4.矛盾だらけの世界



「ぐはぁっ!!」
ある場所でそんな苦痛の声がした。体じゅう切られて血が溢れ出し、その血が落ちてその場に赤い水溜りが生まれる。そしてどさっと重い音がした。その体はもう動くことはなかった。
死体は全部で二つつ。最後の一人がそこに残った。
「ひ・・ひぃぃぃ!!こ・・殺さないでくれ!!や・・・やめろ!!」
ぐしゃ!!
何かを切り裂く音が聞こえる。鮮血が飛び散る。
そしてそこにはまた死体が一つ増えた。
その中で真っ赤な返り血を浴びて立っている者が一人いる。
持っている剣は真っ赤だった。
そこからぽつぽつと血が落ちている。作り出される斑点は、もちろん彼らの・・。
「まだ・・・足りない・・。」
その影は血のついた剣をその場に捨て去り、三つの死体を背にまた歩き出した。
その顔は・・・にやりと不気味な笑みを浮かべていた・・・。




1・
ラークと秋は村の中を歩いていた。少しでも生存者がいないか、助けられる者がいないかを探すためだ。
「やはり・・全滅か・・・。」
ラークがそうつぶやいて、肩を落とした。

誰かが生きていれば・・・そう思ったが、その希望も簡単に崩れ去る。
生存者。誰もいなくなった。
村全体が黒く燃えきっていて瓦礫が崩れている中ではそれは絶望的に感じられた。


そのときだった。

それに気づいたのは秋だった。微かだが小さな泣き声が聞こえる。
「ラーク!!声!!聞こえる!?」
ラークもその声に気づいたようで耳をぴんとはった。
「あぁ!!行ってみよう!!」
秋達は村の中核、噴水がある辺りの端のほうに何かを見つけた。
それは小さくうずくまっていた。
秋達が駆け寄る。
「おい!大丈夫か!?」


ラークが話しかける。その小さな体がびくっと反応する。
「お兄ちゃんたち・・・誰!?悪い人!?」
こちらにそれが振り返る。
それは小さな子供だった。オレンジの毛並み、ぴんとはえた耳、くるっと巻かれた尻尾。
目は薄い茶色をしている。上にはピンクの服、下は青のズボンをはいている。
猫の獣人の女の子だ。
それは小さいからだをさらに小さくしていた。
近づいてみて何か甘いにおいがした。・・・何かの花の匂いだろうか。
「やめて・・・殺さないで・・。」
子供はぶるぶると体を震わせて一歩あとずさる。
「おい!何があったんだ!話せ!!」
ラークが牙をむき出しにして叫んだ。
「ひぃ!!やめてっ!!」
ラークが子供の手をつかむとその子供は悲鳴をあげた。
「ラーク!!落ち着いて!怯えてる!!」
秋がその強引につかまれた手を離してやる。
子供はぶるぶる震えて涙を流している。
「ねぇ、俺たちは偶然、ここに来たんだ。ここを襲った悪いやつらは俺たちが倒した。もういない。だからもう安心だよ。落ち着いて。」
秋が優しい声で話しかけると猫獣人はホッとした様だった。
涙を流して濡れた目をごしごしとこすり秋たちを見上げる。


「ほ・・・ほんと?もう大丈夫なの?」
「あぁ。」
横でラークがばつが悪そうにちぇっと渋い顔をした。


秋とラークは軽く自己紹介をした。
だいぶ落ち着いたのか、その子供はうっすら笑みを浮かべて話しかけてきた。
「私の名前はエルマート。皆からは略称でエルって呼ばれているの。」
にっこりと笑ったときの尻尾の動きがかわいらしかった。
「じゃあ、エル。何があったか教えてくれるかい?」
秋がさっきと同じ、優しい口調で話しかけた。
するとエルはゆっくりと話し始めた。

「あのね、一週間前に私はここにたまたま引っ越して来たの。でも、ここにきてすぐお父さんお母さんは死んじゃって一人でここで暮らしていたの。それで・・・ほんの一時間前よ。あの狼の獣人たちが突然やってきて家に火をつけはじめたのは。・・もちろんここの村民は自分の村を守ろうと必死に止めようとした。でも止めにいった狼たちはすべて殺されちゃった・・。狼の獣人達は家を燃やしながらも家の中で怯えていた人たち、隠れていた人たち、逃げようとしている人たちをどんどん殺していった。私はただ見つからないように草むらに隠れているしかなかった。運良く私だけ見つからなかったの。私、ずっとここで怯えてたの・・・。」
エルが一通りあったことを説明し終わると、惨劇の場面を思い出したのかさっきまでの表情がすっと暗くなった。
「・・・・・。」
こんなことって・・・。
いったい何の目的でこんなことを・・。秋の拳にぐっと力が入る。
「おい、エル。それであいつらが誰なのかわからないか?」
何も言わず黙っている秋の代わりにラークがエルに問いかける。

「あれは・・・私聞いたことがあるの・・確かこのあたりにある洞窟を住処としている盗賊のメンバーだった。傷の位置とか特長とか・・・間違いない。倒して欲しいの、あいつを。この村のかたきを・・・お願い、この惨劇を止めて・・。」
涙交じりの真剣な表情でエルはそういった。
「・・・・案内してくれ。」
焼けた木の匂いが鼻についた。



その場所はさほど遠くはなかった。
ラシエから10分ほど歩いたところ。暗い森の中のはずれにそれはあった。
ラークもここに来るのは初めてだと言う。昔、ここは神聖な場所だと言われていて近付くことを許されなかったと言う。

そのあとに、その話はデマで、単に入り組んだ洞窟に入って出られなくなることを危惧して大人が作ったものだそうだ、と付け加えた。

洞窟・・。
森のはずれの岩壁に大きく口をあけている。
それは秋の高さの二倍くらいはある。
周りには草が少々生えていてそれ以外は何もない。
「・・・・ここなの。ここの奥にあいつらの親玉、狼獣人のロックっていうやつがいるの。そいつが・・すべての元凶。きっとそいつがすべて仕組んだに違いない。実際にここにくるのは私も初めて・・。」
エルが洞窟の入り口を見つめてそう言った。
三人が洞窟の前に立つ。
「・・・・行こう。」
そうラークが言って三人は中へと足を踏み入れた。


洞窟の中は暗かった。周り一帯が黒だといってもおかしくはない。
中は外に比べて肌寒いほどに感じる。体全体にひんやりとした空気が伝わってくる。
秋は中学校の時にいった鍾乳洞のことを思い出した。あのときは神秘的なものを感じていたが、今は状況だけに何も感じない。
どこかで水の音がする。それが規則的に上から下へ、上から下へと落ちていく。
暗がりの道をゆっくりゆっくり、壁つたいにエルについて進んでいく。
エル、ラーク、そして秋という順番で進んでいく。

しばらくするとやっと暗がりに目が慣れてきた。
周りを目を凝らしながら見渡してみる。
洞窟内はかなりの広さだった。
下には水溜りができていて、どこまでも暗い道が続いている。
「ひゃぁぁっ!?」
「うわっ!」
突然、大きな奇声と共にラークの体が飛び跳ねたのが見えた。
それに驚いて秋もつられて叫んでしまった。
「な・・・・なんだよ?驚かせるなよ。」
「わ・・・悪い。突然、水滴が鼻に落ちてきたもんで・・。」
申し訳なさそうにそうラークは言った。
「ふふふ。」
エルが小さく笑った。
(それにしても・・ラークなんだか様子が変だな・・・)
秋の思うとおり、ラークはせわしなく辺りを見回し、鼻をかき、尻尾も下がっている。
「ラーク?どうした・・?」
「・・ん?俺は・・暗いところがどうも苦手でな・・・。」
「へぇ、意外だな。トラウマってやつか。なんかあったのか?」
「それがよく覚えてないんだ・・・小さかったときのだからか・・?」
「案外、老化現象の始まりだったりして。」
「うるせぃ。」 

洞窟の中はだいぶ入り組んでいる。エルの案内で秋達は確実に進んでいるようだったが、なにぶんここにくるのが初めての二人にはもしかしてだまされて迷わされているのではないかという疑いすら浮かんでくる。右に曲がったと思えば次は左、そして、また右。
そのような繰り返しを何度続けたのかまったく覚えていない。
「・・・ここよ。」
エルが一言、そう言う。
秋達が辿り着いたのは洞窟の最終点のようだ。
今まで通ってきた所よりはるかに広いつくりになっている、ちょっとした部屋のようだ。
そこは通路より明るかった。たいまつがたかれていたからだ。
そのたいまつがゆらゆらと揺らめき、そしてその部屋にいたものをはっきりと映し出した。

・・・・いた。
狼獣人。まだそんなに歳はとっていない。むしろ青年のようだ。毛色は黄土色に近く、前の狼獣人と同じような格好をしている。上と下、どちらも濃い青色である。服から出される腕には筋肉が盛り上がっていてたくましい姿だ。
その狼獣人はその部屋の一番奥に作られている石の土台に静かに座っている。足を広げ、そこに肘をついて手をだらりと下に下げている。そばの壁にはその獣人が使うであろう槍(柄が黄緑色に塗られていて、その先には刀身の長い矛先が三つに分かれてついている。その先は鋭く磨かれていて淡いにび色の光をはなっている。)
が立てかけられていた。・・その矛先がたいまつの光を反射して怪しく光った。

「・・・お前は外にいろ、エル。危ないからな。」
ラークがそう言うとエルはぺこりとおじぎをして、すたすたと走っていってしまった。

・・・・・。
 
「お前があいつらの親玉、ロックだな。」
ラークが言う。秋はだまってその光景を見つめていた。

「そうか・・お前たちが聞いていた俺の仲間たちを殺したやつだな・・・。」
ロックがそう少し太めの声で言った。その声には静かな殺気が感じられた。
「俺はお前を許さない!!お前を倒す!!」
ロックが立ち上がって脇に槍を構える。それに対するようにラークは尾をピンと立て頭を伏せて構える。
「俺もあいつらの無念を晴らさなければいけない・・・。」
ロックが構えたまま静かに言った。
ラークが後ろを振り向いた。
「秋。これは俺の戦いだ・・・。手を出すんじゃないぞ・・・」
そう言われて秋は一歩さがる。それを確認するとラークは再び前を向いた。

二人の間合いがじりじりと縮まる。
「・・いくぞ!!」
ラークの声が引き金となって二人はいっきに距離を縮めていく。
先手を取ってラークが身を翻して後ろ蹴りをする。それをロックが槍の柄で受け止めて押し返す。
また最初の間合いをとって向かい合った。そしてまた距離を縮める。
ラークが近づいてくると同時にロックが頭上で槍を振り回した後に連続の突きを放つ。
ラークはそれを一つ一つ確実に避けていく。身長差から槍は上斜め方向から浴びせられる。
それをラークは右にステップし、左に転がり、また右へ、と避けていく。
ロックも槍を地面に当てることなく素早く獲物をとらえようとしている。それが何回か続いた後、突然ロックが突きをやめ、柄の部分で横へと殴った。
それはラークの胴体に直撃した。
「ぐはっ!?」
その言葉とともにラークが右方向へと飛ばされる。
「ラーク!!」
秋が叫ぶ。
「くっ・・・。」
足をふらつかせながらもラークは立ち上がり、それとともにまたロックは静かに槍を構える。それは静かに吹き、時折激しく吹きつけるような風のようだ。流れるような、つかめない様な動きに直進型のラークは簡単に絡め取られた。
「つ・・・強い。」
秋はその力に圧倒された。
「お前たちに聞く!!なぜ俺の仲間達を殺した!?俺の大事な仲間を!!」
ロックが一筋の涙を流しながら秋達に向かって叫んだ。
な・・仲間!?
「なぜ・・・だと!?お前らのせいで俺の村は・・・ココは・・・。」
ラークの言葉は最後のほうは嗚咽となって声になっていなかった。
それを聞いたロックは意外なことに驚いていた。
「なっ!?あいつらが・・・村を襲った?・・・何かの間違いだろう!?あの村とは仲良くやっていたんだぞ!?」

え・・・仲良く!?
「嘘をつけ!!何が仲良くしていた、だ。村を襲ったのはお前と同じような格好をしたやつだったぞ!!」
ラークが村にいた獣人達の特徴を話した。
少しロックは考えた後、
「確かに俺の仲間のようだ・・・。」
静かな声でそう言った・。
「そうだ!!お前の仲間が村を燃やし、ココを殺したんだ!!俺はお前を許さない!!」

二人がまた戦闘体勢になる。二人とも本気だ。次の一発でおそらく決まるであろう。
・・・・。
秋はそんな中、何かを考えていた。ラークの説明には一つ欠けているものがあった。
・・・そう。
「額の赤い石」そう・・連中の額についていた赤い石。そして砕けて残った木の人形。

「待って!!二人とも!!」
秋が大きく叫んだ。その声は空洞なその部屋でうなって響いた。
「―――っ!?」
ラークとロックが二人ともその緊張を解き、秋のほうを見た。
「ロック!聞きたいことがある!君の仲間っていうのは額に赤い石が埋まっているか!?」
そう秋が言うとラークも思い出したように話す。
「そうか!忘れていた!俺たちが倒したやつらの額には赤い石が埋め込まれていた!」
秋が続ける。

「それを壊したらそいつらは木の人形になったんだ。あれを仲間というのはおかしいんじゃないか!?操るだけの人形なら「仲間」なんて言葉は使わないはずだ。」
秋の説明を聞いたロックは明らかに動揺していた。

「な!?何を言っている!!俺の仲間が木の人形であるはずがないだろう!それに俺はそんな奇妙な術は使えない!!」

「嘘だ!!俺たちをだまそうとしているんだろう!!」

・・・そうなのか?・・・何かが・・・おかしい・・。
「嘘じゃない!?特徴はお前の言ったとおりだがそんなのつけていない!!石なんて知らない!!」
「なっ・・!!」
ラークが耐えかねて、またとびかかろうとする。
「やめろ!!ラーク!・・・・俺はロックが言ってることが嘘には思えないんだよ。・・・・・ロック、説明してくれ。君は俺たちが来る前に俺たちの特徴を知っていた。俺たちが来る前に何があったんだ!?」

・・・。
しばらく沈黙が流れた。槍を下ろしてロックはその沈黙を破った。
「俺たちは三ヶ月前にここに居座るようになったんだ。最初は村の連中に悪いように言われていたが同じ狼同士。友好が生まれるのはさほど時間はかからなかった。三週間後には仲良くなっていたさ。そして、同じ村に住むのはその村の慣わしで禁じられたがこの洞窟にいることは承諾してくれた。・・・それで・・昨日だな。村からといって伝令が来た。黒いフードを着た少し怪しげなやつだった。(村でパーティをやる。村まで来てくれ)ってな。
俺はちょっとやることがあるからといって残ったんだ。武器の整備や何やら仕事が残っていたからな。そして・・・その日、あいつらは帰ってこなかった。俺は一緒に飲んでいて、酔って村に泊まったのかと思っていた。そしたらまた今日、伝令が来たんだ。(二人組みがあなたの仲間を殺した。こっちに向かってきている。)って。・・そしてほどなくしてお前らがきた・・。」

・・・・。もしや・・。そんなはずは・・。でも・・。
今までのこととロックの話を聞くと明らかに矛盾が生まれてくる。
これは誰かに仕組まれた・・・罠だ。

「そういえば気になることがあってな。その伝令なんだが・・・・。」
「え!?」
その最後のロックの言葉によってその疑いは確信にかわった。
「な・・何がどうなっているんだ!?」
ラークが言う。いまいち分からなく混乱しているようだ。
そうか・・・・。
秋は一つ大きく息を吸って・・・吐いた。
矛盾だらけの世界に・・・一つの真実という光がみえていた。