第二話 獣人世界



森があった。そこにあった。

日差しが木々の間をぬってさしてくる。
木々が風の流れにやさしく揺れ、木の葉がはらはらと舞った。
そこに一人の少年と一匹の狼がいた。
「ん・・・・」
秋が日差しに目をさされ起きる。
まだあの時の閃光が目に痛いのか、目をごしごしとこする。
「何が・・・起こったんだ・・。」
ぐっと大きく背伸びをしてから周りを見回してみる。
山の中。さっきはこんなにも木が生えていたっけ?
弓具も秋のリュックもそこにあった。
狼もそこにいた。
すべてがさっきと同じ状態だった。
違うのは・・景色がすこし?だが、まわりは木だらけなのでそれも確かではない。
なんだったのだろう、あの耳鳴り。
そしてあの不思議な感覚と閃光。
まるでなにかに吸い込まれたような感覚だった。
ぐにゃりとして、まぶしくなって、それから・・・?どうした?
なんか知らない声も聞こえた気がしたな・・。
あれは誰の声だったのだろう・・・?
よくわからない。
頭の中でいろいろな疑問が巻き起こった。しかしその疑問はすべてわからないまま止まってしまう。
「んー・・・」
とりあえず・・・。
「おい。起きろ、狼。」
秋は狼の体をゆすった。
とりあえずこの状況を一緒に考えてくれる仲間が欲しかった。
実際、狼と相談できるわけはないのだが・・。とか自分でも思いながらも。

このまま一人帰るのもあれだしな。それにやっぱり田舎の森の中に狼がいるってこともまだ腑に落ちていなかった。


狼のペンダントがかちゃかちゃと金属音を立てた。
「起きろー。」
もう一度ゆすってみる。
するとその手を狼がぱしっと払いのけた。
まるで起こすなよ、といっているようだ。
ずいぶんと器用な足しているんだな。秋は少し驚嘆する。まるでそれは人間の行動のようだ。
「起きろてっば。」
もう一度ゆすってみる。前より強く。
「んがぁ!!もぅ!!うるさくて眠れないじゃないか!!」
高くて少し子供っぽく、透き通った感じの声だ。
狼が叫んで、がばっと体を起こした。

ん??


四本足で立ち上がって顔を前左足で洗って。
ぶるぶるっと顔を震わせて目を覚まさせる狼。

「おっ!やっとお目覚めか。」
普通に対応する。

・・・・・ん?今、なんかおかしかったぞ?


「ったく、人が気持ちよく寝てるっていうのに・・」


・・・・・?

狼が気だるそうにもう一度、前左足で顔を洗う。右足には手当ての痕の布。

「ごめんごめん。」

もう一回普通に対応する。

・・・・・・・・・・・・。

しばらくの沈黙。時が一瞬止まった気がした。

ん?・・・あれ?・・・えっ!?

「えええーーーーーっ!!!!??」

「なんだよ、うるさいな。」

狼がそう言葉を吐き捨てる。
秋は頭が混乱していた。頭の中がぐらんぐらん揺れている気がした。
この狼・・しゃべって・・!!??なんでぇぇ??


「お・・おい、お前。言葉、話せるのか・・・?」
秋はおそるおそる聞いてみた。
「話せちゃ悪いか。」
狼の方は冷静にそう対応する。
しかし、なんとなくいらだっている様子だ。無理矢理起こされたことに不機嫌なのか、それとも。


「ははっ・・夢・・夢だよ、これは。なんかの間違い・・。」
秋は眩暈がした。そして自分の頬をつねってみた。
「い・・・痛い。」
ひりひりと痛む頬をなでながら気持ちを落ち着けてみる。
秋は現実を理解することにした。理解するしかなかった。

自分の前には狼がいて、そして言葉をしゃべったりなんかしちゃったりしている。

ボイス機能は・・・あるわけない。

後ろに人は・・・・いない。

えっと・・・・なんだろ?こういう場合は・・・えっと・・・。


「ちょっと聞いていいかな・・・。いろいろと。」
「あぁ。」
「確認するけど、これ、夢じゃないよな。」
「あぁ。」
「お前、俺の言葉がわかるんだよな。」
「あぁ。」
「ここ、俺たちがさっきまでいた場所だよな。」
「いや。」

「そうか・・・・って、違うんかい!!」
自分でのりつっこみをいれてみる。
・・・・。どうしたらいいか。

少しの間、空を見上げてみる。先ほどと変わらない青空だ。ただ、暑さは感じられない・・。

ここは・・・本当に違う場所なんだ。唐突に理解して、んーとうなった。なんだかおかしな話だ。

おかしな話が、続きすぎている。さっきまでの場所じゃない、とかさ。


「ふぅ・・わかりやすく説明してくれないか?できるだけ・・信じるから。」
秋も狼もその場に腰掛けた。風が吹いて緑の香りが鼻に届いた。
はぁっ、と大きく息を吐いて、静かな口調で狼は語り始めた。いらだっている様子はなお、変わらない。


「紹介しておく。俺はラーク。見たとおり狼だ。お前は俺と一緒に今ここにいる獣人世界「マティオス」に飛ばされてきたん
だ。」
「獣人世界マティオス?飛ばされてきた?」
秋が尋ねる。本当にわけの分からないことばかりだ。信じるといっても理解しがたい話だ。

だが、もう狼が喋っている、という時点で信じざるを得ない状況になっていた。


「まぁ、説明してやるからよく聞け。獣人というのは字の通り獣の人だ。この世界には俺みたいな獣姿のものと人方の獣のものが共存して暮らしているんだ。そう言ったものたちを区別するために、獣人は獣人、俺達のようなものは獣(ケモノ)という形で言われる。」
もう歴史は約3000年になるな。
主に犬や、猫、狼や熊など、いろんなやつがここで暮らしている。
この世界では生まれたときから獣人になるか獣になるか適性が決まるんだ。
そしてその家系はすべてその種族と同じになっていく。
詳しくは結構昔のことだからわからないがな。
この世界はお前の世界の裏の世界のようなものだな。
お前たちの世界とはまったくの別の世界だ。
いいか?世界ってのはお前たちだけのものだけではないんだ。

いろんな世界が存在して、それがお互い干渉をすることなしに存在している。
必ず他にも存在するものなんだよ。ゲームの世界だってそうだ。こんな獣人だけが住む世界ってのもあるんだ。」

「あぁ・・なんとなく納得。」
そういったもののいっきに説明されて頭で整理するのが大変だ。

とりあえず俺は話を進めるために、納得して見せた。


「そして、さっきの飛ばされたといった現象。つまり、さっきの歪み。あれは時空の歪みだ。」
「時空の歪み・・・。」
「そう、俺は時空管理局、つまり時空の歪みを調査するところの管理獣だ。時空ってのは世界と世界をつなぐトンネルみたいなものだ。普段はつながることはないんだがたまーにこういうことが起こるときがある。そしてその時がついさっきでその場所がさっきいた場所。俺はその原因の調査でお前たちの世界にいたんだ。」
「それで俺が来て・・・巻き込まれた。」
「そう。」
「へぇ・・。」
なんとなく納得する秋。他の世界は俺達の世界よりもずっと発展していて、他の世界へと通じる矛盾を取り払うために働いたりもするんだな。うん、これはすごい。ファンタジーの転送装置とか、そんな感じか?


「へぇ・・・じゃないんだよ!!このやろう。来るなっていったのに。なんで近づいてきた!!俺はもうすぐでてくる時空の歪みの調査であの場所にいたのに調べ損ねたじゃねぇか!!それに結果、この世界にお前が入り込んじまって!!この、お人好しが!」
狼のラークはそう一気に怒りの声を発した。体全体にびりびりと届くような大声だった。
「あはは・・それでちょっとさっきいらついてたんだ・・。でも、来るなって言われてるのは雰囲気で分かっていたけど、実際に言われたわけではないし・・・。」

弁明しようとするがすべて言い終わる前にきっ、と睨みつけられる。秋はなんだかきまずくなって人差し指で自分の頬を掻いて笑った。
「お前があんなとこで現れるなんて予想もしなかったからな。」
ラークはいらただしけに爪で地面を二、三回ひっかいた。
「俺はただ帰り道に何かに呼ばれた気がして・・。お前じゃないのか?」
「俺じゃない。呼んだら仕事の邪魔になる。」
即効否定されて秋はさらにわからなくなった。
この世界のこと。・・・ここどこなんだ?
あの時の耳鳴り。・・・誰が?
そして、これからのこと・・。
・・・・・ん?
「俺・・すぐ戻れないの?」
「戻れないな。」
「えっ?えぇぇっ?だってお前時空管理局の獣だろ?なんで・・。」
「俺は下っ端だ。そんなの知る分けない。とりあえず管理局に戻らないと分からないな。」
「そんなぁ〜。」
涙交じりでそう言ってから秋は大きなため息をついた。
「自業自得だ。」
きっぱりとそう言われ気分が落ち込んでくる。秋は肩を落とした。
「だって狼があんなとこにいたのに興味あったし、それにお前、怪我してたじゃないか。ほれ、右足。結構やばい状態だったぞ。俺が夏休みの宿題で保健のレポート書いてなかったらお前危なかったかもな。」

なんとなくいいタイミングでそういう状況になった。うん、宿題ははやめにやったほうがやっぱり、いい。
秋はラークの右足を指差した。しっかりと縛ってあるから形は崩れていない。
そこにはしっかりと緑の布が巻かれていた。秋の弓袋(ゆぶくろ)を切り裂いて使ったものだ。
「これには礼を言う。すまなかったな。だいぶ痛みがひいてきた。まぁ、舐めとけば治るものだったがな。」
「だけどすごい傷だったぜ?どこでそんな怪我したんだよ?」
秋は聞いた。
「・・・・・。」
ラークは無言で布を見つめ、考え込んだ。
「どうした?」
秋が聞いてみる。
「分からない。」
ラークが一言そういった。
「へ?分からない?」
思ってもいなかった返答に秋はあっけらかんな声をだしてしまった。
「なぜだ?思い出せない・・・。時空の歪みの影響か?俺は・・どこで・・。」
「まぁ、いいじゃないか。なおればそれでよし。」
秋はなんだかあまり思い出させてはいけない記憶のような嫌な感じがした。
ラークも少し考えていた様子だったが
「・・・・。まぁ、いい。とりあえず管理局へ向かうことが先決だな。まず、ここの座標を確認しておこう。」
そう言うとラークは首輪のペンダントを器用に左足の爪で首からはずして蓋をあけた。
カキンと金具が外れた音が響いた。
秋が覗き込み見てみると、そのペンダントは上段にデジタル式の表示板があって、下段に赤と青のボタンがある簡素なものだった。赤は座標鑑定のボタン、青は地図を立体で表示できるものだと教わった。ラークが赤のボタンを押すと表示板に数字が表示された。
「144・88か。どうやら俺の故郷の近くらしいな。歩けば20分くらいだろう。そこでもう少し詳しくビジョンやらを使ってこの世界のことを説明してやろう。」
そう言うとラークは立ち上がり森の中をすたすたと歩き出した。
秋も立ち上がって荷物を持って続いた。
弓と矢筒とリュック。これですべてだ。
リュックの中身ががさがさと音を立てた。
「おい、お前。名前は?」
ラークが振り向いてそう言った。
(そういえばまだ言ってなかったな。)
「俺は小向井 秋。高校二年、歳は17だ。よろしく。」
軽く自己紹介をする。ラークはそれを聞くとさっさと歩き出した。
目指すはラークの故郷の村。歩いて20分。森を抜けたところにある。
・・・・・・。
20分かぁ・・遠いな。
秋はぼそっとつぶやいた。
その言葉は聞き取られることなく空へと吸い込まれていき、やがて消えていく。

きゅぃぃぃぃぃぃん

遠くでまた鳶の鳴く声が聞こえたような気がした。
それは始まりの合図・・・・。始まりを告げる音。
獣人世界マティオス。
初めての世界の一歩を秋はラークと共に歩み始めた。