。

冗談と言って欲しい・・・。これはちょっとした悪戯だと・・。旅人だからからかっているのか?

 

お願いだ・・。

 

「・・・・。」

しかし、無言で俺を見つめるクロドの目は真剣だ。冗談じゃあ・・・ない。そう俺は悟る。

俺は秋を見た。秋は今は眠っているが呼吸は荒い。苦しそうに息を吸い、そして吐くごとに毛布が上下に動かされる。

「なぁ、どうにかならないのか!?」

俺はクロドの顔を見た。クロドは目を閉じ、腕を組んで必死に何かを考えていた。

「いや・・・・あるにはあるんだが・・・。」

「教えてくれ!!こいつをここで殺すわけにはいかないんだ!!」

俺には医学の知識が無いから、少しでも他人に頼るしかなかった。秋の病状をすぐに見分けたツワモノだ。きっとその対処法も・・・。

俺はクロドの言葉を待つしかなかった。

「一つだけ・・・・方法がある・・。」

前より少し低い声でクロドは言った。俺は唾を飲み込む。

「ここからだいぶ行ったところに商業の街があるのは知っているか?」

「あ・・・あぁ、次はそこに行く予定だったんだ。」

俺が食べ物がうまいとさっきまで話していた街だ。名前は・・・やはり思い出せない。まぁ、生き物の記憶力なんてこんなもんだろうとあきらめる。

「お前に行って欲しいところがある。よく聞け。この小屋を出て小道に出る。さっきお前らがいたところだ。そこから道に沿って行くと森を抜ける。・・・・ここまでは迷わずに行けるな?」

自分の記憶を辿って、今来た道を頭に描く。俺は黙って頷いた。もともと歩いてきた道は一本道だったから迷うはずはない。俺は方向音痴ではないはずだ。

「森を抜けると道は森に沿って左へと進んでいる。真っ直ぐに、だ。そしてそこを進むと商業の街、ロンデバザールがある。」

ロ・・・ロンデバザール、でござーる?奇妙な言葉が俺の頭に浮かび、間抜けな顔をした三匹の猿が脳裏を横切る。

・・・・なんじゃい。

 

そ・・・・そういう名前だったっけか?

そんな名前の街があったような・・・なかったような。俺の脳内検索はその名前にヒットしてくれない。物凄く曖昧だ。

「あぁ、街の名前は覚えていないが、道はそんな感じだったな。」

それでだ・・。とクロドは人差し指を立て、真剣な眼差しで俺を見た。

「ここからよく聞け。お前の行くのはロンデバザールではない。ロンデバザールとはまったく逆方向なんだ。」

「え?でも逆って言っても道が・・・。」

確か、前に行ったときには道はなかった気がする。ただひたすら左へと伸びる道が続いているだけだったはずだが・・・・。

クロドはふうっ、と息をついてその巨体を動かし、棚の上の紙を取り、それをテーブルの上に広げた。俺もそれが見やすいように椅子の上にあがる。

その紙には森を中心とした経路が書かれている。そう、このあたりの周辺地図だ。

俺は、最初から地図を持ち出してくれればよかったのに・・・・、という言葉を飲み込んだ。

今はクロドの話を黙って聞くしかない。

「今、俺達のいるのが、ここ。安らぎの森、ティアノットと呼ばれるところだ。」

そう言って森の部分らしき、黒地帯に赤鉛筆で丸を描く。

「そして、この村の出口がここ。そこから左の道へずーーーーっと行ったところ。ここがロンデバザールだ。」

そう言って、今度は森の出口らしき部分(地図で言うとちょうど真ん中から上に少しずれた部分にあたる)から左へすーーーっ、と線を引く。それが地図の先端の小さな凸マークへとぶつかる。クロドはそこでそのマークの上に×印をつける。クロドの“ずーーーっと”のタメの長さ、地図の線の長さからロンデバザールは、まだ相当な距離があることが分かる。秋をそこまで背負っていくなんて無理な話だった。クロドに見つけてもらって本当に助かったかもしれない。

「お前の行くのは、こっちだ。」

そう言って、ロンデバザールと逆方向に線を引いていく。もちろんそちらには地図上でロンデバザールにつながっているような白い道は描かれていない。描かれているのは一面のグレー。何もないところだ。そこにクロドは線を引いていく。

からかっているのかと思ったが、しかし本人は未だ真剣な眼差しを地図に向けている。

「ここだ。」

線を引き終え、その場所に×印をつける。その場所には山の形を示す弧がその×印を囲むように描かれている。

「お前は、ここの街に行くんだ。」

「・・・街?」

そこには山の記号しか存在せず、ロンデバザールのような街を表す凸形の記号はそこには見当たらない。

「こんなところに街があるのか?地図に載っていないじゃないか。」

「あぁ、地図には載っていない。しかし、ここには街があるんだ。」

「?」

なんとなく矛盾しているようなことを言うクロドの言葉に俺は首を傾げてしまう。

秋の方に目を向けてから、クロドは言った。

「近場だと、ジャフウを治せる薬はここにしかない。こいつを死なせたくなければ、信じろ。」

「わ・・・分かった。その街に行けばいいんだな。」

俺は一つ頷いた。

「ただし、ここからだと獣の足でも丸一日かかる。あくまで発症から五日以内、いいか?“以内”だ。三日間はその病状が悪化するということはないが、四日、五日となると分からない。それに・・・・。」

クロドはそこで言葉を止めた。少し、言うのを躊躇っている様だ。目が宙を泳ぐ。

「薬がもらえる保障はない・・・まず第一に中に入れてもらえないかもしれない・・・。お前はそれでも行くのか?」

保障がない?入れてもらえない?

どういうことだろうか?その言葉が本当であれば、危ない綱渡りだ。

だが・・。

「当たり前だろ!!俺は・・・それしか方法がないってならその方法に賭けたい!!絶対に見殺しにはしたくない。秋は大事な仲間だ。絶対に・・・死なせない!!」


そうだ、俺は秋を時空管理局まで無事に連れて行くために今まで旅をしてきたんだ。こんなところで死なれてたまるかってんだ。それに・・・・まだ、あいつと旅を続けたい、そう思うから・・・。

 

「そうか・・・。」

クロドの顔が、緊張の糸がほぐれたようにほころぶ。

「分かった、こいつの面倒は俺が見ておく。これ以上病状が悪化しないように見ておくよ。」

 

「なぁ、一体あんたは・・・・。いや、なんでもない。秋を頼む。」

「あぁ。」

俺はドアの前へと移動し、一度秋の方を振り返る。

 

秋、きっと戻るよ。俺はお前を絶対に死なせたりはしない。

出来るだけ早く帰るから・・・待っててくれ、秋。

俺は飛び出した。朝から発症しているからタイムリミットはあと四日半。

苦しみを少しでも短くするために・・・急げ、俺。

 


 

 

森は俺の焦りなどまったく知らないように静寂を保っている。時々漏れてくる光が目にちかちかと鋭い針のように射してくる。俺は時々、それを払うように首を思い切り左右に振った。もちろんそれで光がはらえるわけではないのだが。ただ邪魔をしないでくれと心の中で叫んでいた。

俺はただ、走っていた。

 

突然、光がかげる。太陽を雲が隠したのだ。俺にとって、これは幸運なのか、それともこれからの不運の始まりなのか・・・。確かにまぶしくはなくなった。そのかわり、空気が湿っぽくなってきているような気がした。



これは・・・マズイ。



雨が降ってきでもしたら、道がぬかるんで思うように走れなくなってしまう。ただでさえ、山道があるのだ。ぬかるんだ山道ほど、走りにくいところはない。

今のうちに距離をかせいでおかなくてはいけない。

「ちくしょう・・。」

俺は足を速めた。

 

 


しばらくすると森を抜けた。その場所には一面に草原が広がっている。正面には高い一本の杉が立ち、その向こう遥か先にうっすらと山の稜線が見えている。

そして、その草原に左へと伸びる一本の整備された道が森からの道から直角につながっている。この道をずっと行くとロンデバザールの街につくのだ。

 

しかし、俺の目的地はそこではない。

「こっちか・・・本当にあるんだろうな。ちっ・・。」

悪態をついてから、俺は道に背を向けた。前には草しか見えない。本当にこんなところを進んで行って、街などあるのかと再度、疑ってしまう。

 

空は一面グレーの世界。太陽はどの辺にあるのだろう。太陽を見れば大体の位置や時間が分かるのだが・・・。こんな天気である以上、贅沢は言ってはいられない。

俺は一本杉の背にして、また走り出した。

ただひたすら真っ直ぐだ。クロドはそう教えてくれた。

ただクロドの言葉を信じて俺は舗装のされていない道を走る。きちんと舗装されている道とは比べ物にならないほど走りにくい。足を踏み出すごとに生い茂った草が足を、体を、顔をこすっていき、それは時々痛みを俺に残していく。それに加えて、所々にでこぼこに波打った部分が存在し、俺の足をもつれさせた。

それでも俺は走るしかなかった。

 

 

あたりがだんだんと暗くなってきているのが分かる。

このぐらいだと四時、五時といったところだろうか。確かクロドの小屋を出たのが昼過ぎだ。そんなにも走っていたのだろうか・・。

今まで忘れていた感覚がどっと押し寄せ、重くのしかかる。

疲れた・・。

俺は歩みを遅め、必死に呼吸を整える。

 

 

どれくらい来たのだろうか?前に山の輪郭が見え始めているから、大方半分以上は来たのだろう。周りは相変わらず草原が広がり、それが風によってただざわざわと揺れている。先ほどまでと違うのは所々に大きな木が生えていることくらいか・・・。左右に分かれて立っている木は、昔にはこの中央に道が伸びていたことを思わせる。今は草がこれを支配しているのだが・・。

 

空を仰ぐと広がるのは曇天。

それが濃く、厚くかかっているので、夜の訪れと共に周りが暗くなってきている。

世界が暗闇に飲み込まれていく様を見ていると、不安は募るばかりだ。

秋は・・・大丈夫だろうか・・。

気持ちが悪い方へ、悪い方へと向かっていく。

 




ポツリ



 

最悪だ・・来てしまった、この時が。

その粒は一つ落ちて俺の鼻を濡らしたかと思うと、また一つ、また一つと耳を尾を体を打ちつけていく。

 

雨・・だ。

 

「ちくしょう・・。」

一つ悪態をついて、俺は木の下に潜り込んだ。

 



一人というものは寂しい。

何故、こんな気持ちになるのだろう。隣に誰かがいないということは、こんなにも寂しいものなのか。俺は知らずのうちにいつも共にいた仲間に、秋に安らぎを、温もりを求めていたのだろうか。こうして雨が降っていたときでも、隣に立つ存在があるだけで安心できた。こんなときに自分の弱さを感じるなんて思いもしていないかった。

そう、俺はこんなにも弱いんだ。

「秋・・・。」

一人つぶやく。周りを見渡してもそこには誰の姿もなく、ただ雨の雫が落ちる軌跡が見えるだけだ。

・・・俺は、一人なんだ。

一人・・・

寂しさが限界に達し、気付かないうちに俺は泣いていた。

秋・・・。

今度は声に出さずに心の中でつぶやいて、俺は乱暴に涙を拭った。

 

俺は雨の中を走り出した。体毛が雨を吸って重くなり、体に張り付いてくる。

それでも俺は走った。

ただひたすら。

 

精一杯に夜目をきかせて走っても、暗闇のひろがるその空間は、俺の行く手をさえぎる。

俺は暗いところが苦手だ。

でも、今はそんなことを言っている場合ではない。

雨が降る草原を、俺はただひたすら走るしかなかった。




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