第六話 新しい出発点
時が再び動き出した。エルの衝撃波が秋達の“いた”場所に鋭い爪跡を残した。
そこには誰もいなかった。ただ砕けた瓦礫が転がっていた。
「!?」
エルが周りを見渡して、そして驚愕の表情を見せた。
秋達はエルの後ろにいた。時が止まっている間にラークとロックを移動させたのだ。
ラークとロックは何が起こったかわからず、周りを見回す。
「な・・・なにがあった!?」 「う・・俺もわからねぇ・・。」
そんな中、秋だけが冷静にその場に立っていた。
語りかけてきた声。意志の力。これならみんなを守れる・・戦える!
その瞬間、秋の左手が青白く光り輝き始めた。そしてその光がだんだんと形を変形させていく。
二方向に分かれ、おおきな弧を描きその両端が一本の細い線でつながった。
「光の・・・弓?」
「秋・・それは・・!?」
まさにそれは光によって形作られた弓だった。
ロックとラークが驚きの表情を見せている。
「話は後だ。二人とも・・下がっていてくれ。」
そう秋が言うと二人はゆっくりと後ろに下がってそのまま秋を見ていた。
秋が上を見上げる。そこには恐怖の表情を見せるエルがいた。
「行くぞ、エル。これで・・終わりにしよう。」
秋が光の弓を引き絞る。その光はまるで本物の弓のように秋の弦の引きにあわせて大きく広がった。違う・・それは本物の弓なのだ。
秋が完全に引いて構えの状態に入ると、それを待っていたかのように一本の矢があるべき場所に収まった。
「や・・やめて・・!!やめ・・やめろぉぉぉ!!」
エルがエルの声でないような声で叫んで、もう一度最大の攻撃の衝撃波を繰り出した。
「いっけぇぇー!!」
秋が叫んで光の矢を放つ。それは大きな帯を描いてエルに向かっていき、あっさりとエルの衝撃波をかき消し、なお向かう。
「な・・なに!?ギャ・・ギャァァァァ!!!」
エルが断末魔の叫びとも思える声を出し、光の帯に包まれていく洞窟内に眩しすぎるほどの閃光が走った。
(これでやっと・・・)
秋は閃光を腕で遮りながら、小さくうなづいた。
しばらくしてまた闇が戻ってくる。
「や・・やったのか?」
突然の閃光からまだ暗闇になれないラークが目を閉じながら言った。
「そ・・・そうみたいだな。」
と、ロックも言った。
秋はふぅっと一つ息を吐いた。すると秋の左手を包んでいた光はすぅっと音も立てずに消えていった。
「・・・ありがとう。」
秋はそう静かにつぶやいた。
「くっ・・」
その時、近くで小さなうめき声がした。
秋達がそこへ向かっていくとエルがいた。
服がボロボロになり、体に焦げ付いた跡や傷が見える。
「まだ生きていやがったか!!」
ラークがそういって、爪を立てたが秋がそれを止めた。
「待って・・ラーク。これ以上はもう意味がないよ。」
「なっ!?」
秋がエルを抱き起こす。
「エル・・・大丈夫か。」
「秋・・・お兄ちゃん・・・。」
話すのももう難儀になっているほどエルは疲れきっていた。
「エル・・・もういいだろう。俺には君がずっと苦しんでいるように思えてならなかった。教えてくれ・・君の事、すべてを。」
・・・。その場の全員が黙っていた。
エルの目は元の澄んだ目に戻っていた。様子も最初の弱々しい様子に戻っている。
「・・分かった。話すよ・・。」
エルの目からは一筋の涙が流れていた。やっと救いの手が差し伸べられたように、その顔は穏やかだった。
エルは重たい口を開いて話し始めた。
私の生まれた村はキルケ。周りを木々に囲まれた小さな村だった。
私はそこで人形として「生まれた」の。
そして、その私を作ってくれたのが私の大切なお姉ちゃん。クルトお姉ちゃんだった。
お姉ちゃんの年齢は五歳。黄色の毛色をした、かわいらしいお姉ちゃんだったのをよく覚えている。お姉ちゃんはいつも私を持ち歩いていてくれた。
大切にされたものには心が宿るって聞いたことがある。
・・・・私もその中の一つだった。
お姉ちゃんは優しかった。・・・私が汚れていると綺麗に汚れをとってくれた。かわいいリボンをつけてくれた。おままごとを一緒にした。楽しい日々。かけがえのない日々。表情に出すことは出来なかったけど、話すことは出来なかったけど、本当に楽しかった。
お姉ちゃんが私をかわいがってくれて私はうれしかった。私はお姉ちゃんが本当に大好きだった。だから私は人形としてではなくて本当のお姉ちゃんの妹として会いたかった。
・・・ちゃんとした獣人になりたかった。
そんな幸せが続いたある日・・・・。
私の村で火事があった。そう・・・それは、赤い魔物だった。
木々がたくさん生える村では炎は一斉に広がった。逃げる暇などなかった。
私の村をいっきにその魔物が飲み込んでいった。
怖かった・・。
必死に助けを求める声・・。
悲痛の叫び・・焼けていく人たち・・・それを私は見ていた。
そこは・・・地獄だった。私は一人、お姉ちゃんがくるのを待っていた。
その時がくるまで目をつむっていた。静かな時・・長い時間も一瞬に感じられた気がする。
目覚めたとき、そこにはお姉ちゃんは・・・いなかった。
周りは黒くなった木材だらけ。村の中にあった池の水も枯れ、周りが黒と白の色しかない世界に思えた。
そんな中に私はいた。私は周りを見渡した。
「お姉ちゃん・・どこ?・・・お姉ちゃん・・」
違和感があった。・・・声が出る。手足が動く。
私は獣人になりたいと願った。その願いが叶ったのだと思った。
秋お兄ちゃんと同じ、意志の力みたいなものだったんだと思う。
でも私は気づいた。強い願いのもとで私は獣人に近くなった。
その願いは叶ったらそれで終わり、それは夢。不思議とそう確信していた。
いつかは覚める・・・きっともとに戻ってしまう時がくる、と・・。
お姉ちゃんにあったらそれできっと終わってしまうんだろう。
ずっと一緒にはいられない・・。
そう考えた私はお姉ちゃんがまだ生きていることを信じて、ちゃんとした獣人になるための方法を探し始めた。
私は村から離れて大きな街に行った。
そこで書物を片っ端から調べた。
でもその方法を見つけるのは無理に等しかった。今までにそんな願いをしたものはいなかったから。
そんな時、噂を聞いた。街の裏道で三人で話していた人たちがその話をしていた。
つい、一ヶ月前。それは・・
「生き物を2000人、犠牲にして殺すことで物を完璧な生き物にすることが出来る。」
というものだった。
私は正直、驚いた。犠牲にして・・・殺す?
お姉ちゃんには会いたいけど・・・人を・・殺す・・・そんなことって・・。
私はつい一週間ぐらい前まで悩んでいた。
選択肢は二つ。 やるか・・やらないか・・・。
ふと気づく・・・迷う必要はなかった。
私はお姉ちゃんに会いたい。それだけが願いだったから。
私はその日から・・・鬼になった。わきあがる力を感じていた。
不思議な力が使えるようになっていた。
手始めに・・その街を滅ぼした。
簡単だった。私が腕を振り下ろすだけで何人もの獣人が倒れていく。数えている暇もなかったくらい。
その時、私の中で何かが生まれた。認めたくなかったけど・・私は、楽しんでいた。
おかしくなっていた。体の中を何かが蝕んでいく感じ・・。
自分の中で赤く光る、何かを感じた。人を殺すことを、なんとも思っていなかった。
壊れていた。
私はただ噂だけを信じて行動していた・・・。いつかは望みが叶うことを信じて・・・
「そんなことが・・あったのか。」
秋がエルを抱えたまま言った。
「キルケ・・・どっかで聞いたことがある名前だな・・。」
と、ラークが静かに言った。
「・・・」
ロックは静かに目を閉じて耳を傾けていた。
エルの目からまた涙が一つ、零れ落ちた。
「・・・その噂もなんとなく嘘だと気づいていた。残ったのはこの私の忌々しい力と人を殺したいと願う欲望から生まれた、私の人格・・・。こんなことをしても、もうお姉ちゃんには会うことはできない。きっと前みたいには幸せにはなれない。」
エルの声はとても弱々しかった。
「・・違うよ。それは。」
「え?」
秋は静かに言った。目から一筋の涙が流れる。
「違うよ・・エル。君はお姉ちゃんにきっと会うことができる。きっと・・幸せになれる。確かに君のやってきたことは間違っていたかもしれない。でも・・君の、お姉ちゃんに対する気持ちは本当だから。誰かを思うということは本当に素敵なことだから。
君の裏の人格ももとはお姉ちゃんに会いたいという望みから生まれてしまったものだ。君は苦しんでいた。だから・・幸せになるんだ。苦しんだ分、いや、それ以上に。だから今はゆっくり休むんだ。目を開けたときにはきっと望みは叶っているはずだから。そのときには・・俺も仲間に入れてくれると嬉しいな・・。」
秋はそういってにっこりと微笑んだ。
「う・・うん!!きっと・・・だよ。ありがとう・・秋お兄ちゃん・・。私、最後にお兄ちゃん達と会えてよかった。本当に・・ありがとう・・そしてごめんなさい・・・。」
エルの体がほのかな光に包まれていく。その光がだんだんと薄くなっていき、なくなった時にはエルはもうすでにそこにはいなかった。
エルのつけていた香りがかすかに残っていた。その香りがたまらなくせつなかった。
いつもおびえた顔をしていた彼女は最後に確かに・・・
笑っていた。
・・・騒がしかった部屋に静寂が戻った。
「そうか・・思い出した。キルケってのは約二ヶ月前に大火災によって滅んでしまった村だ。確か生存者はいなかったって聞いている・・。」
ラークが言う。
「そうか・・だったらあの世で再会できるといいな・・・。」
ロックが上を見上げて言う。
秋は立ち上がって上を見上げた。
「エル・・・またね・・。」
そして、秋達はラシエに戻ってきた。
外の世界はもうすっかりオレンジ色に染まっていた。
オレンジ色の中に混じって深い赤がオレンジ色を飲み込んでいく。
地面や草に反射した光が妙に目に眩しく感じられた。
滅ぼされた小さな村。そこから少し離れた場所の小さな崖のある場所。
そこに木の十字架で作った簡素な墓が二つ立てられていた。
一つはラシエの村の人たちのもの。もちろんその中にココも含まれている。
もう一つのはロックの仲間の分だ。
ここに墓を立てようといったのはラークだ。
ラシエの人たちはここから見える、景色が好きだったからだそうだ。夕焼けの沈んでいく様子がはっきりと見える。眼下に広がる森林を紅く照らす、その雄大さは感動的だった。
墓が二つに加えて、三つの影。秋達が墓の前に立っていた。
ラシエの村人の方の墓には小さな花が三本、細々しい茎に小さな水色の花が咲いている。
ココの好きだった花のようだ。花が時折吹く風にその小さな花びらをそっと揺らす。
三人ともただ黙ってその墓を見つめていた。
当たり前のような時間をすごしていた家族、仲間。それが隣にいない、傍にいない。
帰ってこない。そう考えるだけで心が痛む。
秋も何も言えずにその場にいた。ただ二人に対して気を使って黙っていたわけではなかった。その二人を見て昔の自分のことを思い出してしまったからだ。
失われる命・・・一つの命の重み、悲しい記憶。
秋は二人の後ろで気づかれないようそっと涙を零していた。
それぞれの想い、それぞれの考え。穏やかな風が木を揺らし、落ちてきた葉が頬をくすぐって落ちた。
また青々とした葉になるために木に芽吹くという儚い夢を思いながら・・・。
夜の帳が落ちていく。一つの揺らめく炎を囲んで三人が腰掛けている。
周りは昼間の騒ぎが嘘だったかのように静かだった。
ロックのだしてくれた食糧に舌鼓をうちながらも秋とラークは今まであったことを話した。
人間の世界から飛ばされてきたこと。焼かれた村のこと。洞窟内で手に入れた意志の力のこと。ロックはその話を何一つ疑うことなく信じてくれた。
その話を終えたときにはもう夜も遅く、秋達は暗闇の中で眠りについた。
消えた焚き火の木がパキンと乾いた音を立てた。
・・・・次の朝、旅立ちの朝。雲が穏やかに流れる、いい天気だった。
「それで、お前達はこれからどうするんだ?」
ロックが聞く。
「とりあえず、時空管理局まで行こうと思う。秋をもとの世界に帰さなきゃいけない。」
ラークがそう答えた。
「それじゃあ、ここから南に行ったところにサンタマーナって街がある。そこに俺の知り合いでガトっていう親父がいるからその人を訪ねるといい。きっと役に立つ話を聞かせてくれるはずだ。」
ロックが行くべき道を指差してくれた。
「ロックはどうするの?これから。」
秋がロックと同じ質問を聞き返す。
「そうだな・・・。俺は一人で旅に出ようと思う。お前らと一緒に行こうかとも思ったんだがな。まだ、気持ちの整理がついていないんでな・・・。」
「そう・・。残念だ。それじゃあ気持ちの整理がついたら、また会おう。」
「あぁ・・・きっとだ。」
秋、ラークがロックと握手を交わす。
秋はラークがただお手をしているだけのように思えて、少し笑った。
二つの分かれ道。秋達は左へ、ロックは右へ。
ロックは歩き出していく。秋はロックの姿が見えなくなるまで手を振っていた。
出会いと別れ、別れと出会い。相反するものだけどそれは必ず新しい出発点となる。
また会えることを信じて・・・。きっと、また!!
秋がぐっと背伸びをし、リュックを背負いなおしてから深呼吸をする。
ラークもしばらく村の方を見ていた。
そして、誰にも聞こえないように(さよなら・・・)と告げた。
それからぐっと伸びをして前を向く。
「さぁ・・・俺達も行こうか!!」
「あぁ!!」
次の目的地はサンタマーナの街だ。
それぞれに背負うものは辛いものだけど・・・負けないで進んでいこう。
秋達は前を向き、真直ぐにその道を歩き出した。
旅立ちを歓迎するように空は澄み渡っていた。
第一章 ――― 完 ―――