第三話  惨劇

1、
少年と狼が森の中を歩いている。

秋とラーク。
一人と一匹はラークの故郷へと向かっていた。
木々の隙間から日差しが眩しくさしてきて歩道に明るく点々が形作られる。
天気がいい。それなのにそれほどというほど暑くない。
これが世界の違いかな、と秋は思った。
ラークに聞いてみると季節という概念はこの世界にはないらしい。知ってはいるらしいが。
それぞれの地方で暑い、寒いの環境があって、今歩いているあたりは暑い、寒いの中間ぐらいの気候だそうだ。つまりは暖かい、ということ。

そのおかげでよく作物が育ち、暮らしには苦労しない。
そしてここで育った作物はあまり育たないところへと運搬されるそうだ。
そうやって皆で支えあいながら生きているという。
この世界では食べ物には困らないらしい。まぁ、それは一般の目で見て、だろうが。きっと誰もが困っていない、ということはないはずだ。
辺りの木を見回してみるとそこらじゅうに果物などがなっていた。


10分くらい歩いたか・・・。
まだ森は続いている。

「ラークさん?」

秋が尋ねてもラークはすたすたと前を歩く。

「呼び捨てでいい。」

一言そう言った。
「じゃ、ラーク。お前の村ってどんなところだ?」
秋が前を歩くラークに問いかける。
ラークは立ち止まって振り向く。
「あ?あぁ。村の名前はラシエ。気候については話したとおりだ。俺が村を出たのは一年前か。一ヶ月にいっぺんは家に帰っている。俺の村は狼の村だ。獣人はいない。獣だけでのどかに暮らしている村だ。村の真ん中には噴水があって、そこでいつも小さい子供が遊んでいる。昼時はみんなで外で食事をする。それで昼寝をする。夕方まで噴水のさらに奥にある広場で遊ぶんだ。まぁ、のどかすぎるかもしれんな。」
ラークはそういってふふん、と鼻をならした。自慢をしているようだが、のどかな田舎、という感じだ。なんだか親近感が湧きそうだ。
「へぇ、いい村じゃん。俺、はやくいきたいなぁ。」
「そうか?それはよかった。・・・・なぁ、秋。」
「ん?」
「お前には妹がいるか?」
ラークは少し恥ずかしそうにそう聞いた。
「あ・・・あぁ。」
そう秋が一言答える。唐突な質問にそう短く答えた。少し、視線を落としていることに、前を向くラークは気付くことはない。
「それが・・・どうした?」
「・・・いや、なんでもない。奇遇だ。俺にもいるんだ。ココっていうんだ。村についたら遊んでやってくれ。・・・さぁ、もうすぐ森からでる。行こう。」
そういうとすぐラークは振り返ってまた歩き出した。
銀色の頬が少し赤くなっていたのは気のせいだろうか。
その少しの会話でもラークがその妹をかわいがっているということがすぐにわかった。
頭の隅に言葉が浮かんで言いそうになって必死にこらえた。
・・・・(こいつ・・シスコンかも?)


少しの間、秋はラークの後姿を見つめていた。
その後姿はただの狼というだけでなく兄であるという威厳が漂っているような気がした。
早く行ってみたいな・・。
秋は思った。
ここの獣たちは皆、言葉が喋れるのだと言う。
ラーク以外、初めての獣と会えて、しゃべれて、ラークの妹と遊ぶのだろう。
みんなで食事して昼寝して・・・。そんな生活もいいかもな。
最初は初めてのことで混乱もするだろう。打ち解けるのにも時間がかかるだろう。
それでも俺はこの初めの一歩をしっかりと踏み出すのだ。
いろいろなことを知るだろう。この世界のこと。獣人のこと。
そう、ここからはじまるんだ。
「おい、はやくこい!!」
少しほど先に進んでいたラークに呼びかけられる。
秋は期待と興奮を胸に森の一本道をまた走り出した。
リュックの中身ががさがさと動いた。その音は胸の高鳴りを代弁しているような気がした。



2、
「な・・なんだ・・・。」
秋たちは唖然とした。
そこにはラークが言っていたような面影はなかった。
森を抜けて村を見渡せる丘に登ると、その村には赤色が広がっていた。
夕方でもないのに。その場所だけ赤い絵の具を落としたような。
村・ラシエは炎に包まれていた。
村を埋め尽くすように炎が広がっていた。黒い煙が巻き上がり、青い空を真っ黒に染め上げていく。
灼熱の炎が上がるたびに家と思われるものががたがたと崩れ去り、黒い灰だけになる。

・・・こんなことって。

「な・・なんだ!?なにが起こったんだ。」
秋がラークに問いかける。
「ココっ!!」
質問を無視してラークは村のほうへと走り出した。
「ちょっ・・・ラーク!!」
秋もそのあとを追っていく。
獣の足についていくのは大変なことで荷物も持っている秋はすぐにおいていかれた。
秋は坂を全速力で駆け下りていく。
ほどなくして立ち止まっていたラークに追いついた。
おそらくは入り口の木のアーチであったものはかろうじて残っている。しかし・・・・・周りは地獄と化していた。
道には狼の死体がごろごろと転がっていた。その倒れた狼の血がたくさんの血の水溜りを作っている。斬られているもの、炎で黒こげになっているものもいた。
噴水では子供たちが見せしめのように水面で溺れさせられて死んでいた。
噴水は赤く染まっていた。


「うっ・・・。ひ・・ひどい。」
秋は吐き気をおぼえ、口を手で抑えた。
これは・・ひどすぎる。
ラークが周りを見回すと、程遠くない場所の崩れた瓦礫の隙間にピンクの小さな狼を見つけた。
「ココっ!!」
ラークと秋が駆け寄って瓦礫をどける。
体の小さな、人間で言うと五歳ぐらいだろうか。
かわいらしいピンクの毛色。首につけている赤いリボン、そうラークから聞いていた。
本当にかわいらしかっただろうことは秋にもわかった。
しかし、その毛色は血で赤く染まり、リボンも焼けて黒ずんでいる。
「おい!!ココ!!お兄ちゃんが帰ってきたぞ!!」
ラークがその赤く染まった毛をしきりに舐めている。
「お・・・・おにい・・ちゃん。」
本当にか細い声だった。今にも消えてしまいそうな弱々しい声だった。
「そうだよ、ココ!!お兄ちゃんだ!!帰ってきたんだ!!」
ラークの声は涙交じりだった。ラークはその小さな体を舐め続ける。
「おに・・ちゃん。ココね・・元気・・してたよ。おに・・ちゃん、もうすぐ帰ってくるとおもって・・・だから・・みんなで・・・ま・・てたんだ。」
もうそれは消えかかっているような小さな声だった。
それでもココはラークにしゃべりかける。
喉から必死に声を絞り出して。
ラークは必死に舐めている。
秋は何もできることがなく、ただその場に立ち尽くしていた。
「みんなで・・まって・・たんだけどね・・誰か来て・・・それで・・みんな・・・動かなくなったの・・・赤いものが流れてて・・べとべとするの・・・。」
ココの声はだんだんと小さく、細くなっていく・・・。
「お・・にい・・ちゃん・・。」
「なんだ?!」
秋は見ていられなくなった。悲しくて、涙があふれてきた。
「帰って・・・きて・・くれ・・て・・よ・・か・っ・た・お・・か・・え・り・・」
か細い声が消えてなくなる。ぱたっとその小さな体から力が抜けた。
そして、もう二度と動くことはなかった。
「ココ?ココっ!!う・・・嘘だろ・・動いてくれよ・・ココーーーーっ!!」
ラークのその声はもう届かない。その声は嗚咽へと変わる。
秋はあふれてくる涙をぬぐっていた。
ラークはココの小さい体を引き寄せて額をこすり付ける。
涙はとめどなくあふれてくる。
「なぜだ!!なぜ、こんな小さい子が死ななきゃいけない!!こんな穏やかな村が襲われなくてはいけない!!ちくしょう・・ちくしょう・・・・。」
ラークは怒りの声を発した。
秋は何も声をかけることができなかった。しばらくそこでは炎の燃える音とラークの泣く声だけが聞こえていた。
秋は思った。
こんなとき・・なんて言ってやったらいいんだろう・・・。

ちくしょう・・・。手にぐっと力が入った。
口の中で少し血の鉄の味がした。


ウォォォォォォォォォォォォン

突然、遠吠えが聞こえた。
「広場のほうからだ!!」
秋とラークは走りだした。村の一番奥の広場へ。 


3、
その広場は円形に広く広がっていた。
サッカーゴールが両側にあり、子供たちが置き忘れただろうサッカーボールが一個転がっていた。

周りには家はなく、唯一ここには火の手がまわっていない。
そしてその広場の端に(村の一番奥側に)何かがいた。
それを見て秋は驚いた。
・・・狼の・・・・獣人!?
「な・・・なぜ・・。」
そんな・・・なんで・・同じ狼族が・・。
秋がラークの方を向いて問いかけようとしたときだった。
全身にぞっと殺気が伝わってきた。
ラークは毛をめいっぱいに逆立て、尻尾も上を向き、怒りをあらわにしていた。
「おまえらぁっっ!!」


ラークが獣人たちに向かって叫ぶ。びりびりと空気が震えた。
一塊で輪を作っていた狼の獣人族たちは一斉にこちらに振り返った。
数は三人。これが獣人か。
秋はこれがはじめての獣人との対面となった。
まさかこんな形で獣人と初めて会うなんて予想もしていなかった。
毛色は濃い茶色のものが二人、灰色が一人。
どちらも赤や緑のチョッキのような服を着ていて下も同じ色の短パンを穿いている。
鼻が長く、耳の先が少し垂れていて毛がかなり長くなっている者。
鼻は短く、耳が寝ていて、毛を短く整えている者。頬に大きな傷がある者。
本当に顔以外は人間と同じ。体はやはり人間のそれであった。
その顔はラークと同じ狼だ。鋭い目に白い鋭利な牙。
そして毛深い体。体つきはかなりしっかりしていて筋肉がよくついている。
額には小さな赤い宝石のようなものが見えた。
二本足で立ち、器用に手に武器を持っている。
大刀を持っていた。そしてその刀には赤というか黒に近いものがべっとりとついていた。
・・・・血。
おそらくこの村人たちのものだろう。


ぐるるるるるる
獣人たちはうめいて大刀を構え、こちらへゆっくりと向かってきた。
「よくもココをっ!!許さねぇっ・・許さねぇっ!!」
ラークが一人の獣人に飛び掛り体当たりを食らわす。
一人の獣人はぐわっとくぐもった声を発して、後ろにのけぞって倒れる。
他の二人はまったく動じていないようにラークに向かっていく。
そこへラークはまた突っ込んでいき鋭い爪で相手の喉を掻っ切る。
他の奴が刀を振り下ろすとラークは寸前で交わして後ろ足の蹴りをあびせる。
素早く動き、相手をかく乱して、そして強烈な一撃を食らわす。
「す・・・すごい。」
秋は何もできずに唖然としていた。
そこには三つの体が横たわっていた。そしてその倒れた体達の輪の中心にラークがいた。
息をきらせ体が上下に動いている。それは疲れではない。憎しみからくる震えだ。
「ちくしょう・・・ちくしょう・・・。」
嗚咽交じりの声が小さく聞こえる。
ラークが秋の方に戻ってきた。
「行くぞ・・・もう終わった。村のみんなを弔ってやらなきゃな・・・。」
そう言って秋のそばを通り過ぎようとしたとき、

ざっ

秋の目の前で、ラークの後ろで、砂をこする音が聞こえた。
秋は目の前の光景に唖然とした。
「おい、ラーク。あいつら・・立ってるぞ・・。」
「何?」
そこには今ラークが倒したはずの狼の獣人が三人いた。
「なぜだ・・・手ごたえはあったのに・・。こいつら・・・・なぜ立ってくる!?」
喉を掻っ切られたもの、致命傷はあるはずなのに何もなかったかのように立ち上がり、にやっと笑いを浮かべる。
そしてまたこちらへ向かって歩いてくる。
手に大刀を構え、向かってくる。
「ゾンビか・・?」
ラークがもう一度敵の中へと入っていく。
「動かなくなるまでやっつけるだけさ!!」

秋は考えていた。ラークの戦う姿を見ながら。
俺は・・・・なにもできない。こんな村が滅ぼされたというのに。
これじゃあ・・・何も変わらないじゃないか・・。
ラークは必死に戦っているというのに。
俺もあいつらを憎む気持ちはあるのに。
恐怖心が邪魔をする。
・・・・くそっ。
そんなこと考えてる場合か!!
「ラーク、援護する!!」
そう言って秋は布から弓を取り出す。弦を地面のくぼみを利用してつけ、素早く右手にかけをつける。弓を入れていた布をその場に投げ捨て矢筒をあける。
矢が十二本あった。
その中から一本取り出し矢を番え、構える。
しっかりと弓を握ってかけの窪みに弦をひっかける。
「当たってくれよ!!」
心を落ち着かせてから弦を引く。
ぎぎぎぎぎ
弓が大きくしなり、矢の先が左手の近くに来るくらい引いた後、
「いっけぇぇぇぇ!!」
おもいきり右手をはなした。
矢が唸って風きり音が響いた。

ぎゃぁぁぁぁぁ!!

それは運良く獣人の一人の額に命中した。
頬に傷のある獣人だ。
ぱりん、と何かが割れる音がした。
「え!?」
予想外の命中に秋が驚く。
その獣人が額を抑えてもだえ苦しむ。
その場をふらふらと歩き、うめき声をあげる。
ラークもほかの四人と戦いながらその状況に唖然としていた。
そして突然その獣人から白い煙が立ち昇り始めた。
「な・・・なんだ!?」

ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!

最後に断末魔のような声をだして突然、その獣人は煙にまみれて消えてしまった。
そしてそこには小さな木の人形が残っていた。
「そうか・・これは・・・・・。ラーク!!」
秋が大きい声で叫んだ。
「額の宝石だ!!そこを狙うんだ!!」
秋がそう言うとラークは一回うなずいていつもより低い体勢で構えた。
「これで終わりだぁぁぁぁ!!」
そこから一気に踏み込み、飛び上がって回転し、前後から挟み撃ちで襲い掛かってきた獣人に足の爪の強烈な一撃を与えた。

ぱりぱりぱりぱり

二つの宝石の割れる音がした。白い煙が立ち昇る。
ぎゃぁぁぁぁ、と断末魔のような声が聞こえ・・・
そして、そこには二体の人形が残った。
「ラーク!!大丈夫か!!」
秋はラークのもとへと駆け寄った。
「あぁ、・・しかし何なんだ・・・。この人形・・・。」
よくみると普通の木の人形だった。それは操り人形のような関節をつなげた造りをしていて持ち上げるとぶらんと手が垂れ下がった。
額に割れて欠けた宝石がついている。
中には見たことのないような文様が入っていた。
これは・・・。もしかして・・。
「よく話とかにあるんだ。術者が人形を兵器に変えて人を襲わせるってやつ。これは・・そうなのかもしれない。」
秋が人形を見ながらそう言った。
「・・・・と言うことはこれを操ってるやつがいるんだな。」
ラークが静かに言った。
「・・・あぁ。おそらく。」
秋がうなずく。
「そうか・・・じゃあ、そいつにも会わなきゃいけないらしいな。」
ラークはぎゅっと手に力を込めた。
「・・・絶対・・許さねぇ・・。」
秋はあの時、つまり狼獣人に矢が当たったときの感触を思い出していた。
なんで・・・まぐれ・・・なのか・・?


・・・いつのまにか村は完全に焼けきっていた。

焼けた木材の臭いが鼻についた。残っているものは何もなかった。
・・・空を見上げる。空は青かった。目の前の現実はつらく、そして痛い。
雲が流れていく。どこまでも、どこまでも・・・穏やかに。
それはどこへといくのだろうか。

何事もなかったかのように流れていくそれに、苛立ちを覚えるほど。
何のために流れていくのか。それは・・誰も知らない。
一人の少年と一匹の狼だけがその開けた広場にたちすくんでいた。

吹いた風にサッカーボールが悲しげに転がった・・・・。