<誓いの気持ち>


夜も更けて、ただ木が風にそよそよ揺れる小さな音だけが響く世界。
その中で、俺、ラークはめずらしく目を覚ました。いつもなら朝まで叩かれても(というか普通は叩かないが)起きない俺だが、この時は、ぱっと目が覚めた。
(明日は雨が降るな・・)
自分のことではあるが、そんなことを考える。しかし、鼻の頭は雨の匂いを感じ取らない。どうやら雨ではないようだ。そうだとしたら雹か、槍か。はたまたゲンコツ?
馬鹿らしい。
別にたまにこんなことが起こってもいいじゃないか。
(ん?)
ふといつもなら横で木に寄りかかって眠っている秋が、俺の前で一人座っているのに気づいた。夜の光で長く影を作っている。見れば、お月見とかしているようではない。その姿は胡坐などで夜の風情を楽しんでいるようでなく、礼儀正しく正座の形をしていた。背筋をピンと伸ばして、右膝を少し浮かせていた。静かな空気が秋をまとい、秋の周りだけが別世界のように思えた。
「秋?」
俺はその背中に声をかけた。その声に秋がぴくりと反応を示し、顔だけ後ろを振り向く。俺はまだ眠さで鈍る重い腰をあげて、秋の横へと歩み寄った。
「何やってるんだ?」
「ラークこそ・・。うわ、これ・・明日雨降るかも・・。いや、地球滅亡?」
「知るか。」
そこまでめずらしいか。さすがに少し自分が情けない。
「で、何やってるんだ?」
俺が再度尋ねると、秋は姿勢を崩して地面にどか、と腰を下ろした。
「あれはな、”きざ”って言ってな。弓道での基本的な座りの姿勢なんだ。部活が始まるときは、ああやって姿勢を正して、黙祷する。で、礼をして始まり。終わりのときもそうする。」
そう言って、秋はその”きざ”という座りをもう一度見せる。普通に足の甲をつけずにつま先で正座をして、さらに右膝を手のひら一枚分あける。手は膝の上に静かに乗せ、目を瞑る。姿勢を正して、ゆっくりと呼吸を正す。
「ふむふむ。で、こんなとこで、こんな時間にか?」
俺は同じようにやってみようかと考えもしたが、よく考えれば正座も出来ない。
骨格のつくりが根本的に違うから、出来るわけない。
「ん、これ毎日やってるんだよ?やるときにはラークが寝てて起きてないだけ。精神統一っていうか集中力を高めるためにやってる。場所に関係なくね。」
驚いた。毎日欠かさずやっているとは。それに俺がまったく気づいていなかったのにも驚きだ。俺、さっき”たまに”って言ってたけど・・”本当にごく稀に”が正しい表現なのかもしれない。俺の夜中起床率1%。(1は今日の分。)ちょっと誇らしくなる。たった1%、されど1%。
(寝る子はよく育つ。)
前向きに強引に納得。うむ。俺はそれでいい。
「俺の持ってる意志の力ってさ。使う機会そんなにはないけど、使ってみると結構集中力とか精神力とかに大きく左右されるってこと分かってさ。少しでも集中力高められるように、こうして毎日やってるんだ。まあ、元の世界戻ったときのために、部活の練習の一部・・みたいにも考えてるけど。」
そう言ってから、またゆっくりと呼吸を整える。大きく息を吸ってから、ふっと小さく息を吐くと、秋の手に小さな光が宿る。
「お、それ見るのも結構久しぶりだな。」
手がやんわりと光るぐらいの小さな力の鼓動を感じる。優しくて、温かい。見ているだけでそんな感じがする光だ。
秋は、すぐにまたふっと息を吐いた。するとその光がゆっくりと夜に滲み、消えていく。
「使わないことが一番なんだけどね。赤い石の件、まだしっかりと分かったわけじゃないから・・用心に越したことはない。」
そして、また胡坐に座りなおした。空に昇る小さな月を見上げて、ぼんやりと眺める。
「だな。」
俺も一言だけうなずいて、同じように空を見上げた。風が俺の毛を揺らし、きらきらと輝く。俺の自慢の一つだ。誇らしく思えるし、何にせよ見ていて綺麗だ。
別に・・・ナルシストとかそんなんじゃないからな。
毛がきらきらと輝く様は、風の流れを感じることが出来るから。自然を感じることが出来るから。
「それにしても、ファンタジーみたいな世界だから・・・って言っても俺にはファンタジーとしか考えられないけど、もっと凄いの想像してた。」
そう言って秋は俺を見下ろしてきた。ふふ、と小さく笑ってまた空を見上げる。
「もっとさ、モンスターとか、武器とか鎧とか。戦闘とか魔王とか。そんなのが一杯の世界だと思ってた。それに・・」
「ん?」
「ラークが話せるってこと時点でももうすでにファンタジーの領域ではあるけど・・さらに火を噴いたり、毛を針状にして飛ばしたり、出来たら凄いなって。」
「は?」
確かに秋にとっちゃ、狼が喋るなんて事はありえないかもしれない。
でも、火を噴く?毛を飛ばす?なんじゃそりゃ。
想像してみる。

火を噴く。灼熱の業火が俺の口から吹き出されて敵を焼き尽くす。さらに力を溜めてそれを炎弾として吐き出す姿。全身が熱を覆って・・・
(焼き・・・狼?)
ぞっと悪寒が走る。
毛を飛ばす。研ぎ澄まされた何本もの毛が、相手を串刺しにする。毛を逆立てて、それを一気に打ち出す。そして・・
(はげ・・・狼?)
誰か電話お願いいたします。

「それは・・イヤだな。」
ぽつりと一人ごちる。
おそらく秋の頭の中じゃ炎を何発も連弾で吐き出す格好いい獣、毛を発射してもまたすぐに生えてくる・・・とか思っているに違いない。
「お前の特性は、スピードと食い意地と寝ぼけ。もうちょっとこう・・目立つもの・・・必殺とか?欲しいな、とか我侭なこと考えてみたりするわけですよ。」
(何が・・・ですよ、だ。)
少しむっとしながら、ぷいとそっぽを向く。これまで、俺のスピードで助けてやったことが何度か・・あったか・・な?
(むぅ。)
何だ、俺。活躍あまりなしか?
「そ・・・それだけじゃ物足りないか?十分物語の主人公としてやていけるじゃないか。ちょっとした欠点があったほうが、主人公っぽい。それに俺にはペンダントの能力の時空移動能力がある。」
「今は壊れてるけどな。」
「うっ。」

痛いところをつかれる。確かに、俺にとって一番得意なとこはスピードなのだ。とはいえ、寝ぼけ、大食漢、いじられキャラ、他にも駄目な部分は自分でもたくさん思いつく。主人公は格好よくなければいけない。そう思い上がって考えるにしても、それだけの素質がいまいち足りないのだ。
そして何より、必殺技がない。これは主人公として大きな欠点である。

「むぅ。」
俺はむくれる。こんなときこそ前向きに、と考えるがひっくり返すほどの良案が思いつかない。ハハハ、と静かに笑って秋は俺を見た。月の光で半分がかげる。
「まあ、そんなやつと俺は旅をしているわけだ。これからの活躍、期待しているからな。これでも頼りにしてるんだよ、ラーク。」
そう言って、ぽんと背中を叩かれる。頼りにされてるのはいいのだが。このままでは俺の沽券に関わる。沽券?おそらくそんなたいそうなものじゃないけどな。
「むぅ。」
俺もただ旅をしているだけじゃ駄目なんだな。今は俺にとっても秋にとっても成長の時期なんだ。秋だけにいいとこばかり取られてたまるものか。
俺も何か・・出来ることはないか。
ん〜・・。

少し考えて、はっと思い当たる。
「よし!!」
ぴょんと立ち上がって、俺は秋の目の前に躍り出る。秋が怪訝な顔で俺を見つめた。
「俺の必殺!!」
「え!?」
そう言って、毛を逆立てて、尻尾をぴんと上に伸ばす。歯をぎりぎり言わせて、爪でぐっと地面を踏む。まるでテリトリーを荒らされそうになった動物が見せる、威嚇のような・・・。そして名前は・・えっと、あぁ・・っと・・。
驚いた表情で、秋は俺を見ている。
「威嚇!!」
そのまんまだった。
「ぷっ。何だよ、それ。」
笑われる。恥ずかしさに思い切り身体に熱が走った。もう自棄になっていた。
「おねだり!!」
きらきらと出来るだけ目を開けて、瞬かせて。下斜め45度からの視線どり。
「お手、おかわり、伏せ、待て?」

すべてそのまんま。

「ラーク、やめっ、おかし・・ちょっと・・はははは」
「ほーらほーら笑え笑え!!」

笑いは止まらず、ひとしきり行動して一緒に笑いあった。
静かな空間が、華やかに飾られる。


これが、俺?
よくは分からないけど、分からないままでも別にかまわないさ。
これはこれで。楽しければそれでいい。
お前と笑えるからそれでいい。一人寂しく旅をするよりは断然いい。

ただ我武者羅で、前向きで、猪突猛進で、大食漢で。まぁ、色々あって俺。
すべて俺。俺は俺。
それを抑えてくれる冷静で礼儀正しい秋。
俺たちは中々いいコンビじゃないか。

「月、綺麗だな。」
「おぅ。」

満月でない半端な形の月が、俺たちを照らしていた。
あんな風に、俺たちも半端なもんなんだろうな。

(きっと、俺もまだまだ強くなれる。いや・・強くなる。)
心に誓う。


そう誓って、穏やかな気分で今日も眠りへと溶けていく。