「静かな雪」


「寒い・・・」
「寒いな・・」

一人の青年・小向井 秋と一匹の狼・ラークが二人同じタイミングでつぶやく。

「どの世界でも・・・雪っていうものは綺麗なもんなんだな・・。」

秋が静かに降る雪のひとかけらを両手で掬い取ってそれを見やる。
それはすぐに掌の中で小さな冷たさを残して溶け去っていく。

「そうだな・・・俺も色んな世界を見てきたけど、やっぱりどこの世界でも雪っていうものは存在するみたいだ。そしてどの世界でも雪って言うのは幻想的なものを見せる存在だと言われている。・・・くちゅん!!」

格好よく決めようとしていたラークだったが、その最後のくしゃみによって台無しになってしまう。その姿を見て、秋がははは、と小さく笑った。
ラークが出た鼻水をずずっとすする。

「もとの世界が・・・恋しくなったのか?」

秋が雪を遠い目で眺めているのを見て、ラークはそう読み取ったらしい。ラークの目が、物悲しそうに細まる。これは秋がまだ帰れないということの同情の念か、それかいつか帰ってしまうその相棒とも言える存在に対しての寂寥感か。そんな複雑な表情を向けている。

「あぁ・・・ちょっと、な。でも、こうして何か寂しい気持ちになっているのはそれだけじゃあないんだ。」

「??」

「こうして変わらないものもあるっていうのに・・俺は・・変わっていっているんだな、と思ってな。」

そう言って、秋は自嘲気味た笑いを見せた。

ラークはこの言葉の意味するものが分からなかった。それでも、その十七歳というまだ年端もいかない少年が、このように大人びた表情をするのを見て、つい息を呑んでしまう。

自分は他人の過去にずけずけと土足で入っていけるような横柄さは持ち合わせていない。だが同じ旅路を行くものとしてどうしても知りたいと思ってしまうことは、仕様がないことだった。

それでも聞くことが出来ないのはラーク自身がこの表情を知っているからである。
過去に何かがあって、その過去をつい思い出してしまうようなその時を。
自分は変わったのだと思う。しかし、その辛い過去を消し去ることは決して出来ないのだとそう感じている。忘れようとしても、その記憶は忘れられることなくよみがえってくる。そしてそれは耐え難く辛いもの。声に出すだけでも胸の痛むものである。

知っているからこそ、感じ取っているからこそ、ラークは何も聞かない。
いつか本人から打ち明けてくれることを待っている。
だからその時まで、待つことにしている。

一言、その言葉だけをラークはつぶやく。

「俺は・・お前がお前であれば、それでいいと思っている。」

その言葉だけできっと充分だと、そう思う。その一言に多くの感情が交じっていて、それは少なからず、秋に届いている、と。

「ああ・・・そう、だな・・・。そう、なんだよな。」

何かを感じ取ったらしい秋も、多くの感情を込めて、そうつぶやいた。そして笑う。


変わらないものは確かにある。しかし俺たちは変わっていく。
それでも、自分が自分でいる限り、俺たちは変わらずそこに”いる”のである。

「雪・・・いいもんだな、やっぱ。」
「あぁ、寒いけどな・・。」

つぶやいてまた一つ掬う。
儚く溶けるその粒と共に、この言いようのない気持ちも溶けてしまえばいいのに。
そう、秋は思った。