第四章 二人の絆
第一話 走る狼
もうどれだけ走ったのだろう。
そんなことが分からなくなるほど夢中で走っていたのかもしれない。
時には土、時には舗装された道、そして、険しい山道。
行けども行けども道は続く。
俺は必死で走っていた。体から滲み出てきた汗を俺の毛が吸い込んで体中にぴたりとはり付く。いつもは感じるその不快感も今は考えている場合ではなかった。
「待ってろ・・。」
俺はまだ目の前に見え始めていない目的地に思いを馳せる。
急がないといけない。俺を待っている奴がいる。そう考えると自然と足も速まってくる。
俺はラーク。言葉を喋る狼だ。
首には赤い首輪、そこから下がる時空管理局のペンダント。銀色の毛並みを持ち、額の辺りから鼻の近くまでは色が濃くなっている。額には自分でもよく分からない紋章が刻まれていて、以前はずっとこれが何なのか考えていたが、今ではそれほど気にならなくなった。生活には支障はないから、俺は気にしないことにしたんだ。確かに気にならない、ということはない。でも、この紋章に関してなにがあったとしても俺は負けない、とサンタマーナの街でそう決心したから・・。
今までに挙げたものは、俺が以前から身に付けていたものだ。そして、その他に一つ、俺の右足に巻きつけられた黄緑色の布。これはあいつが俺の怪我を治療してくれたときに巻いてくれたもの。怪我が治った後もこうして付けているのは、単に気に入ってしまったからである。今では、これが俺とあいつとの二人の絆の証だと思えてくるんだ。(あいつはそうとは思っていないかもしれないが・・。)"あいつ"・・・・そう、俺が人間界に行ったときに出会った人間、小向井 秋。
突然の事件が起こり、秋はこっちの世界“獣人世界マティオス”へとやってきてしまい、その結果、俺は元の世界へ返すために、共に時空管理局へ行くことになった。「秋・・・。」
俺はそう一言つぶやいてから一度立ち止まった。ずっと走っていたためだろう、息が苦しい。自然の空気を少しでも速く、多く入れようと深呼吸をする。あまりにも急いで吸おうとしたために、少しむせてしまう。
「かはっ・・・・はぁ、はぁ、はぁ・・。」
そしてまた俺は走り出す。
急がないと・・・・。
俺が何故走っているか?それは二日前の出来事にさかのぼる。
俺と秋は次の街へ行く途中、森の中で野宿をしていた。
野宿は今までにも何度かしていた。時には今のように森の中で、他には平原の中に大きく生える木の根元で。最初は不慣れだった秋も今はより眠りやすい場所、安全な場所を自分で探せるようになった。こういう場所での生物の適応能力ってのは凄いものだと思う。
・・・え?俺?俺は地面があればどこだって眠れる。
まわりを見渡せばあるものは木。木は深緑の葉を揺らし、その揺れによってうまれたわずかな隙間から木漏れ日が射し込み、光の斑点を地面にかたどる。そのさまは、まるで星を地面全体に散りばめたようだった。乾いた土で出来た道は、ただ一本その森の中を伸びていた。森を無理矢理こじ開けているようなその道は、今いる場所からはまったく終わりが見えなかった。
今日も晴天。木々の隙間から見える空は抜けるような青で、日差しがとても温かい。時々のぞく白い雲は、穏やかな風に吹かれてただのんびりと流れていた。
きっと、日向ぼっこでもすればどのくらいだってこの中でまどろんでいられるだろう。そんな中に俺達はいた。
俺は目覚めた。
「・・・・・?」
いつもは秋が俺をゲンコツでたたき起こすはず。これは俺が寝起きが悪いからだ。おかげでだいぶ頭も強くなったような気がする。
・・・・。
・・・・笑えない。このまま慣れてしまったらいずれは顔の形が変形してしまいそうだ。自分の顔に自信を持っているわけではないが、救済も出来ないような顔になることだけは避けたい。一応、恋も盛んな17歳だし・・。
まぁ、そんなことは置いておいて。
今日はそのゲンコツが飛んでこなかった。俺は疑問を抱かずにはいられなかった。
疑問を繰り返し、そして、一つの結論に行き着く。
ま・・・まさか俺が目覚める頃を見計らって・・。そうだとしたら・・・あ、悪質だ。これは本格的に対策を練らなければならない。俺はそうはさせまいと、起き上がった瞬間に後ろへ飛び退った。
「さ・・させるかぁ!!・・・・ってあれ?」
?
俺の考えはあっさりはずれた。身を起こすと目の前には秋はいなかった。周りを見渡してみると、秋は昨日の夜と同じ場所、木の根元の部分に腰を下ろし、木にもたれかかって静かな寝息を立てていた。
珍しいこともあるんだな・・。俺は首をかしげた。
いつもなら秋の方が先に起きる。本人曰く、これが毎日の朝練の成果だという。いつも何時に起きるかというと、朝六時半。冬だったらまだ暗くてもおかしくないんじゃないかという時間帯だ。俺はそんな時間に起きることはおそらく、ない。
・・・・いや、絶対にない。朝は苦手なんだよな、俺。だからこうしてたたき起こされることに慣れてしまっているわけであって・・。(汗
「おーい、秋?」
とりあえず突っついてみる。
つんつん。
「反応がない、ただの屍のようだ」
自分の中で思いついたフレーズを口に出してみる。まぁ、そんなことあるわけないが少し笑えた。
「起きろーっ。」
「ん・・・?」
俺が秋の肩に前足をかけて揺らすと秋は小さな反応を示した。
とりあえず“ただの〜”説はなくなった。一安心だ。
「おーい、朝だぞ〜。秋〜。」
もう一度呼びかけると秋はゆっくりと目を開けた。それでも目は半開き。まだ起ききってはないようだ。
「おはよう、ラーク・・・。」
「・・・?・・おぅ、おはよう。」
いつもどおり朝の挨拶を交わすがなんとなく元気が感じられない。
気のせい、だろうか?
「めずらしいな。秋が俺より早く起きないなんて。」
「ん・・・ごめん。さぁ、行こうか。」
そう言って立ち上がると秋は少しふらついた。立ちくらみか?
「?」
俺は違和感を感じながら、歩き出した秋の横についた。
なんとなく気になって秋を見上げる。秋はまだ眠いのか、開ききっていない目を前に向け、ふらふらと歩いていた。
疲れのせいか?と俺は思った。確かにこのところ歩きっぱなしだったし、この世界に来てから初めてのことがたくさん起きていたからな。疲れていても仕方がない。
「秋、疲れてないか?少し休んでいくか?」
俺は秋を見上げながらそう言った。すると若干遅れて秋はこちらを向く。
「え・・あぁ、大丈夫大丈夫。疲れてなんかないって。」
「そ・・・そうか?」
こちらに向けたのはいつもの笑顔。やっぱり俺の気のせいなのだろうか。
「えっと、次の街は俺も行ったことがあるぞ。確か名前は・・名前は〜〜〜。・・・・・忘れた。とにかく商業が盛んな街でな。たくさんのうまいものがその街に集まっている。そこで週に二回開かれる“THE・秋(あき)の味覚祭典スペシャル!!”っていう企画がすごいんだよ。この世界には秋ってモンがないから、何でそんな名前がついたのかは知らないけど、ここに集まる食材がもう何とも言えないおいしさでさぁ。栗だろ?秋刀魚だろ?それにそれに・・・って、あれ?」
食べ物のこととなるとこんなにも周りが見えなくなるものなのか、少し反省。気付けば横に秋の姿はなかった。
いつの間に立ち止まっていたんだ?止まるなら止まるって言ってくれれば・・。
「お〜い、秋〜?」
!!
後ろを振り返るとそこには秋が倒れていた。
「し、秋!?」
うわっ、こんなところで眠ると、風邪ひきますよ、あんさん〜。
・・・って、おぃ!!一瞬、頭が真っ白になったが、俺はすぐに状況を理解した。
「お・・おい!!秋、大丈夫か!?」
駆け寄って見てみると、秋は苦しそうに呼吸をしている。やはりよく見れば顔色も悪い。気のせいではなかったみたいだ。
「ご・・・ごめん、ラーク。ちょっと駄目みたい・・。」
お・・・おぃ、ちょっと待て!!一体どうしたっていうんだ?
「し・・・秋!!うわわっ、死ぬなっ!!しゅう〜。」
足をかけて肩が外れるのではないかというほど揺らしてみる。もう、これ以上にないほど混乱していた。肩を揺らすたびに秋の首から上が前後にぶらぶらと揺れる。
「ラ・・・ラークっ・・・うえっ・・気持ち悪いから・・ちょ・・聞い・・くはっ。」
カクン
頭がぐたんと動かなくなる。自分が最後の止めをさしてしまったことにも気付かなかった。完璧に気を失っている秋を見て、一旦、俺は冷静さを取り戻そうとする。
うまれたのは・・・焦り、焦り、焦り。
・・・・ちっとも冷静になれない。なれるはずもない。もちろん止めをさしたことによる後悔はそこには含まれていない。
十秒ほどおろおろと辺りを見回しても、あるのは木、草、土。
俺には病を治せる知識なんてありはしないし、ここで休ませるにしても病状が分からない分、早く医者に診せる必要がある。
・・・・医者?
「そ・・そうか!!医者、イコール街だ!次の街まで行けば!!」
そうと決まれば秋をおぶって次の街に行くしかない。そうすれば医者もいるだろうし、秋のことも治してくれるはずだ。
そう考えた俺は早速行動を起こすことにした。秋の下にうまく鼻で隙間を作ってから、一気に下に潜り込む。
「よいさっ!!」
俺は意気込んで秋を持ち上げた。なかなか秋は重い。俺は足を思い切りふんじばって歩き出した。
よし・・このまま次の街まで、行くぞっ。
待ってろ!!今、連れてってやるぞ!!
着くまで死ぬなっ、秋!!
三分後・・・。
「駄目でした。」
秋に押しつぶされる形で俺は道端にへばっていた。人と獣の体格差は大きすぎた。犬の中でもシベリアンハスキーとか、セントバーナードとか、そういう大型犬なら人を乗せて歩くことも出来るんだろうけど・・。俺、そんなに体が大きいわけじゃあ、ないし。
高校生っていったらかなり成長している(しかも発展途上中)年頃だ。俺の上に乗せても、歩き始めるとすぐに体からずり落ちてしまう。そのせいで秋の服には所々にすり跡と汚れが。
・・・・すまん、秋。
「ど・・・どうすんだよ・・。」
よく考えれば次の街まで行くには相当な距離がある。そんな距離を俺がかついで運ぶことが出来るだろうか・・・気の遠い話だ。
いつ着くんだよ・・・。
このままだと本当に秋は・・・。
「だ・・・誰か。」
森の中心で・・・愛は叫ばないが、俺は誰もいない森の中でつぶやいた。
ガサッ
突然、木の陰から音をたてて人影が飛び出してきた。
「ちょ・・待っ・・。」
言い切る間も無く、またその人影は別の木の陰へと姿を消してしまう。
おそらくはこちらに気付いていなかった。それほどまでに急いでいたのか?
俺がその場で立ち尽くしていると、再度ガサッと音をたてて人影が現れた。
その人影の正体は虎の獣人の男だった。それも白い毛並みを持つホワイトタイガーの獣人。動物園などで「幸せの動物」とか言われている、あのホワイトタイガーだ。その獣人は茶色の何かの毛皮で作ったようなチョッキに、下は深緑のパンツ。靴は履かず、裸足だった。見えている腕の筋肉は相当なものだが、お腹はたるんでいる。触ったら気持ちが良さそうだ。
その虎獣人はこちらに気付くと、近くまで寄ってきた。先程木から木へ移ったときの素早い動きが嘘のように、のんびりとした歩調だ。一歩、一歩と歩く度にずしりずしりと重々しい音が響いた。
「どうした?こんなところで寝ていると風邪ひくぞ?」
最初の反応が俺と同じだ・・・。
「た・・助けてくれ!!俺の仲間が大変なんだ!!」
そう俺が必死に叫ぶ。
「これは・・・・。」
その虎獣人は秋の体を仰向けにして一瞥すると小さい目を細くして眉根を寄せた。
「俺の住んでいる小屋が近くにある、とりあえずそこまで連れて行くぞ。」
「お・・おぅ。」
虎獣人が秋を背負って走り出し、俺もそれに慌てて付いていった。
秋・・・。
がくりと項垂れる秋の姿を見て、俺は心の中に不安を感じずにはいられなかったんだ。