第二章 サンタマーナ
プロローグ ある研究者の休日
ここは地下の研究室。
周りの壁を冷たいコンクリートに囲まれ、所々に部品の山。
角には本棚が三つほど並んでおり、そこには本が所狭しとしき詰めてある。
その部屋の中央にコードがたくさん集まった一つの大きな机があった。
これがこの研究室の作業場となっている。
そこは異質な空間に思えた。この世の場所でないような。
地上から隔絶された場所。
その研究室、机の近くに置かれた椅子に一人の獣人が腰掛けていた。
椅子の背もたれに体を預け、眠気のために重くなったまぶたを押さえて軽くマッサージをする。
目の周りのマッサージは目の疲れをよくとってくれると言われている。
「ふぅ・・・」
何日前に吸っただろう。
その獣人は一本の煙草をふかし、その長く突き出た口から一気に煙を吐きだした。
煙はゆっくりと立ち上っていき、そして最初からなかったかのようにその場から消えていく。
獣人はもう一度、煙草を咥えた。
ぐっと背伸びをしてから、肩をコキコキと軽快に鳴らした。
「いけねぇ・・・三日もぶっ続けでやってたのか・・・どうりで眠いし腹は減るし・・・。」
本人は研究中、まったく時間を感じていなかったらしい。
確かにこの部屋には時間を計るものは一切置いていなかった。
唯一つけていた腕時計も日付はついているが音が鳴らない。
それに研究中はこれをはずして作業をするのだ。
これは、何かがその時計に引っかかって危険な事態にならないことへの対処にしている。
ここの研究所に入ったのは三日前。午後二時に入って、今が正午。約三日間もこうして研究に没頭していたのだ。
その間、一切、差し入れはなかった。
もちろんそれは自分が「研究中は食事はいらない」と話したからである。
誰に?
そりゃぁ、もちろん。
それに研究に集中しているときに人に立ち入られると気が散ってしまうからだ。
三日間、人が何も食べないでいるのは無理なことだろうと思う。
しかし、人というのは水だけあれば何日かは過ごすことができると聞くし。
(まぁ、自分だけが勝手にそう思っているのかも知れないが。)
それに獣人の体というものは、少しの間、食事をしなくても大丈夫であるような適応をしているそうだから。
最も、度々重ねられた徹夜の作業にもう慣れてしまったから、というのもある。
自分で自分が怖いな。
煙草がなくなってきた。
短くなった煙草を灰皿でつぶして、完全に火を消す。
煙草からでた、最後の一筋の煙が消えてなくなった。
「今日は・・・金曜か。12時だし、今日は寝るか。」
地下から、地上へと戻るための階段を重たい足取りで一段ずつ昇り、その終着点である鉄のドアに手をかける。
ノブをまわすとそれは鉄独特の金属音を立てて開いていく。
押し開いていくと明るい世界が見え始めた。
そこへ足を踏み入れていく。
闇から光へ。
顔を上げると、まぶしかった。
地上は昼、窓から覗くと雲が一つ二つしか浮かんでいない。
すっきりとした空だ。
日差しに照らされた部屋はほのかに暖かい。
その温かみがまた眠気を掻き立てる。作業中はあれだけ眠気さえも感じていなかったのに陽の暖かさを感じた途端にこれだ。
人の体ってのはよく出来ている。自分の健康状態に合わせて勝手に対応してくれるんだから。
大きくあくびがでた。
静まり返った部屋。温もりの残る部屋。一人の存在だけがあるその部屋。
木製の机に書置きが一つあるのに気がついた。
そこには小さくしっかりとした字で
「ちょっと隣の街に出かけます。土曜には帰ってきます。」
と書かれていた。
(そうか。あいつ友達のところへ行くって言ってたような気がするな。)
書置きを元の場所に置いてその書置きに手近に置いてあったペンで(了解)とただ二文字を書いて、それに日付を付け足した。
はっきりとしない思考のまま、ガシガシと乱暴に頭の毛をかき乱して、もう一度大きな欠伸をした。
暖かいその部屋を通じて入れる自分の寝室。
日当たりのいい、明るい部屋。
大きなベッドが二つ、そのうちの一つが自分用だった。
はりの入ったシーツ、光に照らされてより一層白く見える。
ベッドを見ると眠くなくても眠気が増してしまうのは何故なのだろう・・・。
さっきまであった空腹感もすっかりなくなって眠気がすべてを支配している気がした。
そのままベッドへと倒れこむ。
ベッドに備え付けてあるバネでベッドが上下に揺れた。
伝わる布団の感触。
さっきまで日に当たっていたため、布団が心地よく温まっていた。
柔らかな布が鼻をくすぐる。
「うぃ〜。あったかい〜♪」
そんな情けない声を出して、そのふかふかの感触を楽しむかのように体を揺らす。
ベッドを作った人に感謝をしたいほどだ。
ありがと〜♪
ゆっくりと目を閉じていく。
一分もしないうちにその意識は遠のいていく。
火花で少し焼け焦げた白衣、こすってついた汚れ。
一人の獣人がベッドに横になっている。
(あぁ・・・こんな格好で寝たら、またあいつに怒られそうだな・・・。)
(・・・・・まっ、いっか・・。)
・・・・zzz。
意識はそのままゆっくりとその空間にとけていった。
こうしてある研究者の休日は過ぎていく・・・。