第一話   夢の終わりと物語の始まり


夢を見た・・・
暗がりの通路を一人で走っていた。
一人というのは別の表現かもしれない。
視界が狭い。低い。なにかの動物の視界のような。

息も絶え絶え、ただひたすら走り続けている。
壁には暗がりを照らす蝋燭が等間隔で何本か並んでいる。
それがゆらゆらとゆらめくとさらに気味が悪い。不安が一層増してくる。

なんだよ、これ。

そう考えながら夢を感じていた。


一本道の廊下が続く。
「くぅ・・はぁはぁはぁ・・・」
息を切らせいったん立ち止まり、後ろを振り向く。
そこにはただただ黒い空間。蝋燭の小さな明かり。
その黒い空間を通して何かが聞こえる。
カツカツカツ・・・一つの小さな金属音を響かせて足音が近づいてくる。
それはだんだんと近く大きくなっていく。そしてその音が恐怖をかきたてる。
カツカツカツカツ・・・・。

おい、なんなんだよ。どうしてこんなにも怖いんだ。俺は何をしているんだ。





威圧感が漂ってくる。
あんなにも離れていたのに。走ったのに。
焦りがうまれる。

追われている。弄ぶかのような低い笑いが聞こえてくる。
それは地響きのように壁を、地面を伝わってくる。それはぴりぴりと自分自身の感覚を刺激してくる。
ただ感じること・・・逃げないと殺される・・・。
逃げなくては・・・逃げなくては・・・。
カツカツカツカツ・・・・

近づいてくる・・。

来るな・・来るな!!
恐怖心、今、自分を動かすのはこの感情だけ。
この場所を早く・・でたい。
光のあるところへ。闇のない場所へ。
必死に願った。
そしてまた前を向き走り出そうとしたときだった。
目の前に何かが・・いた。
そいつは闇そのもののよう。
黒くて、大きくて、包み込まれてしまうような怖いもの。

「うわぁぁぁっっっ!!」

壁を伝って自分の声が響いて聞こえる。
そして何かの衝撃を感じ・・・。
そこで視界はブラックアウトした。
闇が広がっていく。そこは何もない世界。真っ黒。
そんななか・・・

ひときわ際立って見えたのは
何かの赤く血走った目だけだった・・。







そして・・・





夏休みが始まって間もないころ。
部活帰りの道を一人の少年が歩いていた。
着ているものはワイシャツ。夏服であるため、半袖である。
下は黒の制服ズボン。この太陽が照りつける中でそれは熱を吸収して肌にちりちりと少し痛みを感じるほどだ。
円筒状のものを肩に掛け、そして長い棒状のものをもっている。
それはその少年の高さを越えた長さである。
黄緑色の布でそれを巻きつけていて先端近くにはぐるぐると結び目がある。
灰色のバックを背負い、歩くたびにがさがさと中のものがこすれる音がする。
「くぅ〜。なんで朝はあんなに涼しかったのに〜。あちぃ〜。」
小向井 秋。(こむかい しゅう)高校2年生。
弓道部所属。
そう。今、秋が持っているのは弓道具である。
矢筒(中には12本、矢が入っている。)と弓、バックの中身はかけ(手につける手袋のような
もの。右手につけて弦を引く)と食料(といっても菓子程度だが)が少々はいっている。


太陽がじりじりと照りつける。空は雲ひとつない晴天である。抜けるように広がる青空とこの暑さが、本格的な夏の到来を告げている気がした。

近くでは蝉がジィジィとけたたましく鳴いている。
日差しは容赦なくその熱を体全体に与えてくる。
たまに風がふいてもこの暑さでそれは熱風へと変わってまた不快感を募らせる。
汗をかいてくっついたワイシャツがとても気持ちが悪く感じられた。
手でぱたぱたとあおいでも涼しさは感じない。むしろ逆効果である。


ふぅ・・秋は大きくため息をついた。


夏は集中力が落ちぎみである。そのせいか(単に技術が成ってないせいなのか)
最近、部活の成績がおもわしくない。
当たりも落ちてきているし、だらけぎみである。
もうすぐ大会があるというのに。
「んあ〜。もう何でこんな暑いんだよ〜。」
秋が一人、いかにもだるそうに叫ぶ。まわりは誰もいなく、空しくその声が響く。



帰り道。秋は田んぼに囲まれた道を通る。
日陰のできないアスファルトの道は熱を反射してゆらめきをみせる。
右方向には高さはあまりないが山がある。
そう、ここは田舎だ。
まわり一帯は田んぼや山ばかり。田舎中の田舎といってもよい。
そしてそんなところに秋の家はある。
親が自然あふれる場所が好きだといってここに三ヶ月ほど前に越してきたのである。
秋もここは気に入っている。
学校は近くなったし、(通うところは変わらないが)空気はおいしい。

(はやくかえってアイスでも食べようか・・・)
このような暑い日には冷たいものが最高だ。
アイス、ジュース、スイカ。とにかく水分が欲しい。
秋の家はまだ少し先にある。
(早く家に着かないかなぁ・・。)
秋はそう思ってまたさらに一歩ずつ歩みを進めていく。
そのときだった。 

きぃぃぃぃぃぃぃん。
いきなり耳鳴りがした。
「ん?」
秋が、立ち止まって周りを見回した。誰もいない。周りは田んぼだけである。
「なんか誰かに呼ばれた気が・・・。気のせいか。」
また歩き出そうとする。

きぃぃぃぃぃぃぃぃん。

また・・・。
「誰かが呼んでいる。」
それは耳鳴りとはなんだか違うような気がした。
脳全体に届いてくるような。
語りかけてくるようなそんな感じだ。


秋にはそれは誰かが助けを呼んでいるように聞こえた。

「どこから・・・?」
秋はさらにあたりをくまなく見回し、呼ばれている方向を探した。

きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん 
それはどんどん大きくなっていく。
「あっちか・・」
何かの力を感じたように秋は山の方向に向かって走り出した。まるでその力に無理矢理引っ張られているような感じだ。

持っていた荷物ががさがさと異様に邪魔に感じられた。

山の木々の葉はこの夏の日差しを受けて、青々と輝きながらざわざわと揺れている。
隙間から落ちてくる光が道々に斑点をつけていた。

秋は山の中へと入っていく。
山の中はかげりができていて外よりはすずしい。
木々のさらさらとなる音がまた体を冷やしてくれているような気がした。
おととい降った雨のせいで日陰の部分はまだうっすらと湿っている。
走っていくとそれが靴の裏にまとわりついてきてとてもいらだたしい。

秋はできるだけ乾いた部分を選んで走った。
しばらく走る。部活のおかげでそれほど疲れは感じない。
そして、少し開けた場所、住民から「広場」と呼ばれている場所についた。
・・・・それはいた。

その動物は全身、銀色の毛に覆われていてその毛色が光に当たって眩しい。
耳から鼻にかかっては少し濃い色の太い線が入っている。
首には赤い首輪のようなものがつけられていてそこから円形の小さな金色のペンダントがついている。
それに差してきた日光が反射して、秋の目をさした。
口に真っ白な牙がのぞき、額には見慣れない紋様が入っている。
犬かとも思った。
しかし、犬とは違う威圧感と大きさから、それは違うとわかった。
・・・・狼だ。

邂逅



(なんでこんなところに狼が!?)
秋は戸惑った。
(田舎だからって狼が住んでるわけないよな・・。)
秋と狼の目があった。狼がはっと驚いた顔をしたような気がした。
目は黒色。すこし茶色がかっていた。
 
その広場と呼ぶ開けた空間に、秋とその狼だけがいた。
「うぅぅぅぅ」
狼が低く唸る。
牙をむき出しにして、毛を逆立たせ、尻尾も天を向いている。
まるでこっちに来るなといっているようだ。
いや、秋にはなんとなくわかった。
こいつは「こっちに来るな」と語りかけている。自分にそういう力があるわけではない。

ただ、雰囲気と言うか感じる威圧感とかそんなものを敏感に感じ取ってそう思ったのだ。

落ち着いて向き合って秋は狼が怪我をしていることに気がついた。
前足の右足。赤黒く変色していてそれはとても痛々しい。
「おい、お前。怪我してるじゃないか!!」
秋が近づこうとすると狼は警戒の態勢のまま一歩跡づさる。
狼は足を引きずりながらも後ろへ下がっていく。
秋はそれでも近づいていく。狼の前でしゃがみこみ、そして狼の前に手をだす。

ガブッ!!
手を噛まれた。牙が皮膚にあたる。
「いたっ!!」
血が少し出た。
だがそれほど痛みはない。どうやら本気で噛んではいないらしい。
「よし、そのまま動くな。」
そう秋が言うと、分かっているのか狼は口を離し、そのままじっとした。
秋は手近な布はないかと探し、弓を包んでいる布をほどき、口で引き裂いて狼の右足にまいてやる。
血が滲み出ているところをなんとか抑えることができた。
「・・・・これでよし。」
狼は縛られた布を舌で舐めていた。
秋は一段落の治療をし終わって、くずごみをかたづけようとしていた。
そのとき。

きぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃん!!!

またあの音が聞こえた。さっきとは比べようもないほど大きい。
秋は耐え切れなくなって強く耳をふさいだ。
ぐにゃりと目の前が捻じ曲がったような気がした。
そしてそれと共に体全体に何か重い力を感じた。
「な・・・なんだ!?」
秋が叫ぶ。
狼がはっとしたような顔をした。辺りをいきなり眩い光が包んだ。
「まずい!!!」
自分の声じゃないそんな声が聞こえた気がした・・。そしてだんだんと感覚がなくなっていくような、そんな気分になった。
光は広場一帯を覆いつくす。目を開けられない。もう自分がどうなっているのかも分からない。

遠く、遠く・・。
光が消えたとき・・・そこには誰もいなかった・・・。

きゅぃぃぃぃぃぃん。

ただ鳶が鳴く声だけが聞こえた。